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ロシアとMacと日本語

d0021786_1040246.jpg友人がビルから飛び降りようとしている現場で、霧子は黒ずくめの不思議な男と出会った。そして1週間後、合コンで偶然にも彼と会う。彼は早稲田を出て小学校の教師をしている椿林太郎だと自己紹介をする。そして二人で合コンを抜け出して、林太郎の行きつけの中野駅近くにある「むーちゃん」という居酒屋へ行く。

そこで霧子は林太郎の過去を聞く。物心ついたころから頭の中がうるさくて、うるさくて何もまともに考えられなかった。音はいろいろで、ドラム缶をたたくような音だったり、空から雨の代わりに砂が降ってきているみたいなざらざらした音だったり。でも当時はみんな同じだと思っていた。でも小学5年生の時、夜中にあまりにうるさいのでキレちゃって「バカヤロー」と叫びながら走っていた。そしてこのまま電車に飛び込んでしまおうと思って線路に横たわっていた。でもいつまでたっても電車は来ない。いつ始発が通過してもおかしくないはずなのに。いくら待っても電車が来ないので、あきらめて立ち上がると、音が消えた。それからはもう二度と音は聞こえなくなった。

林太郎とムーちゃんへ行った帰り、霧子は林太郎を自分のアパートに泊め、やがて同棲するようになった。そんなある日、林太郎は担任の生徒・啓太のお母さんが怒鳴り込んできて、午後からドタバタして大変だったという話をした。啓太は5年生だが、温かい食べ物が苦手で、林太郎は彼が温かいものを食べられるようになるよう、自分のアパートに連れてきて夕食を食べさせたり、食堂で一緒に食べたりしていた。啓太の母は夜の仕事をしていて、夕方から出かけていなかったのだ。啓太の母親は、同級生の母親からその事実を聞かされ、学校へ怒鳴り込んできたということだった。

林太郎は次の小学校に転勤して4か月後の7月、林太郎は学校を辞めてきたと霧子に言った。隣のクラスに嚙みつき癖のある徹哉という男の子がいて1年生から持ち上がりの女性教諭はその扱いに頭を抱えていた。徹哉は教室を飛び出して林太郎のクラスまでやってくる。林太郎は半月後、徹哉がどんな問題を内心に抱えているかを知るために、クラス全員と交換日記を始めてみること、彼のパニックを未然に防ぐために、教室の後ろの窓際に机といすを置いて、気持ちがぐらぐらしてきたら、その椅子に座って景色を眺めてクールダウンできるようにすることなどをすすめた。そんな特別扱いはできないとその女性教師は彼の提案を一蹴した。それから2週間後、徹哉が級友とけんかになり相手の腕に噛みついて裂傷を負わせてしまった。双方の親が呼び出され、校長は「だから最初から無理だと言ったんです。こうなった以上はよそに行ってもらう方がお互いのためだと思いますよ。他の子をじゃまするおたくのお子さんのような子は、正直なところ非常に迷惑なんですよ」と言った。

林太郎は帰ろうとする母親に声をかけ、彼の家庭教師を申し出て週に2回、徹哉の家で家庭教師をすることにした。ところがそれが校長にばれて、校長とやりあい、辞表を出したという。「大のために小を犠牲にするという間違った考え方が、今の教育をめちゃくちゃにしているのは確かなんだ」と彼は霧子に言った。

林太郎は霧子と正式に結婚した。そして林太郎は新しい仕事として学習塾みたいなものを開くという。オープンした「椿体育教室」は、体育が苦手な子、九九が覚えられない子、漢字が苦手な子、じっとしているのが不得意な子、そういう子ども達のための塾だ。

霧子は大阪へ転勤になり、二人は別居生活をすることになる。そしてある日、霧子の父が脳溢血で倒れたという連絡が入った。霧子は鹿児島へ出張していて、林太郎に連絡するがちっとも捕まらない。霧子は今夜が峠みたいだから病院に駆けつけてほしいという。だが林太郎は「うーん、教室があるしね。面談も入ってるから、僕は明日の夕方にならないとちょっと抜けられないかもしれない」と答え、霧子を怒らせる。林太郎は「お父さんは大丈夫だよ。今夜で山を越えて、少し時間はかかるかもしれないけど必ず全快するよ。あまり心配しなくたって平気だと思うよ」と言う。彼には人の死期がわかるという不思議な能力があったのだ。でもそれを言っても霧子は信じてくれないだろうし。

その秘密を霧子に話した時、彼女は「運命は自分たちの意志でいくらでも修正可能なんじゃないかしら」と反論する。だが林太郎は「僕たちは自らの寿命が尽きたときに死ぬんだ。ぼくたちに、その寿命を変える力は与えられていない。誰もが寿命を受け入れるほかないんだよ。ただね、そうだとしても、どうやって死ぬかは僕たちの力で変えられるんだ。どんな人も最後の最後まで周囲の人に愛され、惜しまれて死んでいってほしい。この世に生まれたことを呪うような死に方だけは絶対にさせてはならないんだよ」と答える。そして最後に、「死は決して終わりではないってことなんだ」と言うのだった。

人の運命と、それにまつわる人々の生き方について考えさせられる一冊でした。

白石一文は1958年福岡県生まれ。2000年に「一瞬の光」でデビュー。09年「この胸に深々と刺さる矢を抜け」で山本周五郎賞を、翌10年には「ほかならぬ人」で直木賞を受賞している。

「彼が通る不思議なコースを私も」 白石一文著 集英社 2014年1月10日発行 1600円+税
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by irkutsk | 2017-03-27 17:40 | | Comments(0)