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「母と暮らせば」を見に行きました(12月12日)

d0021786_975512.jpgミッドランドスクエアシネマへ「母と暮らせば」を見に行きました。

井上ひさしが晩年に構想していた、「ヒロシマ」・「ナガサキ」・「沖縄」をテーマにした「戦後命の三部作」の意思を山田が引き継ぎ、「ナガサキ」をテーマに制作された映画です。

「母さんはあきらめが悪いから、なかなか出てこられんかったとさ」
1948年8月9日、長崎。助産婦をして暮らす伸子(吉永小百合)の前に、3年前に原爆でなくしたはずの浩二(二宮和也)がひょっこり現れる。伸子は呆然とした。その日浩二の墓の前で「あの子は一瞬の間に消えてしまったの・もうあきらめるわ」と言ったばかりだったのだ。

「あんた元気?」そう伸子が尋ねると、浩二は腹を抱えて笑い出した。「元気なわけなかやろう。僕はもう死んでるんだよ。母さん、相変わらずおとぼけやね」

その日から、浩二は時々伸子の前に現れるようになった。二人は楽しかった思い出話から他愛もないことまでたくさんの話をするが、一番の関心は医学生だった浩二の恋人・町子(黒木華)のことだった。結婚の約束をしていた浩二を突然失ってしまい、心の行き場もないまま、この3年ずっと伸子を気にかけてくれる優しい娘だった。

「浩二、もし真智子に好きな人が現れたら、あなたは諦めるしかないのよ。だって、あなたはもうこの世の人じゃなかやろ。あの子の幸せも考えなきゃね」。

伸子の言葉に、浩二は顔色を変えて抗議する。「嫌だ!そんなの嫌だ!町子には僕しかおらん!」わかっているけれど、どうしても自分の死を受け入れることができない浩二。

伸子はそんな息子が抱きしめたいほど愛しかった。二人で過ごす時間は特別なものだった。奇妙だったけれど、喜びに満ちていた。その幸せは永遠に続くようにみえたが――。

映画の中で伸子が「戦争は運命なんかじゃない。地震や津波は運命かもしれないが、戦争はそうじゃない」と言った言葉が印象的でした。多くの人々の命を奪うという点では地震や津波と同じかもしれないが、戦争は誰かが起こしたものだし、それを食い止めることもできるというまさに今、世界各地で戦争が多くの人々の命を奪っているが、それは止めることができるものだというメッセージが込められている言葉だと思いました。

吉永小百合と黒木華と言うふたりの女優がすばらしい演技で映画を盛り上げていました。また上海のおじさんがしょっちゅう闇物資を伸子に届けてくれるというのも、当時の時代背景をあらわしていました。

映画のワンカットでしたが、小学校の先生になった町子が教え子の風見民子(本田望結)と二人で、民子のお父さんの消息を尋ねに復員局へいったとき、お父さんは南方で戦死したと言われ、民子が泣くのを必死でこらえ、おじいさんは病気で、妹二人がいるのだから自分がしっかりしなければと言い、代わりに町子が泣くというシーンには胸が詰まりました。この民子のような例は無数にあったことだと思います。

改めて戦争が多くの国民に不幸をもたらすものだし、絶対に戦争をしてはいけないと感じた映画でした。

「母と暮らせば」 2015年日本 130分 監督:山田洋二 出演:吉永小百合、二宮和也、黒木華、浅野忠信、加藤健一、広岡由里子、本田望結、小林稔侍、辻萬長、橋爪功ほか

「母と暮らせば」公式サイト
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by irkutsk | 2015-12-12 12:07 | 映画 | Comments(0)