カテゴリ:見たこと、聞いたこと( 308 )

落語を聞きに行きました(7月29日)

今池ガスホールへ「春風亭一朝、古今亭文菊の会」を聞きに行きました。今回はえ列の22番ということで、舞台に向かって右端の方の席でしたが、前の方だったので落語家が演じる表情もよく見え、楽しめました。
最初は前座の春風亭一花の「やかん」、2席目は一朝の「船徳」、3席目は文菊の「青菜」、仲入りを挟んで文菊の「あくび指南」、一朝の「井戸の茶碗」を聞きました。
以前に聞いた演目ありましたが、演じる落語家が違うとまた違った趣があり、十分楽しめました。

正直な屑屋・清兵衛と落ちぶれた侍・千代田卜斎、細川家の侍・高木佐太夫が繰り広げる人情噺「井戸の茶碗」は何度聞いてもいいです。可計学園の理事長・可計孝太郎と安倍晋三、萩生田光一・官房副長官、和泉洋人・首相補佐官、山本幸三・地方創生相などこの落語を聞いて、正直がどんなに大切なことか肝に銘じてほしいものだ。
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by irkutsk | 2017-07-29 16:50 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「大エルミタージュ美術館展」を見に行きました(7月17日)

d0021786_2138623.jpg愛知県美術館へ「大エルミタージュ美術館展」を見に行きました。

かつての帝政ロシアの首都、サンクト・ペテルブルグ。この街を今も続く芸術の都へと導いたのが、女帝エカテリーナ2世でした。エカテリーナ2世はピョートル大帝の孫・ピョートル3世の奥さんで、14歳でドイツからロシアへ嫁入りしてきたのでした。1764年、エカテリーナ2世がベルリンの実業家から317点の絵画コレクションを取得したのが、エルミタージュのはじまりといわれています。その後も歴代皇帝が国家の威信をかけて美術品を収集し、エルミタージュは世界でも類を見ないほどの質と規模を誇る美術館となりました。

今回の展覧会では16世紀ルネサンスから17・18世紀のバロック・ロココの「オールドマスター」、巨匠のたちの名画85点が展示されています。
ポンペオ・ジローラム・バトーニ《聖家族》
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ウィギリウス・エリクセン《戴冠式のローブをつけたエカテリーナ2世の肖像》
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フランス・スネイデルス《鳥のコンサート》
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ルカス・クラーナハ《林檎の木の下の聖母子》
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レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《運命を悟るハマン》
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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像》
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フランシスコ・デ・スルバラン《聖母マリアの少女時代》
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by irkutsk | 2017-07-17 14:29 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「描かれた大正モダン・キッズ婦人之友社『子供之友』原画展」を見に行きました(5月7日)

刈谷市美術館へ「描かれた大正モダン・キッズ婦人之友社『子供之友』原画展」を見に行きました。まず、美術館隣の茶室「佐喜知庵」にて展覧会にちなんだお菓子・リボンをいただき、抹茶をいただきました。庭にバナナの香りがする花の木があると教えてもらいそばに行くと確かに甘いバナナの香りがしました。
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お茶を飲んで、展覧会へ。『子供之友』は婦人之友社から1914年に創刊され、大正から戦中の子どもたちに愛読されました。童話、伝記読物、漫画など多彩な内容で、北澤楽天、竹久夢二、武井武雄らの魅力的な作品が毎号誌面を飾りました。モダニズムの時代に花開いた幼年絵雑誌の軌跡を、原画150余点や同時代の雑誌などで辿り、その芸術性を紹介されています。

『子供之友』は、1914年(大正3)4月に婦人之友社の創業者羽仁もと子、吉一によって創刊されました。その後、1943年(昭和18)に第二次世界大戦下における用紙制限によって休刊するまでの30年間、子どもの自立による近代的な人間育成を一貫して掲げ、生活教育を積極的に展開した絵雑誌として、童話や伝記読物、漫画やクイズなどの多彩な内容で多くの子どもたちから愛されました。
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by irkutsk | 2017-05-07 16:00 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「Sound Library~世界にひとつだけの本」(1月4日)

1月4日の朝日新聞の「ラジオアングル」で「Sound Library~世界にひとつだけの本」が紹介されていた。「一人の市井の女性の日記のような物語を、ひとりの女優が朗読し続けて人気の番組」である。原作者は北阪昌人、朗読は木村多江。木村多江の朗読がすばらしい。物語の主人公は旅行会社に勤める38歳の月原加奈子。すでに387話を数え、バックナンバーのいくつかをiPhoneのアプリ「JFNPARK」で聞くことができる。1話14分なので手軽に聴ける。おすすめです。Podcastからも聞けます。
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by irkutsk | 2017-01-04 05:04 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「親愛なる我が総統」を見に行きました(12月4日)

d0021786_21301434.jpg2016年秋劇団名古屋創立60年目のアトリエ公演「親愛なる我が総統」を見に行きました。
劇団名古屋の稽古場での公演でした。日曜日の午後の公演と会って40名しか入らないという仮設の客席は満員でした。

劇の舞台はポーランド。登場人物は第二次大戦中、ユダヤ人を虐殺したドイツ軍収容所所長・ルドルフ・フェルディナント・ヘースと彼を取り調べていたポーランド人の裁判官2名と精神科医。

なぜヘースはユダヤ人を虐殺したのか。ヒトラーのユダヤ人抹殺命令に疑問を抱かなかったのか。

日本人兵士も中国や韓国で虐殺や人体実験を行っていた。上官の命令は天皇陛下の命令だと言われ、人間としてやってはいけないことをやってきた。戦争とは人間が人間としての判断を停止させ、命令を忠実に実行する存在になってしまう。そのような経験を誰にもさせたくない。
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by irkutsk | 2016-12-04 16:29 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

グルム・カシィムバエヴァチャリティーコンサートを聴きに行きました(9月22日)

d0021786_1714818.jpg生まれつき目が見えないグルム・カシィムバエヴァ・チャリティーコンサートにスタッフとして参加しました。

グルムさんは旧ソ連・キルギスのイシククル州チュップ村で9人兄弟の末っ子として生まれました。生まれたときから全く目が見えませんでした。小さいときから歌が好きでラジオから流れる日本の歌をよく聞いていました。彼女は7歳から17歳までビシュケクの視覚障がい者の中高等学校で勉強しました。

2012年、キルギス・日本外交20周年記念式典で日本全権大使の依頼によりグルムさんは中島みゆきの「地上の星」を熱唱しました。

そして2015年12月27日、東京・品川の「きゅりあん」で開かれた「日本とキルギスを繋ぐ友好チャリティーコンサート」でグルムさんの歌声はたくさんの聴衆を魅了しました。そしてレコーディングも行い、ファーストCD「草原の鍵」を発売しました。

2度目の来日は2016年3月で、日本テレビの「のどじまん!ザ!ワールド2016春」に参加し、彼女はそこで審査員点数満点の400点を予選と決勝で出し、見事優勝しました。

そして今回が3度目の来日で、9月16日に成田に到着し、9月18日川崎市で「日本とキルギス友好チャリティコンサート」を行い130名の見込みが170名も参加者があり大盛況でした。9月20日には岡山市民会館で1000名の聴衆を魅了しました。9月21日には大阪のライブハウスで歌いました。

9月22日、名古屋は朝から雨でした。10時に名古屋駅に到着し、11時から早速リハーサル。前日の中日新聞夕刊、当日の朝日新聞にも今日のコンサートのことが写真入りで大きな記事として報道され、ユーラシア協会へも21日の夕方から問い合わせの電話がたくさんありました。会場となった愛知民主会館の1階ではキルギスから持ってきた民芸品やグルムさんのCD、ユーラシア諸国の物産などの販売コーナーが設けられ、来場したお客さんの関心と興味を引いていました。キルギスの物産の売り上げの3割はキャル基金に寄付されるということでした。

午後3時、100名の入場予定者を超え、131名のお客さんで2階ホールは満員になりました。最初に松田信治さんによるキルギスとグルさんの紹介が写真や動画を交えてありました。

あでやかな民族衣装を身に着けて登場したグルムさんは、まず「地上の星」、「ヘッドライト テールライト」、「愛燦々」、「涙そうそう」、「時の流れに身をまかせ」、「恋のバカンス」を日本語で、そしてキルギスの大自然を歌った歌「キルギスの真珠」をキルギス語で歌いました。日本の歌も上手な日本語で歌い、キルギス語の歌も彼女の美しい声がひときわ輝きを増したように感じられました。ギターの浅野佑悠輝さんのユーモアを交えた司会進行も参加者の気分をリラックスさせ、参加者とステージが一体となってすてきなコンサートになりました。

後半、再び登場したグルムさんは真っ白な民族衣装(ウエディングドレス)でした。お母さんの愛を歌ったキルギスの「エネメ」(お母さんへ)、あなたと人生について語り合ったことを覚えているという「エスムデ」(覚えているよ)の2曲のキルギスの歌を歌いました。続いて竹内まりあの「元気を出して」、CDに収録されている「黄昏をこのままに」、「草原の鍵」を歌い、予定の曲は終了しましたが、開場の「アンコール」の大合唱に応えて、「上を向いてあるこう」を会場の参加者と一緒に歌いました。
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by irkutsk | 2016-09-22 18:00 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

大須演芸場へ行きました(9月16日)

2016芸協らくご名古屋寄席を聴きに大須演芸場へ行きました。12時開演の部に行きましたが、開場の11時30分には演芸場の前はたくさんの人でした。今日は満席とのことで、2階席まで埋まっていました。1階席も通路や舞台のすぐ前にも椅子が並べられていました。

前座は春風亭昇市、笑福亭希光が務め、トップバッターは桂竹千代、次に桂枝太郎、そして江戸売り声の宮田章司、三遊亭小遊三。仲入り後は三遊亭夢太朗、奇術の松旭斎小天華、最後は桂歌丸でした。歌丸師匠は昨年、今年と腸閉塞を患い、すっかり痩せて体重も36キロだとのこと。でも落語を語り始めると声はしっかりしており、表情も実にリアルで、さすが歌丸師匠でした。

ちなみに今日の出し物は「紺屋高尾」でした。染物職人の久蔵が花魁の高尾太夫に一目惚れし、恋の病に。医者の蘭石先生が高尾太夫を座敷に呼ぶには10両かかると教えてくれる。久蔵の1年間の給料は3両なので3年はかかる。3年働いて9両貯めたらわしが1両足して、??原に連れて行ってやると蘭石先生は約束する。久蔵は翌日から一心不乱に働き3年が経ち店の主人が金の使い道を聞くと高尾太夫を買いに行くと告白する。親方も帯や着物、草履もそろえてくれ、いよいよ蘭石先生と??原へ繰り出す。そして運よく高尾太夫の客が急用で帰ったので、空いているとのことで、長年憧れてきた高尾太夫を呼ぶことができる。蘭石先生からは下手なことを口走ると、紺屋がばれるから、「あいよ、あいよ」とだけ言えと言われてきたが、高尾太夫に次はいつ来てくれるかと聞かれ、3年後だという。そして本当のことを話し、お前に会うためには3年働かないと会えないのだと言う。この話に感激した高尾太夫は来年2月15日になったら年季が開けるから、そしたら夫婦になろう、それまで待っていてくれと言う。そして翌年2月15日、紺屋を高尾太夫が訪ねて来て、二人は幸せに暮らしたという話。

久しぶりに笑いに笑った2時間半でした。
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by irkutsk | 2016-09-16 21:24 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

第1回名古屋ウクライナパレ―ドに参加しました(9月3日)

午後3時半から久屋大通公園南噴水広場から大津通を通って久屋大通公園ロサンゼルス広場までウクライナパレードが行われました。1991年8月24日のウクライナ独立25周年を祝ってウクライナ人、日本人によるパレードが行われました。ウクライナの民族衣装を着た女性や、ウクライナの旗を持った人、そして先頭には「第1回名古屋ウクライナパレード」を持った少女、歓迎のセレモニーに使われる大きな丸いパンをもった女性、ブルーと黄色のウクライナ国旗を持った男の人がいました。そしてパレードにはウクライナ人の若いお母さんが乳母車に子どもを乗せていたり、小旗を持った人違がいたり、ラジカセでウクライナの音楽を流す人もいたり、華やかで、にぎやかなパレードでした。土曜日の午後、大津通にはたくさんの市民がいて、このパレードは何なんだろうと興味深げに見ており、ロシア正教の司祭さんの呼びかけに応えて手を振ってくれました。100人ほどのパレードは訳30分で終わりましたが、主催者の女性は来年以降も続けたいと話していました。
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by irkutsk | 2016-09-03 17:02 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「井戸謙一弁護士の講演会」に行ってきました(8月28日)

d0021786_1331208.jpg中京大学で行われた「裁判で原発を止める 井戸謙一弁護士の講演」を聞きに行きました。

井戸謙一弁護士は2006年金沢地裁で、北陸電力志賀原発2号機の運転差し止めを認める判決を出した裁判長です。2011年に退官された後は、滋賀県彦根市で弁護士になりました。そして、2016年3月、福井県の高浜原発3,4号機の再稼働差し止め裁判で勝利し、史上初めて現実に動いている原発を止めました。

赤旗(2016年3月20日)インタビュー記事で井戸さんは次のように語っています。
「電力会社がしゃかりきに原発を動かそうとするのは別に『公益・公共』のためではなく、自分たちの経営の安定のためなのです。福島第一原発の1~3号機の原子炉の状態も分かっておらず、事故の原因もよくわからない。いまなお約10万人の人びとが県外で避難生活を続け、震災関連死は2000人を超えました。一私企業の経営のために膨大な人たちを不幸のどん底に突き落とし、さらに次の過酷事故を起こして国家を崩壊させてしまうことが許されるのでしょうか」

井戸弁護士は講演で、2011年の福島第一原発事故はいくつかの奇跡的な偶然によって最悪の事態を避けることができたが、次に事故が起こったときもこのような偶然が起こるとは考えられない。次に事故が起こったら、日本は壊滅状態になると述べていました。

福島原発の事故で放射能の大半は海の方へ流れて行った。もし美浜や高浜で事故が起こったら福島以上の放射能汚染の事態を招く。

福島原発事故で、市民は原発過酷事故の恐怖体験をし、原発安全神話、専門家信頼神話、原発必要神話、原発低コスト神話が崩壊した。

新規制基準に則って原発再稼働が進められているが、新規制基準は世界最高水準ではなく、立地審査を放棄し、避難計画を審査しない、耐震基準は従前通り、EU仕様(二重格納容器、人の行動に期待しないパッシブ設計)にも及ばないものです。

低コスト神話についても原子力は洋上風力や太陽光よりは安いが、天然ガス、陸上風力、水力、地熱などと比べても高いものになっており、事故後の処理費用や補償などを考えるととても安いと言えるものではありません。また原発を動かさなくても電力は十分にまかなえています。

福島原発事故後の子どもたちの被曝についても、井戸弁護士は「子ども脱被ばく裁判」の弁護も行っており、事故後5年経過し、甲状腺がんなどの放射能によるものと思われる病気が出てきているが、政府は放射能との因果関係を認めようとしないし、今後その因果関係がわからなくなるような制度改悪をしようとしているということでした。

そして最後に、次のように述べました。
・核は、種の保存すら危うくさせる
・放射能安全神話と闘おう
・原発に未来はない。退場の道筋をつけてあげるのが市民の役割。一つ一つの原発の再稼働に徹底的に反対しよう。仮に再稼働を防ぎえなかったとしても、可能な限り遅らせよう。
・そのことによって、電力会社は、安全対策にカネをつぎ込まざるを得なくなる。運転できないリスクが高まる。原発がペイしないことが明らかになれば、撤退に道を開く。

その後、「高浜原発40年廃炉名古屋訴訟」の弁護団の藤川誠二弁護士から、この裁判についての報告がなされました。次の公判は10月26日(水)午前10時半から名古屋地裁で行われます。傍聴券の抽選が10時から行われます。ぜひ傍聴にお出かけください。
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by irkutsk | 2016-08-28 18:29 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「ウスリーの赤き流れに」を見に行きました(8月26日)

d0021786_213154.jpg千種文化小劇場へ「ウスリーの赤き流れに」を見に行きました。

1945年終戦間近の満州国虎頭山要塞を舞台にした演劇です。対ソ連の国境に構築された虎頭山要塞は、それを作った中国人たちは秘密保護のために全員殺された。そして、ソ連との戦争になったら対岸の町・イアンを攻撃し、シベリア鉄道の鉄橋を爆破し、ウラジオストクを孤立させるという戦略だった。ところが関東軍の主力はみな南方へ送られ、残っているのは現地召集の兵と高齢の兵ばかりで、彼らには満足な訓練の機会も与えられないまま実戦配備されることになった。

8月9日、ソ連軍が攻撃を開始する。そして8月15日、日本は無条件降伏したが、この時点ですでに後方との連絡は途絶え、日本軍は暗号を変更していたが、乱数表が無かったため、司令部からの伝達は解読不能となった。ソ連にとらえられた日本兵が軍使として降伏勧告をするが、これを拒否し、4つあった虎頭山要塞はすべて全滅させられた。2000人の兵士や避難してきた開拓団の人たちが命を落とした。

舞台の上で役者が語るだけのシンプルな構成で、衣装も現在のおじさんたちの服装だったが、71年前の虎頭山要塞での兵士のやり取りがリアルに再現されていた。

戦争を知らない首相が、戦争をできる国にしようと躍起になっているが、戦争とは人間性を徹底的に破壊し、多くの人々を不幸に陥れるものだ。71年前、二度と戦争はしないと誓ったはずなのに、いったい誰のために、何のために再び戦争をしようとしているのか。平和の尊さを考えさせられるいい劇でした。

原案:岡崎哲夫、作・演出:ふじたあさや 出演:天野鎮雄、上田定行、うちだしげる、小澤寛、末吉康治、なかとしお、もりつとむ
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by irkutsk | 2016-08-26 16:29 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)