ジェレズノゴルスクについて PATRT2

 ジェレズノゴルスクで働くことが決まって、いろいろとインターネットで調べたり、赴任先のクラスノヤルスク国立教育大学ジェレズノゴルスク分校の外国語学部長さんとメールのやりとりをしていくうちに、町の様子や私の仕事の内容もだんだんとはっきりしてきました。
 
 まずジェレズノゴルスクという町について
 この町は1954年に作られた町で、誕生からわずか半世紀しかたっていません。人口は2006年現在で102,200人です。クラスノヤルスクという人口90万人の大きな町から北に64キロの所にあり、クラスノヤルスクへは30分毎にバスが出ています。1時間半でクラスノヤルスクに行けます。ジェレズノゴルスクの町にもオペラ劇場と人形劇場、映画館、博物館などがあるそうです。
 町は北緯56度15分、東経93度32分の位置にあります。モスクワやコペンハーゲン、イギリスのエジンバラなどと同じ緯度です。
 日本との時差は夏時間の今はマイナス1時間、冬になるとマイナス2時間です。今日の日の出は6時44分、日没は20時55分です。そしてもう秋だといってますが、日本の初冬並の寒さです。今日の最低気温は2〜4度、最高気温は12〜14度です。
 
 私の仕事について
 何回かメールのやりとりをして、わたしの仕事の概要がわかりました。今年から日本語のコースができたので外国語学部の学生(1年生だけです)に週5コマ教えます。1コマの時間は90分です。他に選択科目で日本語を勉強したいという学生6名に週2コマ教えます。さらに高校生(ロシアでは10年生、11年生)に週2コマ(こちらは1コマ45分です)、小学5年生に週2コマ(やはり1コマ45分)です。
 みんな日本語は初めてなので、「あいうえお」から始めます。いままで文法や会話はボランティアで教えてきたのですが、0から教えるというのは初めてなので、いろんな本を買って勉強中です。年間の授業計画や当面の教案なども作り始めましたが、どうなることか。
 私がジェレズノゴルスクで住むことになるのは、大学の職員が何人か住んでいるアパートです。もちろん個室でベッドや冷蔵庫もあるということです。大学からは車で15分の所にあり、他の職員と一緒に来てくださいとのことでした。相乗りで行くのか、送迎のマイクロバスがあるのか?
 
ジェレズノゴルスクの町の写真が載っているホームページを紹介します。
http://www.fkgpu.ru/galery/photo.php?num=1
私の勤める予定のクラスノヤルスク国立教育大学ジェレズノゴルスク分校のホームページはこちらです。ロシア語ばかりですが写真も載っています。
http://www.fkgpu.ru/index.php
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by irkutsk | 2006-08-28 18:21 | ロシア | Comments(1)

クラスノヤルスクからのメール

 昨日クラスノヤルスク国立教育大学外国語学部の学部長へメールの返事をロシア語で書き、その中でいくつかの質問をしていたら、今朝もう返事が来ていた。あまりの早さにびっくり!私が書いて送ったロシア語メールはちゃんと読めたということで、返事はロシア語できた。質問の回答は次のとおりで、だんだんと向こうでの仕事の内容がはっきりしてきた。
1,外国語学部で日本語を学ぶ学生は1年生だけで、その他にも選択科目で日本語を取りたいという学生もいるので、授業は毎日あります(希望があれば休息日を設けても良い)。もし、仕事量が物足りなければ、優れた素質の子ども達を集めた全寮制の学校で日本語を教えることもできます。
2,住居は設備のついたアパートを無料で提供します。そこで自炊しても良いし、食堂もあるのでそれを利用しても良いです。
3,大学には診療所があり、時間中は内科医が常駐しています。医療費は無料です。保険についてあなたが必要なら、どうしたらよいか明らかにします。

 同じく今朝、クラスノヤルスク国立大学のガリャーチェヴァさんからも日本語のメールが来ていた。内容はほぼ同じだが、彼女の方が少し詳しい部分もあった。彼女は日本語ができるので窓口になっていろいろと連絡をしてくれている。彼女のメールによれば、私の担当コマ数は9コマで、教育大学で7コマ、高校で1コマ、小学校で1コマだそうだ。高校生は1年ぐらい日本語を勉強した生徒で、小学生(5年生)は0からだそうだ。大学も含め今年は入門から初級を教えることになりそうだ。しかし、驚いたことに教科書はないということで、持ってきてくれれば幸せですとのこと。給料は300ドル。住居は冷蔵庫、ベッドがあり無料だとのこと。インターネットは大学でできるとのことなので、授業のための素材集めやこのブログの更新もできそうです。
霧に包まれていたロシアでの仕事ですが、少しずつ霧が晴れてきました。
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by irkutsk | 2006-08-22 09:14 | ロシア | Comments(0)

ジェレズノゴルスクについて

 私が今年の9月から日本語教師として赴任するクラスノヤルスク国立教育大学がある場所がジェレズノゴルスクです。シベリアの真ん中、クラスノヤルスクという町から更に北へ30キロほど行ったところにある町です。
 バイカル湖の近くにあるイルクーツクからはシベリア鉄道に乗って西へ18時間の所にあります。私はウラジオストクから飛行機で行く予定ですが、5時間もかかります。
 毎日クラスノヤルスクの天気予報を見ていると、8月というのに最低気温は5ー6℃という日もあります。日本の冬ですよね。最高気温も20℃前後。雨が降った日は15℃くらいまでしか上がりません。9月に行くときはコート、手袋が必要ですね。
 今は日の出が6時半、日没は9時過ぎですが、だんだんと短くなって冬至の頃には昼の長さが6時間程度になるそうです。
 いざジェレズノゴルスクに行くことが決まって、インターネットでその町のことを調べてみると大変な町のようです。ソ連崩壊までは秘密閉鎖都市で、地図にも載っていなかったところですが、今はジェレズノゴルスクという地名がついています。閉鎖都市ということは変わらないようですが。従って町に入るには許可証が必要なようです。詳しいことは現地に行ってからまた報告します。
 そのジェレズノゴルスク市ですが、核燃料の再処理工場を建設中で2020年度の完成を目指しています。世界中の使用済み核燃料を処理できるように法律を改正して外国の使用済み核燃料を持ち込めるようにしたそうです。そして再処理工場ができるまでは大量の使用済み核燃料を保管しているということです。
 ちょっと気持ちの悪い町ですね。日本の六ヶ所村を大きくしたような町です。
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by irkutsk | 2006-08-21 10:55 | ロシア | Comments(2)

ジェレジェレズノゴルスクへ行けるのはいつ?

 8月8日に採用決定の連絡をもらって、9月から新しい学年が始まるので8月中に赴任しなければならないと思い、旅行社にも行き、エイズ検査も一刻も早くと思って近くの千種保健所でなく、わざわざ天白保健所まで行き、そして持っていくものの準備をしていたのに、むこうの担当者から8月10日に、明日から招待状の準備をしますというメールがあった。すぐに作って送ってくれれば20日過ぎには届き、何とか8月中に着けると思っていた。ところが8月17日の夜に来たメールには「今は招待状の準備中です。一ヶ月くらいかかります。できたらすぐにエアメールでお送りします。」と書かれてあった。1カ月ということは9月10日頃に招待状ができてそれから送ってくるということだから、こちらに着くのは9月20日頃、そして出発できるのは9月下旬ということになってしまう。何とも、感覚が日本と違うと言うことを思い知らされた最初の出来事であった。これからもたびたび経験することになるだろう。

 そして、自分が働く場所の名前もわからない状態から抜け出せたのは、8月18日に相手方の学部長からの英文メールであった。苦手な英語を辞書を引き引き訳してみると、次のような内容だった。
 彼女はクラスノヤルスク教育大学の言語学部の学部長で、今私がその大学で働くための招待状や、町にはいるための書類などを事務職員が作っているそうだ。また、大学は今年から日本語の講座を開設し、もう一人のロシア人の先生は東洋研究の講義を担当し、私が日本語の文法、会話、漢字の講義を担当することになるそうだ。
 つまり、日本語の教師は私一人、そして、初年度ということもあって全部私が教えなければならないということのようだ。自分の好きなようにできるというメリットはあるものの大変そうである。早速年間の講義計画を立てなくては。でも週何コマ日本語の授業があるのかわからないし。向こうに聞いてみなくては。
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by irkutsk | 2006-08-21 10:11 | ロシア | Comments(0)

日本語教師のスタート台に

今年の3月に32年間勤めてきた今の職場を退職し、9月からロシアで日本語教師をすることにしました。ところがさい先悪く、去年の夏にわざわざ現地まで行って今年の9月からの就職をお願いしてきたカムチャッカ国立教育大学に断られてしまった。予定がすっかり変わって、慌ててユーラシア協会本部にロシアから日本語教師派遣依頼が来ていないかと聞いたところ、オレンブルグ大学から来ているということだったので、早速履歴書を書いて送ったが、それ以降何の連絡もなく、こちらから連絡すると、「はっきり決まってから連絡しようと思っていた」とか「向こうと連絡が取れなくなってしまった」という返事で結局どうにもならず、ひたすら待っていたが相変わらす返事はない。7月になっていくらなんでももうタイムリミットじゃないかと思って、電話してみると「いや、まだわかりませんよ。突然返事が来ることもあります。そういう国ですから。」という変に気を持たせるような返事。「向こうから連絡があったら電話してください」とほとんど諦めの境地で頼んでおいたが、やっぱり今に至るまで何の返事もない。

7月になるとさすがに焦って、毎日日本語教師の求人情報をインターネットで見る毎日が続いた。ベトナム、中国、韓国、モンゴルといろんなところから求人が来ているが、できれば近いところの方が時々帰って来られるからと思って上海の2つの学校と北京の学校に履歴書を送って応募した。「書類選考の結果、合格者には電話面接します」ということだったが3校とも返事がなかった。書類選考で落とされたということだ。やはり年齢54歳が大きなネックのようだ。

そんな時、日本語教師養成科で一緒に勉強した仲間からロシアの求人があるといってメールをもらった。同じ日の夜、ロシア人の知り合いが日本語教師を捜している大学があるという情報を教えてくれた。その二つの求人情報はどちらもクラスノヤルスク大学だった。履歴書を送った2日後、「大学の卒業証明書とパスポートのコピーを送ってください」というメールをもらい、これは可能性があるのかと喜んだが、その後1週間たっても何も言ってこない。その間3回も催促メールを出し、ようやく「学部長がいないので返事が遅くなっている。必ず8月7日にメールします」という返事が来た。しかし8月7日も8日もメールが来ず、がっかりして寝ていたら、ロシア人の知り合いから電話がかかってきて、クラスノヤルスク市内ではなくて、ジェレズノゴールスクというところで採用ということで良いかということだった。二つ返事で了承した。9回裏逆転ホームランを打ったような気分で、うれしさで寝付けない夜を過ごした。

翌日、旅行社に行きクラスノヤルスクまでどうやっていくかを相談し、新潟からウラジオストクへ行き、1泊して翌日クラスノヤルスクへ飛ぶということにした。だが向こうの大学から招待状が届かなければビザの申請ができないのでいつの飛行機と特定できない。とりあえず3カ月以上滞在する人はビザの申請にエイズに感染していないという証明書が必要だということで用紙をもらってきた。

そして8月10日、千種保健所に電話をしてエイズの検査をやっている日を聞いたら毎週月曜日で、結果は1週間後しか出ないということだった。14日に検査、結果が出るのは21日、そしてそれからビザの申請、間に合うのかなと困っていると、天白保健所だったら今日の午後やってますよと教えてくれた。3時半から4時半の間やっているということでバスに乗って出かけた。検査だけなら無料だけど、証明書を書いてもらうと有料で1260円取られた。17日の同じ時間に結果の証明書がもらえるそうだ。

そして何よりも待たれるのが向こうの大学からの招待状だ。これがないとビザの申請ができない。待ち遠しい日々が続く。
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by irkutsk | 2006-08-11 21:22 | ロシア | Comments(1)