カテゴリ:見たこと、聞いたこと( 311 )

「検察官」を見に行きました(11月20日)

d0021786_984728.jpg名古屋市民会館へ名演の11月例会「検察官」を見に行きました。劇団東演の講演でメンバーにはロシアのユーゴザーパド劇場のメンバーが5~6人加わっていて、劇の中でもロシア語でセリフを言っていました。

「検察官」はゴーゴリの有名な戯曲でとあるロシアの田舎にお忍びで検察官がやってくるという手紙を市長が知り合いから受け取り、教育委員長、判事、郵便局長、病院長、警察署長など日ごろから市民をいじめ、わいろを取り、私腹を肥やしていた面々は驚愕し、その対策を練り始める。そこへ商人の兄弟ドブチンスキーとボブチンスキーが駆け込んでくる。宿屋にペテルブルグから来た役人が2週間も滞在しているという情報を持ってくる。みんなは、それはきっとお忍びの検察官に違いないと宿屋へ押しかける。

宿屋ではカルタの勝負ですってんてんになってしまい、宿賃も払えず、宿の主人に金を払わない限り、これ以上食べ物は出せないと言われ、空腹を抱え自分の下男に当たり散らしていた。そこへ市長たちがやってきて、私たちは旅行者が何か不便がないかをお聞きしにやってきたという。「場所を移ってはどうですか」という市長の提案に、フレスタコフは朝方宿の主人が「金を払わないなら、市長に訴えてやる」という言葉を思い出し、てっきり監獄へぶち込まれると思った。だが市長は「この不潔な宿屋より、もしよろしければ私のうちへお泊り頂ければ」と提案する。フレスタコフは喜んで市長のうちへ移る。慈善病院を視察させ、そこで昼食をさせている間に、市長は妻に手紙を書いて準備をさせて置く。

市長のうちにやってきたフレスタコフはだんだんと事情が呑み込め、こいつらは自分を政府の高官と勘違いしていやがるということに気づく。そして夜の宴会には市長の妻や娘も一緒になって彼をもてなし、彼は彼で調子に乗って、ありもしない社交界の話題や出世話のほらを吹きまくる。

翌日、調子に乗ったフレスタコフは市長の妻や娘に気があるような話をし、ついには市長の娘と結婚すると言い出し、市長に許しを求める。市長はこれで自分たち一家もペテルブルグへ行って、それなりの地位につけると大喜び。フレスタコフの下男・オーシップはそろそろずらかる潮時ではないかと主人に言う。フレスタコフは「ちょっと待て」と言って、市長や、判事、病院長や教育委員長らからすぐに返すからと言って金を借りる。そして叔父のところへ結婚の祝福を受けに行くので最高の馬車を用意してくれるようにと郵便局長に頼む。明日には帰ってくるからと言い、フレスタコフとオーシップは出かけていく。

残された面々は、市長がペテルブルグへ行き、それなりの地位を得たら自分たちの息子のこともよろしくなどと言い合っているところへ、郵便局長が真っ青な顔をして飛び込んでくる。今朝オーシップが持ってきた、フレスタコフがペテルブルグの友人にあてた手紙を開封したらとんでもないことが書いてあったという。ここの市長始めとする役人どもが自分を検察官と勘違いして上を下へのもてなしをしてくれたことが面白おかしく書かれていた。その友人にペテルブルグの新聞にこのことを載せてくれと書かれていた。

あまりの自分たちの愚かさに、誰が最初にあいつを検察官だといったんだと言ったんだとボブチンスキーとドブチンスキーを追及しているところへ、本物の検察官がやってきた。

今も昔も役人や政治家が賄賂をもらい、庶民をいじめていたのは同じでちっとも変っていない。今の方がより巧妙になって、わからなくなっているだけのことである。森友・加計学園問題でも、「記憶にない」、「文書がない」で逃げ回り、忖度された側は「頼んだことはない」と言う。
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by irkutsk | 2017-11-20 22:06 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

名古屋市科学館のプラネタリウムへ行きました(10月29日)

d0021786_20325115.jpg2011年にできた名古屋市科学館のプラネタリウムへ初めて行きました。できてすぐの頃は、8時前から長い行列ができて、チケットを手に入れるのが大変でしたが、もう6年もたっており、台風が接近中で雨が降っていたということもあり、行列は短く、9時ごろに行きましたが十分でした。9時15分ぐらいから館内に入れてもらえ、9時半からチケットの販売が始まりました。

ジェレズノゴルスクの宇宙飛行士学校で日本語を教えた教え子が会社の出張でロシアから名古屋へ来ていて、科学館へ行きたいというので一緒に行きました。

私は敬老手帳を持っているので200円でプラネタリウムと展示室を見ることができました。一般料金は800円です。10時からのプラネタリウムを見ましたが、世界最大の大きさのプラネタリウムでリクライニング&回転式の350席がありました。10月は「夕焼けの科学」というテーマで、どうして夕焼けが赤くなるのか、火星の夕焼けは青いということを実際に映して見せてくれました。最初には名古屋の今の空に見える星の説明やこれから見える星の説明、そして天の川銀河について、私たちの太陽系は天の川銀河のどこにあるのかなどを投影して解説してくれました。感動でした。

来月は「アンドロメダ銀河」、12月は「オーロラが見たい」で、できるだけ本物に近い色や動きのオーロラが映し出される予定です。

わずか200円で見られるので、毎月行きたいと思いました。
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by irkutsk | 2017-10-29 14:33 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

柳家さん喬独演会を聞きに行きました(10月7日)

今池ガスホールへ柳家さん喬独演会を聞きに行きました。

前座は柳家小んぶで、身長187㎝、体重96キロという大きな体で、落語好きの院長のに呼ばれて産婦人科の病院に行ったとき、病院に赤ん坊を抱いていたお母さんに、お相撲さんと間違えられ、子どもを抱っこしてもらえませんかと頼まれたという話がありました。

落語は「 安兵衛狐」で長屋の偏屈で頑固者の源兵衛さんと、彼となぜか馬が合う貧乏人の安兵衛さん。源兵衛さんが酒をぶら下げて歩いているのを長屋の向かいに住んでいる金さん、六さんが見つけ、花見にいくんだろう? 俺たちも一緒に連れてってくれよと言う。源兵衛さんはこいつらと花見に行くなんてまっぴらだと思い、花見じゃなくて墓見に行くと答える。言ってしまった手前、墓見に行かざるを得ず墓場へ。そこで女の墓を見つけてその前で酒を飲み始める。墓の後ろに回るとしゃれこうべが出てきていた。源兵衛さんはしゃれこうべに酒を飲ませてやり(かけてやり)、丁寧に葬ってやった。するとその日の夜、若い女が訪ねてきた。そして昼間の礼を言い、源兵衛の妻になってくれる。だが幽霊なので夜しか現れない。朝になるといなくなる。そして夜になるとどこからともなく現れる。その話を聞いた安兵衛さん。自分も嫁さんが欲しいと墓へ行く。そこで両氏が罠で狐を取ったところに出くわし、どうするのかと聞くと、皮をむいちまうという。安兵衛はかわいそうだと思い、1円出してその狐を買って逃がしてやる。その帰り道、若い娘に声をかけられる。そして一緒に長屋に住むことになるが、この娘、耳が立っていて、口が前にとがっていて、話の最後に「コン」をつける。源兵衛さんたちは近所の安兵衛のおじさんのところに行って尋ねるが、耳が遠くて一向にらちがあかない。大きな声で「安兵衛さんは来ませんかね」と聞くと、おじさんは「なに、安兵衛? 安兵衛はコン」と答える。「おじさんも狐だ」という落ちだった。

二題目はさん喬の「替り目」。三題目は「天狗裁き」。そして中入りの後は「たちきり」で遊びが過ぎる若旦那をどうするか親戚が集まって相談しているところへ、当の若旦那が帰ってくる。結局番頭の提案で100日間の蔵暮らしをすることになった。いつも行っていた柳橋の小糸から1日に2度手紙が届くが、番頭が若旦那は不在だと言って手紙を代わりにもらっていた。100日たって手紙を番頭から見せられる。手紙は80日目を最後に来なくなっていた。その最後の手紙を読むと、もうこの世ではお会いできません。あの世でお会いしましょうと書かれていた。若旦那はすぐに柳橋の小糸のもとへ駆けて行くが、小糸は死んでしまっていた。女将の話によると最初は今日は旦那とお芝居を見に行く約束していると喜んでいたが、旦那様は来てくれず、手紙を書けども返事はない。とうとう食事ものどを通らなくなり、やせ衰え、80日目に亡くなったという。

さん喬の名演技でついつい引き込まれ、ほろりとさせられっる話だった。

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by irkutsk | 2017-10-07 16:38 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

落語を聞きに行きました(7月29日)

今池ガスホールへ「春風亭一朝、古今亭文菊の会」を聞きに行きました。今回はえ列の22番ということで、舞台に向かって右端の方の席でしたが、前の方だったので落語家が演じる表情もよく見え、楽しめました。
最初は前座の春風亭一花の「やかん」、2席目は一朝の「船徳」、3席目は文菊の「青菜」、仲入りを挟んで文菊の「あくび指南」、一朝の「井戸の茶碗」を聞きました。
以前に聞いた演目ありましたが、演じる落語家が違うとまた違った趣があり、十分楽しめました。

正直な屑屋・清兵衛と落ちぶれた侍・千代田卜斎、細川家の侍・高木佐太夫が繰り広げる人情噺「井戸の茶碗」は何度聞いてもいいです。可計学園の理事長・可計孝太郎と安倍晋三、萩生田光一・官房副長官、和泉洋人・首相補佐官、山本幸三・地方創生相などこの落語を聞いて、正直がどんなに大切なことか肝に銘じてほしいものだ。
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by irkutsk | 2017-07-29 16:50 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「大エルミタージュ美術館展」を見に行きました(7月17日)

d0021786_2138623.jpg愛知県美術館へ「大エルミタージュ美術館展」を見に行きました。

かつての帝政ロシアの首都、サンクト・ペテルブルグ。この街を今も続く芸術の都へと導いたのが、女帝エカテリーナ2世でした。エカテリーナ2世はピョートル大帝の孫・ピョートル3世の奥さんで、14歳でドイツからロシアへ嫁入りしてきたのでした。1764年、エカテリーナ2世がベルリンの実業家から317点の絵画コレクションを取得したのが、エルミタージュのはじまりといわれています。その後も歴代皇帝が国家の威信をかけて美術品を収集し、エルミタージュは世界でも類を見ないほどの質と規模を誇る美術館となりました。

今回の展覧会では16世紀ルネサンスから17・18世紀のバロック・ロココの「オールドマスター」、巨匠のたちの名画85点が展示されています。
ポンペオ・ジローラム・バトーニ《聖家族》
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ウィギリウス・エリクセン《戴冠式のローブをつけたエカテリーナ2世の肖像》
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フランス・スネイデルス《鳥のコンサート》
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ルカス・クラーナハ《林檎の木の下の聖母子》
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レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《運命を悟るハマン》
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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《羽飾りのある帽子をかぶった若い女性の肖像》
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フランシスコ・デ・スルバラン《聖母マリアの少女時代》
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by irkutsk | 2017-07-17 14:29 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「描かれた大正モダン・キッズ婦人之友社『子供之友』原画展」を見に行きました(5月7日)

刈谷市美術館へ「描かれた大正モダン・キッズ婦人之友社『子供之友』原画展」を見に行きました。まず、美術館隣の茶室「佐喜知庵」にて展覧会にちなんだお菓子・リボンをいただき、抹茶をいただきました。庭にバナナの香りがする花の木があると教えてもらいそばに行くと確かに甘いバナナの香りがしました。
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お茶を飲んで、展覧会へ。『子供之友』は婦人之友社から1914年に創刊され、大正から戦中の子どもたちに愛読されました。童話、伝記読物、漫画など多彩な内容で、北澤楽天、竹久夢二、武井武雄らの魅力的な作品が毎号誌面を飾りました。モダニズムの時代に花開いた幼年絵雑誌の軌跡を、原画150余点や同時代の雑誌などで辿り、その芸術性を紹介されています。

『子供之友』は、1914年(大正3)4月に婦人之友社の創業者羽仁もと子、吉一によって創刊されました。その後、1943年(昭和18)に第二次世界大戦下における用紙制限によって休刊するまでの30年間、子どもの自立による近代的な人間育成を一貫して掲げ、生活教育を積極的に展開した絵雑誌として、童話や伝記読物、漫画やクイズなどの多彩な内容で多くの子どもたちから愛されました。
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by irkutsk | 2017-05-07 16:00 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「Sound Library~世界にひとつだけの本」(1月4日)

1月4日の朝日新聞の「ラジオアングル」で「Sound Library~世界にひとつだけの本」が紹介されていた。「一人の市井の女性の日記のような物語を、ひとりの女優が朗読し続けて人気の番組」である。原作者は北阪昌人、朗読は木村多江。木村多江の朗読がすばらしい。物語の主人公は旅行会社に勤める38歳の月原加奈子。すでに387話を数え、バックナンバーのいくつかをiPhoneのアプリ「JFNPARK」で聞くことができる。1話14分なので手軽に聴ける。おすすめです。Podcastからも聞けます。
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by irkutsk | 2017-01-04 05:04 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

「親愛なる我が総統」を見に行きました(12月4日)

d0021786_21301434.jpg2016年秋劇団名古屋創立60年目のアトリエ公演「親愛なる我が総統」を見に行きました。
劇団名古屋の稽古場での公演でした。日曜日の午後の公演と会って40名しか入らないという仮設の客席は満員でした。

劇の舞台はポーランド。登場人物は第二次大戦中、ユダヤ人を虐殺したドイツ軍収容所所長・ルドルフ・フェルディナント・ヘースと彼を取り調べていたポーランド人の裁判官2名と精神科医。

なぜヘースはユダヤ人を虐殺したのか。ヒトラーのユダヤ人抹殺命令に疑問を抱かなかったのか。

日本人兵士も中国や韓国で虐殺や人体実験を行っていた。上官の命令は天皇陛下の命令だと言われ、人間としてやってはいけないことをやってきた。戦争とは人間が人間としての判断を停止させ、命令を忠実に実行する存在になってしまう。そのような経験を誰にもさせたくない。
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by irkutsk | 2016-12-04 16:29 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

グルム・カシィムバエヴァチャリティーコンサートを聴きに行きました(9月22日)

d0021786_1714818.jpg生まれつき目が見えないグルム・カシィムバエヴァ・チャリティーコンサートにスタッフとして参加しました。

グルムさんは旧ソ連・キルギスのイシククル州チュップ村で9人兄弟の末っ子として生まれました。生まれたときから全く目が見えませんでした。小さいときから歌が好きでラジオから流れる日本の歌をよく聞いていました。彼女は7歳から17歳までビシュケクの視覚障がい者の中高等学校で勉強しました。

2012年、キルギス・日本外交20周年記念式典で日本全権大使の依頼によりグルムさんは中島みゆきの「地上の星」を熱唱しました。

そして2015年12月27日、東京・品川の「きゅりあん」で開かれた「日本とキルギスを繋ぐ友好チャリティーコンサート」でグルムさんの歌声はたくさんの聴衆を魅了しました。そしてレコーディングも行い、ファーストCD「草原の鍵」を発売しました。

2度目の来日は2016年3月で、日本テレビの「のどじまん!ザ!ワールド2016春」に参加し、彼女はそこで審査員点数満点の400点を予選と決勝で出し、見事優勝しました。

そして今回が3度目の来日で、9月16日に成田に到着し、9月18日川崎市で「日本とキルギス友好チャリティコンサート」を行い130名の見込みが170名も参加者があり大盛況でした。9月20日には岡山市民会館で1000名の聴衆を魅了しました。9月21日には大阪のライブハウスで歌いました。

9月22日、名古屋は朝から雨でした。10時に名古屋駅に到着し、11時から早速リハーサル。前日の中日新聞夕刊、当日の朝日新聞にも今日のコンサートのことが写真入りで大きな記事として報道され、ユーラシア協会へも21日の夕方から問い合わせの電話がたくさんありました。会場となった愛知民主会館の1階ではキルギスから持ってきた民芸品やグルムさんのCD、ユーラシア諸国の物産などの販売コーナーが設けられ、来場したお客さんの関心と興味を引いていました。キルギスの物産の売り上げの3割はキャル基金に寄付されるということでした。

午後3時、100名の入場予定者を超え、131名のお客さんで2階ホールは満員になりました。最初に松田信治さんによるキルギスとグルさんの紹介が写真や動画を交えてありました。

あでやかな民族衣装を身に着けて登場したグルムさんは、まず「地上の星」、「ヘッドライト テールライト」、「愛燦々」、「涙そうそう」、「時の流れに身をまかせ」、「恋のバカンス」を日本語で、そしてキルギスの大自然を歌った歌「キルギスの真珠」をキルギス語で歌いました。日本の歌も上手な日本語で歌い、キルギス語の歌も彼女の美しい声がひときわ輝きを増したように感じられました。ギターの浅野佑悠輝さんのユーモアを交えた司会進行も参加者の気分をリラックスさせ、参加者とステージが一体となってすてきなコンサートになりました。

後半、再び登場したグルムさんは真っ白な民族衣装(ウエディングドレス)でした。お母さんの愛を歌ったキルギスの「エネメ」(お母さんへ)、あなたと人生について語り合ったことを覚えているという「エスムデ」(覚えているよ)の2曲のキルギスの歌を歌いました。続いて竹内まりあの「元気を出して」、CDに収録されている「黄昏をこのままに」、「草原の鍵」を歌い、予定の曲は終了しましたが、開場の「アンコール」の大合唱に応えて、「上を向いてあるこう」を会場の参加者と一緒に歌いました。
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by irkutsk | 2016-09-22 18:00 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

大須演芸場へ行きました(9月16日)

2016芸協らくご名古屋寄席を聴きに大須演芸場へ行きました。12時開演の部に行きましたが、開場の11時30分には演芸場の前はたくさんの人でした。今日は満席とのことで、2階席まで埋まっていました。1階席も通路や舞台のすぐ前にも椅子が並べられていました。

前座は春風亭昇市、笑福亭希光が務め、トップバッターは桂竹千代、次に桂枝太郎、そして江戸売り声の宮田章司、三遊亭小遊三。仲入り後は三遊亭夢太朗、奇術の松旭斎小天華、最後は桂歌丸でした。歌丸師匠は昨年、今年と腸閉塞を患い、すっかり痩せて体重も36キロだとのこと。でも落語を語り始めると声はしっかりしており、表情も実にリアルで、さすが歌丸師匠でした。

ちなみに今日の出し物は「紺屋高尾」でした。染物職人の久蔵が花魁の高尾太夫に一目惚れし、恋の病に。医者の蘭石先生が高尾太夫を座敷に呼ぶには10両かかると教えてくれる。久蔵の1年間の給料は3両なので3年はかかる。3年働いて9両貯めたらわしが1両足して、??原に連れて行ってやると蘭石先生は約束する。久蔵は翌日から一心不乱に働き3年が経ち店の主人が金の使い道を聞くと高尾太夫を買いに行くと告白する。親方も帯や着物、草履もそろえてくれ、いよいよ蘭石先生と??原へ繰り出す。そして運よく高尾太夫の客が急用で帰ったので、空いているとのことで、長年憧れてきた高尾太夫を呼ぶことができる。蘭石先生からは下手なことを口走ると、紺屋がばれるから、「あいよ、あいよ」とだけ言えと言われてきたが、高尾太夫に次はいつ来てくれるかと聞かれ、3年後だという。そして本当のことを話し、お前に会うためには3年働かないと会えないのだと言う。この話に感激した高尾太夫は来年2月15日になったら年季が開けるから、そしたら夫婦になろう、それまで待っていてくれと言う。そして翌年2月15日、紺屋を高尾太夫が訪ねて来て、二人は幸せに暮らしたという話。

久しぶりに笑いに笑った2時間半でした。
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by irkutsk | 2016-09-16 21:24 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)