カテゴリ:本( 373 )

「三度目の殺人」を読みました(11月19日)

d0021786_5511633.jpg弁護士の重盛(46歳)は司法修習の同期で“ヤメ検“の弁護士・摂津(53歳)から、「助けてくれ」という電話をもらう。摂津はとある殺人事件の国選弁護人をしているのだが、被告人を持て余しているというのだ。

事件は被告人・三隅(58歳)が勤め先のヤマナカ食品の社長を殺害し、財布を奪い、遺体にガソリンをかけて焼いたという強盗殺人、死体遺棄という罪状だった。セッツは情状酌量を狙っているようだが、無理だと重盛は思った。

三隅は30年前に北海道で強盗殺人で2人を殺害し、その家ごと燃やしているのだ、強盗殺人に現住建造物放火で無期懲役。昨年、仮釈放になったばかりだ。この事件の裁判の裁判長を務めたのは重盛の父だった。

拘置所へ重盛の事務所の“ノキ弁”をやっている川島と摂津の3人で被告人に会いに行く。三隅は社長の殺人を認めており、「会社で金庫の金を盗んで解雇され、殺人の当日は酒を飲んでヤケになって、河川敷で後ろからスパナで殴って殺害し、勤めていた工場へ行ってガソリンを取ってきて遺体を焼いたという。

重盛は三隅に対して違和感を感じていた。どこか空疎なのだ。他人事のように、自分で犯した殺人事件のことを話している。

その後、調べていくうちに次々と様々な事実がわかってくる。三隅は本当に殺したのか?誰かの罪をかぶって身代わりになっているのではないか。

弁護士とは真実を明らかにするのか、被弁護人の利益のためには真実は必要ないのか。弁護士・重盛も事件の真相を突き止められなかったのか。

最後まで読んでも、だれが真犯人だったのかわからなかった。重盛自身の、三隅の、そして殺された山中食品の社長にかかわる父親と娘という関係を横糸に物語は展開していく。

映画は見逃したので、ぜひDVDを借りて見たいと思った。

「三度目の殺人」 是枝裕和、佐野晶著 宝島社文庫 2017年9月20日発行 650円+税
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by irkutsk | 2017-11-19 05:51 | | Comments(0)

「14歳<フォーティーン>満州開拓村からの帰還」を読みました(10月31日)

d0021786_5252257.jpg「はじめに」の中で著者は「弟の孫が14歳になった。この男の子に、昔の日本の暮らしについて、話してやりたいと思う。特にこのごろの、世のなかの風潮について、考える人になってほしい。戦争とはどういうことか知らせたい」と語っている。

軍国少女だった著者は、満鉄に勤める父と母、そして妹が一人、弟が3人と吉林に住んでいた。1945年、彼女は14歳だった。吉林高等女学校に通っていたが、昭和20年からは授業がなくなり、勤労動員に駆り出されることになり、無炊飯を作る毎日になった。次の動員先は農場の肥やしを作るための馬糞拾いを命ぜられた。そしてさらに水曲開拓団へ1か月間行くことに。開拓団の家が泥づくりであることや、窓ガラスがないこと、水道や電気もないことを初めて知る。

8月15日、終戦を迎えるが、中国人の暴徒に襲われた日本人もいた。半藤一利氏は「敗戦を覚悟した国家が、軍が、全力をあげて最初にすべきことは、攻撃戦域にある、また被占領地域にある非戦闘民の安全を図ること」だと述べている。

著者の父は「貯金は下ろした方がいい」と耳打ちされ、何千円かまとまった貯金を引き出したが、その直後に預金は封鎖された。捕虜を免れた兵士が、「女は髪を切れ、男装しろ!」と訴えて、走り抜けるのを聞いて著者も髪を切った。そして着物を売って食いつないだ。

ある日ソ連軍の将校が二人やってきて、抜いたサーベルの先を著者の胸に向ける。ロシア語を覚えたての近藤が間に入り、著者は物置に逃げ込む。将校たちは「この一家を皆殺しにする」と捨て台詞を吐いて出て行った。

昭和21年の春にはロシア兵の姿はなくなり、共産党軍の治下におかれ、治安は保たれた。だが発疹チフスが流行し、父も罹患した。

昭和21年4月、著者の一家は難民収容所へ移される。そしてようやく昭和21年の8月に無蓋の貨車に乗せられ、錦県まで行き、胡蘆島からアメリカの上陸用舟艇で日本は向かった。

70年以上前の満州へ渡った日本人がどのような苦難を強いられたか、自らの体験を通じて見たこと、体験したことが書かれている。戦争を知らない世代が増え、首相も戦争を知らない世代となり、戦争が国民の生活をどれだけ破壊し、多くの国民が人間として持たなければならない誇りや、倫理が破壊され、悪魔と化するのが戦争だ。映画でしか戦争を知らない人たちが、戦争をかっこいいものとして理想化しているように思えて非常に心配である。この本がそういう人たちに少しでも戦争の真実を伝えることができたらと思う。

「14歳<フォーティーン>満州開拓村からの帰還」 澤地久枝著 集英社新書 2015年6月22日発行 700円+税
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by irkutsk | 2017-10-31 05:24 | | Comments(0)

「地球も宇宙も謎だらけ!」を読みました(10月27日)

d0021786_15313314.jpg「新潮45」に連載された<達人対談>の中から、地球と宇宙の謎を追う科学者たちとの対談を集めてものである。

宇宙にある暗黒物質とはいったい何なのか。粒子であることぐらいしかわかっていない。エネルギーもある。私達には見えない異次元を走っているという説もある。宇宙が膨張していると密度は膨張した文だけ薄まるはずであるが、暗黒物質はそのエネルギーが8倍にあるという。なんともわからない物質だ。

東海、東南海、南海地震が三連動で起こったのは最近では1707年、300年に1回ぐらいの割合で起こっているので、そろそろ起こってもおかしくない時期である。また三連動の地震の後には富士山が爆発している。三連動の地震は東日本大震災と同じく、海に震源があるので長周期のゆらゆらと揺れる地震が10分ぐらい続くこともある。

宇宙エレベーターが夢物語ではなくなったのは、カーボンナノチューブの発明による。高さ10万キロの宇宙からまず4ミクロンのケーブルを地上に下ろす。その後地上から登っていきながら、カーボンナノチューブを貼り付けていく。510回繰り返せば7000トンのケーブルができあがる。18年5か月で完成するという。最初から安全を見て、2本同時に垂らして補強作業をしていく。クライマーは6両編成。全長144m。定員30名(うち観光客は15名)。時速200㎞で上昇し、静止軌道ステーションまでは1週間かかる。2025年に着工すれば、2050年には供用開始できるという。建設費は30兆円。本当に夢ではなくなった気がする。ケーブルの厚さは1.4ミリ、幅は4.8センチ。

動物に超小型カメラを取り付けて、さまざまな動物の生態を調査するという話も面白かった。動物は全力を出さないという。目的もなくただ速さを競うだけのために走るのは人間だけである。

地球が全球凍結して白い惑星だったことが3度あった。22億年前、7億年前、6億5千円前である。なぜ地球は凍ったのか。火山活動が弱くなり、温室効果が弱まったためである。そして凍った地球の深海では熱水が湧いており、そこには原始生物がいた。ではどうして全球凍結から抜け出せたのか。火山活動が活発化し、二酸化炭素が増えたからである。これには数百万年から数千万年が必要だった。

ミクロの世界と宇宙の世界はよく似ていると思う。宇宙自体がひょっとして一つの細胞かもしれない。それが何十兆個も集まって何かとてつもないものができているのかも。
科学の最先端で活躍している先生とビートたけしの対談で、非常に面白く読めた。参考になることもいっぱいだし、第一人者と言われる人たちにはみんな夢があると思った。

内容は次のようなものである。関心があるものだけ拾い読みしてもいい。
「宇宙の謎を解く鍵はどこにある」  村山斉
幻の植物を求めてアジア奥地へ  荻巣樹徳
もしも富士山の大噴火が起きたら  鎌田浩毅
「宇宙エレベーター」はもはや夢じゃない  石川洋二
生命の起源、メタン菌って何だろう  高井研
菌を追いかけ北極から南極まで  星野保
辺境に生きる極限生物を探して  長沼毅
生命誕生の秘密は宇宙にあった  山岸明彦
超小型カメラが明らかにする動物の神秘  佐藤克文
地球は凍った真っ白な星だった  田近英一

「地球も宇宙も謎だらけ!」 ビートたけし著 新潮文庫 2017年3月1日発行 520円+税
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by irkutsk | 2017-10-27 22:30 | | Comments(0)

「アジア辺境論」を読みました(10月23日)

d0021786_13321684.jpg「はじめに」の中で内田樹氏は次のように言っています。「国力の大切な指標の一つは「失敗から立ち直るときの復元力」。もう一つは「未来について、広々とした、向日的なヴィジョンを提示できる力」です」。そして彼は「日本はヴィジョンを提示する力がきわだって衰えている。日本がアメリカの属国であって、主権国家ではない限り自前の世界戦略を語る日は来ないだろう」と指摘しています。

独裁制については、「歴史から我々が学ぶべきことは、民主主義というのはよほど警戒心を持って扱わないと、いとも簡単に独裁制に移行するということです」と言っている。ドイツにしても、イタリアにしても独裁制は民主主義制度の中から生まれたのであるから。

また「外交、内政の政治環境が非常に複雑になり、変数が増えすぎて制御が困難になり、何が起きているのか、どうすればいいのかについて国民ひとりひとりが、自分の頭では考えることができなくなったという状態で、「敵はこいつらだ。こいつらを排除しろ。こいつらを排除すればすべてうまくゆく」というシンプルな政策を提示する政治勢力に人々は磁石に引き付けられるように引き付けられる。

「重要な政策決定においては、早押しクイズではないので判断をせかせる必要はなく、考えうるすべてのリスクとベネフィットをじっくり考量して、適切な解を選び取ればいい。「拙速」は有害無益です」と指摘している。

そして今の日本は、独裁制に移行しつつあると警鐘を鳴らしている。「これは別にどこかに邪悪な「マニビュレイター」がいて、後ろで糸を操っていて、独裁制を仕掛けたわけじゃありません。日本人が幼児化したのです。共和制を管理運営できるほどの大人の絶対数がそろわなくなったのです。幼児の眼には独裁性が実によくできたシステムに見える。効率的な政治、スピード感、突破力など。今の日本に必要なのは民主制の成熟、政治的知性を備えた市民を育てることだ」と。

そして「おわりに」で姜尚中氏はアジアの辺境である日本、韓国、台湾の連携をすすめ、ポストアメリカの時代が来つつある現在、そこに賭けてみる価値があるのではないかと言っていた。

読み応えのある一冊でした。今の日本の状況を的確に分析し、日本が今後進むべき道を示しており、ぜひおすすめの本です。

第1章「リベラルの限界」
第2章「ニッチナ辺境国家が結ぶ新しいアジア主義の可能性」
第3章「アジアの連携を妨げる「確執」をどう乗り越えるか」
第4章「不穏な日本の行く末」

「アジア辺境論」 内田樹、姜尚中著 集英社文庫 2017年8月24日発行 740円+税
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by irkutsk | 2017-10-23 06:30 | | Comments(0)

「活版印刷三日月堂 海からの手紙」を読みました(10月17日)

d0021786_22314023.jpgこの本は「活版印刷三日月堂 星たちの栞」の続編で、4つの話からなっています。最初は「ちょうちょうの朗読会」で、図書館司書の小穂は川越のカルチャーセンターで朗読講座を受けている。というのも彼女は人と話すのが苦手で、子どもへの読み聞かせが何よりの苦手だった。そんな彼女が、同じ朗読講座に通う3人とともにカフェでの朗読会をやることになった。そしてその朗読会のプログラムを活版印刷の三日月堂にお願いすることになる。

二つ目は「あわゆきのあと」。6年生の広太は、ある日、父から「実は…、広太には、お姉さんがいたんだ」ということを聞かされる。生まれてすぐに、三日で亡くなったという。そしてその遺骨が今もうちに置いてあり、今度のひいじいちゃんの13回忌の時に一緒にお墓に入れてもらおうと思っている父が言った。姉の名前は「あわゆき」だった。三日月堂の弓子さんに、その話をして、人は死んでも、あとに残った人たちの中で生きているということを聞かされ、広太はあわゆきの名刺を作って、ひいおじいちゃんの13回忌に来た人たちに配ったのだった。

三つ目は「海からの手紙」。昌代は一人暮らしで、自分がだれにとっても何でもないようなものになっていくようで、そういうものにこの世にいる意味があるのか、という虚しさみたいなものを時々感じていた。祖父の13回忌の法事の時に広太からもらった「あわゆき」の名刺をきっかけに、川越に住む昌代は活版印刷三日月堂へ行く。そして弓子と意気投合し、弓子に勧められ、もうやめていた銅版画を再開し、彼女との合作で豆本を作り、古書店で開かれる「豆本マーケット」に出すことにした。

四つ目は「われらの西部劇」で、慎一は会社で心臓発作を起こし、救急車で病院に運ばれ、1か月近く入院していた。退院してからもしばらく家で静養。ようやく会社に戻ったものの、閑職に回された。結局いたたまれなくなり、会社を辞めた。会社の社宅も出なければならなくなり、川越の実家に家族を連れて帰ることにした。父親はすでに30年前に亡くなっており、母が一人いるだけだった。妻の明美はフルタイムで働くようになった。長男の祐也は高校受験を控えた中三の夏に引っ越したことを不満に思っていた。妹のあすかは田舎の方が一軒家で広いのでいいと言っていた。長男の祐也との関係がぎくしゃくしていたが、慎一も以前亡くなった父に対して同じように反発していた。だが古書店で開かれていた「豆本マーケット」で昌代と弓子が作った「貝殻」と言うタイトルの本を買って、「印刷 三日月堂」と書かれているのを見つけて驚く。慎一の父は出版社に勤めていたが慎一が物心ついた時にはもう出版社を辞め、フリーになっていた。父は映画好きで映画の紹介文を書くのが主な仕事だった。特に好きだったのが西部劇だ。その父も慎一が大学を卒業する日に心臓発作で突然死んでしまった。父が「ウエスタン」という同人雑誌を作り、そこに西部劇に対するコラムを連載していた。そして父がなくなる1年ほど前、雑誌の創刊15周年を記念して父のコラムをまとめた本を作ることになっていて、三日月堂に頼んでいた。そして三日月堂にその版が残っていたのだった。だが最終号の原稿が半分しかなくて、本にできずに止まったままだったのだ。果たして父のコラムをまとめた本はできるのか。

ほのぼのとした内容の小説でした。

「活版印刷三日月堂 海からの手紙」 ほしおさなえ著 ポプラ社 2017年2月5日発行 680円+税
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by irkutsk | 2017-10-17 05:28 | | Comments(0)

「検査なんか嫌いだ」を読みました(10月5日)

d0021786_5195771.jpg諏訪中央病院の名誉院長・鎌田實さんの本だ。検査なんか嫌いだというタイトルの本だが、こんな検査は受けようという内容の本である。

最初に、もし大切な人に検査で異常が見つかっても、決して普段の生活態度をなじったり、批判したり、怒ったりせずに、まずは「早く見つかってよかったね」とやさしい言葉をかけてあげようと書かれている。

いろんな病気を見つけるために、痛くない検査をいろいろと紹介している。胃がんの原因となるピロリ菌の検査とか大腸がんの潜血便検査、肝臓がんの原因となる肝炎ウイルス検査、膵臓がんを発見できるかもしれない腹部エコー検査などなど。

そして糖尿病の怖さ(自覚症状なしに進行し、失明や足の細胞の壊死などの合併症を引き起こす)を紹介し、食べた分は動いて使い切らないと余分な脂肪が体の中にどんどんたまってしまう。腹いっぱい食べたら動き、動きたくなかったら腹八分目にすることだと言っている。

そして、腸を元気にする7つのポイントをあげている。
1、食物繊維を豊富に摂ること
2、発酵食品を積極的に食べること
3、暴飲暴食を避け、腹八分目を心がける
4、化学物質を口に入れないように注意する
5、運動習慣を身に着ける
6、快便、快眠
7、ストレスをためない

健康のことはついつい億劫になってしまうが、こういう本を読んで気をつけようと思って、実行することが大切だと思った。

「検査なんか嫌いだ」 鎌田實著 集英社 2017年2月28日発行 1000円+税
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by irkutsk | 2017-10-05 05:18 | | Comments(0)

「アイネクライネナハトムジーク」を読みました(10月3日)

d0021786_9243148.jpg6つの短編が時空を超えてつなぎ合わされて一つの小説になっている。
「アイネクライネ」では日本人ボクサーがヘビー級のタイトルマッチをやる日、街角でアンケート調査をしている佐藤の描写から始まる。佐藤の勤める会社の先輩社員・藤間が妻に逃げられパニックを起こしサーバーを壊してしまったためである。

佐藤は大学時代の友人・織田一真のマンションに遊びに行く。織田の妻・由美は大学時代同級生の間で評判の美人だった。6歳の娘(美緒)と1歳3か月の息子がいる。

「ライトヘビー」では美容院に勤める美奈子の客・板橋香澄に弟・学と電話で話し相手になってほしいと頼まれる。断ったが、ある日その弟から電話がかかってきて、その後電話友達になる。香澄の家でヘビー級タイトルマッチを観戦することになるが、リング上で戦っていたのが弟だと告げられる。

「ドクメンタ」は藤間が運転免許の更新に行き、知らない女にメガネを貸してくれと頼まれる話。二人とも免許更新期限の最終日に来ていたのだった。お互いの配偶者にそのいい加減さを指摘されていたがなかなか直らない二人だった。

「ルックスライト」はファミレスの店員・笹塚朱美がお客にいちゃもんをつけられているのを他の客・久留米邦彦が助けてやる。その時のセリフは「こちらの方がどなたの娘さんかご存知の上で、そういう風に言っていらっしゃるんですか? あの人の娘さんに、そんなに強く言うなんて、命知らずだなと思いまして」というものだった。そして二人は付き合うようになるが、結果としては別れることに。

高校生の久留米の息子・和人はクラスメイトの織田美緒に「市営自転車置き場で駐輪場代を支払ったというシールを誰かにはがされた。犯人を捕まえるために協力して」と頼まれ、駐輪場へ。ラベルをはがしていた男を発見し、美緒は注意するが、男は居直る。そこへ英語の教師・深堀先生が現れ、その男に「こちらがどなたのお嬢さんかご存じで喋っていらっしゃるんですか? そんな口調で怒っているだなんて、ずいぶん命知らずだなと思って」と言うと男は退散する。そこに久留米和人の父が現れる。深堀先生の旧姓は笹塚だった。

「メイクアップ」は、高校時代にいじめを受けた結衣は大手化粧品会社で働いていた。そこに広告会社の社員としてプレゼンに現れたのは、高校時代、結衣をいじめた中心人物・小久保亜季だった。結衣は、高校時代は太っていたが、今はやせていて、亜季は結衣がクラスメイトだったのに気づいていなかった。結衣の同僚は復讐のチャンスだというが、結衣は亜季の性格が今でも変わっていないことを確認したが、復讐はしなかった。

「ナハトムジーク」は世界ヘビー級のチャンピョンになり、すぐ後のリターンマッチで敗北した小野が、10年後再びヘビー級チャンピョンに挑戦するが敗れる。最終ラウンドのゴングが鳴った後のパンチで相手は倒れたが、無効でタイトルは取れなかった。

時間が一気に飛び、幼児だった女の子が高校生になり、ファミレスで助けた店員が息子の英語教師になっていたり、時間と空間があちこちに飛び、人物整理をしながら読まないと分からなくなってしまいそうな小説だった。でも、その登場人物が世代を超えて、つながっていくのがおもしろかった。

「アイネクライネナハトムジーク」 伊坂幸太郎著 幻冬舎文庫 2017年8月5日発行 600円+税
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by irkutsk | 2017-10-03 09:22 | | Comments(0)

「二重生活」を読みました(9月1日)

d0021786_505959.jpgジャン・ボードリヤールは、ある書物の中で、次のように書いている。
『他者の後をつけること、自分を他者と置き換えること、互いの人生、情熱、意志を交換すること、他者の場所と立場に身を置くこと、それは人間が人間にとってついに一個の目的となりうる、おそらく唯一の道ではないか』

こういう書き出しで始まる本書の主人公、白石珠は25歳の大学院生。母は高校の時に膵臓癌で亡くなり、父はドイツのドレスデンで働いている。そこへは日本人の愛人を伴っている。兄も一人いるが全く疎遠である。7歳年上の普通のサラリーマンで早く結婚して、子ども作って、今、千葉に住んでいるという。彼女自身は何となく気の合う卓也と同棲生活をしている。

珠は大学の講義で教授話した「文学的・哲学的尾行」をやってみることにする。P駅前で妻が送ってくれた車から降りた石坂(彼は珠が住むマンションの向かいにある庭付き一戸建てのうちに住んでいて、娘と3人で幸せそうに暮らしている)を尾行していくと、なんと彼は浮気をしていて、不倫相手と会いに行っていた。何回か尾行を続けているうちに、珠は、石坂としのぶの関係が自分と卓也の関係にオーバーラップしてしまう。卓也はアルバイトとして近くに住む女優・三ツ木桃子の運転手をしているが、深夜まで帰ってこないことがよくあるし、卓也が桃子について話している話の調子などから、親子ほども年が違う桃子と卓也の関係を疑い始め、妄想が妄想を呼び、確信へと変わっていく。だが具体的な証拠は何もない。

無目的の尾行を行うはずだったが、だんだんと二人の関係がどうなっていくのかということを知りたいという目的ができていく。そして二人にも尾行を気づかれてしまい、石坂にP駅で声をかけられてしまう。そして珠と卓也との関係はどうなっていくのか?

前半は無目的の尾行という意味の分からないことをやっていたが、後半になってそれぞれの立場からの思いがぶつかり合い、思いがけない展開となっていく。

わたしもふと他人を見ていて、この人の人生はどんなものなんだろう。もし今の自分とこの人の人生が入れ替わったら、自分は満足するだろうか。この人の見かけはすばらしいが、内面は、背後の事情はどうなんだろうなどと考えることがある。やっぱり自分は自分の人生を歩むのが一番だとおもう。

「二重生活」 小池真理子著 角川文庫 2015年11月25日発行 680円+税
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by irkutsk | 2017-09-01 15:32 | | Comments(0)

「君の膵臓を食べたい」を読みました(8月23日)

d0021786_9412860.jpg盲腸の手術の後の抜糸に来た病院のロビーの片隅で、僕は置き忘れられた一冊の文庫本を拾う。それには書店のカバーがかかっていた。本が好きな僕はどんな本かなと、カバーを外してみた。カバーを外すとそれは本ではなく、「共病日記」とマジックで書かれていた。その初めのページを開いて読むと、膵臓の病気で、あと数年で死ぬと書かれていた。「あの…」と声をかけてきたのはクラスメイトの山内桜良だった。彼女とはほとんど話をしたことがなく、彼女については自分とは正反対の明るくはつらつとしたクラスメイトという情報しかもっていなかった。「皆には内緒にしているから、クラスで言わないでね」と言われた。

彼女は次の日、僕と同じ図書委員に名乗りを上げて、一緒に仕事をすることに。そして彼女に「君の膵臓を食べたい」と告白された。「昔の人はどこか悪いところがあると、他の動物のその部分を食べたんだって。だから私は、君の膵臓を食べたい」と、昨日テレビで見たと言って話した。そして彼女に日曜日、焼き肉の食べ放題に連れていかれる。牛の膵臓「シビレ」も食べた。

スイーツの店にも連れていかれた。期末試験が終わった後の、試験休みに彼女にいつものように呼び出されていくと、今日は一泊二日で旅行に行くのだという。新幹線に乗り、太宰府八幡宮へ行く。そして二人で一流のホテルに泊まる。

普通に生きていて、生きるとか死ぬとか、そういうことを意識して生きている人なんて少ない。事実だろう。日々死生観を見つめながら生きている人なんて少ない。

「死に直面してよかったことといえば、それだね。毎日、生きてるって思って生きるようになった」と彼女は言った。

僕達が食べるトマトパスタも、ぼくの一口と彼女の一口は、本人の感じている価値が全く違うかもしれない。

また彼女は自分に起こったことは、決して偶然じゃない。「私たちは、皆、自分で選んでここに来たの。君と私が、クラスが一緒だったのも、あの日病院にいたのも、偶然じゃない。運命なんかでもない。君が今までしてきた選択と、私が今までしてきた選択が、私たちを会わせたの。私たちは、自分の意思で出会ったんだよ」と言う。

タイトルからいったいどんな内容なのかと思って読んだが、生きていることを考えさせられる本でした。人は生まれたとき、みんなあと80年は生きられると思っているが、人の命の長さは人によってさまざまだ。以前、人生をキャラメルに例えて考えたことがある。20個入りのキャラメルを食べ始め、次々に食べていくとき、最初のころはあと何個残っているなどと考えずに食べているが、残りが数個になると、その残りの少なさに気づく。人生も同じようなものだと思う。そして残された人生の重みも、残りが少なくなるほど重くなるはずである。

人はいつか死ぬことが決まっているが、それがいつかはわからない。だから死のことについて考えず、今、生きていることの大切さも考えずに生きている。だが、市は必ずやってくる。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。また10年後、20年後、30年後かもしれない。それがわからないから、人は今日と同じ日々が永遠に続くと思って生きている。年を取ると、終わりが見えてくる。残された時間をどのように使うのか。それが人の生きざまになるのだろうと思う。

「君の膵臓を食べたい」 住野よる著 双葉文庫 2017年4月27日発行 667円+税
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by irkutsk | 2017-08-23 05:40 | | Comments(0)

「尾道茶寮夜咄堂」を読みました(8月17日)

d0021786_20421166.jpg大学1年生の若月千尋は父の残した千光寺山中にある「茶寮・夜咄堂」を処分しようとやってきた。古民家風の二階建てで、二階の軒先にはアンティークなランプが下がっている。夜に火を灯せば幻想的な輝きになりそうだ。モダンなデザインのガラス窓や、窓を囲う木製の手すりも風情があり、大正時代にでもタイムスリップした気分になる。

しかしここへ来るには、千光寺の石段をたっぷり5分は上がらなくてはならず、車では入れない。尾道のどこか懐かしい街並みと瀬戸内海を一望できる眺めを差し引いても、これは二束三文にしかならないだろうと思った。

空き家のはずの夜咄堂に入って店の中を見ていると、「お客様ですか?」という少女らしき澄んだ声がした。彼女は黒い和服姿で美しかった。顔つきは高校生ぐらいで、色白の肌と真紅の唇、そして大きな瞳からは、暗闇に咲く一輪の花のような凛とした雰囲気を感じる。もう一人、ぱっと見で四十代で、鼻ひげをたくわえた中年の和服の男がいた。そして彼のことを見て、宗一郎の息子の千尋だろうという。

「あなた方は何者なんですか」という千尋の問いに、「私達はこの店の茶道具の、付喪神だよ」と答える。さらにもう一匹、犬のロビンも付喪神だった。千尋は黒いのと呼ばれていた彼女にヌバタマと名付けた。四十代の男はオリベという。

戸惑いながらも千尋は二人から茶道の指導を受け、父の残した「夜咄堂」を続けることにする。

わたしは茶道については何も知らないが、本書には茶道とは何かということを千尋が茶道を覚えていく過程でいろいろと説明しているので、勉強になった。

「日々是好日」が付喪神の能力だという。「日々是好日」を発動させると、お客様の感受性を一時的に上げ、茶道の良さを感じ取ってもらえるようになるのだという。ヌバタマは千尋の父・宗一郎が「誰かが、自分の茶で笑顔になってくれる。ただただ、それがうれしいのだよ」といった言葉に感動したと千尋に伝える。

茶道もやはり一期一会。今相対している人との一瞬一瞬を大事に思い、相手を思いやり、しかも相手にその思いやりを感じさせず、ひと時の幸せな空間と時間を共有するということではないかと思った。

「尾道茶寮夜咄堂」 加藤泰幸著 宝島社 2016年10月20日発行 650円+税
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by irkutsk | 2017-08-17 16:37 | | Comments(0)