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ロシアとMacと日本語

今朝、起きていつものように玄関のドアを開けると涼しい風が入ってきた。昨日までは扇風機をつけていたが、今日は扇風機なしでも涼しい風が吹き込んでくる。室内の温度計を見ると27度。いつもは30度くらいあるのに、3度も下がっている。

お昼過ぎ、床屋へ行く途中、公園の前を赤とんぼの群れが飛んでいた。いよいよ秋がやってきたようだ。まだ8月だというのにちょっと早い感じがする。

地球温暖化と騒いでいたが、案外地球寒冷化が進むことになるのかも。
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by irkutsk | 2009-08-24 17:25 | 考えたこと | Comments(0)

d0021786_9523335.jpg 7月28日、歌手の川村かおりさんが亡くなりました。このニュースを聞いて「ああ、あのZOOを歌っていた歌手か」という程度の関心しかありませんでしたが、「まぐまぐニュース」で彼女の特集をやっていて、そこに載っていた紹介記事の中から「徹子の部屋」を見て、川村かおりさんがロシア人のハーフだということを知り、彼女のことをもっと知りたくなり、表題のフォトエッセーと彼女の自伝「Helter Skelter」を買いました。

彼女の両親はモスクワで知り合い、結婚して彼女が生まれ、彼女は11歳までモスクワの日本人学校に通っていた。そして、父親の仕事の関係で日本へ。日本の小学校で待っていたのは「いじめ」だった。そしてそのいじめから逃れるために今度は彼女がいじめる側に回り、万引きをし、丈の長いスカートをはきいわゆる不良になっていった。

見るに見かねた両親は東京へ引っ越すことにした。東京へ来たことを彼女は「不良惑星」から「お洒落惑星」に来たと書いている。東京では仲良し4人組でライブに行き、原宿をうろついていた。

び父のモスクワ行き。だがロシアに行くのはいやだと言い、イギリスにある全寮制の学校へ。

18歳で「ZOO」でデビューした彼女は音楽界、芸能界の荒波に飲まれ、自分が壊れてしまいそうになり、リセットする以外にないと思って歌をやめる。そして数年ニューヨークに行って学生をしたり、ベビーシッターをしたり、日本へ帰っても釧路のカニ工場でバイトしたりする中で自分は「歌を歌いたい」ということを改めて感じ、二度目のデビューへ。

結婚もし、女の子も生まれ順風満帆と思いきや、2004年、33歳の時に母親と同じ乳がんに侵される。切除手術を受けたが、2008年、再発転移していることがわかり、治療を受けながら芸能活動を続けていく。そしてがんが再発したことを自らのブログで公表し、残された時間を積極的に生きてきた。

このフォトエッセー集には彼女のルーツ(両親のこと)や、彼女が生きてきた姿勢、彼女の娘(るちあ)へのメッセージが写真とともに込められていて、子を持つ親としての心情にあふれる珠玉の一冊である。

2009年3月18日放送の「徹子の部屋」はここで見られます。
http://annasbar.blog116.fc2.com/blog-entry-492.html

川村カオリのブログ
http://ameblo.jp/kawamurakaori/day-20080421.html

「MY SWEET HOME 君に伝えたいこと 川村カオリ」 ぴあ株式会社 発行
1400円+税
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by irkutsk | 2009-08-23 09:53 | | Comments(0)

d0021786_6253554.jpg今年の夏も終わろうとしています。つい先日梅雨があけ、お盆が来て、そして今はもう夜には虫の声が聞こえる季節です。季節の移ろいは早いなと感じる今日この頃です。

 今日は地元の映画館「キノシタホール」へ「いけちゃんとぼく」を見に行きました。封切りの時見に行きたかったのですが、時間が取れなくて見逃してしまったと、がっかりしていたのですが「キノシタホール」で上映されるということになり楽しみにしていました。
今日から9月11日まで「愛を読む人」との交互上映です。

 今日は初日ということだし、土曜日だし、少しはお客さんが多いかと思っていたが、5人だけでした。新型インフルエンザが流行している中、満員の映画館は心配だが、ここなら安心して映画が見られます。

さて映画ですが、予想通りとてもいい映画でした。最初と最後のシーンが同じなのです。年老いた夫婦が手をつないで海を見て立っていて、その手が離れ。男の人はお墓に変わります。チラシに書かれているつぎの言葉がこの映画の主題です。

さようなら
私たち人生の終わりにとても短い恋をしたの
あまりにも短い恋だったから、
私、もう一度あいにきたの
子どもの頃のあなたに―

そう、いけちゃんは人生の最後をともにした彼女だったのです。彼女は死んだ時、神様にお願いして、子どもの頃のヨシオのところに来たのです。いけちゃんはヨシオにだけしか見えないのです。お父さんが愛人のアパートの前の溝に落ちて死んでしまった時も、ガキ大将にいじめられたときも、いつも一緒にそばにいてくれたいけちゃん。いけちゃんは色も形も変幻自在。でもヨシオが大人になるにつれ、いけちゃんはだんだん見えなくなり、大学に入って最初の講義で隣に座った女の子に恋をしてからは全く見えなくなりました。

人生は束の間。そして何度も生まれ変わり違った人生を生きていくという考え方がだんだん広がっているような気がします。

私が子どもの頃を過ごした炭鉱の町では、エネルギー革命で石炭産業がどんどんつぶれていき、私の小学校の友達も次々に転校して遠くへ引っ越していきました。近くの鉄道の駅で何回友達を見送ったことか。それらの友だちにはほとんどそれ以後会うことはなく、まさに今生の別れになってしまったわけです。いつも見送る側にいた私が見送られる側になるとはつゆ思っていなかったのに、その時が来ました。

人間の死というのもそんなものかもしれません。何人もの人を見送っているうちに、今度は自分が見送られる側に。そして、見送られて去ったふるさとは後から訪れても、もうそこはかつて自分が生活していた場所ではない。生活の主人公ではなくお客さんとしての自分しかそこにはいない。だから今、生きているこの時とこの場所で目いっぱい生きることが大切なのかもしれません。
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by irkutsk | 2009-08-23 06:25 | 映画 | Comments(0)