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ロシアとMacと日本語

朝8時に起きた時にはかなり雨が降っていたが、ホテルを出る頃にはもう雨は上がっていた。チェックアウトの時にフロントの前で1個50ルーブルのキーホルダーを売っていたのでプーチンやレーニン、ロシアの国旗、ソ連へ戻ろうなどというキーホルダーを買った。12時がチェックアウトのリミットなので14時50分の飛行機には少し早いがホテルを出て国際線ターミナルへ。まだ時間が早いので人は少なく、韓国人が何人かいた。ソウル便は新潟便よりも遅く、夕方の出発だったので彼らはそれまで待っているのだろう。韓国人の小学生の女の子が二人遊んでいたので、話しかけて写真を撮ってもいいかと聞いたら、走って反対側へ走って行って、引率者か親に聞いていたが、撮らせてもらえなかった。

1時ごろにチェックインが始まったが、いちばんには行かず何人かが入った後に入った。入り口にはロシア人もたくさんいたが、彼らは税関申告書を書いていたので、先に入ったのは日本人がほとんどだった。まずイミグレーションコントロール、そしてチェックイン。チェックインのカウンターは2つあり、左のほうはロシア人が手荷物の重量オーバーで、追加料金を取られていたので、右側のリュックを持った日本人の男の人の後に並んだ。彼もスーツケースのほかにリュックを持っていたが、計量台にリュックも乗せろとは言われなかったので、わたしも大丈夫だと思ったら、予想通りでスーツケース18キロだけで(20キロまでは無料)、リュックは乗せろとは言われなかった。今日は天気も回復し、手荷物の追加料金も取られず、ついていた。

14時50分、定刻に離陸。ロシアでは定刻に出発できるのはついている。今日もまた真ん中の席で、右も左も日本人だったので窮屈ではなかった。左の窓際に座っている若い男の人に話しかけ、新潟までの1時間20分話をしていく。彼は写真家でロシアと北朝鮮の国境近くで植物や蝶の写真を撮っているそうだ。年に4-5回来ているそうで、ウラジオストクから車で4時間くらいの所へ行くと言っていた。彼の撮った写真を見せてもらったが、さすがにプロのカメラマンで、私の撮った写真とは雲泥の差だった。ロシアでも開発が進んで自然が破壊されているといっていた。

予定通り14時20分(時差が2時間あるので)、新潟に到着。19時15分の名古屋小牧空港へ行く飛行機のチケットを買う。昨日までのロシアの生活ははるか霧のかなたへかすんでしまった。本当に昨日までロシアにいたのが嘘のように感じられる。日本語で話しかけて、日本語で的確な返事が返ってくるだけでうれしくなってしまう。
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by irkutsk | 2007-06-09 18:05 | 日本語 | Comments(0)

昨日は10時に寝たら1時半に目が覚め、まだ早いのでもう一度寝て次に目が覚めたのは4時だった。4時半に起きて出発の準備をして5時15分にリュックを背負って、スーツケースはうるさいので転がさずに手に持って玄関へ行く。丁度当直のおばさんがいて、カギを開けてくれた。外は風が吹いてちょっと寒い。宇宙飛行士学校の玄関で待っていたが、ちゃんと5時半に車が来てくれるかどうか心配だった。5時25分にアントンに電話したら、丁度すぐあとに車が来た。無事5時半に出発。外はもう明るく、早朝の空いた道路を一路空港へ向かう。空港へは途中まではクラスノヤルスクへ行く道だが、途中でノボシビルスクへ行く大きな道路に出てそこをひたすら走り続けると、空港への分かれ道に出る。

空港に着いたのは7時丁度。アントンと運転手も空港ビルまで一緒に来てくれてチェックインを手伝ってくれた。4番の窓口で私の乗る511便のチェックインをしていたが、他の便も一緒にしていてかなり長い行列ができていた。並んで待っていると511便の表示が消えてしまった。アントンが聞きに行って、前のほうに行くようにと言われ、何とかチェックインを済ませることができた。まずスーツケースをはかりに載せたら、リュックも乗せろといわれ、6キロちょっとオーバーなので追加料金を払ってくるようにと言われ、会計で700ルーブル(3500円)払って、チェックインカウンターで搭乗券をもらった。その時のよく見ればよかったのだが急いでいたので、とにかく次のセキュリティチェックへと急いだ。ここでアントンと別れたが、車代であと300ルーブルくれと言われた。

セキュリティチェックは靴も上着も脱いで、ポケットの中のものはみんな出し、ベルトもはずして、無事通過。トイレに行こうかと思ったが、もうみんな外のバスのほうへ行っていたので、出口のほうへ行く。バスが何台か止まっていて、ウラジオストクは一番後ろのバスだと言われてそれに乗った。飛行機のそばまでバスで運ばれて、タラップの下でまたしばらく待たされた。ようやく飛行機に乗れたら、私の席にはもう他の人が座っている。ダブルブッキングかと思っていたら、あなたはイルクーツクへ行くのじゃないかと聞かれる。搭乗券の航空機番号が515になっていた。私の乗るのは511便なのだ。チェックインカウンターの人が間違えたのだ。後部座席のいちばん前、子どもを連れた人のための座席の真ん中に座るように言われた。そして預けた手荷物の控えと正しい搭乗券をくれた。手荷物もイルクーツク行きになっていたようだ。窓際の席にはあかんぼうを抱いた女の人、通路側には大柄な男の人で、間に挟まれて小さくなっていた。

ウラジオストクまでは4時間半で、12時半頃に着いた。こちらの気温は18度でクラスノヤルスクに比べると暖かい。空港ビルが新しくなっていて、バスで空港ビルの入り口へ。以前はいきなり木の塀の外へ放り出され、外から預けた荷物をもらいに建物の中に入っていたが、きれいなビルになっていた。手荷物が出るまで20分くらいかかり、手荷物の受け取りの部屋の前で待っていた。日本人によく似た男の人とおばあさんたちがいたが、韓国人だった。やがて手荷物の受け取りが始まったがなかなか私のスーツケースが出てこない。もしやイルクーツクへ行ってしまったのでは心配していたら出てきた。「タクシー?」という客引きを断って、すぐ目の前にある「ヴェネツィアホテル」までスーツケースを転がしていく。チェックインは2時からと書いてある。自分の時計を見るとまだ1時17分だ。でもホテルの時計を見て安心。時差があったのでもう4時17分だった。部屋は307のシングル。1泊素泊まりで15000円もするだけあって、きれいに掃除が行き届いている。洗面所もピカピカに磨き上げられている。荷物を置いて、空港ビルへお土産を買いに行く。マトリョーシカと人形、琥珀で作った風景画を買った。高かったけどしかたがない。

ホテルに戻り、冷蔵庫のロシアのビールを1本飲んだ。町で買えば30ルーブルくらいなのに80ルーブルもする。日本のビールは明日になれば飲めるので、ロシアのビールにした。日本のビールは小瓶で150ルーブルもするので。おつまみは話の種にと買っておいた「えびチップス」を開けて食べた。「かっぱえびせん」のようなものだ。時差が3時間もあるので、まだ夕食を食べるというほど空腹ではない。9時になると、いつもの晩御飯の時間の6時だ。

9時に1階のレストランに行くと、お客は誰もいない。メニューを見るとサラダが250-300ルーブルもする。ペリメニはあるかと聞くと、クリームソースかけだけど良いかというので、それとお茶を頼んだ。パンは黒、白、丸いパン、細長いパンがかごに入って出てきた。バターもついてきた。そしてペリメニは大きなつぼに入っていて、きのこと玉ねぎのクリームソースの中にペリメニがたくさん入っていた。これだけでお腹が一杯になって苦しいくらいだ。サラダを頼まなくて良かった。お茶は緑茶かと聞くので、緑茶にした。ティーバッグだったが美味しいお茶だった。チョコレートが付いてきた。30ルーブルのお茶だから。ペリメニは300ルーブル(1500円)だった。

時差が3時間もあるので、夜になってもちっとも眠たくない。また日本に戻ると2時間戻るので早く寝る必要も、テレビを見ている。ここのテレビはNHKワールドが入るので、久しぶりに日本語の放送を見ている。
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by irkutsk | 2007-06-09 18:04 | 日本語 | Comments(0)

今朝5時に目が覚めた。明日もこのくらいの時間に起きれば間に合うかなと思いながら外を見ると少しもやっていた。でも気温は10度でそれほど寒くはない。もう一寝入りして、7時に起きた時は晴れていたので、今日は良い天気になるかと思っていたら、すぐに曇ってきて雨が降り出した。

朝ごはんはトゥボルク(牛乳を固めたものでおからのようなもの)に干しぶどうを入れて焼いたものにコンデンスミルクがかかっているのと、パン、バター、チーズ、ココア。乳製品ばかりのような朝食だった。食事のあといつものようにコンピューターのある部屋に行ってメールを見ようとしたら、ディスプレイが一面灰色のままでいつもの画面が表示されない。ディスプレイをあちこちいじってみたが直らない。しかたないので諦めて、大学へ行ってメールを見ることにした。最後の最後までトラブル続きだ。でもどうせお昼は「シビーリ」で食べようと思っていたので、ちょっと足を伸ばすだけだ。

お昼を食べに行こうと思っていたのに、昼頃からまた雨が激しくなり、止みそうもないので意を決して傘を持って出かけることにした。学校の玄関を出ると丁度2年生の子どもたちが軒下で遊んでいて、わたしを見かけると飛んできてくっついて、それぞれ話しかけてくる。日曜日に動物園であった子は、動物園であったのを覚えているかと聞くし、いつ帰るのかと聞く子もいるし、ひとしきり大騒ぎをしてまた遊びに戻った。雨は上がっていた。日がさしてきて、みんな上着を脱いでシャツ1枚になっている。良く変わる天気だ。でも良いほうに変わってくれるのは歓迎だ。「シビーリ」に着いたのは1時ごろで、かなり混んでいた。でも席がなくなるというほどではない。今日はキャベツのサラダとハンバーグ、付け合せはご飯にした。64ルーブル50カペイカだった。ご飯はちょっと乾燥して硬くなっているところがあり、あまり美味しくなかった。

昼ごはんの後で大学に行くと、研究室には誰もいなかったので、メールの確認と、ブログの送信ができた。これでロシアからの送信は最後になる。今日以降のブログは日本に帰ってから送ることになる。スーツケースが空き空きなので、アルピーに行ってもう少しスープとお菓子を買うことにした。チョコ入りのクッキー、70パーセントカカオのチョコレート、スープ、乾燥ウクロープなどを買った。アルピーの袋は薄くて、スープの袋の角が当たって少し破れてきていたので途中で破れて中のものがこぼれないかと心配していたが、無事寮までもってくれた。帰りの6番のバスでアントンに会った。他の人と一緒だったのであいさつしただけで、明日の朝のことは聞けなかったが、しばらくして電話がかかってきて5時半に学校の玄関で彼と待ち合わせることにした。航空券を買いに行った時のように出発が遅れないと良いけど。

晩御飯はプロフとコンポート、パン。今日のプロフは日本のチャーハンのようなプロフでした。あまり脂っこくなく、さっぱりとした薄味でした。部屋に戻って冷蔵庫の中に残っていたトマトときゅうり、りんごを食べて始末した。キャベツ、ジャガイモ、ニンジンが少しずつ残っているけどまあ仕方がない。

今朝洗濯したものが夕日に当たってようやく乾いてきたようだ。こちらは日没が10時過ぎなので十分乾きそうだ。午前中一生懸命アイロンをかけていたが、その必要もなかったようだ。
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by irkutsk | 2007-06-09 18:03 | 日本語 | Comments(0)

今日は朝から曇っていて、9時ごろから雨が降り出した。12時から再試験があるので、11時には出かけようと思っていたら、10時半ごろアントンがウラジオストクのヴェネツィアホテルのバウチャーを持ってきてくれた。水曜日の朝は5時半にタクシーを呼んでくれるということだった。どんな車で、誰が運転してくるかを明日の夜に教えてくれると言って帰っていった。これで一安心だ。あとは当日寝過ごさないようにすることだ。

11時40分頃に大学について、2階の部屋に行くとアリョーナが来ていた。再試験を受けるクシューシャとドミートリーは来ていたが、ガリーナは来てなかった。最初に文法の試験をして、続いて漢字の試験をした。漢字の試験はドミートリーだけで、ふりがなをつけるのも漢字の書き取りも6-7割できていたので合格とした。来年は授業の最初に漢字の小テストをやって少し漢字を覚えさせなくてはと思った。ガリーナは病気かもしれないので、試験問題をアリョーナに預けた。

学部長の部屋に行って、前にとってもらった写真をフラッシュメモリーにコピーしていたら、宇宙飛行士学校のサマーセミナーは8月7日からに変更になったと教えてくれた。よく変わるものだ。でももう飛行機もホテルも予約しているので今更変更はできない。7月30日に帰ってくるしかない。次に帰るときは片道のチケットだけ買って、帰りは日本で買ったほうが安いかもしれない。

2時に大学を出て、昼ご飯を食べに「シビーリ」へ行った。寒かったのでサリャンカ(野菜スープ)、野菜のサラダ、牛肉の煮たものを頼んだ。87ルーブルでちょっと豪華な食事になった。食事を終わって外に出ると雨は上がり、日がさしてきていた。でも気温は低く12度だった。

夕食はかしわの焼いたものとマカロニ、コンポートだったがヴェーラがマカロニも大盛、かしわも2切れ入れてくれ、大きなクッキーも持ってきてくれた。コンポートもお代わりしたのでお腹が一杯になった。
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by irkutsk | 2007-06-05 14:31 | 日本語 | Comments(0)

今朝は15度もあり、暖かい朝だった。午前中、帰りの荷物をスーツケースに詰めてみたが、がら空きだった。お土産だけで、衣類がないので、荷物が少ない。これならチェブラーシュカも入ると思って、友人に頼まれていたチェブラーシュカを買いにアルピィーシティーに行くことにした。バスに乗って10時半過ぎに出かけ、バスの駅で降りて、写真を撮りながら劇場のほうへ歩いて行った。鉱山科学コンビナートへ行く電車が止まっていたので写真を撮った。オーリガの説明によると、この電車は一般の人は乗れなくて、職員専用の電車だということだった。見た目にはもう廃車寸前のような古い電車なのだが、まだちゃんと動いているようだ。

劇場前からバスに乗ってアルピィーシティーへ。10番のバスに乗って行っていたら途中でバスが故障して、みんな降ろされてしまった。すぐ後から来ていた9番のバスに乗ったら、アルピィーシティーのほうへ行かずにまっすぐ行ってしまったので、次のバス停で降りて歩いて行った。今朝朝ごはんの時にヴェーラにアルピィーシティーにも噴水があると聞いたので見てみると、遊園地の中にあった。まずチェブラーシュカを買いに行き、店の名前がチェブラーシュカで、チェブラーシュカの絵も書いてあるので写真を撮ろうとしたら、ダメだと店の人に言われてしまった。チェブラーシュカのぬいぐるみは小さいほうで550ルーブルだった。噴水のある遊園地には入場料がいるので、外から噴水の写真を撮った。

お昼は寮の食堂で食べた。サリャンカ(ジャガイモ、ハム、ピクルスが入ったスープ)、魚の焼いたのにマッシュポテト、レモネードというメニューだった。2時に大学でアレクセイと待ち合わせていたので、一度部屋に戻り、カメラと傘を持って出かけた。学校を出てバス停のほうへ行くと、車が止まった。窓を開けて乗って行けという。誰だったか思い出せず、でも乗せてくれるというので大学まで乗せてもらった。どうもアレクセイの剣道の練習を見に行った時に乗せてくれた大学生のようだった。後でアレクセイに話したら、ロマンさんだといっていた。1時35分には大学に着いて、アレクセイを待った。2時前に彼は来て、一緒に公園へ行った。動物園に行き、ヤク、熊、マングース、鹿、ヤギ、山猫、サル、孔雀などを見た。檻が狭いので動物たちはかわいそうだ。動物園から外を見ると宇宙飛行士学校の2年生のユーリヤがもう一人の女の子と綿菓子を買っていたので、声をかけたが最初は気がつかなかったが、もう一人の子が教えてくれたのでわかって、手を振ってくれた。

動物園を出てからビールを飲もうということになり、バルチカ3という冷えたビールを飲んだ。テーブルと椅子が何組か置かれてビアガーデンができていた。シャシリークも焼いていた。アレクセイは鉱山科学コンビナートで働いているようで、放射能の監視をしている仕事だといっていた。危険だけど給料は良いといっていた。公園を一周して、また公園に戻ってきてもう一杯ビールを飲んだ。天気は昼から曇ってきていたのであまりよくなかったが、気温は高く寒くはなかった。ビールを飲んでいると、小さな男の子が来て飴をくれるという。外国人がロシア語を話しているのが珍しかったのだそうだ。ちょっと大きな男の子たちが、トイレットペーパーでミイラの格好をしてやってきたので、一緒に写真を撮った。

帰りにわたしが韓国食料品や日本の米らしきものを売っていると言ったスーパー「シュコーリナヤ」に行った。アレクセイは、米は日本のではないんじゃないかといっていた。500グラムで28.5ルーブルだった。ここで、お土産のコニャックを3本買った。レジを出たところで男の子に声をかけられ、覚えてないかと聞かれた。大学説明会に来た高校生で、質問をしたといっていた。彼はこのスーパーでは働いているそうだ。狭い町なので、あちこちで知っている人に会う。

寮に戻ってきたら、もう6時半で夕食はほとんど終わっていたので、自分でスパゲッティを作って食べた。また天気は良くなり、日がさしてきた。
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by irkutsk | 2007-06-04 09:27 | 日本語 | Comments(0)

今朝の気温は2度。でも外を見ると快晴で日がさしているので日中は暖かくなりそうな気がした。そして予想通り春のような暖かさになり、町の温度計は19度を表示していた。今日はアリョーナとオーリガに肉じゃがを作って食べさせようと、朝から作り始めた。缶詰の牛肉と、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎで作ったがまあまあの味になった。ご飯も鍋で3人分炊いた。先週カレーライスを作った時に買ってきたジャガイモやニンジン、玉ねぎを使わないと2ヶ月間も冷蔵庫には置いておけないので作ろうと思いたった。

今日は12時からオーリガの授業だと思っていたら11時半ごろにオーリガが来たというので行くと、教室が使えなかったのか、私の部屋でやるということになった。1時間日本語の勉強をした後、鍋でご飯を炊いて、3人で肉じゃがを食べた。アリョーナもはしが使えるようになったといってはしで食べた。ご飯の後はアリョーナが買ってきたマルメラードフ(パイナップル味のゼリー)を食べ、ウーロン茶を飲んだ。ご飯はちょっとこげたけど、たくさん炊いたので美味しかった。お天気が良いので学校の周りを散歩し、学校で飼っている馬を見に行くと、一頭しかいなかった。近づくと馬も寄って来て、草をむしって差し出すと喜んで食べていた。そして右足で土を掘って、もっとくれと催促したので何回も草をむしって食べさせた。アリョーナの帰りのバスが3時40分なので、暖かい日差しの下を3人で散歩した。バス停に来て空を見ると丸い雲あるというので、写真を撮った。どうしてあんな形になったのか不思議だ。

オーリガと一緒にバスに乗って町へ行き、一緒に公園を散歩した。すると今まで水が出ていなかった噴水から水が出ていた。公園は暖かさに誘われてたくさんの人達でにぎわっていた。風船を売っている店も出ていた。ボート乗り場に行くと、もう営業していてオーリガがいつからやっているかと聞いたら、今日からだという返事だった。ボートは1時間110ルーブル、足でこぐボートは1時間100ルーブルだった。今日は時間がないので乗れなかったけど、オーリガはボートが好きで、休みの日にはいつもボートに乗りに来ていたといっていた。ボート乗り場の横にはヨットクラブのヨットが帆を揚げて数隻泊まっていた。オーリガは日本語の教科書が届いているので郵便局に行かなければならないというので、バス停まで送っていって別れた。オーリガは千葉県に友達がいるので来年の夏には是非日本に行きたいといっていた。

オーリガと別れて、また公園の中を通って6番のバスの乗り場まで歩いて戻った。途中冬はスケートリンク、夏はサッカー場になっているグランドを見てきた。そして昨日見つけた「シュコーリナイ」というスーパーに寄って水を買って戻ると、丁度私の乗る6番のバスが来た。寮に着いたのは5時55分で、部屋にカメラと水を置き、携帯にアントンからの連絡がなかったかどうか見たが何もなかった。今日の午前中に来るといっていたのに。
食堂に行き、ゆでたソーセージ2本とマッシュポテトにグリンピース、パン、レモネードのようなジュースという晩御飯を食べた。

写真の説明
1枚目は馬の写真、2枚目は丸い雲の写真(全体が入らなかったけど丸くつながっていた)。3枚目は公園の噴水。4枚目はジャールキイという花。5枚目はヨットクラブのヨット。6枚目はサッカー場、7枚目は公園の中を走る汽車。8枚目はアカシアの花。
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by irkutsk | 2007-06-03 09:56 | 日本語 | Comments(0)

今朝も気温は3度。日本では衣替えでみんな半袖になっているというのに、ここではまだコートを着ています。スカッと晴れた日が待ち遠しいです。朝ごはんはハムエッグ(前にも書いたけど刻んだハムとといた卵をバットに入れて焼いて、それをきったものです)、パン、バター、ココア、そしてチョコレート菓子。昨日遅かったので朝は眠たいけど、8時に朝ごはんなので遅れないように行かないと食べそびれてしまいます。なぜ朝ごはんにチョコレート菓子(カンフェートゥイといいます)がついてくるのかわかりませんが、初めてです。すごく甘くて好きじゃありません。でもロシア人はよくご飯のあと、紅茶を飲みながらこの甘いお菓子をパクパク食べています。

今日の午前中にアントンがホテルのことで来るといっていたので、待っていたのにちっとも来ず、ようやく12時に来ました。前に旅行社で払った500ルーブルの領収書と追加の1100ルーブルを渡しました。彼が今日クラスノヤルスクに行ってホテルのバウチャーをもらってくるそうです。出発当日の空港までの足のことも聞きましたが、今度来たときに説明するといってまいした。

昼はジャガイモを薄く切り、ニンジンを千切りにして、ウインナーといためようと思ったのですが、ウインナーの表面がネチャネチャしていたのでこれはやめたほうが良いと思って捨てました。おかげでちょっと淋しい昼ごはんになりました。

昼からお天気になってきたのでカメラを持って出かけることにしました。ついでにお土産も買ってこようと思ってメモして出かけ、バスの駅でバスを降りて、花や木の写真を10枚ほど撮ったら電池切れになってしまいました。バスの駅の売店に行って電池を探しましたが、デジカメ用の電池はなく、普通の電池しかありません。少し歩いていつも買う劇場横の店まで行くと、何と休みでした。しかたなくあちこちの店をのぞいているうちに、新しいスーパーを見つけました。名前が「シュコーリナイ」という学校という意味の単語だったので、前に来た時は文房具とか本を売っている店だと思っていたのですが、スーパーでした。ここで電池を探していたらありました。でも高いです。いつもは4本100ルーブルで買うのに、2本で76ルーブルもします。でもしかたないかと思ってかごに入れて、店内を見ていると韓国の食品コーナーがあり、韓国のりやキムチ、そうめん、しょうゆ、韓国のお菓子などが売っていました。店内をいろいろと見て回ると、日本の米もすし用として売っていました。良いスーパーを見つけました。ここで、お土産にと思っていたチョコレートと、紅茶を買い、リュックが一杯になったので、写真を撮るのはやめて寮へ帰りました。電池は返して、買いませんでした。

もう一度出かけようかとも思ったのですが、もう4時だったので、出かけても6時までに帰ってこないといけないので(夕食が6時なのです)、やめて「1リットルの涙」のDVDを見ました。

晩御飯はかしわの焼いたものと付け合せのライス(味付)、赤いジュース、パンでした。かしわが良い味でした。

写真はトーポリ(ギンドロ)で、この木が生えているところでは今、綿毛が舞っています。ジェレズノゴルスクにはそんなにたくさんはありません。
紫色のきれいな花が今あちこちで咲いています。
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by irkutsk | 2007-06-02 09:37 | 日本語 | Comments(0)

5月も終わりという今朝の気温は2度でした。空は相変わらず厚い雲におおわれています。一体いつまでこんな天気が続くのでしょう。午前中はそろそろ帰る支度をしなくてはと思い、机の周りを片付け、持って帰るもの、まだ置いておく物を整理しました。今回は一時帰国なので、持って帰る物はそんなにないのですが、来年最終的に引き上げる時は大変だろうなと思います。全部日本へもって帰るわけにはいかないので、何を誰にあげるかを決めて処分しなければならないと思います。

冬に着ていたダウンのコートを出して、汚れているところを洗いましたが、あちこち薄黒くなっていて、とても追いつきません。お正月に帰る時に着て帰って、日本でクリーニングに出してまた着て帰ったほうがよさそうです。

今回一時帰国してこちらに来る時はまた荷物が増えそうです。まず炊飯器を買ってくるつもりだし、着るものもやせたのでまた持ってこなくてはいけないし。小型の辞書を持って来たいし。本格的な冬になる前に着る皮のコート、囲碁の本、セーターなどなど今から持ってきたいものをリストアップしています。

お昼は久しぶりにご飯を炊いて、切り干し大根と高野豆腐を煮て食べました。3時ごろ寮を出て、バスで大学へ行きました。研究室にはだれもいなかったので、インターネットでメールを送り、外に写真を撮りに行こうと思ってカメラを持ってきていましたが、寒くてやめました。早めの晩御飯を食べにバスに乗って「シビーリ」へ行くと3時半から6時まで休み(貸切でパーティをやっているようでした)でした。がっかりして、歩いて大学まで戻り、近くのスーパーでパンとサラダ、ジュースを買って研究室で食べました。

5時にロマンさんが囲碁をやりに来るといっていたので、2階の日本センターに行くと、もうミーシャとやっていました。次に私とミーシャと対戦しましたが、4つ石を置かせてやったら負けてしまいました。十三路盤なので4つ置くと結構苦しいです。相手が初心者だという油断もありました。囲碁をやっている途中で、終戦後千島に住んでいたというおじいさんがやって来て、話をしました。もう80歳近いと思われるおじさんで北千島の島で日本人が建てた家に住んでいたそうです。ところが1952年の津波で家が流され、クラスノヤルスクにやってきたという話をしてくれました。奥さんと写った写真の載った新聞記事のコピーを持ってきて、私にくれました。このおじいいさん、なぜか禁煙運動もやっているらしくて、今日が世界禁煙デーなので、そのポスターとミニカレンダーを持って来ていて、日本の禁煙状況を聞いてきたので、話しました。クリール(千島)とクレーニエ(喫煙)とよく似ているので、どちらの話をしているのか注意して聞いていないと間違えそうでした。

今日は私の今年度最後の授業ということで、先週スタースさんが撮ってくれた写真を大きくプリントして額に入れて生徒全員からプレゼントしてもらいました。今日は8課の会話の練習をしたあと、今までに教えた漢字の読み方を一覧表にしたプリントを渡して読ませました。そして最後に筆ペンで漢字を書く練習をしました。みんな喜んで書いていました。

授業の後、また碁をやり、ロマンさんに3つ置かせてもらってやりましたが、負けてしまいました。今日の私の対戦成績はミーシャにも負けたので2敗でした。そのあと、スタースさんとデニスさんがやり、最後にナターシャとサーシャがやったのですが、サーシャが熟考型で時間がかかり、終わったのは11時40分でした。外に出ると寒く、バスもないのでタクシーを呼んでもらってタクシーで帰りました。今日は60ルーブルと安かったです。メーターがあるわけではなく、降りるときに運転手に聞いて払うのでよくわかりません。そういえば今日昼に寮から出かける時に学校のそばに止まっていたタクシーが30ルーブルで乗っていかないかと女の子に声をかけていました。

学校の玄関の扉はもうカギがかかっていて、いつもは外からガラスを叩くと気がついて開けてくれるのだが、今日はおばさんの姿が見えません。何回かガラスを叩いたがだれも出てくる気配はありません。これは困ったと、私の部屋の近くにある、大学生の入り口に行ってみたが、こちらは鉄の扉でやっぱりカギがかかっていました。しかたなくもう一度学校の玄関へ戻ると今度はおばさんがいて、カギを開けて入れてくれました。見回りに行っていたそうで、長いこと待ったかと聞いてくれました。やっと入れてほっとして部屋に戻り、寝たのは1時でした。

写真はロシアで囲碁をする私と、千島で1952年の11月4日に津波にあったというおじいさんです。
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by irkutsk | 2007-06-02 09:35 | 日本語 | Comments(0)