ウズベキスタンのお土産(12月27日)

今年の9月からウズベキスタンのサマルカンドへ日本語を教えに行っている友人がいま日本に一時帰国していて、昨日会っていろいろとウズベキスタンの話を聞きました。「あなたのものは私のもの、私のものも私のもの」という世界で、遠慮していては生きていけないとのこと。すっかりウズベキスタンの生活に馴染んで、日本に帰ってきて戸惑っている様子でした。お正月を日本で過ごしてまた1月はじめにウズベキスタンへ行きます。

お土産にウズベキスタンらしい模様の湯呑(?)8個とロシア製チョコレートをいただきました。
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by irkutsk | 2012-12-28 09:19 | ロシア | Comments(0)

ヨールカ祭りに行きました(12月9日)

d0021786_1137355.jpg日本ユーラシア協会愛知県連の主催する「第3回ヨールカ祭り」に行ってきました。

午後2時から始まったヨールカ祭りはまず、合唱団「ミール」の歌で幕を開けました。チェブラーシュカで歌われている「ワニのゲーナの歌」(誕生日が毎日あればいいのになという歌)を始め3曲を聞かせてくれました。次にロシア語講座のロシア人講師の先生方によるロシア語人形劇「森のおうち」が上演されました。人形や背景なども全部先生たちの手作りで、人形の動かし方、登場してくる森の動物たちのセリフもとてもうまく、参加した子供達ばかりでなく、おとなたちもすっかり魅了されました。

人形劇のあとはジャムとチーズの入った焼きたてのブリヌイをいただき、またワインやケーキ、ビーツのサラダなどもあり、ロシアの雰囲気がいっぱいでした。参加したロシア人やウクライナ人もきっと満足していたことでしょう。

最後にロシア語の歌「あなたに幸せを」という曲をミールの河西さんの指導のもと練習して、みんなで歌いました。

ロシア語人形劇「森のおうち」はYouTubeで見ることができます。
「日本ユーラシア協会愛知県連ヨールカまつり1」
「日本ユーラシア協会愛知県連ヨールカまつり2」で検索してください。
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by irkutsk | 2012-12-10 11:37 | ロシア | Comments(0)

サンタクロースのマトリョーシカを買いました(11月10日)

イオンナゴヤドーム前店の中にある「マ・ファヴール」でサンタクロースのマトリョーシカを発見して、ちょっと高かったけどクリスマスまで飾っておけるからと買いました。5個組で1995円でした。
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by irkutsk | 2012-11-11 14:51 | ロシア | Comments(0)

イチゴのロシア風コンポート(砂糖煮)(4月26日)

 NHKの「今日の料理」4月号にイチゴのロシア風コンポートの作り方が載っていたので、作ってみました。材料はイチゴ3パック、グラニュー糖300g、レモン汁大匙3。イチゴを洗って大きめの鍋に入れ、水2リットル、グラニュー糖、レモン汁を入れて強火で煮ます。煮立ってきたら中火にし、アクを取りながら2~3分煮ます。冷めたところでざるを使って、実と汁に分けます。汁は夏に麦茶を飲むガラスのボトルに入れて、冷蔵庫へ。砂糖がたっぷりなので、冷やしても甘くイチゴの香りがし、ロシアで飲んだ同じようなジュースが思い出されました。

 ロシアでは夏の間、イチゴやベリー類を取って砂糖で煮て保存しておき、冬の間のビタミン不足をそれで補っています。わたしもロシアにいたとき、ダーチャ(別荘)に連れて行ってもらい、スマロージナという黒い実をもらい、自分で砂糖煮を作りました。そして半年以上もジャムのようにして食べました。

 さて、話はイチゴのコンポートに戻ります。残った実のほうがコンポートです。容器に入れて、更にグラニュー糖をかけて保存します。冷蔵庫に入れて1週間くらい持ちます。わが家では毎食食べているカスピ海ヨーグルトをかけて食べました。

 実はレモン汁を加えて煮詰めるとジャムにもなります。

 イチゴが安い今が作り時です。

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by irkutsk | 2009-04-26 09:12 | ロシア | Comments(0)

ロシア語サロンに行きました(1月25日)

日本ユーラシア協会が開いているロシア語サロンに行って来ました。名古屋やその近郊に住んでいるロシア人にロシア語で話をしてもらうという企画で、すでに73回を数えています。

今日のゲストはニーナ・ペトリーシェヴァさんでした。彼女は9年前に北海道大学に留学し(言語学を専攻)、同大学院の博士課程を修了された方です。去年の4月から中京大学でロシア語を教えており、日本人と結婚しています。

今日の話のテーマは「想像していた日本と初めて実際に見た日本」で、話は彼女が初めて日本に来た時のことから始まりました。成田に着いて、文科省の職員に荷物はここにおいて、別の部屋に行くようにと言われ、彼女は荷物を置いて行くとなくなってしまうと思って、持って行こうとしたが、置いて行くようにと言われ泣く泣く荷物とお別れしたが、別室での話が終わって、荷物のところへ行くと、荷物がなくならずに私を待っていてくれた。これには感激したそうだ。日本以外の国では荷物の管理は自己責任で、置きっぱなしにしておいて盗られるのは、まず置きっぱなしにした人が責められるそうだ。

そして札幌で、ウクライナでは駅に外貨両替所があるので札幌駅に行ったがどこにもそんなものはない。手持ちの円はなくなったし、周りの人に英語で聞いても、英語が通じない。その時、知っている日本語「ごめんなさい」、「わかりません」の2語だけでした。近くの交番で「ドル、円、ドル、円」と何回も言って、両替したいということを伝え、婦人警官の方が銀行に電話してくれて、銀行まで連れて行ってくれました。もう6時過ぎだったけど特別に両替をしてもらいました。そして、銀行を出ると、今度は帰り道がわからない。寮の住所を書いた紙は持っていたが、自分では読めないので、歩いていたおばあさんに紙を見せて聞いたところ、説明し始めたが、日本語がわからないというと、わざわざ寮まで送ってくれたそうです。日本人は何て親切なんだろうと思った出来事でした。

彼女の専攻が言語学ということもあり、日本語とロシア語の違いをおもしろく話してくれました。日本では人に物をあげるとき「つまらないものですが」と言って渡すが、ロシア人はつまらないものなら、人にあげるのは失礼だと考えてしまう。ロシア人は、これはいいものだからと言ってあげる。

「頭がいいですね」と言われると日本人は「いいえ、そんなことはありません」と謙遜する。でもこれはロシア人には「私は頭が悪いんです」と思われてしまう。
日本人は理由を言ってから、結論を言うが、ロシア人はまず結論を言って、必要なら理由を言う。
人を励ます時も日本人は「頑張って!」と自分自身が頑張らなくてはと言うが、ロシアでは「運がいいといいね、何とかなるさ」という意味のことを言う。

日本人は相手の気持ちを思いやり、相手の気分を害さないように話をすることが大事だと教えられてきている。文化の違いが言葉の違いにも現れているというおもしろい話をしていただき、時間の経つのも忘れるほどでした。

参加者からの「どうしたら外国語をうまく話すことができるようになるか」という質問に対して、彼女自身の体験でもあるいい方法を教えてもらいました。
毎日30分声を出して、自分にその言語で話しかける。今日何があったか、明日何をするかなど。時間がなければ2日に1回でもいい。そして時にはそれを録音して聞くと、間違いに気づき、訂正することができるということでした。
毎日の積み重ねが大切ということですね。
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by irkutsk | 2009-01-26 09:45 | ロシア | Comments(0)

「この道は母へとつづく」を見ました(10月23日)

11月10日から伏見ミリオン座でロシア映画「この道は母へとつづく」が上映されます。2006年の作品で、久しぶりの新しいロシア映画です。23日に試写会があり、一足先に映画を見てきました。

現在のロシアが舞台で、孤児院にいる6歳の男の子ワーニャはイタリア人夫婦に養子にもらわれていくことが決まります。他の孤児からは「イタリア人」と呼ばれ、うらやましがられます。しかし、しばらくして同じように外国人に養子としてもらわれていった子のお母さんが尋ねてきます。でも孤児院からは剣もほろろに追い返され、その日の夜、彼女は列車に飛び込んで自殺してしまいます。この話を聞いてワーニャは、自分の母親がもし自分がいなくなってから自分を迎えにきたらと思うと、いてもたってもいられなくなります。自分の書類を盗み見して、以前にいた孤児院を探り当てます。そこに行けばお母さんのことがわかるかもしれない。そして孤児院を抜け出します。同じ孤児院にいる年上の女の子が一緒について来てくれますが、駅で彼女は時計を盗んだ相手に見つかり、警察に連れて行かれます。そしてワーニャのたった一人の旅が始まります。はたして彼は母親に会えるのでしょうか。

現在のロシアの状況が生き生きと描かれている傑作です。孤児院の子供達はアルバイトをして小遣いを稼ぎ、みんなの財産としてそれを管理している年長者の若者、孤児院の子供達を外国へ養子に出すことで、儲ける孤児院の院長や仲介業者など。
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by irkutsk | 2007-10-25 14:07 | ロシア | Comments(1)

「ガスのある生活っていいな」

今朝は-13度、昼間でも-10度くらい。でも外に行かない限り、外の気温が何度でも部屋の中は暖かです。今日はよい天気で木々の樹氷が朝日に照らされてとてもきれいだった。10時にジェーニャの車で大学へ行き、研究室でコートと帽子を脱いで、玄関のカギおばさんのところに行き2階の30という教室のカギをもらって教室へ。途中でラジカセを忘れたのに気がついてまた研究室へ戻りラジカセを持って教室へ行くと学生が3人入り口で待っていた。

火曜日はクラスノヤルスク大学5年生のナターシャ(私が来るまで日本語を教えていた学生)も来る日で、彼女に助詞などの説明をロシア語で頼んだ。今日から「みんなの日本語」第5課に入り、今日は「行きます」の練習をした。

授業が終わると、いつものように学部長さんが来て、今日の6時から市民に日本語を教えるという計画の打ち合わせがあるからそれに出てほしいと言われた。それまでナターシャにまた町を案内させるからということだった。まず1階のビュッフェでお昼を食べ、いろいろと買いたいものがあるので、ナターシャに手伝ってもらって買い物に出かけた。買ったものはハンドクリーム(空気が乾燥しているので手がかさかさになってしまうので)、爪きり(日本のと形はよく似ているが、切り口が横にある)、手帳(次々に予定が入ってくるのでメモしておかないと忘れてしまう)、プリンターのインク(予備のインク)、はがきと封筒。

そして金曜日のクラスノヤルスク行きのバスのキップを買いにバスの駅に行った。そこでクラスノヤルスクに住むHさんに電話して、11時頃着くバスでいいか確認して、Hさんが迎えに来てくれるので、ナターシャに私が降りるロコモチーフというバス停の場所を説明してもらった。金曜日9時30分発のバスで602番のバスに乗るように言われた。席は全席指定で私の席は4番だった。運転手にロコモチーフで降りるので教えてくれるように頼んでおけばいいと教えてくれた。バスの駅までは宇宙飛行士学校の前から6番のバスに乗れば良いそうだ。バスについては、宇宙飛行士学校の寮に住んでいて大学に通って、私の日本語の授業を取っている(でもまだ1回も出てきていない)ニキータに木曜日に一緒に行って教えてもらうことになった。

買い物が終わり学部長さんの部屋に戻り、彼女がクラスノヤルスクの絵葉書を見せてくれて町の説明をしてくれた。そして今週の私の予定を教えてくれた。明日は宇宙飛行士学校で3時半から2年生の授業を30分して、7時半から大学の学生たちの新年のパーティがある。あさっては午前中授業があり、2時から職員の新年のパーティ、29日はクラスノヤルスクへ行きクラスノヤルスク大学の学生の新年のパーティ、そして学部長さんの家に泊めてもらう。30日はクラスノヤルスクでバレエ「くるみ割り人形」を見てから3時ごろのバスでジェレズノゴルスクへ戻る。31日はドイツ語の先生のナジェージュダの家に招待されたので、そこで新年を迎えることになる。

6時まで時間があるので、パソコンを借りてメールの確認とメールの送信をして、一人で町を散歩してくると言って出かけた。一人で歩かないとなかなか覚えられない。この町は56年前に新しく作られた町なので、碁盤の目のように道路が走っているがそのことが災いして、角をいくつも曲がるといったい自分がどっちを向いて歩いているのかわからなくなってしまう。東西南北も良くわからないし、ジェレズノゴルスク生まれのナターシャに聞いてもわからないと言う。いつも宇宙飛行士学校から来るときに通るソヴェーツカヤ通りに沿って歩いていくとバスの駅が右手にあった。そこを右に曲がっていくと電車の駅がある。さらにそこを右に曲がるとレーニン通りで5分ほど歩くとレーニンの像と劇場、市役所、郵便局がある市の中心に出る。そこをもう一度右に曲がってしばらく行くとソヴェーツカヤ通りに出る。わかってみれば簡単なのだが。

ソヴェーツカヤ通りを大学のほうに歩いていくとラジカセを買った電気店があり、入ってみて体重計をまた眺めてみる。約2000円だが、なかなか買う決心がつかない。テレビはブラウン管のものが圧倒的で、21インチ程度のものが2万5000円くらいで売っている。私の部屋に買ってもらった洗濯機は5-6万もしていた。パソコンのフラッシュメモリーは日本とあまり変わらない値段だった。ということはロシア人にとってはちょっと高いものかもしれない。でも大学の先生たちはみんなこれをもっていた。

大学の近くにある台所用品店に行って、日本のお茶を飲むのに、ロシアの急須では葉っぱがいっぱい出てくるので、茶漉しを買おうと思った。探していると店員さんがお手伝いしましょうかと声をかけてきたが、茶漉しをロシア語で説明するのが難しくて、ロシア語が良くわからないのでいいと言って店内を見ていると、ありました。ばねが付いていてボールのような形になっていてそれを広げてお茶の葉を入れて閉じて茶碗につけるとお茶が出るというものです。500円くらいしました。その後近くの食料品店でミネラルウォーターを買ったら、宇宙飛行士学校の食堂の売店と同じ水が2リットルで19ルーブル20カペイカだった。今まで1リットル17ルーブルも出して買っていた。これからはここで買おうと決めた。

6時からの集会というのは良くわからないが、外部の人はアレクサンドルという男の人が一人だけで、後は大学の事務局のエカチェリーナ、学部長さん、ナターシャと私だけですぐに終わった。ジェーニャの家族も大学に来ていて、彼らと一緒に帰った。途中でイルミネーションで飾られた大きくてきれいなヨールカを見て帰った。

寮に戻るともう7時過ぎだったので、初めて昨日買ってきたスパゲッティをゆでて食べたが、電気のコンロはお湯が沸くまでに時間がかかり、その間にお菓子をつまんで食べてしまった。スパゲッティを茹でたのはいいが、あけるざるがない。なべのふたを押さえてお湯を捨てたが、やっぱり水分が残った。フライパンに油を引いて炒め、トマトベースのソースをかけて混ぜたが、いまいち味が薄かった。東邦ガスの宣伝ではないが「ガスのある生活っていいな」と思った夕食でした。

毎日バスタブに入って日本の風呂の感覚は味わっているのですが、洗い場はないので全部浴槽の中です。ジェレズノゴルスクの水がどのくらい良くないかというのは、風呂にためた水を見ていただければよくわかります。この色を見るとやはり飲み水は沸かしたとしても、飲みたくないと思います。毎日ミネラルウォーターを沸かして飲んでいます。
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by irkutsk | 2006-12-28 15:38 | ロシア | Comments(0)

ジェレズノゴルスクへ行けるのはいつ?

9月2日の土曜日の朝、また向こうの大学の学部長さんからメールが来ていました。
そのメールを読んでびっくり!今月末にはジェレズノゴルスクへ行けると思って準備していたのに、そのメールによると招待状ができあがるのが9月22日から29日の間で、閉鎖都市ジェレズノゴルスク市へ入るための許可証ができあがるのが10月15日だそうだ。それからエアメールで送ってきて、ビザを申請し、航空券を取ってと考えると早くても出発は10月の末、下手をすると11月にずれ込んでしまうかもしれない。
閉鎖都市への許可証が1カ月半もかかるなんて、日本では考えられない遅さです。

日本語科の学生達は2ヶ月間日本語の授業を受けられなくて、どうしているんだろう?
私としては教案作りにたっぷり時間が取れて良いのだけど。

あと少しで出発できると思っていたら、また1カ月延びてしまい拍子抜けしてしまいました。
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by irkutsk | 2006-09-04 17:36 | ロシア | Comments(0)

ジェレズノゴルスクについて PATRT2

 ジェレズノゴルスクで働くことが決まって、いろいろとインターネットで調べたり、赴任先のクラスノヤルスク国立教育大学ジェレズノゴルスク分校の外国語学部長さんとメールのやりとりをしていくうちに、町の様子や私の仕事の内容もだんだんとはっきりしてきました。
 
 まずジェレズノゴルスクという町について
 この町は1954年に作られた町で、誕生からわずか半世紀しかたっていません。人口は2006年現在で102,200人です。クラスノヤルスクという人口90万人の大きな町から北に64キロの所にあり、クラスノヤルスクへは30分毎にバスが出ています。1時間半でクラスノヤルスクに行けます。ジェレズノゴルスクの町にもオペラ劇場と人形劇場、映画館、博物館などがあるそうです。
 町は北緯56度15分、東経93度32分の位置にあります。モスクワやコペンハーゲン、イギリスのエジンバラなどと同じ緯度です。
 日本との時差は夏時間の今はマイナス1時間、冬になるとマイナス2時間です。今日の日の出は6時44分、日没は20時55分です。そしてもう秋だといってますが、日本の初冬並の寒さです。今日の最低気温は2〜4度、最高気温は12〜14度です。
 
 私の仕事について
 何回かメールのやりとりをして、わたしの仕事の概要がわかりました。今年から日本語のコースができたので外国語学部の学生(1年生だけです)に週5コマ教えます。1コマの時間は90分です。他に選択科目で日本語を勉強したいという学生6名に週2コマ教えます。さらに高校生(ロシアでは10年生、11年生)に週2コマ(こちらは1コマ45分です)、小学5年生に週2コマ(やはり1コマ45分)です。
 みんな日本語は初めてなので、「あいうえお」から始めます。いままで文法や会話はボランティアで教えてきたのですが、0から教えるというのは初めてなので、いろんな本を買って勉強中です。年間の授業計画や当面の教案なども作り始めましたが、どうなることか。
 私がジェレズノゴルスクで住むことになるのは、大学の職員が何人か住んでいるアパートです。もちろん個室でベッドや冷蔵庫もあるということです。大学からは車で15分の所にあり、他の職員と一緒に来てくださいとのことでした。相乗りで行くのか、送迎のマイクロバスがあるのか?
 
ジェレズノゴルスクの町の写真が載っているホームページを紹介します。
http://www.fkgpu.ru/galery/photo.php?num=1
私の勤める予定のクラスノヤルスク国立教育大学ジェレズノゴルスク分校のホームページはこちらです。ロシア語ばかりですが写真も載っています。
http://www.fkgpu.ru/index.php
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by irkutsk | 2006-08-28 18:21 | ロシア | Comments(1)

クラスノヤルスクからのメール

 昨日クラスノヤルスク国立教育大学外国語学部の学部長へメールの返事をロシア語で書き、その中でいくつかの質問をしていたら、今朝もう返事が来ていた。あまりの早さにびっくり!私が書いて送ったロシア語メールはちゃんと読めたということで、返事はロシア語できた。質問の回答は次のとおりで、だんだんと向こうでの仕事の内容がはっきりしてきた。
1,外国語学部で日本語を学ぶ学生は1年生だけで、その他にも選択科目で日本語を取りたいという学生もいるので、授業は毎日あります(希望があれば休息日を設けても良い)。もし、仕事量が物足りなければ、優れた素質の子ども達を集めた全寮制の学校で日本語を教えることもできます。
2,住居は設備のついたアパートを無料で提供します。そこで自炊しても良いし、食堂もあるのでそれを利用しても良いです。
3,大学には診療所があり、時間中は内科医が常駐しています。医療費は無料です。保険についてあなたが必要なら、どうしたらよいか明らかにします。

 同じく今朝、クラスノヤルスク国立大学のガリャーチェヴァさんからも日本語のメールが来ていた。内容はほぼ同じだが、彼女の方が少し詳しい部分もあった。彼女は日本語ができるので窓口になっていろいろと連絡をしてくれている。彼女のメールによれば、私の担当コマ数は9コマで、教育大学で7コマ、高校で1コマ、小学校で1コマだそうだ。高校生は1年ぐらい日本語を勉強した生徒で、小学生(5年生)は0からだそうだ。大学も含め今年は入門から初級を教えることになりそうだ。しかし、驚いたことに教科書はないということで、持ってきてくれれば幸せですとのこと。給料は300ドル。住居は冷蔵庫、ベッドがあり無料だとのこと。インターネットは大学でできるとのことなので、授業のための素材集めやこのブログの更新もできそうです。
霧に包まれていたロシアでの仕事ですが、少しずつ霧が晴れてきました。
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by irkutsk | 2006-08-22 09:14 | ロシア | Comments(0)