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留学生の費用は2週間で37万円(5月30日)

今日も朝から曇り空で、気温は10度。外は寒そうで、やがて雨が降ってきて、昼ごろには霧が出てきて真っ白になりました。

昼から久しぶりにオレーグさんのところに遊びに行きました。30分ほど話をして、3時半から2年生と1年生の授業に行ったら、今日はプラーズニク(祝日)で日本語の授業はないとのこと。子どもたちもきれいな服を着て、親も来ていました。私のボールペンを返し忘れていたというのをもらい、先週休んでいてプレゼントをもらえなかった子に渡して部屋に戻りました。すると隣のマーシャが、私に大学へ来てくれというので今から一緒に行こうと呼びに来ました。大学に行くと、留学生の費用の話で、丁度ユーラシア協会から返事が来たところだったので、すぐに答えて、ユーラシ協会のメールアドレスを教えてほしいというので私の部屋のパソコンからメールを見て、教えました。費用はクラスノヤルスクからの飛行機代、滞在費を合わせて、37万円にもなります。こんなに高いお金を払って2週間日本に来るという学生がいるのだろうか。

せっかく町へ来たのでまたお土産屋さんをのぞくと、前にもう一個ほしいと思っていた色のついた花がふたにあしらった白樺の皮で作った箱があったので買いました。水もバス停のそばのキオスクで買おうと思っていたら、閉まっていました。夕方から晴れてきて、日もさしてきて気温も16度まで上がりました。

晩御飯は魚のミンチのフライとマッシュポテト、パン、赤いジュース(何かの実で作ったもの)でした。魚のミンチのフライは骨がたっぷり入っていました。生徒たちもたくさん残していました。
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by irkutsk | 2007-05-31 09:30 | 日本語 | Comments(0)

天気予報も今日は雨(5月29日)

最近は日の出が早く、いつも5時半に明るくなって目が覚める。でもまだ早いのでもうひと寝入りし、6時半過ぎに起きて、ラジオ体操をするのが日課だ。今朝もどんよりした曇り空で、今にも雨が降り出しそうな天気だった。天気予報も今日は雨だといっている。気温は9度。部屋の中は少し肌寒く、オイルヒーターをつけている。テレビではモスクワが猛暑で今日も33度まで気温が上がるといっている。少しこちらのほうにも暖かさを持ってきてほしいものだ。こちらの今日の最高気温予想は13度。天気予報どおり朝から雨が降り出し、昼頃まで降っていた。午後からは雨が上がったが、風が吹いていて外は寒そうだ。

夕方出かけるときに温度計を見たら14度だった。久しぶりにシビーリによってはやめの晩御飯を食べた。サラダは赤ピーマン、黄ピーマンにトマト、レタスのサラダ、メインはやっぱりハンバーグ(白ロシア風と書いてあったが、どこが違うのか良くわからなかった)、付け合せはキャベツの煮たもの、パンふた切れ、紅茶で65ルーブルだった。

大学に行く前に市場でりんごを4個買った。赤いりんごと青いりんごを二つずつ買い、リュックに入れていたらいい香りがしていた。

今日の市民日本語講座は「い形容詞」を教え、「日本語の勉強はどうですか」と名詞修飾の形容詞の用法を教え、「ジェレズノゴルスクはどんな町ですか」という文型を教えた。授業が終わって外に出るとちょっと寒かった。
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by irkutsk | 2007-05-30 09:29 | 日本語 | Comments(0)

大学1年生の試験をしました(5月28日)

今朝は隣のジェーニャが早く9時ごろ出かけようと声をかけてきた。天気はよくて日もさしているが、天気予報によると今日も雨で最高気温は15-16度だという。念のために傘も持っていくことにした。朝早く行ったおかげで、研究室には誰も来ておらず、パソコンでメールチェックとブログをアップした。今日の学生の試験は12時からなので日も出て暖かいので少し散歩してくることにした。大学の前から勝利広場まで行きそこを左に曲がりテレビ局や公衆浴場の前を通って大学に戻ってきた。月曜日の朝、みんな仕事に行っているので私のようにのんびりと散歩している人はいない。大学に戻ってもまだ10時半だったのでもう一度、今度は公園のほうへ散歩に行った。マツや白樺林の中を歩くといろいろな鳥のさえずりが聞こえ、暖かいそよ風が吹き、いい気分だった。

11時半に大学に戻ってきて、2階の日本センターを覗くと、もう学生が来ていた。4人揃ったので、アリョーナの文法の試験から始めた。そのあと私の漢字の試験、聞き取りの試験で2時には終わった。私の漢字の試験は難しかったのか、よくできたのはアンナだけで、書き取りが全然できなかった学生もいた。結局4人のうち2人は来週、再試験をやることになった。

寮にカレーがまだ残っているので、お昼は外で食べずに空腹を我慢して、寮に帰ってカレーを温めて、トマトときゅうりのサラダを食べた。昼ごはんを食べていると空が暗くなってきて、雨が降り出した。でも雨は1時間くらいで上がり、晴れてきた。

宇宙飛行士学校に帰ってきたとき、玄関の花壇に生徒たちが花を植えていた。たくさんのベゴニヤのほかに、名前のわからない花、そして土を大きなボール状にしてその表面に帯状に花の苗を植えていた。よく見ると花壇にすずらんが咲いていた。

明日の市民日本語講座の資料をコピーに行くと、いつものラリーサがいなくて、若い男の子がいた。でもコピーがとれたのでよかった。ついでに3階のヴィターリの部屋に行くと彼もいて、インターネットが使えなくなったと言ったら、すぐに直すからと言うので、1階に下りてカギを借り、3階のコンピュータのある部屋に行き、メールチェックをしてみたらちゃんとつながった。日曜日の朝、ダメになって、月曜日の午後には回復したのでラッキーだった。明日の朝は普通どおりにメールが見られそうだ。

晩御飯は肉じゃがとパン、なしが入ったジュース。食堂に行くといつものテーブルには飲み物とパンだけでおかずがない。指導員に言うと、肉じゃがを大盛につけてくれ、レーズンパンをつけてくれた。こちらの肉じゃがは骨付きなので骨を出しながら食べなければならないので面倒だ。
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by irkutsk | 2007-05-29 09:32 | 日本語 | Comments(0)

またインターネットができなくなった(5月27日)

朝いつものように朝ごはんの後で、コンピュータのある部屋に行きメールチェックをしていたら、4件の新規メールがあり、2件開いて、3件目を開こうとしたらちっとも開けません。そのうちインターネットにつながらなくなってしまいました。どうも使える時間が設定してあるようで、その時間を使い切ってしまったのでつながらなくなったようです。ショックです。またビターリーに頼んで何とかしてもらわないと。

今日は午前中、洗濯をしたり本を読んで(日本センターにあった武者小路実篤の「幸福な家族」を借りてきました)、昼から出かけようと思っていたら、雨が降り出したのでやめにして、寮の部屋でごろごろDVDを見たり、本を読んで過ごしました。

晩御飯はマッシュポテトに牛肉の煮たのがのっていました。指導員のヴェーラがもう一つ食べなさいと言うので2皿も食べました。でもちっとも太りません。
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by irkutsk | 2007-05-29 09:31 | 日本語 | Comments(0)

せっかくカレーを作ったのに(5月26日)

今朝の気温は8度。空は青空が広がり久しぶりに良い天気だ。朝ごはんは、そばの実のカーシャ、パン、バター、ハム、コーヒー牛乳。指導員のガーリャにカーシャのお代わりはどうだ、パンとハムをもっと食べろ、部屋にもって行かないかと言われる。ロシアに来てやせたのでは奥さんが驚くから、もっと食べろという。

12時からアリョーナがオーリガの授業をやっていると思って307の教室に行くと、大学の学生アンナとドミートリーがアリョーナの授業を受けていた。そして遅れてガリーナも来た。どうなっているのだ?確か先週12時からオーリガの授業をやるといっていたのに。オーリガの授業は2時からだと言う。わたしの市民日本語講座の授業が4時からあるので(まだ教材の準備をしていなかったので)、せっかく作ったカレーをご馳走できなくなってしまった。残念でした。昨日思いついて作ったのだから仕方ないか。
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by irkutsk | 2007-05-28 10:27 | 日本語 | Comments(0)

カレーを作りました(5月25日)

今朝は10度と暖かかった。でも天気は曇りで、風が強く時々雨の降る変な天気だった。朝ごはんはトゥボルク(凝乳)を焼いたものに練乳をかけたもの、パン、バター、チーズ、紅茶。

午前中部屋にいたら、掃除のおばさんが昨日に続いて今日も来て掃除をしていってくれた。どうして二日も続けてくるのだろう。午後から町へ買い物に行った。バス停でバスを待っていると雨がポツポツしてきて、バスに乗ったら土砂降りになった。傘は持っていたので良かった。まず電子手帳用の単4の電池を買おうと、電池を売ってる店に行ったが閉まっていた。大学のそばにあるスーパーまで行き、そこの2階の化粧品店に電池が売っていたので聞いてみたらあった。スーパーでジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、かしわ、パンを買い、次に市場に行ってトマト、きゅうり、シチュー皿、スプーン、フォークを買った。すっかり重たくなったリュックを背負って宇宙飛行士学校へ戻ってきた。

夕食はペリメニとパン、ピーチジュースだったが、指導員のガーリャがペリメニはたくさんつけてくれるし、ビスケットとヨーグルト、オレンジを持ってきてくれたので、お腹一杯になった。彼女に聞くと、昨日の「最後の鐘」というのは授業が終わるだけで、まだこれから試験があるそうだ。卒業式はその後にあるそうだ。わたしが心配していた食堂の閉鎖はわたしがいる間はないと聞いて安心した。

夕食後部屋に戻って今日買ってきた材料でカレーを作った。明日、アリョーナやオーリガにご馳走しようとたくさん作った。
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by irkutsk | 2007-05-26 09:40 | 日本語 | Comments(0)

宇宙飛行士学校「最後の鐘」(5月24日)

今日は2時から宇宙飛行士学校の「最後の鐘」の行事があると、朝ごはんの時に指導員が教えてくれた。

朝から曇り空で、やがて雨が降ってきた。10時前に学部長さんから電話があり、今会議をやっているので来てほしいという。何の会議か、何を話すのか良くわからないまま出かけた。子どもたちがどうのこうのと言っていたので、小さな子どもに日本語か日本の歌を教えるのかと思って行ったら、1階の大きなホールで会議をやっていて、次々に発表をしていた。私はロシア語がわからないので、ただ座っているだけで睡魔との闘いだった。お昼になって休憩になり、研究室でお昼を食べてホールに戻ると、早速私の出番でした。会議に参加している保育関係者を前に、日本の保育の現状について質問に答えるという形式で話をした。自分の子どもを保育園に通わせていた経験で良いからというので、思い出しながら話をしたが、今と20年前ではかなり違っているかもしれない。保育園は全部公立なのか、私立と公立の割合は、保育料は、何時から何時まで子供を預かっているのか、保育園で何を子どもたちに教えているか、異年齢の子どもを一緒にした保育はしているか、各年齢のクラスの子どもの数は何人か、各クラスの先生は何人か、保育園の施設の改修に親がお金を出すかなどたくさんの質問が出た。でもこれが終わってやっと帰れることになり、宇宙飛行士学校に戻った。

2時からの「最後の鐘」には間に合い、2階のホールに行った。保護者も来ていて、みんなデジカメやビデオを持ってわが子の晴れ姿を撮っていた。10年生と職員、保護者が待ち構える中、11年が入場してきて、舞台に向かって正面、右、左の3面に並んで立った。まず校長のあいさつがあり(校長もセーターにジーンズというラフな格好だった)、11年生のあいさつ、小学1,2年生(私の教え子たち)がお祝いの言葉を述べ、10年生が11生に赤いたすきをかけ、胸に小さな鐘をつけてあげた。その後はそれぞれに写真を撮り合って、私もその中に時々入れてもらった。

3時から第2部のコンサートが始まるというのでそのまま残って、11年生の演じる歌や踊りを見ていた。みんな芸達者で、ギターを弾く子もいれば、ワルツを上手に踊る生徒たち、ジャズダンスを踊る子もいて、クラスの歌の発表が長々と(どうも替え歌らしかった)続き、私は市民日本語講座があるので、4時過ぎに会場を後にした。

行く前に朝もらったパンとゆで卵を食べて出かけた。雨が降り出していて、バス停で待っていると丁度隣のマーシャがコーリャ(マーシャの夫のジェーニャの弟で教育大学の1年生)の運転する車で大学へ行くところだったので、乗せてくれて大学まで送ってくれた。

今日は漢字を教え、形容詞を教えたが、「な形容詞」を教えただけで時間がなくなり、「い形容詞」は次回教えることにした。またロマンさんが白石を持って碁を打ちに来てくれたので、授業の後囲碁をした。今日も帰りが遅くなり、寮に戻ったのは11時過ぎだった。
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by irkutsk | 2007-05-26 09:39 | 日本語 | Comments(0)

宇宙飛行士学校、今年最後の授業(5月23日)

今朝の気温は4度。でも部屋の中はオイルヒーターがあるので暖かです。今日の朝ごはんはオムレツ(たまごをといて大きなトレイで焼いたもの)とパン、バター、サラミ、甘い紅茶でした。オムレツは塩辛く、紅茶は甘すぎでした。

今日は10,11年生の最後の授業(といってもカーチャしか来ないけど)なので、スーツに着替え、張り切って行ったのに、部屋には生徒が4-5人いて、ノートパソコンを開いて何かやっている。「ここは日本語の授業じゃないの」と聞いても「違う」と答える始末。しばらく部屋の前でカーチャが来るかもしれないと思って待っていたが、10時20分になってもカーチャは来ないので、今日の授業はなしということにして、部屋に戻ってきた。一体どうなっているのだろう?

3時前に、掃除をしてくれるおばさんが「長いこと来てなかったね」と言って、ごみの始末やトイレ、お風呂、流しの掃除をしてくれた。邪魔になりそうだったので、早めに部屋を出て、2階のエヴゲーニーさんのところへ言った。コーヒーをご馳走になり、日本の話を少ししていたら3時半になったので、1階へ降りて、2年生の授業をした。今日は最終日なのでカラー刷りの果物と、ひらがなで果物の名前を書く練習用紙を渡してやらせた。それが終わって長い風船(阪神が7回に揚げる風船)をふくらませ、チャンバラをした。わたしはふくらませ係で大変だった。そして最後に妻が送ってくれたダイソーのおもちゃや文房具、シールなどを袋に詰めて、くじ引きで一人ずつにあげた。1年生も同じことをやって、ちゃんとひらがなも書いたし、まあまあの最後の授業だった。来年もこの子達に日本語を教えるのだろうか?

私の部屋の前は今も工事をしており、丁度ペンキを塗っているので、そのペンキの臭いが部屋の中に充満していて臭い。いつになったら工事は終わるのだろう。
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by irkutsk | 2007-05-24 09:48 | 日本語 | Comments(0)

やっと航空券が買えました(5月22日)

今朝は2度だった。窓ガラスが曇っていた。また冬に逆戻りしたような感じだ。朝、食事のときに指導員に今日も寒いという話をして、いろいろと私の部屋の設備の面倒を見てくれるイリーナ・ミハイロヴナにも寒いといったら、オイルヒーターを貸してくれた。早速部屋に持って帰ってつけるととても暖かい。感謝感謝。「6月に帰るときには返してね」と言われた。彼女が仕事をする部屋のを貸してくれたようだ。

アントンとクラスノヤルスクへ航空券を買いに行くので、12時に玄関のところに行って待っていたが、アントンは現れない。携帯に電話してもつながらないというメッセージが流れてくるだけ。確かに12時に学校でと約束したはずなのにと思いながら30分まで待った。その間何回も電話してみたが、つながらない。校長秘書のところに行って、アントンを知らないかと聞いたが知らないと言う。車で行くと言っていたので、駐車場にいるかもしれないと思って見に行ったが、いない。しかたないので部屋に戻ろうと玄関を入るとアントンがいた。1時15分に出発するという。時間があるので一度部屋に戻った。ロシア人が時間にルーズだというのは知っていたが、連絡もくれないし、こちらからも連絡できないというのは困ったものだ。あとで聞いてみると携帯のお金がなくなって通じなかったのだそうだ。1時15分にもう一度玄関に行ったが、まだ車が出発できないということでしばらく待って、2時にようやく出発した。わたし達のほかにもあと二人(運転手も含め)乗って4人で出発した。クラスノヤルスクまでは1時間ちょっとで着いたが、後の二人は別の用事があるので別れて、私とアントンは航空券を買いに行った。今度は簡単に買えた。でも30分ぐらいはかかった。そのあとウラジオストクのホテルの予約に行き、ここではすぐにバウチャーをもらえず、アントンが後日また来るそうだ。

やっと用事が終わって帰れると思っていたが、他の二人の用事がまだ終わらないようで、車では帰れないので一人でバスで帰ってくれと言われて、駅までアントンが送ってくれた。4時半のバスはタッチの差で乗れず、5時のバスで帰った。6時からの授業にはとても間に合わないので、一緒に教えているナターシャに電話して頼んだ。今回もジェレズノゴルスクへ入る検問所で手間取り、バスにおいていかれてしまったが、幸いにもタクシーが止まっていたので、宇宙飛行士学校まで乗って帰った。

大学には7時に着いて、ナターシャが作文を書かせて発表させていたので、後半のグループも同じことをした。早めのお昼以来何も食べてなかったので、お腹がペコペコで、寮に帰って夕食を作って食べたが、今度はたくさん食べ過ぎてお腹が痛くなってしまった。

でも航空券が買えて、予定通りに日本へ帰ることができそうです。
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by irkutsk | 2007-05-23 09:30 | 日本語 | Comments(0)

日本へのお土産を買いました(5月21日)

今朝は3度。いつになったら暖かくなるのか?暖房が切れてしまったので部屋の中はちょっと寒いです。天気は曇り。でも青空が所々に見えます。天気予報によると最高気温は10度―12度、晴れ時々曇り一時にわか雨。そして天気予報どおりに午後からにわか雨がありました。

朝ごはんは米のカーシャ(おかゆ)。砂糖とバターが入って日本のおかゆとは少し違う。それとパン、バター、サラミ、ココア。朝食の後メールチェックに行き、9時20分に隣のジェーニャと大学へ。彼も部屋が寒いといっていた。大学でブログを送り、写真をメールで送り、今日の授業で使うプリントをコピーに行くと、2階のナターシャの部屋は閉まっていた。しかたなく1階の秘書のマリーナのところへ行き、コピーを頼んでやってもらったが、両面コピーしようとすると紙がつまってしまうので、片面コピーにして、自分でとった。これで何とか授業の準備ができて一安心。散歩に出て、ついでにお昼ご飯を食べてくることにした。お土産を売っている店をいくつか見た後、「シビーリ」でかしわとたまごのサラダ、ボルシチ、バイカーリスキーという名前のハンバーグ、付け合せはライス、パンと紅茶で82ルーブル。

今日は日本センターのカギを借りて、そこで授業をした。なぜかアリョーナとナターシャも来て聞いていた。今日は日本センターでやりたいといっていたアンナが来なくて、他の3人が来た。でも4時間目の途中でドミートリーが出て行くし、終わる15分前に後の二人も出て行って良いかと聞くので、授業を3時で終わることにした。

授業を終わって部屋に戻ると、アレクセイが部屋の前で待っていた。昨日、一人でクラスノヤルスクへ行ってきたそうだ。剣道仲間のブィクと会って、彼の友達がやっているレストランでお昼を食べたそうで、日本料理もどきも作ってくれていたそうだ。わたしが行けなくて残念だったと言っていた。

アレクセイと一緒に日本へ帰る時のお土産を買いに行くことにした。白樺の木の皮で作ったシュカトゥールカという入れ物をいくつか買った。全部で3310ルーブル(約16500円)も買った。バスで宇宙飛行士学校に戻ると、まだ4時半過ぎだったので、そのままコピーをとりに行き、明日の市民日本語講座で使うプリントのコピーをとってもらった。これで安心してクラスノヤルスクへ行ける。部屋に戻ってアントンに電話して明日は何時に出発するのか聞いたら、車で行くそうで、12時学校出発と言われた。6時までに帰れるかと聞いたらもちろんという返事だった。

夕食は肉じゃがで、指導員のヴェーラがそのお皿は少ししか入ってないからもう一皿食べなさいと言ってくれ、2皿食べ終わると、牛乳とカリツォという直径12センチもあるドーナツ型のクッキーを持ってきてくれた。おかげでお腹がいっぱいになってもう何も入らない。この食堂の食事も水曜日までで、木曜日からは生徒がいなくなるので食堂も休みになる。自分で食べるものを考えなくてはならない。大変だ。
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by irkutsk | 2007-05-22 09:45 | 日本語 | Comments(0)