6月7日に日本に帰ります(5月17日)

今朝起きて外を見ると雨が降っている。温度計を見ると14度と暖かい。室温は22度。でも今まで暖房が入って暖かく、24-25度の室温に慣れていたので肌寒さを感じる。朝ごはんのあとコンピュータのある部屋に行ってメールを見ようとしたら、コンピュータはブロックされたままで使えなかった。昨日の朝、ヴィターリーに言っておいたのに。なかなかすぐに物事の処理が行われないのがロシアと諦めるしかないのか。テレビのアンテナ線もつないでくれたのだけど、映らない。普通はつないだ後、映るかどうか確認すると思うのだが、怒ってはいけない。ここはロシアなのだから。今朝もイーラに線をつないでもらったけど、まだテレビが映らないと言っておいたので、直してくれると思うけど‥‥。

12時から高校生相手のプレゼンテーションがあるので、11時前に寮を出てバスで大学へ。研究室に行くと、カギがかかっていて、パソコンが使えるかなと期待したが、オーリガが何かの書類を開いたままにしていたので諦めた。すぐにダツェンコとオーリガがお昼を買って戻ってきた。わたしは今日の夜使うプリントのコピーをしようとコピーのある部屋に行ったが、二つともカギがかかっていなかった。12時までには時間があるので、近くのスーパーに行ってケータイのお金を追加してきた。

今日のプレゼンテーションもたくさんの高校生が来て、全員座れないくらいだった。今日も同じ説明をした、歌を歌い、質問を受けた。日本の軍隊についてとか、ロシアは気に入ったかとか、着物はどんなときに着るのかなどといった質問が出た。先生で日本語が少し話せる人がいて、今日の夕方に来るといっていた。彼は折り紙で恐竜を作ってきてくれた。雨が降っていたのでジェーニャがマーシャと一緒に寮まで送ってくれるというので乗せてもらった。

プレゼンテーションの途中でケータイが鳴り出し、出るわけにもいかずほうっておいて、あとで見てみるとアントンからだった。大学からかけてみたけどよく聞き取れなくて、今から宇宙飛行士学校に帰ると言ったら、それじゃ会って話すということになった。

部屋に戻って遅めの昼ご飯を食べ、今日の夜の授業で使うプリントのコピーをとりに行った。たくさんあったが全部やってもらえた。これはついていると思って、3階のヴィーターリーのいる部屋に行き、今朝まだコンピュータがブロックされていたという話をしたら、308の部屋のカギを持ってるかと聞くのですぐに持ってくると言い、1階へ降りて行っていたら途中で、アントンにあった。航空券が取れたので明日買いに行こうということと日曜日にクラスノヤルスクへ行くバスのキップも明日買いに行こうといわれた。最初話がよくわからなくて、クラスノヤルスクまで航空券を買いに行かなければならないのかと思っていたら、別の話で私が日曜日にクラスノヤルスクへ行きたいといっていた件だった。話の行き違いで、アレクセイと行くということを言わなければならなくなってしまった。彼がアレクセイに電話するといっていた。

帰国の日が決まりました。6月6日にクラスノヤルスクを出発し、ウラジオストクで1泊し、6月7日に新潟に着きます。こちらに戻るのは7月29日に新潟を発ち、30日にクラスノヤルスクに着きます。でも値段が高いです。往復で51.500ルーブル(日本円で約25万円)です。でもしかたありません。明日の12時にスパルタークの前でアントンと待ち合わせたので、その前にルーブルへの両替をしていかなければなりません。余分にお金を持ってきていて正解でした。

アントンと別れて3階のヴィターリのところへ行き、308のコンピュータを使えるようにしてもらいました。今日も何とかメールとブログを送ることができました。その後1階のラリーサのところに行き、たくさんのプリントをコピーしてもらいました。たくさんあると言ったら、大きくていい機械でコピーをとってくれたので、きれいでした。

昼に降っていた雨は上がって、青空がのぞいてきました。5時前にジェーニャが大学まで奥さんのマーシャを連れて行くので、一緒に車に乗せていってくれました。その前に軽く晩御飯を食べておきました。帰りが遅くなったので、食べていてよかったです。5時前に大学に着くと、ナターシャの友達で今日の昼の大学説明会に来ていたロマンさんがいて、囲碁の13路盤と白石を持ってきていました。なぜか大学の日本センターには白石がなかったので。早速彼と一局対戦し、負けてしまいました。そのあとマーシャとナターシャがやりました。6時からは市民日本語講座で今日は「みんなの日本語」の会話と読み物をやりましたが、難しかったようです。予定していた漢字まではやれませんでした。

授業の後、生徒のサーシャも残って、中国茶を飲みながら4人でまた囲碁をしました。今回は4つも石を置かせてくれたので私が勝ちました。サーシャとナターシャは長い勝負になり、終わったのは11時でした。バスがなくなるのじゃないかと心配していましたが、ちゃんとバスに乗って帰れました。
[PR]

by irkutsk | 2007-05-20 09:59 | 日本語 | Comments(0)