「シスタースマイル ドミニクの歌」を見てきました(8月11日)

d0021786_22522076.jpg名演小劇場に「シスタースマイル ドミニクの歌」を見に行きました。1950年代後半のベルギー。ジャニーヌは親の言いなりに生きることを拒否し、生きる意味を見出せず修道院に入ることを決意する。だが、修道院の厳しい規則にもなじめず、持ってきたギターを弾く許可をなんとか得る。そして作った曲があの有名な「ドミニクの歌」である。修道院は資金集めのために彼女をオーディションに参加させ、そこでレコード会社に認められ、レコードデビューすることに。シスタースマイルの名で売り出し、世界で300万枚の売上を記録する。ところが彼女が作った「黄金のピル」という歌が問題になり、彼女は修道院を出て行くことに。そしてカナダでコンサートツアーをやることになり、最初のコンサートは大成功。ところがそこでアンコール曲として「黄金のピル」を歌い、それが教会の反感を買い、教会の圧力でコンサートは次々にキャンセルされ、酒場で歌うことに。そんな生活にうんざりしてベルギーに戻り、両親のうちへ帰るが、両親は彼女を受け入れてくれない。友達のアニとともに住むが、その家もローンが払えずに出て行くことに。
世界的大ヒットを放った「ドミニクの歌」だったが、その後の歌はヒットせず、両親にも受け入れられず、寂しい人生を送った。

Wikipediaによると彼女は1960年代後半は敬虔な宗教生活に入り人前で歌うことはやめた。収入の大半は修道院に寄付していたが、1967年には音楽活動を停止。その後親友アニとともに自閉症自動のための学校を開いたが、1978年ベルギー政府は彼女に5万米ドルの追徴課税を課し、彼女は大半は修道院に寄付したものだと主張したが、領収書がないということで彼女の言い分は認められず、経済的な困難に陥る。そして1982年、親友アニと共に睡眠薬と酒の過剰服用で自殺した。

ドミニクの歌が宗教的な歌だったということを初めて知りました。

2009年 フランス・ベルギー  124分  セシル・ド・フランス主演
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by irkutsk | 2010-08-11 22:52 | 映画 | Comments(0)

「ステキな詩に会いたくて」を読みました(8月11日)

d0021786_2251737.jpg詩の編集者をやっている友人の水内さんから「ステキな詩に会いたくて」という本が届きました。中日新聞に毎週火曜日に連載されていた「詩と歩いて-詩人と私」を元に作られた本です。水内さんが54人の詩人を訪ねて話をした内容をまとめたもので、詩人の詩に対する思いやいろんなエピソードなども書かれていて、一気に読んでしました。

水内さんが会った詩人は谷川俊太郎さん、まどみちおさん、新川和江さん、岸田衿子さん、黒木瞳さん、糸井重里さん、俵万智さんなどすごく幅広い人たちです。そして54人みなさんの写真が載っていて、水内さんは「この人と会って、こんなことを話したんだ」とイメージがふくらみました。

阪田寛夫さんとの対談のところで、「詩集をもらったものに対して「返信などどうか無用」と配慮をされることに頭が下がる思いでした。」と書かれており、今日水内さんからもらった本にも「こちらから勝手に送付させていただきました。返信など気になさいませぬようお願いします。」と書かれた手紙が同封されていました。でもせっかく送ってもらったので、ブログで紹介することにしました。

私がこの本の中で感動したところを二つ紹介させていただきます。
最初は折原みとさんとの対談のなかで紹介された折原さんのエッセイ『たくさんの天使たちへ』の中の「欠点が多ければ多いほど、これから変われる可能性が大きいし、わからないことが多ければ多いほどこれから知る楽しみがいっぱいあるでしょう?」という言葉です。欠点だらけ、無知な自分にこれほどやさしい言葉はないと思いました。

二つ目はみつはしちかこさんとの対談の中でみつはしさんが言われた「元気が出るもの、生きていてよかったと思うことができるものを書きたいと思います。言葉の力はすごいですよね。気持ちが明るいほうに行ったり、おおらかになったりしますから」という言葉です。本当に言葉というものは愚痴や悪口を行っていると回りまわって自分が暗くドロドロとしたものになりますよね。人と話すときも肯定的な言葉、ほめる言葉、前向きな言葉を使いたいものですね。

水内さん、ステキな本をありがとうございました。

「ステキな詩に会いたくて」-54人の詩人をたずねて 水内喜久雄著 
小学館 1400円+税  2010年7月28日発行
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by irkutsk | 2010-08-11 22:51 | | Comments(0)