ロシアとMacと日本語

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春を探しに行きました(4月22日)

今日も天気は晴れ。でも朝の気温は0度。朝食後、インターネットができるかどうか、半ば期待しないで行ってみたら、ちゃんとできたので感激。でもブログを送ろうとしたら、つながらなかった。午前中は授業の準備をしたり、DVDを見て、昼から気温が上がったので出かけることにした。

今日もまだ昨日のツキが続いていて、学校の前のバスはすぐに来た。バスの駅で降りて、公園の中に入って写真を撮りながら、レーニン広場、映画館コスモス、川のほうへ行った。途中大学生のアンナに会った。小さな町なので中心地に出てくると誰か知っている人に必ず会う。バスに乗ってアルピィシティ(大きなスーパー)に行き、そこの電気器具を売っている店に行ったが、電気コードは売ってなかった。市場までぶらぶらと歩き、市場の中で電気コードを売っているキオスクを見つけ4m買った。市場で赤く熟れた洋梨を売っていたので3個買った。どんな味か楽しみだ。市場の出口のところで宇宙飛行士学校のコンピュータの先生のヴィターリに会った。

大分歩いて疲れていたが、水を買って建物と建物の間にある小公園でしばらく休憩してアンテナのあるところまで行ってみることにした。年末年始と、宇宙飛行士の日には様々な色にライトアップされてきれいなアンテナ基地を間近で見た。その上に市創立25周年の記念碑が建っている。

春を探しにカメラを持って出てきたが、木の芽と、建物と歩道の間に咲いていたタンポポが唯一春を代表していた。

買ってきた電気コードはオレグさんの指示通りにラジオのアンテナにつけて、窓の外にたらすと、よく聞こえるようになった。
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# by irkutsk | 2007-04-24 15:49 | 日本語 | Comments(0)

またインターネットがつながらない(4月21日)

昨日宇宙飛行士学校のインターネットがつながるようになったので、今朝、朝食の後でメールを送ろうと思ってコンピュータのある部屋に行って、インターネットに接続しようとすると、つながらない。何回か試してみたがダメで、諦めて部屋に戻った。元のコンピュータの電源が切れているのかもしれない。お金を払っても良いから、どこか確実にインターネットにつなげる場所を探さなくては。

今日は10時10分から10,11年生の授業だったが、カーチャがおじいさんが亡くなったので帰っても良いかと言ってきたので、良いと言って、他の生徒が来るかもしれないので、10時40分頃まで待っていたが誰も来ないので、部屋に戻って日本語のラジオを聞いた。早めにスパゲッティを作って食べ、12時半頃寮を出て、郵便局の2階にあるインターネットができるところに行ってみることにした。その前に大学に寄って、もしインターネットができればと思って出かけた。学校の前のバス停に行くと、オレーグさんがバスを待っていた。彼は土曜日も仕事のようだ。オレーグさんの友達が町まで車に乗せていってくれるというので、スパルタークまで乗せてもらった。運がついているの二つ目。一つ目は授業がなくなったこと。

大学に行くと、研究室には誰もいなかったが、机の上にはオーリガの携帯があったので、まだ彼女はいるようだ。インターネットは諦めて、郵便局へ。バスで2つ目の停留所で降り、2階に行くと土日は休みだった。月曜日から木曜日は8時から5時まで、金曜日は8時から3時まで、お昼休みは12時から12時48分までと書いてあった。また日を改めて来よう。

大学までぶらぶらと歩きながら帰り、研究室に行くとオーリガはいなかったが、まだ窓が開いていたし、大学にいるようだ。でもパソコンの電源は切れていたので、スイッチを入れてインターネットにつなぎ、メールの送受信をし、ブログの原稿もアップした。別に悪いことをしているわけではないので、オーリガが戻ってきても良いのだが、わたしがいる間には彼女は戻ってこなかった。これで3つ目の運がついてるがあった。

大学を出て市場へ行き、きれいなきゅうりと、ラーメンに入れるねぎを買った。これで4つ目の運がついているにぶつかった。市場を出るとおばあさんとおじいさんがパンとクッキーのようなお菓子を売っていた。みんな買っていたのでわたしも並んで一つずつ3種類買った。これで5つ目のついているがあった。

公園の中を散歩しながらバス停まで行った。公園では入り口で風船や綿菓子、ポップコーン、アイスクリームを売っていた。暖かくなったのでたくさんの人が出てきて、公園を散歩している。まだ花は何にも咲いていないし、木もまだ葉が出ていない。夕食のときに指導員のヴェーラにいつ頃花が咲くのかと聞いてみたら、5月だと言っていた。
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# by irkutsk | 2007-04-24 15:45 | 日本語 | Comments(0)

短波ラジオを買いました(4月20日)

今朝は、朝ごはんのあと部屋に戻り、洗濯をして10時過ぎに宇宙飛行士学校へ行き、ヴィターリーにインターネットができるようにしてもらった。ヴィターリーのいる部屋がわかったのでこれからはすぐに彼を探せるかもしれない。そこのパソコンから何か設定を直し、わたしのパスワードでインターネットが使えるようにしてくれた。コンピューターが置いてある部屋のカギを借りてきて早速メールチェックをした。10通以上もたまっていた。これがいつまで使えるかわからないが、当面大丈夫だ。メールを送ったあとブログの原稿をアップして、ほかの事はせずに終わった。

メールが送れて一安心して、前から誘われているエヴゲーニーさんの部屋に行ってみると、授業をやっていたので、アンテナ技師のオレグさんのところへ行き、日本のラジオを聞かせてもらった。そしてデジタルで表示されるラジオがどこで売っているか聞いたら、スパールタークという映画館のあとの店で売っているといわれた。ラジオを聞いていると、エヴゲーニーさんが来たので、後から行くと言って30分くらいオレーグさんのところで話をしていた。オレーグさんはロシア語の先生かと思っていたら、人工衛星の技師だそうだ。年は60歳で、ひげを生やしている。彼のところで中国の緑茶をご馳走になり、日本の生活について話をした。1時ごろ彼の部屋から戻り、久しぶりに日本から送ってきたラーメンを食べた。ニンジン、たまねぎを炒め、焼き豚を入れて食べた。腹ごしらえもすみ、明日の授業のコピーをとりに行ったら、コピーのあるラリーサの部屋は閉まっていた。まあ明日はコピーなしでもいいかと思って諦めた。

3時半過ぎにいよいよラジオを買いに行くことにした。外の気温を見ると13度だったので、コートはなしで出かけた。まずスパルタークのラジオを売ってる店へ行くと確かにデジタル表示される中国製のラジオがあった。聞かせてもらうと確かに日本語放送が聞こえたので、480ルーブルとコンセントの形が違うのでその交換ソケットを15ルーブルで買った。そのあと、家庭用品を売っている店で箒とちりとりを見て、荷物になるので最後に買うことにして、スーパーへ行き、みかん(モロッコ産)とヨーグルト(果物入り)、スパゲティ(ゆで時間10-12分のもの)を買った。あとでレシートを見るとヨーグルトは19ルーブル(95円)もしていた。もう一度家庭用品の店に行き、箒とちりとりを買い、ちりとりはリュックに入るけど箒は入らないので手に持っていくことにした。バス停のそばのキオスクで2リットル入りの水を買って、バスで帰った。

いつも出かけたときは水を買ってくるが、スーパーでは同じ2リットルの水が25ルーブル、キオスクでは20ルーブルで売っている。そして500ミリリットル入りの水は何と15ルーブルもするのだ。小さな水を買うのはすごく割高なのだ。ボトルの値段がほとんどで、水はタダみたいなものだからなのかもしれない。

寮に帰って早速ラジオを聞いて見る。なかなか日本語放送の場所がわからなくて探したが、やっと見つけて聞くと、海外安全情報をやっていて、ロシアでもモスクワで反プーチンの集会が開かれているので行かないようにと言っていた。次の放送は7時から次の周波数でお送りしますといっていたので、すばやくメモをして、6時から食事に行った。戻ってきて買ってきたばかりの箒で部屋の中を掃除して、7時になるのを待った。7時になるとニュースに続いてソフトバンク×日本ハムの野球中継をやっていた。アンテナを手で持っているとよく聞こえるが手を離すとほとんど聞こえない。8時半まで野球中継をやっていて他球状の結果も最後に放送された。中日は朝倉で負けたそうだ。日本の放送がリアルタイムで聞けてちょっと幸せな気分になれた。

今日は宇宙飛行士学校のインターネットが復活したし、エヴゲーニーさんと話ができたし、ラジオが買えたし、良いことがたくさんあった一日だった。

写真はギムナージヤ(中学校)にあったゾーヤ・コスモデミヤンスカヤ(ソ連時代の英雄少女)の銅像です。
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# by irkutsk | 2007-04-21 15:04 | 日本語 | Comments(1)

カフェ「さくら」に行きました(4月19日)

今朝は深い霧に包まれた朝で、気温も0度。隣のジェーニャが9時にドアをノックし、彼の車で大学へ。大学に着いて、中国のお茶の道具や日本の植物図鑑を日本センターに運んだあと、研究室でインターネットをしようとしたら、インターネットにつながらない。せっかく楽しみにしてきたのにがっかり。最後にインターネットができたのは月曜日なのでもう3日間もメールのやり取りができないでいる。

10時半頃に2階に来てくれと言われて日本センター行くと、また高校生がたくさん来ていて、日本の説明をさせられた。今週は中国週間のはずだったのに、ついでにかり出されたようだ。わたしの話の後、中国についての話をロシア人の講師がしていた。やっと終わったと思ったら、すぐまた次のグループがやってきて、また説明。二つのグループが終わり、せっかく大学へ来たので、コピーをとってもらい月曜日の授業の準備をした。これで安心して月曜日が迎えられる。当日までにコピーがとれていないと不安である。

そうこうしているうちに1時を過ぎたので昼ごはんを食べに行くことにした。いつものカフェ「シビーリ」に行くと、12時半から3時まで休みという貼紙がしてあった。しかたないので、カフェ「さくら」に行ってみることにした。店に入ってびっくりしたのは、はっぴを着たアントンがいたからである。彼は市民日本語講座のわたしの生徒なのだ。ここで働いているということは聞いてなかったので驚いた。ランチメニューのロシア料理を頼んで食べたが、量が多くて苦しくなった。メニューを見ると、すしはマグロ、えび、イクラ、はまち、タイ、うなぎ、鮭、ホタテ、イカ、たこなどがあり、他に刺身やてんぷら、チャーハン、味噌汁ものっていた。ビールもアサヒ、キリン、サッポロがあり、今度はすしでビールを飲みたいものだ。満腹になって郵便局の2階にあるインターネットができるところへ行こうと思ってバスに乗ったが、トイレに行きたくなり、大学のそばでバスを降りて大学のトイレへ。

何かが悪かったのか、お腹の調子が悪い。もう一度インターネットができるという郵便局の2階へ行こうとしたがまたトイレに行きたくなり、ちょっと先のスーパーまで行き、そこでトイレに。今度は大丈夫と思って郵便局まで戻って、2階まで行ってみたがお腹の具合がやはりおかしいので、インターネットは諦めて大学へ戻った。研究室ではオーリガがパソコンを使って仕事をしているので、使えないし、今朝と同じ状態ならインターネットも使えないし。一度寮に帰って、正露丸を飲むことにした、確か4時からもう一つ高校生が来るといっていたが、すっぽかして帰った。帰ると4時過ぎに学部長から「今どこにいるか」と電話があった。「ごめんなさい」と謝っておいた。

郵便局からの通知が秘書のところに来ているので、もらいに行くようにと学生寮の玄関番のおばさんから連絡があったのですぐに行く。3月24日に妻が送ってくれた荷物が届いたようだ。4月7日に送ったのが火曜日に着き、3月24日のが今日届くなんて不思議な国だ。6時から市民日本が講座なので、その前に郵便局によってから行くことにした。

寮の前からのバスは、全然待たずにすぐに来たし、郵便局でも待たずに荷物がもらえたし、ついてると思ったが、大学に着くと研究室にはまだオーリガが部屋にいてパソコンを使っていた。結局今日もインターネットはできなかった。おまけにまたトイレに行きたくなり、またカギ番のおばさんに言ってトイレのカギを借りてトイレへ。これも面倒なんだけど、扉があるトイレはここしかないのでしようがない。

6時からの市民日本語講座は「行きます」「来ます」「帰ります」の動詞の導入で、「行きます」を使っていろんな場所に行ってもらい、過去形にしたり、「行きましたか」「どこへ行きましたか」の練習を生徒同士でやった後、交通手段「で」を教え、「バスで会社へ行きます」「何でスーパーへ行きますか」の練習を生徒同士でやって終わった。9時に二つ目のグループの授業が終わり、サーシャとジェーニャとナターシャと3人で話しながらバス停まで行き、私のバスが来るまでみんな待っていてくれた。

寮の部屋に帰って小包を開けて見ると、「週間金曜日」や歯ブラシ、カッターシャツ、歯磨き(箱があけられて調べられていた)、「となりのトトロ」、「幸せの黄色いハンカチ」のDVD、小学生用のシールや鉛筆キャップ、ホワイトボード用のサインペンと黒板消しなどが入っていて、うれしい気分になった。
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# by irkutsk | 2007-04-20 11:43 | 日本語 | Comments(0)

3日連続の雨(4月18日)

昨日寝るときも雨の雫が落ちる音を聞きながら寝たが、朝起きたときもやはり雨で同じだった。これで3日間雨が降り続いている。青空が出て天気になると気分も晴れるのに、こんな天気が続くと気がめいってしまいそうだ。

今日の10,11年生の授業はカーチャだけか、カーチャとアリョーナの二人だろうと思って、コピーも2部しか用意しなかった。結局カーチャだけで、個人教授のような授業をして11時45分に終わった。今日は助詞の「で」で、方法、手段、言語をあらわす使い方を教え、新しい漢字を教えて終わった。

お昼はスパゲッティを作って食べた。たらこ味のスパゲッティソースを送ってもらったので早速それを食べてみた。でもスパゲッティがなんとも腰がなくて美味しくないので、今度はゆで時間の長い腰のあるスパゲッティを買って来よう。

3時半からの2年生の授業は、行くとかばんの中を覗いてみて、みんな引っ張り出して、順番に出して授業をする予定だったのに全然予定が狂ってしまった。みんな勝手に好きなことを始めて(でも漢字の書き取りだけはみんなやっていた)、ドサクサのうちに終わってしまった。1年生は3人だけだが、こちらも勉強モードではなくて、遊びモードで体の大きな子がふざけるので羽交い絞めにしたら、怒ってチョークを入れているプラスチックのお皿を投げつけてきて、床に当たって割れてしまった。でもその後はババ抜きを4回やって終わった。本当に疲れる授業だ。

部屋に戻って最近の日課になってしまった「王様のレストラン」のDVDをみた。日本語のドラマは見ていても楽しい。ロシア語だと何を言っているのか注意して聞いていないといけないし、それでもわからないし。
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# by irkutsk | 2007-04-20 11:41 | 日本語 | Comments(0)

今日も雨(4月17日)

今日は夜の市民日本語講座があるだけなので、午前中は授業の準備をして、宇宙飛行士学校のコピーを使わせてもらいに行った。今夜の市民日本語講座の分、明日の10,11年生の分、1,2年生の分とたくさんコピーをとってもらった。ついでに前から何回も誘いを受けているエヴゲーニーさんのところに行ってみると授業をしていた。なかなかうまくいかないものだ。

お昼ご飯を食べがてら、妻から送ってきた小包をもらいに行く。まず郵便局に行くと窓口には誰も並んでなかったのは良いが、郵便局の職員も奥の部屋に入って何か作業をしていた。待っていたがちっとも出てくる気配はなかった。そこへおばあさんが来て、中の職員に声をかけたのでやっと出てきてわたしの小包ももらうことができた。4月7日に出したという小包がもう届いていた。でもその前に3月21日に出した小包があるのだが、それはまだ届いていない。届けばいいのだが、ひょっとしたら届かないかも。ロシアはそういう国だからと思って諦めるしかないのか。

お昼はカフェ「シビーリ」で「秋」というサラダとハンバーグ、付け合せにマッシュポテトというあまり食欲をそそられない食事を取った。スパルタークという旧映画館の前にあるキオスクで水を買おうと思って行くと、なぜか閉まっていた。しかたなくまた劇場近くのスーパーに行くと、なんとガスなしの2リットルの水がない。5リットルの大きなのはあったがとても重たいので結局諦めて帰った。

妻からの小包はリクエストしたスパゲッティソースやラーメン、DVD、息子の卒業旅行の写真のCDなどが入っていた。食料品中心の中身だった。

天気は曇り空で、傘を持って行くかどうか迷ったが、天気予報では曇りだったので置いていくことにして、4時に寮を出た。大学の近くのスーパーで水を買い、大学の研究室に行くとまだオーリガがいる。5時になっても5時半になっても一向に帰る気配はなく、パソコンも使っているので結局メールは送れなかった。

市民日本語講座は最初のグループが6人、後のグループが7人で、今日は先週に引き続いて動詞の過去形の練習をして、そのあと電話番号の言い方、新しい漢字を教えたら時間になってしまった。9時に授業が終わると外は雨が降っていて、傘を持ってなかったが生徒のサーシャに傘に入れてもらってバス停まで送ってもらった。バス停に着くとすぐにバスが来てよかった。
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# by irkutsk | 2007-04-20 11:40 | 日本語 | Comments(0)

今日はツイていた(4月16日)

やはりロシアにいても月曜日の朝というのはいやなものだ。食堂で朝ごはんを食べ(ちなみに今日のメニューは黍のような穀物のおかゆとパン、ゆで卵、紅茶でした。)、部屋に戻り、9時になるのを待って秘書のイーラのところへ手紙をもらいに行った。母とイルクーツクのナターシャ、そして1月に黒川日本語教室で日本語を教えていた教え子に出したハガキが転居先不明で戻ってきていた。手紙をとりにいった時、またひげを生やしたエヴゲーニーさんに会い、お茶を誘われたが大学の授業があるので断ってしまった。いつも断ってばかりなので明日にでも、緑茶をご馳走になって話をしてこなくては。

昨日、町へ入るときにКП(町への出入りをチェックする検問所)で預かってきたメモをレーナに渡さなくてはと、朝から何回か電話しても出なかったが、9時半ごろにようやくつながり、そのことを話したら、今日は大学には行かないので、大学の秘書のマリーナに預けておいてくれと言われた。

10時前に宇宙飛行士学校を出ると、丁度バスが行ってしまい、次のバスを待つことに。でも15分くらいで次のバスが来て、座って行けた。だんだんとロシアの生活に慣れたのか15分くらい待つのはなんでもなくなった。最初のころは時刻表があればその時間に行けば良いから、ちゃんと時刻表を書いておいてくれると良いのにと思っていたが、今では10~15分間隔でくるということだけで十分だと思うようになった。

大学に着くと、研究室にはダツェンコのかばんが置いてあり、オーリガはいなかったので、インターネットでメール確認と送信、そしてブログのアップまで一気にできて、最高だった。それからコピーをとりにいくとカギがかかっている。もう一つの古い機械のところに行くと、まだ壊れているので1階のマリーナのところで取ってもらうようにと言われた。秘書のマリーナのところに行くと、レーナから電話が入っていたらしくて、メモを預かってくれて、教科書のコピーもしてくれた。唯一ゼロックスのコピー機がある場所で、他のところに比べてきれいだが、でもしょっちゅう調子が悪くなりゼロックスはよくないとこぼしていた。日本ではゼロックスはたくさん使われていて性能は良いのに、ロシアのは古い型のを使っているので調子悪いのかもしれない。とにかく16枚の原稿を5組ずつ両面コピーしてくれた。日本の機械のように、自動的に両面コピーができないので裏面をするときは手差しトレイに入れなければならない。しかも両面コピーすると紙が反って時々紙詰まりしていた。マリーナが調子が悪いというはずだ。

授業は12時から3時15分までなので、昼ごはんを食べておかなくてはとビュッフェに行くと、学生でいっぱいだったので、サラダと大きな輪の形をしたクッキーとジュースを買ってきて研究室で食べた。

ドミートリーが研究室に来て、今日は二人しか来ないよと教えてくれた。ドミートリーとクシューシャの二人で授業を始めた。新しい単語をたくさん出したので、それに結構時間がかかった。でも小学生用に作った果物カードや動物カードを使ってやったので楽しそうにやっていた。今日は「みんなの日本語」9課の「わたしはりんごが好きです」「ミラーさんは歌が上手です」「わたしは日本語がわかります」など目的語に「が」を取る形容詞や動詞の勉強をし、学生同士で会話をさせ、うまくいった。15分の休憩のあとクシューシャはいなくなり、ドミートリー一人になり、彼も遅れて戻ってくるし、ちょっと気が抜けた感じになった。大体9課が終わり、会話練習が残った。

昼過ぎから雨が降り始め、傘がないとちょっと濡れねずみになりそうなくらいだ。今朝テレビの天気予報を見ていて、雨というマークが出ていたので、傘を持ってきていたのでツイていた。ロシア人はあまり気にせずに傘なしで歩いている人が多いが、傘をさしている人も結構いた。こちらの人は折り畳み傘がほとんどで、日本のような長い傘をさしている人はいない。

今日はプリンターの紙と水を買って帰る予定だったので、まず文房具屋へ行くと何と3時から4時まで昼休みで閉まっていた。ソ連時代の悪しき慣習が残っている。競争がないからそれでもやっていけるのだろう。先に水を買いに行き、2リットルの水を買って、戻るがまだ4時にならず、店の前には休憩時間が終わるのを待っている人が二人いたので一緒に並んで待っていた。4時丁度に店のカギが開いて中へ。コピー用紙500枚を120ルーブル(日本に比べて高い)で買い、リュックに入れるとずっしりと重たくなった。寮に戻ってくると、ジェジュールナヤ(当直)に小包が届いているという郵便局からの通知を渡された。妻からの小包だ。明日は夜だけの授業なので昼間、「シビーリ」で昼ごはんを食べてから小包をもらってこよう。

今日は予定していたことが全てできて(コピー、水と紙を買ってくる)、おまけにインターネットができたし、手紙は来るし、小包は来るし、ツキがツキを呼んだような一日でした。
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# by irkutsk | 2007-04-20 11:39 | 日本語 | Comments(0)

クラスノヤルスクで日本人と会ってきました(4月15日)

今日はイルクーツクからの帰りのノボシビルスクの日本語の先生と学生2人、日本からの留学生、そしてクラスノヤルスク大学の日本語の先生Hさんとその学生、そしてロシア人の日本語の先生と2時にクラスノヤルスクの駅で会いました。

朝ごはんは、ホットケーキのようなもの3枚にジャムをつけて食べ、そのあとパンにバターを塗って、サラミを2枚のせて食べ、ココアを飲みました。これが寮の食堂の朝食です。でもその後からトイレに通うこと3回、正露丸を飲んでなんとかおさまったものの、クラスノヤルスクへ行けるだろうかと心配になる。11時40分に寮を出るとついていることにバスがすぐに来た。12時前にバスの駅につき、30分ほど待って12時30分のバスでクラスノヤルスクへ。2時10分前くらいにクラスノヤルスクの駅に着き、駅の中に入ったが、どこのホームに列車が着くのかよくわからなくて、結局駅の外に出て電話をしたら、みんな今着いて、荷物を預けているところだというのですぐに会えた。

久しぶりの日本語で、ロシア人の学生たちも日本語がとても上手で、ロシア語を考えなくても良いので楽な一日だった。駅から歩いてレーニン像広場へ行き、その前にある遊園地に行った。日曜日ということで家族連れがたくさん来て賑わっていた。ウサギのぬいぐるみがいて、一緒に写真を撮っていると、それを写真にとっているロシア人がいた。お化け屋敷や気持ちが悪くなりそうな船(前後に動くだけでなく回転もする)、空飛ぶじゅうたんのような動きをするバスなどいろんな乗り物があったが、無難な観覧車にみんなで乗った。
エニセイ川や、エニセイ川にかかる橋(これはロシアの10ルーブル札のデザインになったいる)などが見えた。そのあと、市役所の前に日本から贈られた桜の木を見た。まだ小さくて、つぼみもあるかないかという状態で、花が咲くのは5月だろうと思われる。大分歩いて疲れたのでピザを食べに行き、混んでいたが、何とか8人まとまって座れるテーブルを確保できた。ノボシビルスクの大学の話を聞くと、水の宅配というのがあって、5リトル入りの水8本を届けてくれるそうだ。ジェレズノゴルスクにもそんなサービスがあるのだろうか。ピザを食べた後は、おみやげ屋さんを見て、チェブラーシュカが数字やアルファベットをしゃべるというぬいぐるみがあったが2350ルーブルもするというので、誰も買わなかった。

バスの時間があるのでここでみんなと別れて、ロシア人の日本語の先生に駅まで送ってもらった。近いようだったが結構時間がかかり、駅に着いたのはバスの出発時間の10分前だった。ピザを食べてまたトイレに行きたくなっていたので、急いで駅のトイレに行って、バスには何とか間に合った。

КП(検問所)で、通行許可証に宇宙飛行士学校のはんこかサインかがなくて、時間を取られ、メモを書いてもらって、それを明日秘書に渡すようにと言われて、通してもらえた。ところが乗ってきたバスはもういなかった。どうしようと思ったが、よく見るとバス停があり、バスを待っている人がいたので、町へ行くバスがあるかと聞くとあるというので一緒に待っていた。すぐに23番のバスが来て、乗ったが、バス停5つくらいで終点になってしまった。一緒に乗ってきた人に聞くと、反対側のバス停から6番のバスに乗ると町へいけると教えてもらい、6番なら宇宙飛行士学校の前を通るのでよかったと思った。6番のバスの始発駅から乗り、ぐるぐると住宅地を回って大通りへ出た。町からはバスに乗って帰るのでよくわかるが、反対側からは初めてなので見落として乗り越さないように気をつけてみていて、何とか無事に宇宙飛行士学校の前で降りることができた。
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# by irkutsk | 2007-04-16 11:52 | 日本語 | Comments(0)

また生徒が泣いてしまった(4月14日)

今日は宇宙飛行士学校の10,11年生の授業の日で、今日もカーチャ一人しか来なかった。昨日のバレーボールの話をしたりして、楽しく始まったのだが、練習問題をやり始め聞き取りの練習のところで、早すぎて聞き取れなくてそれが悔しくて目に涙を浮かべていた。更に、先のほうへ進み、頭も大分疲れてきているところで、助詞を選ぶ問題でいくつか間違えてまた泣き出して、困ってしまった。アリョーナがいたので彼女が慰めてくれた。カーチャが泣いたのはちゃんと答えたいという思いが強くて、それができない自分が悔しくて泣いていたようだ。

12時からはアリョーナのオーリガへの個人授業で、一緒に聞いていた。授業が終わって私の部屋でお茶を飲んで、ぜんざいを食べさせた。でも甘すぎて、あまり好評ではなかった。オーリガは明日からウラジオストクへ行くそうで、楽しみにしていた。

夕方4時から市民日本語講座のサーシャとマーシャの授業で、夜のクラスからはすっかり遅れてしまったが、あせらずのんびりやることにした。6時に授業を終わり、食堂で夕食。今日はわたしの好物のペリメニだった。
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# by irkutsk | 2007-04-16 11:51 | 日本語 | Comments(0)

ラジオを買いに行ったけど‥‥(4月13日)

今日は休みの日だけど、3時からまたオープンキャンパスで高校生が来るというので、昼から出かけなければならなかった。午前中は土曜日の授業の準備をし、11時ごろからアンテナ技師のオレーグさんのところに行った。ラジオの話を聞いてきたが、周波数がデジタル表示できるものが良いと言っていたが、どこに売っているのかわからないと言ったら、今日は暇か、あしたは暇かと聞かれた。でも今日も大学に行くし、明日も授業があるし、一緒に買いに行ってくれるつもりだったらしいが、わたしの都合が悪くてダメだった。でもオレーグさんの部屋で、きれいに聞こえるのは大きなアンテナがあるからで、部屋でラジオを聞いてもあんなにきれいには聞こえないはずだ。日本語放送の周波数をメモして、今日一人で買いに行ってみることにした。

3時からのオープンキャンパスだが、ジェーニャは1時半過ぎに迎えに来た。そこはもう読んでいて、ちゃんと着替えて出発の準備は整えていた。大学に行くと、アリョーナが研究室で婉曲語についてインターネットで調べていたので、手伝ったが、参考になるようなものはなかった。オープンキャンパスは3時からではなく、大分遅れて4時近くに始まったが、前と比べて今回は学部長のあいさつもないし、えらく簡単に終わってしまった。
高校生は20人くらい来ていた。

研究室にはダツェンコがいたのでインターネットはできず、月曜日の授業の準備をと思ってコピーするものを持ってきていたが、コピーの部屋はどちらもカギがかかっていてできなかった。

5時に大学を出て、ラジオを求めてうろうろしたがどこで売っているか結局わからなくて、大学の近くの電気屋のパナソニックのラジオを見せてもらって、日本語の放送が聞けるかどうか試してもらったが、聞こえなかったので買わなかった。オレーグさんのところにあった大型のラジカセでは結構よく入っていたのに。時間によっても良く聞こえるときと、そうでないときがあるとオレーグさんは言っていた。午前11時ごろがいちばん良く聞こえるそうだ。

ちょっとがっかりして、時間も7時になっていたので、「シビーリ」で晩御飯を食べて帰った。トマトときゅうりのサラダ、ハンバーグ、付け合せはライス、そして冷えてないビールを飲んだ。寮に戻ってくると玄関前で生徒たちがバレーボールをしていた。一緒にやろうと誘われてしばらく一緒にやって遊んだ。真ん中に人が一人入ってしゃがみ、外の輪の人が打ち損じたら中に入らなければならず、外の人からボールを当てられるとその人は出られるし、もしボールを中の人が取ると、中の人はみんな外に出られ、外で最後に打った人が中に入るとい面白いゲームだった。

部屋に戻り、オーリガさんからもらったDVDでクラスノヤルスクやジェレズノゴルスクの写真を見たり、貸してもらったロシア民話の本を読んだ。
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# by irkutsk | 2007-04-16 11:50 | 日本語 | Comments(0)