カレーを作りました(5月25日)

今朝は10度と暖かかった。でも天気は曇りで、風が強く時々雨の降る変な天気だった。朝ごはんはトゥボルク(凝乳)を焼いたものに練乳をかけたもの、パン、バター、チーズ、紅茶。

午前中部屋にいたら、掃除のおばさんが昨日に続いて今日も来て掃除をしていってくれた。どうして二日も続けてくるのだろう。午後から町へ買い物に行った。バス停でバスを待っていると雨がポツポツしてきて、バスに乗ったら土砂降りになった。傘は持っていたので良かった。まず電子手帳用の単4の電池を買おうと、電池を売ってる店に行ったが閉まっていた。大学のそばにあるスーパーまで行き、そこの2階の化粧品店に電池が売っていたので聞いてみたらあった。スーパーでジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、かしわ、パンを買い、次に市場に行ってトマト、きゅうり、シチュー皿、スプーン、フォークを買った。すっかり重たくなったリュックを背負って宇宙飛行士学校へ戻ってきた。

夕食はペリメニとパン、ピーチジュースだったが、指導員のガーリャがペリメニはたくさんつけてくれるし、ビスケットとヨーグルト、オレンジを持ってきてくれたので、お腹一杯になった。彼女に聞くと、昨日の「最後の鐘」というのは授業が終わるだけで、まだこれから試験があるそうだ。卒業式はその後にあるそうだ。わたしが心配していた食堂の閉鎖はわたしがいる間はないと聞いて安心した。

夕食後部屋に戻って今日買ってきた材料でカレーを作った。明日、アリョーナやオーリガにご馳走しようとたくさん作った。
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# by irkutsk | 2007-05-26 09:40 | 日本語 | Comments(0)

宇宙飛行士学校「最後の鐘」(5月24日)

今日は2時から宇宙飛行士学校の「最後の鐘」の行事があると、朝ごはんの時に指導員が教えてくれた。

朝から曇り空で、やがて雨が降ってきた。10時前に学部長さんから電話があり、今会議をやっているので来てほしいという。何の会議か、何を話すのか良くわからないまま出かけた。子どもたちがどうのこうのと言っていたので、小さな子どもに日本語か日本の歌を教えるのかと思って行ったら、1階の大きなホールで会議をやっていて、次々に発表をしていた。私はロシア語がわからないので、ただ座っているだけで睡魔との闘いだった。お昼になって休憩になり、研究室でお昼を食べてホールに戻ると、早速私の出番でした。会議に参加している保育関係者を前に、日本の保育の現状について質問に答えるという形式で話をした。自分の子どもを保育園に通わせていた経験で良いからというので、思い出しながら話をしたが、今と20年前ではかなり違っているかもしれない。保育園は全部公立なのか、私立と公立の割合は、保育料は、何時から何時まで子供を預かっているのか、保育園で何を子どもたちに教えているか、異年齢の子どもを一緒にした保育はしているか、各年齢のクラスの子どもの数は何人か、各クラスの先生は何人か、保育園の施設の改修に親がお金を出すかなどたくさんの質問が出た。でもこれが終わってやっと帰れることになり、宇宙飛行士学校に戻った。

2時からの「最後の鐘」には間に合い、2階のホールに行った。保護者も来ていて、みんなデジカメやビデオを持ってわが子の晴れ姿を撮っていた。10年生と職員、保護者が待ち構える中、11年が入場してきて、舞台に向かって正面、右、左の3面に並んで立った。まず校長のあいさつがあり(校長もセーターにジーンズというラフな格好だった)、11年生のあいさつ、小学1,2年生(私の教え子たち)がお祝いの言葉を述べ、10年生が11生に赤いたすきをかけ、胸に小さな鐘をつけてあげた。その後はそれぞれに写真を撮り合って、私もその中に時々入れてもらった。

3時から第2部のコンサートが始まるというのでそのまま残って、11年生の演じる歌や踊りを見ていた。みんな芸達者で、ギターを弾く子もいれば、ワルツを上手に踊る生徒たち、ジャズダンスを踊る子もいて、クラスの歌の発表が長々と(どうも替え歌らしかった)続き、私は市民日本語講座があるので、4時過ぎに会場を後にした。

行く前に朝もらったパンとゆで卵を食べて出かけた。雨が降り出していて、バス停で待っていると丁度隣のマーシャがコーリャ(マーシャの夫のジェーニャの弟で教育大学の1年生)の運転する車で大学へ行くところだったので、乗せてくれて大学まで送ってくれた。

今日は漢字を教え、形容詞を教えたが、「な形容詞」を教えただけで時間がなくなり、「い形容詞」は次回教えることにした。またロマンさんが白石を持って碁を打ちに来てくれたので、授業の後囲碁をした。今日も帰りが遅くなり、寮に戻ったのは11時過ぎだった。
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# by irkutsk | 2007-05-26 09:39 | 日本語 | Comments(0)

宇宙飛行士学校、今年最後の授業(5月23日)

今朝の気温は4度。でも部屋の中はオイルヒーターがあるので暖かです。今日の朝ごはんはオムレツ(たまごをといて大きなトレイで焼いたもの)とパン、バター、サラミ、甘い紅茶でした。オムレツは塩辛く、紅茶は甘すぎでした。

今日は10,11年生の最後の授業(といってもカーチャしか来ないけど)なので、スーツに着替え、張り切って行ったのに、部屋には生徒が4-5人いて、ノートパソコンを開いて何かやっている。「ここは日本語の授業じゃないの」と聞いても「違う」と答える始末。しばらく部屋の前でカーチャが来るかもしれないと思って待っていたが、10時20分になってもカーチャは来ないので、今日の授業はなしということにして、部屋に戻ってきた。一体どうなっているのだろう?

3時前に、掃除をしてくれるおばさんが「長いこと来てなかったね」と言って、ごみの始末やトイレ、お風呂、流しの掃除をしてくれた。邪魔になりそうだったので、早めに部屋を出て、2階のエヴゲーニーさんのところへ言った。コーヒーをご馳走になり、日本の話を少ししていたら3時半になったので、1階へ降りて、2年生の授業をした。今日は最終日なのでカラー刷りの果物と、ひらがなで果物の名前を書く練習用紙を渡してやらせた。それが終わって長い風船(阪神が7回に揚げる風船)をふくらませ、チャンバラをした。わたしはふくらませ係で大変だった。そして最後に妻が送ってくれたダイソーのおもちゃや文房具、シールなどを袋に詰めて、くじ引きで一人ずつにあげた。1年生も同じことをやって、ちゃんとひらがなも書いたし、まあまあの最後の授業だった。来年もこの子達に日本語を教えるのだろうか?

私の部屋の前は今も工事をしており、丁度ペンキを塗っているので、そのペンキの臭いが部屋の中に充満していて臭い。いつになったら工事は終わるのだろう。
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# by irkutsk | 2007-05-24 09:48 | 日本語 | Comments(0)

やっと航空券が買えました(5月22日)

今朝は2度だった。窓ガラスが曇っていた。また冬に逆戻りしたような感じだ。朝、食事のときに指導員に今日も寒いという話をして、いろいろと私の部屋の設備の面倒を見てくれるイリーナ・ミハイロヴナにも寒いといったら、オイルヒーターを貸してくれた。早速部屋に持って帰ってつけるととても暖かい。感謝感謝。「6月に帰るときには返してね」と言われた。彼女が仕事をする部屋のを貸してくれたようだ。

アントンとクラスノヤルスクへ航空券を買いに行くので、12時に玄関のところに行って待っていたが、アントンは現れない。携帯に電話してもつながらないというメッセージが流れてくるだけ。確かに12時に学校でと約束したはずなのにと思いながら30分まで待った。その間何回も電話してみたが、つながらない。校長秘書のところに行って、アントンを知らないかと聞いたが知らないと言う。車で行くと言っていたので、駐車場にいるかもしれないと思って見に行ったが、いない。しかたないので部屋に戻ろうと玄関を入るとアントンがいた。1時15分に出発するという。時間があるので一度部屋に戻った。ロシア人が時間にルーズだというのは知っていたが、連絡もくれないし、こちらからも連絡できないというのは困ったものだ。あとで聞いてみると携帯のお金がなくなって通じなかったのだそうだ。1時15分にもう一度玄関に行ったが、まだ車が出発できないということでしばらく待って、2時にようやく出発した。わたし達のほかにもあと二人(運転手も含め)乗って4人で出発した。クラスノヤルスクまでは1時間ちょっとで着いたが、後の二人は別の用事があるので別れて、私とアントンは航空券を買いに行った。今度は簡単に買えた。でも30分ぐらいはかかった。そのあとウラジオストクのホテルの予約に行き、ここではすぐにバウチャーをもらえず、アントンが後日また来るそうだ。

やっと用事が終わって帰れると思っていたが、他の二人の用事がまだ終わらないようで、車では帰れないので一人でバスで帰ってくれと言われて、駅までアントンが送ってくれた。4時半のバスはタッチの差で乗れず、5時のバスで帰った。6時からの授業にはとても間に合わないので、一緒に教えているナターシャに電話して頼んだ。今回もジェレズノゴルスクへ入る検問所で手間取り、バスにおいていかれてしまったが、幸いにもタクシーが止まっていたので、宇宙飛行士学校まで乗って帰った。

大学には7時に着いて、ナターシャが作文を書かせて発表させていたので、後半のグループも同じことをした。早めのお昼以来何も食べてなかったので、お腹がペコペコで、寮に帰って夕食を作って食べたが、今度はたくさん食べ過ぎてお腹が痛くなってしまった。

でも航空券が買えて、予定通りに日本へ帰ることができそうです。
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# by irkutsk | 2007-05-23 09:30 | 日本語 | Comments(0)

日本へのお土産を買いました(5月21日)

今朝は3度。いつになったら暖かくなるのか?暖房が切れてしまったので部屋の中はちょっと寒いです。天気は曇り。でも青空が所々に見えます。天気予報によると最高気温は10度―12度、晴れ時々曇り一時にわか雨。そして天気予報どおりに午後からにわか雨がありました。

朝ごはんは米のカーシャ(おかゆ)。砂糖とバターが入って日本のおかゆとは少し違う。それとパン、バター、サラミ、ココア。朝食の後メールチェックに行き、9時20分に隣のジェーニャと大学へ。彼も部屋が寒いといっていた。大学でブログを送り、写真をメールで送り、今日の授業で使うプリントをコピーに行くと、2階のナターシャの部屋は閉まっていた。しかたなく1階の秘書のマリーナのところへ行き、コピーを頼んでやってもらったが、両面コピーしようとすると紙がつまってしまうので、片面コピーにして、自分でとった。これで何とか授業の準備ができて一安心。散歩に出て、ついでにお昼ご飯を食べてくることにした。お土産を売っている店をいくつか見た後、「シビーリ」でかしわとたまごのサラダ、ボルシチ、バイカーリスキーという名前のハンバーグ、付け合せはライス、パンと紅茶で82ルーブル。

今日は日本センターのカギを借りて、そこで授業をした。なぜかアリョーナとナターシャも来て聞いていた。今日は日本センターでやりたいといっていたアンナが来なくて、他の3人が来た。でも4時間目の途中でドミートリーが出て行くし、終わる15分前に後の二人も出て行って良いかと聞くので、授業を3時で終わることにした。

授業を終わって部屋に戻ると、アレクセイが部屋の前で待っていた。昨日、一人でクラスノヤルスクへ行ってきたそうだ。剣道仲間のブィクと会って、彼の友達がやっているレストランでお昼を食べたそうで、日本料理もどきも作ってくれていたそうだ。わたしが行けなくて残念だったと言っていた。

アレクセイと一緒に日本へ帰る時のお土産を買いに行くことにした。白樺の木の皮で作ったシュカトゥールカという入れ物をいくつか買った。全部で3310ルーブル(約16500円)も買った。バスで宇宙飛行士学校に戻ると、まだ4時半過ぎだったので、そのままコピーをとりに行き、明日の市民日本語講座で使うプリントのコピーをとってもらった。これで安心してクラスノヤルスクへ行ける。部屋に戻ってアントンに電話して明日は何時に出発するのか聞いたら、車で行くそうで、12時学校出発と言われた。6時までに帰れるかと聞いたらもちろんという返事だった。

夕食は肉じゃがで、指導員のヴェーラがそのお皿は少ししか入ってないからもう一皿食べなさいと言ってくれ、2皿食べ終わると、牛乳とカリツォという直径12センチもあるドーナツ型のクッキーを持ってきてくれた。おかげでお腹がいっぱいになってもう何も入らない。この食堂の食事も水曜日までで、木曜日からは生徒がいなくなるので食堂も休みになる。自分で食べるものを考えなくてはならない。大変だ。
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# by irkutsk | 2007-05-22 09:45 | 日本語 | Comments(0)

買い物に行きました(5月20日)

今朝は8度。晴れ間も覗いているが、雲のほうが多い。風が吹いていて外は寒そうだ。今朝の昼食はホットケーキのようなものの中にりんごが刻んで入っているのが3枚、これにジャムがかかっています。ホットケーキではないのでそれ自体は甘くないのでジャムをつけ食べます。日曜日の朝はいつもこれです。それとパン、バター、チーズ、ココアというメニューです。まあまあお腹は一杯になります。指導員にお変わりはどうかと言われましたが、今日のパンは大きかったのでお代わりはしませんでした。午前中、洗濯をして、授業の準備をしていると寒くなってきました。

お昼を食べてから出かけようと、1時のお昼ご飯までテレビを見ていたら眠たくなってきました。お昼ごはんはスープ付です。ジャガイモ、たまねぎハムのスープ、それとタラの干したのを煮たもの、付け合せはマッシュポテト。飲み物は透明の甘いジュース。タラの骨があって大変だったけどお腹一杯になりました。

バス停に行くと、いつもあいさつしてくれる元気な女の子二人組みがいて、どこへ行くのか、いつまでいるのか、来年も来るのか、夏は日本へ帰るのか、ロシアの生活は寂しくないかなどと聞いてきました。まず、おもちゃ屋さんで友人に頼まれたチェブラーシュカを探しましたが3軒行ってありませんでした。小さな町だからないのかもしれないと思っていたら、大きなスーパーアルピィシティの中にある赤ちゃん、幼児用の服を売っている店がチェブラーシュカという名前の店で、そこにぬいぐるみが2個ありました。身長60センチくらいのと、90センチくらいのがあり、もっと小さいのはないかと聞いたけど、ありませんでした。帰りの荷物を詰めてみて、余裕があれば小さいほうのチェブラーシュカを買っていこうと思います。350ルーブルでした。

公園に行くと、馬車が走っていました(写真)。通りに咲いている木の花の写真を撮りながら、アルピィシティまで歩いていきました。ピンク色の花が咲いた木があり、きれいでした(写真)。まだこれから木々の花はたくさん咲きそうです。途中結婚式場の写真も撮りました(写真)。結婚式場といっても、サインをするだけで、宴会は別のところでやります。入り口の壁画が面白いです(写真)。そのあと、5月9日の戦勝記念日の式典があった勝利広場の写真を撮りました(写真)。

アルピィシティでは石鹸、ラーメン、お土産用のスープ、りんご、牛肉の缶詰、ウインナーソーセージ、キャベツを買いました。ジャガイモやたまねぎ、ニンジンを買ってカレーを作ろうかと思っていたのですが、一袋の量が多くて、とても6月5日までに使い切れそうにないのでやめました。かしわをオーブンで焼いて食べるのもしばらくやっていないので、寮の食堂が休みになる木曜日以降に買って来て作ろうと思います。すっかり重たくなったリュックを担いで寮までバスを乗り継いで帰って来たら、もう5時でした。

今夜の夕食は牛肉とそばの実をゆでたものでした。それにスヴョークラ(西洋赤カブ)のサラダ、なしの果肉の入ったジュース、パンでした。スヴョークラは短冊状に切ってあり、それ自体の甘みがあって美味しかったです。
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# by irkutsk | 2007-05-21 10:53 | 日本語 | Comments(1)

コンピューターが使えるようになりました(5月19日)

今朝は8度。外を見ると地面がぬれています。空は厚い雲におおわれて、今にも雨が降り出しそうな天気です。しばらくすると雨が降り始め、一日中シトシトと降っていました。

朝ごはんはマーンナヤ・カーシャ(挽き割り小麦のおかゆ)、パン、サラミソーセージ、バター、紅茶でした。10時から10,11年生の授業で、教室で待っているとカーチャが来て、「お願いがある」というので聞くと、日本についてのプレゼンテーションをしなければならないが、日本の写真がないかと言うので、部屋からノートパソコンを持ってきて彼女のフラッシュメモリーに移してやった。プレゼンテーション用の書類を急いで作らなければならないので授業は休みにしてくれと言うのでしかたなく休みにした。彼女のフラッシュメモリーもウイルスに感染したファイルがあると警告が出た。ロシア人の持ってるフラッシュメモリーはほとんどウイルスに感染しているようだが、大丈夫なのだろうか。おかげで自分のパソコンもウイルスチェックをすることになったが、幸い感染ファイルはなかった。

12時にアリョーナと会って28日の大学の試験の問題について打ち合わせをした。その後部屋に戻り、1時から彼女とアリョーナの授業を見学に行った。行く前にヴィターリがいるかもしれない、コンピューターのブロックが解除されているかもしれないと思って308の部屋に行ったがダメだった。しかたなくカギを返しに行っていると、同じ308のパソコンを使っている人に会ったので、パソコンがブロックされていて使えないといったら、「再起動させればいいよ」と言われ、一緒に部屋まで行って、本体についている再起動ボタンを教えてくれて、再起動させてくれた。これで使えるようになり、メールを送ることができた。月曜日まで送れないと思っていたので、ラッキーだった。

そのあと、オーリガとアリョーナの授業を見学した。今日はヒアリングをやったが、かなりよく聞き取れていた。スピードは普通の速さで話しており、細かいところまでは聞き取れなくても、問題の答えは全部あっていた。

4時から市民日本語講座のサーシャとマーシャの授業で、6時過ぎまで「食べます」「飲みます」「見ます」「聞きます」「すいます」「撮ります」「読みます」「買います」の動詞を教えた。なかなか進まなくて、もう夜のクラスとはかなり差がついてしまった。6時20分に食堂に行くともう大半の生徒は食事が終わっていた。指導員のテーブルにはガーリャがいて、ガーリャと話しながら夕食を食べた。今夜のメニューはソーセージ2本、マッシュポテト、ニンジンをすったサラダ、ぱん、レモネードだった。おかずを2皿も食べてしまった。

指導員のガーリャが日本の写真を見たいというので、指導員室にパソコンを持って行って見せた。他にも指導員がいて、写真を見た後もしばらく話をした。ガーリャのお母さんは40年も働いたけど年金が月に3000ルーブル(15000円)しかないとか、ロシアで給料がいちばんいいのは銀行員と電気会社の社員だそうで、医者や看護婦、教師は給料が安いそうだ。ヴェーラは24歳と19歳の娘がいるが、上の子はもう2歳になる子がいると言っていた。
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# by irkutsk | 2007-05-20 10:01 | 日本語 | Comments(0)

航空券は買えなかった(5月18日)

今朝の気温は5度。風が吹いていて外は寒そう。部屋の中でもジャンバーを着てないと寒い。朝ごはんはハムエッグ。と言っても日本のハムエッグとは違います。刻んだハムを溶いた卵の中にいれ、トレイに入れてオーブンで焼いたものです。こちらの卵は黄身の色が薄いので最初は白身だけを使っているのかと思っていました。そしてパンとチーズ、バター、ココアでした。おいしいと言うには程遠く、ただ空腹を満たすものという感じの食事です。同じテーブルの指導員たちに帰る日が決まったことと、航空券がとても高い話をしたらびっくりしていた。何のために働きに来ているのかと聞かれた。全くそうだ。生活費は給料でまかなえるが、日本との行き来のお金は全部自分持ちなので大赤字だ。冬にも帰ろうと思っているし、日本からいろいろと送ってもらっている物の郵送料を含めると2年間で100万円以上のもちだしになる。こんな道楽は2年でやめて、日本で働かなくては。

朝食のあとパソコンのある部屋へ行き、昨日の午後ヴィターリーに直してもらったばかりなので今日は大丈夫だろうと思っていたら、またまたコンピュータがブロックされていて使えない。ショック!せっかく帰国の日が決まったのでメールで連絡しようとしたのに。

まず銀行へ行って1000ドルと1000ユーロを両替してきた。ドルは25,75ルーブル、ユーロは34.17ルーブルだった。合計で59920ルーブルもらい、手持ちの35000ルーブルとあわせて約10万ルーブルの大金を持ってアントンとの待ち合わせ場所のスパルタークへ行く。12時の待ち合わせだったが11時25分には着いてしまった。スパルタークの店の中を見て回ったが5分あまりしか経っていない。外は風が吹いていて寒いので建物の中に入っていたいのだが、こういうときロシアには喫茶店がないのでとても不便だ。しかたなくバス停の囲いのあるベンチに腰掛けて待った。

12時になっても来ないのでおかしいなと思って周りを見てみると、少し先にあるバス停のベンチにいた。反対側のバス停の前にある旅行社に行ったが、ここは以前アレクセイとウラジオストク―新潟の航空券が買えるかと聞いて、買えないと言われた所だった。買えるのかなと思っていたら、やっぱり買えないと言われてしまった。昨日アントンが来たときは買えると言ったそうだ。店を出て、宇宙飛行士学校まで二人でバスに乗って帰り、彼は校長に報告してから、私のところへ来るといって別れた。

寮に帰って月曜日の授業の準備をして、昼ご飯を食べると昨日遅かったためか、眠たくなってしまった。月曜日に使うプリントのコピーをしに行くと部屋のカギが閉まっていてダメだった。コンピュータのブロックを解除してもらおうと、3階のヴィターリーの部屋にも行ったが彼もいなくてがっかり。

そのあともう一度、コピーの部屋に行くと今度はコピーをとってもらえたので、ひょっとしてヴィターリーにも会えるかもしれないと期待してまた3階まで行ったが、やっぱり彼はいなかった。

3時半すぎに大学へ行ってメールを送ろうと思ってバス停まで行き、バスが来たところでアントンから電話があったので学校へ戻り、来週の火曜日の朝、クラスノヤルスクまで航空券を買いに行くことになった。大学まで行く気勢をそがれて、もう一度ヴィターリーを探しに行ったがやはりいなかった。これで月曜日までインターネットはできなくなってしまった。

テレビは今日の午前中に直してくれて1週間ぶりに映るようになった。でももうテレビのない生活にも慣れてきてしまった。朝の天気予報だけは必要だが。

夕食後は短波ラジオの電波の状況がよく、おまけに中日×巨人戦の中継をやっていたので試合終了まで聞いていた。今日は5対2で中日が快勝したので気分もよかった。日本語ラジオ放送がよく聞こえていると、まるでロシアじゃなくて日本にいるような気になる。
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# by irkutsk | 2007-05-20 10:00 | 日本語 | Comments(0)

6月7日に日本に帰ります(5月17日)

今朝起きて外を見ると雨が降っている。温度計を見ると14度と暖かい。室温は22度。でも今まで暖房が入って暖かく、24-25度の室温に慣れていたので肌寒さを感じる。朝ごはんのあとコンピュータのある部屋に行ってメールを見ようとしたら、コンピュータはブロックされたままで使えなかった。昨日の朝、ヴィターリーに言っておいたのに。なかなかすぐに物事の処理が行われないのがロシアと諦めるしかないのか。テレビのアンテナ線もつないでくれたのだけど、映らない。普通はつないだ後、映るかどうか確認すると思うのだが、怒ってはいけない。ここはロシアなのだから。今朝もイーラに線をつないでもらったけど、まだテレビが映らないと言っておいたので、直してくれると思うけど‥‥。

12時から高校生相手のプレゼンテーションがあるので、11時前に寮を出てバスで大学へ。研究室に行くと、カギがかかっていて、パソコンが使えるかなと期待したが、オーリガが何かの書類を開いたままにしていたので諦めた。すぐにダツェンコとオーリガがお昼を買って戻ってきた。わたしは今日の夜使うプリントのコピーをしようとコピーのある部屋に行ったが、二つともカギがかかっていなかった。12時までには時間があるので、近くのスーパーに行ってケータイのお金を追加してきた。

今日のプレゼンテーションもたくさんの高校生が来て、全員座れないくらいだった。今日も同じ説明をした、歌を歌い、質問を受けた。日本の軍隊についてとか、ロシアは気に入ったかとか、着物はどんなときに着るのかなどといった質問が出た。先生で日本語が少し話せる人がいて、今日の夕方に来るといっていた。彼は折り紙で恐竜を作ってきてくれた。雨が降っていたのでジェーニャがマーシャと一緒に寮まで送ってくれるというので乗せてもらった。

プレゼンテーションの途中でケータイが鳴り出し、出るわけにもいかずほうっておいて、あとで見てみるとアントンからだった。大学からかけてみたけどよく聞き取れなくて、今から宇宙飛行士学校に帰ると言ったら、それじゃ会って話すということになった。

部屋に戻って遅めの昼ご飯を食べ、今日の夜の授業で使うプリントのコピーをとりに行った。たくさんあったが全部やってもらえた。これはついていると思って、3階のヴィーターリーのいる部屋に行き、今朝まだコンピュータがブロックされていたという話をしたら、308の部屋のカギを持ってるかと聞くのですぐに持ってくると言い、1階へ降りて行っていたら途中で、アントンにあった。航空券が取れたので明日買いに行こうということと日曜日にクラスノヤルスクへ行くバスのキップも明日買いに行こうといわれた。最初話がよくわからなくて、クラスノヤルスクまで航空券を買いに行かなければならないのかと思っていたら、別の話で私が日曜日にクラスノヤルスクへ行きたいといっていた件だった。話の行き違いで、アレクセイと行くということを言わなければならなくなってしまった。彼がアレクセイに電話するといっていた。

帰国の日が決まりました。6月6日にクラスノヤルスクを出発し、ウラジオストクで1泊し、6月7日に新潟に着きます。こちらに戻るのは7月29日に新潟を発ち、30日にクラスノヤルスクに着きます。でも値段が高いです。往復で51.500ルーブル(日本円で約25万円)です。でもしかたありません。明日の12時にスパルタークの前でアントンと待ち合わせたので、その前にルーブルへの両替をしていかなければなりません。余分にお金を持ってきていて正解でした。

アントンと別れて3階のヴィターリのところへ行き、308のコンピュータを使えるようにしてもらいました。今日も何とかメールとブログを送ることができました。その後1階のラリーサのところに行き、たくさんのプリントをコピーしてもらいました。たくさんあると言ったら、大きくていい機械でコピーをとってくれたので、きれいでした。

昼に降っていた雨は上がって、青空がのぞいてきました。5時前にジェーニャが大学まで奥さんのマーシャを連れて行くので、一緒に車に乗せていってくれました。その前に軽く晩御飯を食べておきました。帰りが遅くなったので、食べていてよかったです。5時前に大学に着くと、ナターシャの友達で今日の昼の大学説明会に来ていたロマンさんがいて、囲碁の13路盤と白石を持ってきていました。なぜか大学の日本センターには白石がなかったので。早速彼と一局対戦し、負けてしまいました。そのあとマーシャとナターシャがやりました。6時からは市民日本語講座で今日は「みんなの日本語」の会話と読み物をやりましたが、難しかったようです。予定していた漢字まではやれませんでした。

授業の後、生徒のサーシャも残って、中国茶を飲みながら4人でまた囲碁をしました。今回は4つも石を置かせてくれたので私が勝ちました。サーシャとナターシャは長い勝負になり、終わったのは11時でした。バスがなくなるのじゃないかと心配していましたが、ちゃんとバスに乗って帰れました。
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# by irkutsk | 2007-05-20 09:59 | 日本語 | Comments(0)

日本から小包が届きました(5月16日)

今朝の気温は2度。これが5月の気温かと言いたくなる。暖房も昨日からなくなったので寒くて、ユニクロのフリースのジャンバーをだして着た。幸い天気はいいので、昼になると気温は16度まで上がり、コートなしでも寒くなかった。

朝、メールを見に行くと、コンピュータがまだブロックされたままだった。がっかりして部屋に戻ろうとすると、若い女の人が、小包の通知が来ているといって秘書のところへ連れて行ってくれた。妻から4月21日に2つ送ったというメールをもらっていたので、それが届いたと思っていたら3枚通知書がある。誰か他の人が送ってくれたのか、前に税関申告書を貼らなくて届かなかった荷物が一個あったので、それが届いたのかと想像をめぐらせていた。

10時に授業に行こうと部屋を出ると、丁度部屋の外でヴィターリが私の部屋のテレビのアンテナ線を見に来ていたので、308の部屋のコンピュータがブロックされているので解除してほしいと頼んだ。すぐに携帯で電話していたので、明日からまた使えるかもしれない。

今日の10,11年生の授業はカーチャが来たので、8課の形容詞の導入をやった。カーチャと雑談をしているとき、水を買って来るのが大変だと言ったら、彼女は浄水器を使って、水道の水をろ過して飲んでいると言う。まだ1年いるのならその方が良いという。

11時45分に授業を終わって、部屋に戻り大きなクッキー(直径12センチ)を食べロシアのコーヒーもどきを飲んで出かけた。バス停でバスを待っていると、中国通のアナトーリー・ミハイロビッチが車で大学まで送ってくれた。彼は日本語も少し知っていていた。
研究室に行くと、誰もいなくてパソコンも使える状況だったので、早速借りてメールとブログを送った。明日の市民日本語講座で使うためのコピーをしようと2階に行ったがカギがかかっていてやれなかった。1階の秘書のマリーナのところもカギがかかっていていなかった。しかたなく、明日コピーすることにして2時からの高校生へのプレゼンテーションを待った。

2時5分前に日本センターに行き、まず学部長のあいさつ、大学の紹介ビデオ、ジェーニャの説明のあと、私の日本についてのプレゼンテーションがあった。わたしがスケッチブックに書いていた日本人の平均寿命や教育制度、給料と物価などをパワーポイントで作り直してくれていたのでそれを見ながら説明した。高校生からの質問は、日本人はロシア人をどう思っているか、ロシア語は難しいか、日本語も難しいのではないか、日本にも暴走族がいるか、大人もアニメを見ているか、日本の祝祭日について話してほしいなどで、最後に日本語の詩か歌をと言われ、今日は「ふるさと」を歌った。3時過ぎに終わり、宇宙飛行士学校の2年生と1年生の授業があるので急いで帰った。

いつもは歩いているが、大学の前からバスに乗ってスパルターク(以前あった映画館の名前)まで行き、そこで6番のバスを待っていたが、ちっとも来ないのでタクシーで行くことにした。初めて一人でタクシーに乗る。スパルタークの前にはいつもタクシーが止まっているのでそれに乗った。70ルーブルだった。3時半に宇宙飛行士学校に着き、2年生の授業と1年生の授業をした。今日は漢字を書かせ、乗り物と野菜と曜日を教えた。でも聞いているのは女の子2人だけで、男の子は遊んだり、漢字を書いていたりだった。1年生は一応漢字をちゃんとプリントに書き、野菜と乗り物の名前を言い、後半は子どもだけで数字を書いたカードでババ抜きをやった。一応数字を日本語で言いながらやっていたので、少しは数字を覚えてくれるかなと期待する。

4時40分に授業を終わり、バスで劇場の横にある郵便局へ。3個も荷物があるのでリュックと大きな袋を持って出かけた。夕方なので、郵便局は混んでいるだろうと思っていたが、予想に反して空いていた。窓口の女の人に声をかけると、「ちょっと待って」と言われ、すぐに私の顔を見て微笑んで通知書を受け取ってくれた。向こうは私のことを知っているようだったが、どこであったのか思い出せない。今朝学校で会ったのが彼女だったのかもしれない。彼女が自分で通知書を持ってきたので、私に声をかけたのかもしれない。荷物は2個で、通知書は同じものを2枚間違えて書いてしまったようで、1枚はゴミ箱へ捨てられた。

寮に戻って小包を開けると、パジャマ、お茶、子供用のおもちゃ、写真などが入っていた。久しぶりに自宅近くの写真を見て懐かしかった。夕食時間(6時)にも間に合い、魚のミンチかつ、マッシュポテト、甘いジュース、パンを食べることができた。

テレビのアンテナ線はつながっていたが、接続の仕方が悪いのか、相変わらずテレビは映らない。明日また言わなくては。
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# by irkutsk | 2007-05-17 15:31 | 日本語 | Comments(0)