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「二重生活」を読みました(9月1日)

d0021786_505959.jpgジャン・ボードリヤールは、ある書物の中で、次のように書いている。
『他者の後をつけること、自分を他者と置き換えること、互いの人生、情熱、意志を交換すること、他者の場所と立場に身を置くこと、それは人間が人間にとってついに一個の目的となりうる、おそらく唯一の道ではないか』

こういう書き出しで始まる本書の主人公、白石珠は25歳の大学院生。母は高校の時に膵臓癌で亡くなり、父はドイツのドレスデンで働いている。そこへは日本人の愛人を伴っている。兄も一人いるが全く疎遠である。7歳年上の普通のサラリーマンで早く結婚して、子ども作って、今、千葉に住んでいるという。彼女自身は何となく気の合う卓也と同棲生活をしている。

珠は大学の講義で教授話した「文学的・哲学的尾行」をやってみることにする。P駅前で妻が送ってくれた車から降りた石坂(彼は珠が住むマンションの向かいにある庭付き一戸建てのうちに住んでいて、娘と3人で幸せそうに暮らしている)を尾行していくと、なんと彼は浮気をしていて、不倫相手と会いに行っていた。何回か尾行を続けているうちに、珠は、石坂としのぶの関係が自分と卓也の関係にオーバーラップしてしまう。卓也はアルバイトとして近くに住む女優・三ツ木桃子の運転手をしているが、深夜まで帰ってこないことがよくあるし、卓也が桃子について話している話の調子などから、親子ほども年が違う桃子と卓也の関係を疑い始め、妄想が妄想を呼び、確信へと変わっていく。だが具体的な証拠は何もない。

無目的の尾行を行うはずだったが、だんだんと二人の関係がどうなっていくのかということを知りたいという目的ができていく。そして二人にも尾行を気づかれてしまい、石坂にP駅で声をかけられてしまう。そして珠と卓也との関係はどうなっていくのか?

前半は無目的の尾行という意味の分からないことをやっていたが、後半になってそれぞれの立場からの思いがぶつかり合い、思いがけない展開となっていく。

わたしもふと他人を見ていて、この人の人生はどんなものなんだろう。もし今の自分とこの人の人生が入れ替わったら、自分は満足するだろうか。この人の見かけはすばらしいが、内面は、背後の事情はどうなんだろうなどと考えることがある。やっぱり自分は自分の人生を歩むのが一番だとおもう。

「二重生活」 小池真理子著 角川文庫 2015年11月25日発行 680円+税
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by irkutsk | 2017-09-01 15:32 | | Comments(0)

「君の膵臓を食べたい」を読みました(8月23日)

d0021786_9412860.jpg盲腸の手術の後の抜糸に来た病院のロビーの片隅で、僕は置き忘れられた一冊の文庫本を拾う。それには書店のカバーがかかっていた。本が好きな僕はどんな本かなと、カバーを外してみた。カバーを外すとそれは本ではなく、「共病日記」とマジックで書かれていた。その初めのページを開いて読むと、膵臓の病気で、あと数年で死ぬと書かれていた。「あの…」と声をかけてきたのはクラスメイトの山内桜良だった。彼女とはほとんど話をしたことがなく、彼女については自分とは正反対の明るくはつらつとしたクラスメイトという情報しかもっていなかった。「皆には内緒にしているから、クラスで言わないでね」と言われた。

彼女は次の日、僕と同じ図書委員に名乗りを上げて、一緒に仕事をすることに。そして彼女に「君の膵臓を食べたい」と告白された。「昔の人はどこか悪いところがあると、他の動物のその部分を食べたんだって。だから私は、君の膵臓を食べたい」と、昨日テレビで見たと言って話した。そして彼女に日曜日、焼き肉の食べ放題に連れていかれる。牛の膵臓「シビレ」も食べた。

スイーツの店にも連れていかれた。期末試験が終わった後の、試験休みに彼女にいつものように呼び出されていくと、今日は一泊二日で旅行に行くのだという。新幹線に乗り、太宰府八幡宮へ行く。そして二人で一流のホテルに泊まる。

普通に生きていて、生きるとか死ぬとか、そういうことを意識して生きている人なんて少ない。事実だろう。日々死生観を見つめながら生きている人なんて少ない。

「死に直面してよかったことといえば、それだね。毎日、生きてるって思って生きるようになった」と彼女は言った。

僕達が食べるトマトパスタも、ぼくの一口と彼女の一口は、本人の感じている価値が全く違うかもしれない。

また彼女は自分に起こったことは、決して偶然じゃない。「私たちは、皆、自分で選んでここに来たの。君と私が、クラスが一緒だったのも、あの日病院にいたのも、偶然じゃない。運命なんかでもない。君が今までしてきた選択と、私が今までしてきた選択が、私たちを会わせたの。私たちは、自分の意思で出会ったんだよ」と言う。

タイトルからいったいどんな内容なのかと思って読んだが、生きていることを考えさせられる本でした。人は生まれたとき、みんなあと80年は生きられると思っているが、人の命の長さは人によってさまざまだ。以前、人生をキャラメルに例えて考えたことがある。20個入りのキャラメルを食べ始め、次々に食べていくとき、最初のころはあと何個残っているなどと考えずに食べているが、残りが数個になると、その残りの少なさに気づく。人生も同じようなものだと思う。そして残された人生の重みも、残りが少なくなるほど重くなるはずである。

人はいつか死ぬことが決まっているが、それがいつかはわからない。だから死のことについて考えず、今、生きていることの大切さも考えずに生きている。だが、市は必ずやってくる。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。また10年後、20年後、30年後かもしれない。それがわからないから、人は今日と同じ日々が永遠に続くと思って生きている。年を取ると、終わりが見えてくる。残された時間をどのように使うのか。それが人の生きざまになるのだろうと思う。

「君の膵臓を食べたい」 住野よる著 双葉文庫 2017年4月27日発行 667円+税
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by irkutsk | 2017-08-23 05:40 | | Comments(0)

「尾道茶寮夜咄堂」を読みました(8月17日)

d0021786_20421166.jpg大学1年生の若月千尋は父の残した千光寺山中にある「茶寮・夜咄堂」を処分しようとやってきた。古民家風の二階建てで、二階の軒先にはアンティークなランプが下がっている。夜に火を灯せば幻想的な輝きになりそうだ。モダンなデザインのガラス窓や、窓を囲う木製の手すりも風情があり、大正時代にでもタイムスリップした気分になる。

しかしここへ来るには、千光寺の石段をたっぷり5分は上がらなくてはならず、車では入れない。尾道のどこか懐かしい街並みと瀬戸内海を一望できる眺めを差し引いても、これは二束三文にしかならないだろうと思った。

空き家のはずの夜咄堂に入って店の中を見ていると、「お客様ですか?」という少女らしき澄んだ声がした。彼女は黒い和服姿で美しかった。顔つきは高校生ぐらいで、色白の肌と真紅の唇、そして大きな瞳からは、暗闇に咲く一輪の花のような凛とした雰囲気を感じる。もう一人、ぱっと見で四十代で、鼻ひげをたくわえた中年の和服の男がいた。そして彼のことを見て、宗一郎の息子の千尋だろうという。

「あなた方は何者なんですか」という千尋の問いに、「私達はこの店の茶道具の、付喪神だよ」と答える。さらにもう一匹、犬のロビンも付喪神だった。千尋は黒いのと呼ばれていた彼女にヌバタマと名付けた。四十代の男はオリベという。

戸惑いながらも千尋は二人から茶道の指導を受け、父の残した「夜咄堂」を続けることにする。

わたしは茶道については何も知らないが、本書には茶道とは何かということを千尋が茶道を覚えていく過程でいろいろと説明しているので、勉強になった。

「日々是好日」が付喪神の能力だという。「日々是好日」を発動させると、お客様の感受性を一時的に上げ、茶道の良さを感じ取ってもらえるようになるのだという。ヌバタマは千尋の父・宗一郎が「誰かが、自分の茶で笑顔になってくれる。ただただ、それがうれしいのだよ」といった言葉に感動したと千尋に伝える。

茶道もやはり一期一会。今相対している人との一瞬一瞬を大事に思い、相手を思いやり、しかも相手にその思いやりを感じさせず、ひと時の幸せな空間と時間を共有するということではないかと思った。

「尾道茶寮夜咄堂」 加藤泰幸著 宝島社 2016年10月20日発行 650円+税
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by irkutsk | 2017-08-17 16:37 | | Comments(0)

「日航機123便墜落の新事実」を読みました(8月12日)

d0021786_8441851.jpg今から32年前の8月12日、羽田を飛び立った大阪行き日航123便は18時56分、群馬県上野村の御巣鷹山の尾根に衝突して、乗客・乗員524名中、520名が亡くなるという大惨事が起こりました。

この本は元日本航空国際線客室乗務員で、国内線時代に事故機のクルーと同じグループで乗務した青山透子さんが書いたものです。

4人の生存者の一人、非番でこの飛行機に乗っていた日本航空客室乗務員・落合由美さんの証言によると、「墜落直後ヘリコプターがやってきた。これで助かる」と思い、かろうじて動く右手を振るが、ヘリコプターは遠ざかっていった。周りからも、はあはあと荒い息遣いが聞こえてくる。「おかあさん」「早く来て」「ようし、僕は頑張るぞ」そんな声も聞こえていた。

落合さんが地元の消防団によって発見、救助されたのは翌13日午前10時54分だった。

当時の上野村村長・黒澤丈夫氏によると「12日の晩に墜落現場は自分たちの村だとわかり、村民にも村内放送をして情報提供を呼びかけた。上野村に落ちたと政府関係者や県に連絡しても、まったくテレビに反映されず、長野県やら小倉山やら偽の情報が流れていた」という。

超低空飛行していた日航機を2基のファントムが追尾していたのを多くの村人や子どもたち、非番の自衛隊員が目撃している。低空飛行をしていた日航機の機体腹部付近に赤色で塗った楕円か円筒形に見えるものがあったという。

墜落後、ジェット機の燃料とは異なる成分のものが山中にまかれていた可能性がある。遺体は炭のような状態になっていた。筋肉や骨の中まで完全に炭化してボロボロと取れるほどの塊となっていた。救助に当たった消防団員は、「朝までくずぶって燃えていた、ガソリンとタールの混ざったような蒸した臭いがしていた」と証言している。

重要な証拠物の圧力隔壁が現場でほぼそのままの形で見つかったにもかかわらず、遺体収容や搬出困難といった理由で日米合同事故調査委員が来る前日の15日に自衛隊が大型電動カッターで5分割にしてしまった。

テレビや新幹線のニューステロップで「自衛隊員2名が射殺された模様」と流れたが、その数分後、誤報だったというニュースが流れた.。

上野村小学校の文集「小さな目は見た」と上野村中学校の文集「かんな川5」に子どもたちが書いた作文が残っている。これは事故直後、記憶が鮮明なうちに書かれたものである。
その文集に書かれた子供たちの証言に共通するものは次のようなものである。
1、墜落前に大きい飛行機と小さいジェット機二機が追いかけっこ状態であった。
2、真っ赤な飛行機が飛んでいた。
3、墜落前後、稲光のような閃光と大きな音を見聞きした。
4、墜落場所は上野村と特定できて報告したにもかかわらず、テレビやラジオでは場所不明、または他の地名を放送し続けていた。
5、墜落後、多数のヘリコプター、自衛隊の飛行機、自衛隊や機動隊の車などを目撃した。
6、ヘリコプターは墜落場所をサーチライトのような強い明りで照らしながら、多数行き来していた。
7、煙と炎の上がった山頂付近をぐるぐると回りながら、何かをしている何機ものヘリコプターがブンブン飛んでいた。

日航機は横田基地に着陸しようとしていたが、横田を目の前にして、急に進路を左にとり、群馬県の山中へと方向を変えているのだろうか。

多くの証言をつなぎ合わせると、ミサイルによる誤射の可能性が高いと著者は言っている。当日、習志野駐屯地の第一空挺団も待機命令で準備をして行ける状態だった。米軍海兵隊はすぐさま行動を起こし、墜落現場の真上までヘリコプターでたどり着いていたにもかかわらず、「日本側が救助に行ったから」という命令が出されて、帰還していた。しかし、日本側の救助の飛行機が来たという発表はない。もし、自衛隊機が来たのであれば、墜落現場は特定されて、すぐ救助を開始していなければおかしい。しかし、上野村の子どもたちにも多数目撃された自衛隊のヘリや飛行機は、山頂で何かを上げたり、下げたり、サーチライトを照らしながら何らかの作業をしていたという。墜落現場がわかっていたにもかかわらず、人命救助をせずに、一晩中隠ぺい工作をしなければならなかったとすれば、その突発的事態とは何なんだろうか。

事故機の高浜機長はスコーク7700という緊急事態信号を出したその少し前からミサイルの存在を知っていたのではないか。低空飛行をしても、右に旋回してもついてくる。静岡を過ぎ、大月上空でぐるりと回ってみたもののさらについてくる。ファントム機のパイロットにも目視での確認を願ったところ、何らかのミサイルと思われるものが機体に付きまとっていると報告を受けたのではないかだろうか。そして「これはだめかもわからんね」とつぶやき、横田基地に着陸できないことを悟ったのではないだろうか。

赤い物体の存在が複数あった可能性もある。したがってその一つが日航123便の垂直尾翼に何らかの形で接触して一部を破壊し、もう一つが付きまとっていたとも考えられる。

32年前の520人が亡くなるという大惨事にもかかわらず、その全容が明らかでない。もし救助が速やかに行われていえば、もっと助かった人は多かったと思われるのに。事故直後自衛隊や機動隊は事故現場で何をしていたのか?上野村の村人が目撃している2基のジェット機の発進記録は残っていないという。どうして?上野村の村長が国や県や報道機関に墜落場所を連絡したのに、どうしてそれが速やかに報道されず、行方不明だとか別の場所を報道したりしたのか?謎だらけである。

政府は自分たちに都合の悪いものは隠す。そしてなかったことにする。その隠ぺい体質は今も森友学園問題、加計学園問題、防衛省の日報問題などを見れば明らかである。都合の悪いものはなかったことにする。人の命よりも自分たちの保身の方が大事という体質はいつまで続くのか。

「日航機123便墜落の新事実」 青山透子著 河出書房新社 2017年7月30日発行 1600円+税
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by irkutsk | 2017-08-12 18:54 | | Comments(0)

「ヨーロッパ退屈日記」を読みました(8月5日)

d0021786_15213128.jpg内田樹の「日本の覚醒のために」の中に、2011年11月29日に第3回伊丹十三賞受賞記念講演会で行われた講演「伊丹十三と『戦後精神』」がありました。その中で内田氏が取り上げていた「ヨーロッパ退屈日記」を読みました。

内田氏は講演の中で次のように述べていました。
「1960年代に書かれたこの批判はすべて今も有効なんです。日本の「ミドルクラス」的な貧乏くささは全く払拭されていない。伊丹がここで批判していたのは敗戦国ゆえの後進性や貧しさや生活水準の低さや国際感覚の欠如を批判していたのではない。日本が仮に勝ったとしても、その後もついてまわったに違いない後進性や貧しさや国際感覚の鈍さを批判していた。日本人と日本文化に内在し、血肉化している根源的な惰弱、緩み、自己規律のなさに対して自分自身の内臓に刃を突きつけるように自己分析を試みた」。

「伊丹が高く評価しているのは、一つはヨーロッパ人の自国の文化に対する誇りです。自分の国の美しいものに対して全身で守ろうとする気概、これを繰り返し称えている。伊丹が目指していたものは、日本の伝統的なものの中の、質の高いものに対して繰り返し評価することである。彼が最も深く憎んでいたものは、惰弱さ、自己規律のなさ、欲望や怠慢や無能にずるずると譲歩してしまう人間的弱さではないか。特に貧乏くささです。貧乏と貧乏くささは違います。貧乏くささというのはその状態をごまかそう、それを隠蔽しようとして、まるで貧乏ではないかのようにふるまうこと」。

さて、「ヨーロッパ退屈日記」の中で伊丹は次のように言っています。
「「ムード」と週刊誌と香水入りのおしぼりの国、日本。男が女より先に、タクシーに乗り込む国、日本。折角の風景を無数の広告で、すっかり台無しにしてしまう観光国、下水もないのにテレビだけは七つのチャンネルを持つ国、日本。一生のうちには、ヨーロッパの友人を、大威張りで案内できるようになってほしいものです。ともあれ、おいしい魚と、白菜の漬物と、おそばの出前と、それに按摩のことを考えると、私の胸ははずむのでした」。

また伊丹は「かつて日本は美しかった。日本人の人情を失わないようにしようじゃないの。思いやり、気がね、遠慮、謙遜。こういったものは、世界のどこにも例の無い美しい国民性なんだ」と言っている。戦争に負けようが、日本人としての矜持を忘れるなと言っている。

全く、今読んでも全然古くないし、彼の言わんとするところは現代日本にも当てはまっている。戦争に負け、アメリカの属国として苦汁をなめてきたが、いつかは主権を取り戻し、国土を取り戻し、日本の心を取り戻そう。そう言っているようだ。アメリカに主権や国土を売り渡した日本の政治家たちにこそ、日本人としての誇りを取り戻してほしい。

「ヨーロッパ退屈日記」 伊丹十三著 新潮文庫 2005年3月1日発行 520円+税
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by irkutsk | 2017-08-05 05:19 | | Comments(0)

「日本の覚醒のために」を読みました(8月1日)

d0021786_557467.jpg内田樹の講演を本人がまとめて1冊の本にしたものです。

「まえがき」で日本の大学教育政策の誤りを指摘し、海外からもその失敗を指摘されているにもかかわらず、その失敗を認めず、したがって失敗を検証もせず、失敗に失敗を重ねている。これは大日本帝国戦争指導部の「失敗」の構造そのものであると指摘している。先の戦争で日本は、国家主権を失い、国土を失い、国民的な誇りを失った。その失敗から重要な教訓を得たはずだったが、今の日本人を見ていると、その歴史的経験から学んだようには見えない。国を愛するとは、国家主権を回復し、国土に外国の軍隊を駐留させない、不平等条約である日米地位協定を平等で双務的なものにすることが必要だと内田氏は語っている。

1、「日本はアメリカの属国である」という苦痛な現実をまっすぐ受け止めて、そのうえでどうやって国家主権を回復し、国土を回復するかという困難な課題にクールかつリアルに取り組む。
2、「日本はアメリカの属国である」という現実から目を背け、国家主権の回復も国土の回復も諦めて、国家主権を持たないのに主権国家のようなふりをし、二流国なのに政治大国のような顔をするというファンタジーと自己欺瞞のうちで眠り込むという道。

1の道はあまりに重くて困難、だから「私たちには達成すべき目標なんかないよ」と言って、外の世界を直視したくないので、頭から布団をかぶってふて寝しているような感じである。そしてこの本はふて寝していても何にも解決しないから、「もう起きなよ」というメッセージが込められた本である。

細かな内容については、ぜひこの本を買って読んでください。きっと目から鱗だと思います。

この本に掲載されている講演の日時とタイトルを紹介しておきます。
1、2014年11月7日に立憲デモクラシーの会公開講演会で行われた講演「資本主義末期の国民国家のかたち」
2、2014年12月17日に全国日蓮宗青年会 行学道場で行われた講演「これからの時代に僧侶やお寺が担うべき役割とは」
3、2011年11月29日に第3回伊丹十三賞受賞記念講演会で行われた講演「伊丹十三と『戦後精神』」
4、2013年11月14日に全国高校国語教育研究連合会 第46回研究会記念講演で行われた講演「ことばの教育」
5、2011年6月11日に立命館土曜講座公開講演会で行われた講演「わたしが白川静先生から学んだこと」
6、2015年6月10日に琉球フォーラム講演で行われた講演「憲法と戦争―日本はどこに向かうのか」

「日本の覚醒のために」 内田樹著 2017年6月20日発行 1700円+税
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by irkutsk | 2017-08-01 13:56 | | Comments(2)

「沈黙のひと」を読みました(7月21日)

d0021786_13483599.jpg2009年3月に父・三國泰三が85歳で亡くなった。介護付有料老人ホーム「さくらホーム」で4年4か月過ごした。直接の死因は脳梗塞だったが、そもそもこの「さくらホーム」に入所したのはパーキンソン病が進行し、家庭では介護が困難になったためである。この物語の主人公は三國泰三の長女・衿子である。父・泰三は衿子がまだ小さい時、母以外の女に子供を作り、母と衿子を捨ててその女のもとへ去っていった。

新しい家庭では二人の娘・可奈子と千佳をもうけた。しかし、妻の華代は父に冷たく、厄介者扱いし、彼がパーキンソン病を患ってからは、ますます父につらく当たっていたようである。

「さくらホーム」に父が入所してから衿子はしばしば父を見舞った。父は入所当初はワープロを使って、手紙を書いたり、衿子にファックスを送ってきたりしていたが、病気の進行とともにワープロも使えなくなり、ホームの職員との意思疎通も困難になってしまった。沈黙を続けることしかできない状態が続いていた。衿子が文字表を作って持っていき、その文字を指さすことによってかろうじて自分の意思を伝えることができたが、やがてそれも困難になってきた。

父の死後、父の遺品を整理し、父のワープロの中に残っていた手紙の原稿や、日々、父かつづった文章を発見する。その手紙や手記から父がどのような人生を送ってきたのか、時折見舞いに訪れた衿子への感謝の言葉などが書かれていた。

晩年父は何もしゃべれなくなったが、父が残してくれた手紙や手記のおかげで、彼がどのような人と付き合い、どのような考えを持っていたのか。今まで衿子が知らなかった父の姿が浮かび上がってくるのだった。

小池真理子の自らの体験をもとにして書かれた小説であるだけに、迫真に迫る内容であった。

「沈黙のひと」 小池真理子著 文春文庫 2015年5月8日発行 600円+税
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by irkutsk | 2017-07-21 05:48 | | Comments(0)

「カラダはすごい!」を読みました(7月11日)

d0021786_1534132.jpg医者である著者が、いろんな疑問、思い込みを明らかにしてくれる一冊である。しかし、新書一冊というのには限度があり、もうちょっとこの話を聞きたいと思わせられる部分が多々あった。一般の読者にもわかりやすいように書かれており、ちょっと楽しい本でした。

本書は9つの講義に分かれており、それぞれのテーマでおもしろい話、みんな信じているけど、本当じゃない話などなどたくさん発見がありました。
第1講 実は医学はおもしろい――ウソがいっぱいの医学の不思議
第2講 呼吸器系――息をしすぎて苦しくなる肺の不思議
第3講 消化器系――なんでもクソミソにする胃腸の不思議
第4講 循環器系――誰かが動かす心臓の不思議
第5講 神経系――魂は宿っていない脳の不思議
第6講 泌尿器系・生殖器系――医学が下ネタになる不思議
第7講 感覚器系――他人と比べられない感覚の不思議
第8講 内分泌系・リンパ系――ごく微量で効くホルモンの不思議
第9講 皮膚・骨・筋系――骨が入れ替わる不思議

お酒を飲むとどうしてトイレに行きたくなるか?
アルコールには利尿作用はありません。あるのは「抗利尿ホルモン」の分泌を抑える働きです。抗利尿ホルモンとは尿が出ないようにするホルモンで、脱水を防ぐためにあるそうです。では、なぜアルコールを飲むと抗利尿ホルモンが抑えられるのでしょうか。それはやはりアルコールが体に良くないから、早く体外に排出するために、身体はどんどん尿を出させるのです。だからお酒を飲むとのどが渇いて、水を飲みたくなるんですね。

ダイエットについておもしろいことが書かれていました。
胃の容積は空腹時で50~100ml、満腹状態では1500~1800mlになります。胃の壁は柔らかいので、圧力がかかると伸びます。いつも満腹まで食べていると、胃が伸びて、さらに食べないと満腹感が得られなくなります。それでまた食べるとまた胃が伸びるという悪循環に陥ります。これが大食の人のパターン。逆にいつも腹八分目にしておくと、胃は少しずつ縮み、小さくなるから少しで満腹に近くなり、食べる量が減るからさらに胃が小さくなる。これが小食の人のパターンです。どちらに傾くかは、初めにほんのわずかな我慢ができるかどうかにかかっています。

鼻血は鼻をつまめば止まる。
鼻の穴のすぐ上には、毛細血管が豊富な場所(キーゼルバッハ部位)があり、鼻血はたいていここから出ます。5分から10分ここをつまんで、そっと離すと止まっています。ちり紙を詰めたり、うなじをたたく人もいますが、これは全く効果がありません。

舌のコケは取ってはいけない。
健康な舌には白から淡黄色の薄い苔がついていますが、胃腸の調子が悪くなるとコケが分厚くなり、色も濃くなります。これは舌の表面を覆って味覚を低下させ、ものを美味しく感じにくくするためです。舌が胃を気づかって、あまり食べないようにとサインを送っているのです。

牛乳は骨粗しょう症の予防にならない。
牛乳にはカルシウムが多く含まれるので、骨粗しょう症の予防になると考えている人も多いでしょう。しかし、それは間違いです。牛乳を飲んで血液のカルシウム濃度が急激に上がると、逆に排泄が進みすぎ、それを補うために、骨のカルシウムが溶けて、血液に流れ込むからです。カルシウムは心臓や脳、筋肉の活動に重要な働きをするため、身体が一定の濃度に保とうとして、過剰反応が起きてしまうのです。望ましいカルシウムの摂取は、野菜や小魚から適量をとることです。すなわち、バランスのとれた普通の食事が一番ということです。

「カラダはすごい!」 久坂部羊著 扶桑社新書240 2017年5月1日発行 820円+税
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by irkutsk | 2017-07-11 05:02 | | Comments(0)

「会いたかった人」を読みました(7月7日)

d0021786_9433259.jpg表題作「会いたかった人」をはじめ「結婚式の客」、「寄生虫」、「木陰の墓」、「運の問題」、「甘いキスの果て」を含む短編サスペンスを収めた一冊。

「会いたかった人」では心理学者の諸井小夜子が、4年前に都内で老人ばかりを誘拐し、残忍な手口で殺害する連続殺人事件が起きた時、犯罪心理学を応用して事件を考察する短い論文を書いた。それから数日後、逮捕された犯人が、かのじょの予測した人間像と偶然、ぴったりと一致したことから、彼女は一躍、時の人となった。

そして関東地方にだけ放送されている人気トーク番組「午後のコーヒーブレイク」に出演し、その中で思い出に残っている友達について聞かれ、中学時代仲の良かった結城良美のことを話した。彼女は高校に入った年にお父さんの転勤で新潟に行き、2年くらいは文通を続けていたが、その後音沙汰がなくなったと話した。するとその日の夜、番組のプロデューサーから電話が入り、結城良美が見つかったという。そして彼女の電話番号を教えてくれた。

25年ぶりの親友に電話をかけ、高校3年の時彼女の父親が交通事故で亡くなり、岡山の母の実家へ引っ越したのだという。二人は翌日、渋谷のイタリアンレストランで会うことにした。25年ぶりに再会した彼女は小夜子の想像を超えていた。昔話をし、お互いの近況を話した。その後も良美は頻繁に電話をかけてきた。

そしてしばらくして先日出演した番組のプロデューサーから次のような話を聞いた。「丹野さんという人から番組あてに手紙が届いて、その手紙によると結城良美さんは25才で亡くなっているはずだ…」という。

では再会した良美は誰なのか?

ほかの5遍もハラハラ、ドキドキするストーリー展開で十分楽しめました。

「会いたかった人」 小池真理子著 祥伝社文庫 1991年10月20日発行 600円+税
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by irkutsk | 2017-07-07 09:43 | | Comments(0)

「ナミヤ雑貨店の奇跡」を読みました(7月2日)

d0021786_5513570.jpg悪事を働いた3人が逃げ込んだ古い家。そこはかつて悩み相談を請け負っていた雑貨店だった。廃業しているはずの店内に、突然シャッターの郵便口から悩み相談の手紙が落ちてきた。時空を超えて過去から投函されたのか? 3人は戸惑いながらも当時の店主・浪矢雄治に代わって返事を書くが……。次第に明らかになる雑貨店の秘密と、ある児童養護施設との関係。悩める人々を救ってきた雑貨店は、最後に奇跡を起こせるか。

第1章では1980年オリンピック代表選手を目指す月のウサギさんからの相談。そこには次のように書かれていた。「私には愛する男性がいます。彼は私の最大の理解者であり、協力者であり、応援者です。私がオリンピックに出ることを心の底から望んでいます。ところが突然彼が倒れて、彼の病名を聞き目の前が真っ暗になりました。癌でした」。彼のそばにいてあげるべきか、でも彼は彼女がリンピック代表選手になること、そのために練習に励むことを強く望んでいる。どうしたらいいかという相談でした。

相談の二つ目は魚屋アーティストさんからのもので、家業である魚屋を継ぐことよりも音楽の道へ進みたいという若者の相談でした。ある年のクリスマスイブの日、「養護施設「丸光園」へ慰問公演に行き、彼が作った曲「再生」を聞いて、すぐに覚えた女の子セリと出会いました。彼女は将来この「再生」を歌って有名な歌手になりました。

グリンリバーさんからの相談は、妊娠したが相手の人は妻子ある人でという。この人は前に一度結婚して、どうしても子供ができないので病院で診てもらったら、子供ができにくい体質だと分かった。だから今回は最後のチャンスらしい。

ほかにもたくさんの相談があり、自分が回答した結果をナミヤ雑貨店の店主・浪矢雄治は知りたくて、自分の33回忌の日、夜12時から夜明けまでナミヤ雑貨店の相談窓口が復活するので、相談をした人がその後どうなったか知らせてほしいというお知らせを何らかの方法で出してほしいと息子に頼む。そして彼の最後の日、ナミヤ雑貨店に一人にしてくれと息子に頼む。そして雄治は33年後からのお礼の手紙を受け取って読むことになった。

ナミヤ雑貨店店主の浪矢雄治が回答したものと、2012年深夜、このあばら家に逃げ込んだ3人の若者が書いた悩み事相談の答えがある。非常に面白い構成・内容の小説だった。映画化され9月23日に公開される。

「ナミヤ雑貨店の奇跡」 東野圭吾著 角川文庫 2014年11月25日発行 680円+税
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by irkutsk | 2017-07-02 05:51 | | Comments(0)