「ヨーロッパ退屈日記」を読みました(8月5日)

d0021786_15213128.jpg内田樹の「日本の覚醒のために」の中に、2011年11月29日に第3回伊丹十三賞受賞記念講演会で行われた講演「伊丹十三と『戦後精神』」がありました。その中で内田氏が取り上げていた「ヨーロッパ退屈日記」を読みました。

内田氏は講演の中で次のように述べていました。
「1960年代に書かれたこの批判はすべて今も有効なんです。日本の「ミドルクラス」的な貧乏くささは全く払拭されていない。伊丹がここで批判していたのは敗戦国ゆえの後進性や貧しさや生活水準の低さや国際感覚の欠如を批判していたのではない。日本が仮に勝ったとしても、その後もついてまわったに違いない後進性や貧しさや国際感覚の鈍さを批判していた。日本人と日本文化に内在し、血肉化している根源的な惰弱、緩み、自己規律のなさに対して自分自身の内臓に刃を突きつけるように自己分析を試みた」。

「伊丹が高く評価しているのは、一つはヨーロッパ人の自国の文化に対する誇りです。自分の国の美しいものに対して全身で守ろうとする気概、これを繰り返し称えている。伊丹が目指していたものは、日本の伝統的なものの中の、質の高いものに対して繰り返し評価することである。彼が最も深く憎んでいたものは、惰弱さ、自己規律のなさ、欲望や怠慢や無能にずるずると譲歩してしまう人間的弱さではないか。特に貧乏くささです。貧乏と貧乏くささは違います。貧乏くささというのはその状態をごまかそう、それを隠蔽しようとして、まるで貧乏ではないかのようにふるまうこと」。

さて、「ヨーロッパ退屈日記」の中で伊丹は次のように言っています。
「「ムード」と週刊誌と香水入りのおしぼりの国、日本。男が女より先に、タクシーに乗り込む国、日本。折角の風景を無数の広告で、すっかり台無しにしてしまう観光国、下水もないのにテレビだけは七つのチャンネルを持つ国、日本。一生のうちには、ヨーロッパの友人を、大威張りで案内できるようになってほしいものです。ともあれ、おいしい魚と、白菜の漬物と、おそばの出前と、それに按摩のことを考えると、私の胸ははずむのでした」。

また伊丹は「かつて日本は美しかった。日本人の人情を失わないようにしようじゃないの。思いやり、気がね、遠慮、謙遜。こういったものは、世界のどこにも例の無い美しい国民性なんだ」と言っている。戦争に負けようが、日本人としての矜持を忘れるなと言っている。

全く、今読んでも全然古くないし、彼の言わんとするところは現代日本にも当てはまっている。戦争に負け、アメリカの属国として苦汁をなめてきたが、いつかは主権を取り戻し、国土を取り戻し、日本の心を取り戻そう。そう言っているようだ。アメリカに主権や国土を売り渡した日本の政治家たちにこそ、日本人としての誇りを取り戻してほしい。

「ヨーロッパ退屈日記」 伊丹十三著 新潮文庫 2005年3月1日発行 520円+税
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by irkutsk | 2017-08-05 05:19 | | Comments(0)