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ロシアとMacと日本語

今日のスキーは延期に

朝、起きてテレビをつけると気温―16度と表示されていた。いくつかのテレビ局では画面の端っこに時間と気温が表示されている。しばらくすると-17度に下がっていた。外を見るともやっていて遠くが見えない。木は樹氷になっていてとてもきれいだが、こんな日にスキーとは凍えてしまいそうだなと思っていたら、11時過ぎにダツェンコから電話があって、天気が悪いのでもっと天気の良い日に延期しようという話だったので、賛成して、今日のスキーは延期になった。

今日の予定はなくなって一日中部屋に閉じこもっているのもつまらないので、ミネラルウォーターを買いに行くことにした。大学の近くのスーパーには2L入りのガスなしの水が安く売っているのでそこに行くことにした。お昼ごろ寮を出てバスで町へ。建物の中から外へ出ると鼻の中が凍るのがわかる。バス停の囲いの中にいるのと、外にいるのとではだいぶ体感気温が違うように感じられる。

バスを降りて歩いて大学まで行っていると大学の近くで見慣れたボルガが私の前を通って行った。隣のジェーニャの車だろうかと思いながらスーパーに入っていくと、携帯がなって学部長さんから、「今、見かけたけど、学校においで」と言うので買い物をしてから大学の学部長さんの部屋に行くと、外国語学部のダツェンコ以外全員がそろっていて、ダツィシェン先生も来ていた。何かの会議中だったようで、しばらくいたが一緒にいてもロシア語での会議にはとてもついていけないので帰ることにした。

近くの電気店が開いていたら体重計を買って帰ろうと思っていたが、今日まで休みだった。バス停でバスを待っていて、黄色い最新型のバスが来たのを見ると、運賃8ルーブルと書かれてあった。古いバスは6ルーブルだが、新しいバスは高いのだとわかった。私の乗るバスはいつも古いバスで、しかも料金徴収係がほとんど乗っていないので無料だ。

今日の買い物は2Lの水を2本(重たい!でも安い)、リプトンのジャスミンティー、木苺の香り付きの紅茶、ひまわりの種、そして明日学部長さんの家にまた泊めてもらうのでお土産にチョコレートを買った。学校に帰ってくると、学部長さんの家に送ってあった本のダンボールが2箱届いていた。ひとつは自分で持ってきたが、もうひとつは警備員のような服を着た男の人が運んでくれた。出がけに頼んでおいた、寝室の切れた電球の交換もしてくれていた。

日本から送っておいた本が届いて、これでいろんなことができる。折り紙の本や折り紙もあるので、2年生の授業に使えそうだし、日にちの練習になる歌がはいったCDもあったので、すぐに使える。早く授業が始まるのが待ち遠しい。昨日、ダツェンコに聞いたら、1月の終わりごろまで試験なので、授業はその後から始まるということだった。
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# by irkutsk | 2007-01-10 16:41 | 日本語 | Comments(0)

スキー場を見学

 昨日の夜、同じ研究室のダツェンコから電話があり、今日12時にアフタバグザールで会うことにした。午前中洗濯をした後、11時過ぎに出かけた。バスはすぐに来た。初めてバスの運賃を払った。バスに乗り込んで席に座るとおばさんがこちらを見てキップを買いに来いという顔をするので、おばさんのところに行って10ルーブル出すと、切符と4ルーブルのおつりをくれた。クラスノヤルスクは8ルーブルだったが、ジェレズノゴルスクは6ルーブルなのだ。バスがすぐに来たので11時半過ぎにはアフタバグザールに着いた。時間があるので待合室で本を読んで待っていた。12時になってもダツェンコが来ないので、携帯に電話したら外で待っていたらしく、すぐにやってきた。オーリャも一緒だった。3人でジェレズノゴルスク唯一の映画館「コスモス」に行き、そこの2階にある喫茶店に入った。ダツェンコお勧めのハーブティーを飲み、ケーキを食べた。ちょっと高めでお茶は70ルーブル(350円)ケーキは60ルーブル(300円)だった。でも店内はきれいで、日本のちょっといい喫茶店と同じだった。

 映画館はシネマコンプレックスでスクリーンは二つあるそうだ。映画館の建物に入るとポップコーンの匂いがしていた。ここの地下にトイレがある。町に来てトイレに行きたくなったら利用させてもらおう。

外は雪が降っていた。雪の中、スキー場を見に行った。歩いていけるくらい近くにあり、歩くスキーを履いて滑っている人とすれ違った。スキー場は小さなスキー場でTバーのリフトが1基あるだけで、ゲレンデもひとつしかなかった。でも人が少なくて空いていた。リフトはスピードが遅いので、7-8人並んでいた。斜面はそれほど急ではないので、楽に滑れそうだ。リフトは1回20ルーブル(100円)、1日券は300ルーブル(1500円)だった。単調な斜面を15回も滑るのは飽きてしまいそうだが、一つしかないのでしようがない。

 明日滑りに来るということで、今日は見学だけで帰った。帰りに劇場の裏にあるスーパーで買い物をして帰った。6日にジェーニャの両親のところへ持っていくシャンパンとチョコレートを買った。ロシア製のしょうゆとマカロニ用のソース、乾燥したペトルーシュカを買った。ウクロープを買いたかったのだがなかった。野菜も売っていたが、キャベツはところどころ黒くなっていて、いかにも古そうだった。

 帰りのバスはまた料金徴収係が乗ってなかったので、ただだった。
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# by irkutsk | 2007-01-10 16:39 | 日本語 | Comments(0)

静かなお正月

昨日寝たのは3時だった。布団の中でうとうととしていたら携帯電話が鳴ったので起きると日本の妻からだった。子どもたちも帰ってきているので「あけましておめでとう」のあいさつをしてしばらく話した。朝は昨日買ってきて窓の外につるしておいた冷凍のチェルニーカ(黒い色をしたベリーの仲間、450gで86ルーブル(約400円)もした)とブルスニーカ(赤い色をしたベリー類で、これは50ルーブル(約280円)だった)を出して食べた。これで少しはビタミン不足が補えるかなと思う。パンと燻製の魚を食べ紅茶を飲んでみかんを食べた。12月11日に小型包装物で送った餅はまだ届かないので、餅は食べられなかった。

寮は誰もおらず、お正月なので職員も最低限しかいないのでとても静かだ。昨日ナージャのお父さんにもらった数独の問題をやってみた。まずルールが良くわからないので、答えを見ながら考えてやっとルールはわかった。3問やったがなかなか面白くてはまりそうだ。ロシア語のものなのだが「数独」と漢字で書いてあるのでこれはもともと日本で作られたパズルなんだろう。

町へ行こうかとも思ったが、起きたのが遅かったし、「数独」を熱心にやっていたので、出かけるのも面倒になり、寮でゆっくり休養することにした。明日からはまたいろいろと予定が入っているので。
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# by irkutsk | 2007-01-10 16:36 | 日本語 | Comments(0)

 今朝、昨日買ってきて冷蔵庫に入れておいた冷凍の魚が解凍されている。たらの切り身をフライパンで塩焼きにしてご飯を焚いて食べたが、ふた切れ目を食べている途中で気持ちが悪くなり、やめて捨ててしまった。せっかく買ったカレイもすぐには食べる気にはならないし、もう一度外に出して凍らせても一度解凍してしまったので悪くなっているかもしれないと思って捨ててしまった。燻製と塩漬けニシンは取っておいた。昨日の夜、塩漬けニシンを片身食べてすごく塩辛かったので、塩分の取りすぎだ。

 11時前に天気も良いし、町へ買い物に行くことにした。昨日学部長さんに教えてもらった二つのカフェーにも行って場所を確認しておこうと思った。学校から出るとまたバスが丁度出るところだった。30分待つのを覚悟していたが、15分ほどで6番のバスが来た。今日も料金徴収係りは乗ってなかったので、お金を払えなかった。今日はアフタバグザールの2つ先のレーニンの像の前で降りた。ここの近くに教えてもらった「シビーリ」というカフェーがあるはずなのだが、探しても見当たらない。歩いている人に聞いてやっとわかった。店の前に看板が出ているわけでもないので、探すのは至難の業だ。入り口に張ってある営業時間を表す案内と「トイレがあります、ただし利用は当店利用者に限ります」という張り紙の下に店の名前が書いてあるのでここだとわかった。古くて大きなレンガ造りの店だ。入ろうと思ってドアを押しても、引いてもカギがかかっていて開かなかった。休業のお知らせも貼ってない。いかにもロシアらしい。

もうひとつ教えてもらったカフェー「アルチカ」を探しに電車の駅のほうに行く。途中劇場の横でカフェー「さくら」という店を見つけた。えびの握りずしが1貫70ルーブル(350円)、サラダ巻き寿司170ルーブル(850円)という看板が出ていた。高い!きっとおいしくないに決まっている。写真だけとって「アルチカ」へ。学部長さんの説明によると道路の左側にあるといっていたが、左側にはあまり建物が建っていない。ここでも聞いたほうが早いと思って歩いている人に聞いたら、「あれだよと」斜め前に立っている建物を教えてくれた。ここはやっていた。入るとすぐ右手にクロークがあり、コートを預け、2階に上がっていくと、スキー場に良くあるようなトレイに好きな料理を取って最後にお金を払うシステムだと思っていたら、違っていて1階のカッサ(会計)で事前に何と何といってお金を払って、そのレシートを持って2階に行って料理を取るというシステムだそうだ。取りかけたトレイをそのままにして、取ったものをメニューから探し、わからなかったのは会計の人にスビョークラと豆のサラダと言って何とかお金を払えた。空いていたから良かったけど込んでいたらぱっと見ただけで料理がわからないので大変だと思う。
結局サラダとシチー(野菜スープ、でも肉も入っていた)、コンポート、パンで38ルーブル(190円)だった。会計でフタローイはと聞かれたが、見本が展示されてあるわけではないので、メニューを読んでもどんなものが出てくるかわからずパスした。料理の味はまあまあだった。食べ終わってトレイをどこに返すのかなとうろうろしていたら、中の人がこっちだ、あっちだと教えてくれた。1階に下りてコートをもらって、トイレに行って外に出た。また劇場のところまで戻りちょっと大きめのスーパーによって水やペリメニ、スメタナ、冷凍のベリー類、パン、今日ナジェージュダのところに持っていくシャンパンを買った。デジカメの電池が少なくなってきているので電池を売っている店を探して買ったが、以前大学の近くで買ったのと同じものが4本68ルーブルもした(前の店は60ルーブルだった)。

レーニンの像の前から6番のバスに乗って寮まで戻ってきた。今回もお金は払えなかった。部屋へ戻ってケーキを食べ、紅茶を飲んでみかんを食べた後、先日の指導員の新年パーティで知り合いになったおばあさんがジェジュールナヤの部屋に一人でいたので、ノートパソコンを持っていって日本の写真を見せて家族の話や、日本の話をした。彼女も自分の家族の話をしてくれた。1月から3ヶ月間長男の住むアメリカのソルトレイクに行くそうだ。5歳になる孫の男の子が早く来てと首を長くして待っているそうだ。次男はモスクワに住んでいて、長女はここに住んでいるが結婚して別に住んでおり、3部屋もある家に今は彼女一人が住んでいるそうだ。1時間近くも話し込んで、自分の部屋に戻って、かつてボランティアで日本語を教えていた生徒たちにはがきを書いた。

夜9時に学校の玄関のところまでナジェージュダが夫と子供のニキータ(6歳)と一緒に迎えに来てくれた。公園にあるヨールカを見てから行こうといって、大学の近くにある公園に行った。今年のヨールカは小さいし、氷の彫像も少ないのは、市が予算をケチったのかもしれないと言っていた。氷の滑り台でニキータはしばらく遊んでいた。大人は寒くなったので、持ってきた花火をしてからナージャの家に行った。ナージャの家は5階にあり、階段を上って一番上まで上っていった。部屋は大きくなく台所と大きな部屋がひとつあるだけで、ニキータの部屋はカーテンで仕切っていた。でもとてもきれいにしてあって、清潔感にあふれていた。床も木を張っていた。インターネットを使ってもいいよと言われて使ってみたが日本語表示ができないので、勘で妻にメールを1通送った。後で私のノートパソコンに電話線をつないであげるといわれた。

日本の新年に合わせて午後10時にまず乾杯をした。ナージャが鮭でおすしの細巻きを作ってくれていて、しょうゆもあり久しぶりのおすしに感激した。ここまで来ておすしが食べられるとは思ってもいなかったのでたくさんご馳走になってしまった。海苔もしょうゆもジェレズノゴルスクで売っているそうだ。

しばらくして、ナージャのお父さんとお母さんがやってきた。私とあまり年が違わないくらいの人だった。お母さんはお医者さんをしていたそうだ。彼らから新年のプレゼントをもらった。白樺の木で作ったシベリアの風景を描いた壁掛け、数独というパズル、豚のマスコットが入っていた。ジェレズノゴルスクの新年にはテレビでプーチンの新年のあいさつを聞いて12時に「ウラー」と言って乾杯した。ニキータへのプレゼントはおじいさんたちからと両親からなのだけど、マロースおじいさんが持ってきてくれたということにして、なぞなぞの問題を解くとどこにおいてあるかがわかるような問題をナージャが作っておいてそれを見せて答えさせていた。ナージャたちから私へのプレゼントもあり、豚の絵のついたナプキンとルービックキューブのようなカレンダーをもらった。

12時になると花火が打ち上げられ、部屋からも見ることができた。長い時間花火は続き、2時過ぎまで上がっていた。日本の花火大会の花火と同じようなものが打ち上げられていた。冬の花火もまたいいものだ。しばらくして、ナージャの友達夫婦がやってきて、しばらく日本の話もした。そのうちナージャの夫が私のパソコンに電話線をつないでくれたので、設定を教えてもらってつなげた。でもダイヤルアップなのでスピードが遅くて、なかなか表示されない。2通だけメールを送って終わった。日本語で直接入力できるのはとても快適だった。

2時半過ぎにナージャたちの家族に車で宇宙飛行士学校まで送ってもらった。ところが玄関にカギがかかっていて入れない。当直の人もいなくなっている。しばらくドアを叩いたが誰も出てくる気配がない。困っていたらしばらくして当直の人が来てドアを開けてくれたので凍死せずに済んだ。
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# by irkutsk | 2007-01-10 16:35 | 日本語 | Comments(0)

朝は学部長さんが作ってくれたそばのカーシャにバターをかけて食べた。9時半ごろ家を出て、近くを散歩してからバス停まで行こうということでご主人も一緒に出かけた。家を出て少し行ったところの坂道で滑って転んでしまった。今回ロシアに来て初めて転んだ。幸いなんともなかったが、ロシア人でも転んで骨折する人がいるそうだ。白樺林を少し歩くとエニセイ川に出て、川を挟んだ対岸の景色がよく見えた。川までは急な斜面になっていて、かなり下のほうにあるので上から眺めるだけにした。かつて、橋本・エリツィン会談が行われたという高級住宅地の一角も見渡せた。川の上流には落差100mもある水力発電所があるそうだ。写真を撮った後、バス停に出た。このすぐ近くにご主人の勤める大学があり、ここで彼とは別れた。

学部長さんと私はバスで町へ出てクラスノヤルスク国立バレエ・オペラ劇場へ。まだ開演までに時間があったので劇場の近くの公園のヨールカや氷の彫像を見て回った。劇場に入ると子供たちがたくさんだった。出し物が「くるみ割り人形」だからだ。劇場のホールで出演者が衣装を着て歩いていたので、声をかけて王子役の人と一緒に写真を撮ってもらった。私たちの席は1階の後ろの方で一番端っこだったが、他のお客さんが来ないので真ん中よりに席を移った。舞台の前にはオーケストラボックスがあり、客席は3階まであった。開演後すぐは子供たちの声が騒がしかったが、だんだんとおとなしくなってきた。あまりうるさいと劇場の人が注意をしに来る。本場のバレエはさすがにすごい。大道具も立派なものだし、照明もうまく光のマジックを見ているようだった。もちろんバレエの質も最高だった。こんなすばらしい舞台がたったの80ルーブル(約400円)なんて。申し訳ないような気がする。ここでこんなにすばらしいバレエを見ることができて本当に幸せだと思った。

バレエが終わって、ジェレズノゴルスク行きのバスが出る駅前まで、町を見ながら歩いていった。町の通りはエニセイ川に一番近いところからマルクス通り、平和通、レーニン通りという。平和通はかつてスターリン通りと呼ばれていたが、スターリン批判後平和通に変わったそうだ。私たちはその平和通を歩いて駅前へ。途中大きなレーニンの像が建っている公園があった。バスは予約制で、3時のバスのキップを買ってくれていたので、ぎりぎりに着いてもちゃんと乗れた。ナターシャが30日は学生が帰るので、事前に買っておかないといけないと言ってくれて、学部長さんが買っておいてくれたので良かった。以前彼女が切符を買わずに行ったら1時間も後のバスしか乗れなかったそうだ。学部長さんがバスの運転手にカーペーで私をおろしてくれるようにと頼んでくれた。カーペーというのはジェレズノゴルスクへ入るときの検問所のようなところである。

1時間20分ほどでカーペーに着き、バスを降りたが迎えのエレーナは来ていない。どうなることかと思いながら他の人たちと一緒に並んでいると、エレーナが電話をかけてきたようで、パスポートを見せただけで入れてもらえた。エレーナがまだ来ていないので、建物の中で5分ほど待っていた。すると白い彼女の車がやってきて、見覚えのある毛糸の帽子をかぶったエレーナがこちらへ向かって歩いてくるので出て行った。今日は夫のロマンと一緒だった。学部長のお勧めの「シビーリ」というカフェは今日は休みだったので、食べ物を買っていこうということになり、市場まで連れて行ってくれて、魚や果物を買うのを手伝ってくれた。スケトウダラの切り身、カレイ、燻製の魚の切り身、ニシンの塩漬け、みかん、洋梨、そして明日ナジェージュダの家に行くときに持っていくお土産を買ってから宇宙飛行士学校の寮まで送ってもらった。寮は生徒たちが帰ってしまっていないので閑散としていて、廊下の電気も消えていた。

木曜日の大学の職員の新年パーティのときにもらったケーキがあったのでそれを食べて空腹を癒してから、晩御飯を作り始めた。初めて鍋でベトナム米を炊いたが、結構時間がかかった。20分から30分もかかった。おかずはニシンの塩漬け。最初はおいしかったが、結構塩がきつくて塩辛かった。食後は玄米茶を飲んでみかんを食べ、ちょっと日本の気分に浸った。ご飯は芯もなくおいしく炊けた。
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# by irkutsk | 2007-01-10 16:32 | 日本語 | Comments(0)

 昨日、3つも新年のパーティのはしごをしたにもかかわらず、アルコールはまったく残ってなく、気分よく目が覚めた。でも昨日たくさん食べ過ぎたので食欲はなく、朝は食べずに出かけた。まだ暗い中、8時20分ごろ学校を出ると丁度バスが出て行くところだった。もしあれが6番のバスだったらだいぶ待たなければならないかと思っていたが、8時35分頃に6番のバスが来た。料金徴収係の人は乗ってなかったので今日もただ乗りしてしまった。アフタバグザール(バスの駅)に着いたのは8時50分頃だった。丁度ついたころに携帯電話が鳴り出した。日本の妻からだった。名古屋は今日、初雪が降っているということだった。早く着きすぎて9時30分まで待合室に座って待っていた。土産物店がいくつか並んでいたが、まだ早いので開いていない店もあった。

9時20分頃にバスが来たので外に出て行くとナターシャも来ていた。バスは結構窮屈で、リュックを抱えて座ると身動きできないほどだ。太ったロシア人が多いのに、どうして乗り物の座席はいつもこんなに窮屈なんだろう。たくさん乗れるように?ナターシャと日本の話をしながら1時間半バスに揺られているとバスはクラスノヤルスクの街中を走っていた。11時10分に待ち合わせ場所のロコモチフというスタジアムの前のバス停に着いた。来ているはずのHさんがいない。電話をしてみるとクラスノヤルスク大学のD先生が迎えに行ってるはずだという。いないと言って電話を切って少ししてからD先生が現れた。11時に来たけどまだバスが来てなかったのでちょっとよそに行っていたという。彼と会えたのでナターシャと別れて、ちょっと町を散歩してから大学に行こうという彼についていった。

レーニン通りを歩いてしばらく行ったところにある本屋によって、その後昔のピオネール宮殿(今は国立の課外教育施設になっている)に行き、彼の友達のタチアーアナさんに施設の中を案内してもらった。絵を描くクラスや音楽をやるクラスなどいろいろあるそうだ。ホールでは丁度新年のお祭りをやっていてたくさんの親子連れが来ていた。ここには温室やミニ動物園があり、温室ではバナナやコーヒーも育っているという。動物園にはこの地域に住む鳥やウサギ、リス、蛇のほかに、贈られた鶏や亀もいた。ここを出た後バスに乗って大学へ。クラスノヤルスク大学までは結構時間がかかった。30分近くも乗ってようやく大学に着き、大学の中を案内してもらった。学長にもあいさつをしてきた。日本語センターというのがあって、日本の本(古典から現代のものまでいろんな本がそろっていた)やビデオが充実しており、学生も利用できるそうだ。この大学のセンター(管理棟)の近くに彼とHさんの住む寮があり彼女の部屋にも案内してもらった。

彼女の部屋は中国人の先生と共用で、部屋はそれぞれ別にあるが、台所やトイレ、風呂は共用だそうだ。ベッドがなくて、一人がけソファーを3つ並べてその上のマットレスを載せて寝ているという。洋服ダンスも洗濯機もないということで私の生活に比べるとかなり大変なようだ。

その後2つ下の階に住むD先生の部屋に伺って、お昼をご馳走になった。自家製のワインやダーチャで取れたスビョークラで作ったボルシチをご馳走してくれた。ほかにジャガイモと肉を炒めたものや、やはり自家製のコンポートも飲ませてくれた。朝から何も食べてなかった私にとっては何よりのご馳走だった。おまけにパソコンも貸していただいて、メールやブログのアップもさせてもらった。

食事の後、いよいよ現代外国語学部の校舎へ日本語を勉強している学生たちの日本語劇を見にいく。そこまでは白樺や松などの林の中を抜けて30分くらいかかる。道なき道をD先生の後についていく。赤レンガの目的の建物に着き、まず彼の研究室に案内してもらった。そこでお茶をご馳走になった後部屋を出たところで、隣の研究室の人と会い、彼の研究室に行くと新年のパーティをやっていて、またシャンペンとワインをご馳走になった。あまりのみ過ぎないうちに退散し、学生たちのところへ。

劇は「化け餅の話」というタイトルで、学生たちの書いたオリジナルの劇です。劇の内容はいまいち良くわからなかったが、着物を着た雪女や、河童、天狗も出てきます。中でも猫の役をやったアンナの日本語がうまく、アクセントが日本人らしく、外国人特有の頭高のアクセントにならず、歌を歌っていると日本人が歌っているのかと間違えるほどでした。クラスノヤルスクに来てこんなにきれいな日本語を聞くことができて感激してしまった。劇の後は日本に関する問題が出され、その後はディスコに。記念写真を撮ったりして終わった。

私はD先生に送ってもらってジェレズノゴルスク分校外国語学部の学部長さんの家へ。アパートの2階の4部屋もある広い家で、子供さんたちはイギリスとアメリカに住んでいるので、ご夫婦2人だけだと言っていた。私が送った本が届いたのも見せてもらった。3日にバスの運転手に運んでもらうそうだ。私は学部長さんのところに車があるとばかり思っていたので悪いことをした。私の住んでいる寮に送っておけば手間をかけることもなかったのに。EMSが4日で着くという郵便局のHPにだまされた結果だ。学部長のご主人も気さくな方で、クラスノヤルスク出身のスーリコフという画家の作品の写真集を見せて説明してくれた。そのあとボルシチとジャガイモ炒めをご馳走になった。ダーチャで取れたという木の実も食べさせてくれた。冬の間に不足するビタミンをこれで補うのだという。

大きな部屋をひとつ貸してくれて大きなベッドに寝た。今日はいろいろとあって疲れたので、早めに(といっても10時は過ぎていたが)寝た。
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# by irkutsk | 2007-01-10 16:30 | 日本語 | Comments(0)

 今日の朝ごはんはヴァレーニキというペリメニの一種で中にトゥボールクという凝乳が入っていた。寮の食堂は29日から1月3日までやってないのでその間は自分で食糧を買い込んで用意しておかないといけないということを教えてもらった。

 今日は3時半から小学2年生のクラスがあるだけなので、その準備や明日の大学の授業の準備をしていた。午前中に昨日持って来て置いてあった大きな鏡をどこにつけようかといってきたので、台所の入り口近くにあるコンセントの向かい側の壁につけてもらった。
寝室の電気が1個切れているのでそれも換えてほしいといったら、学校の玄関のところに座っている人に言ってくれて、その人の指示があれば取り替えるといったので、お昼に行った時にその場所へ行くと、時々食事で一緒になるイーラがいたので、彼女に頼んだ。

お昼を食べに食堂に行くと、今日の昼はないということだったので、またスパゲッティを作って食べた。やっぱり腰がなくてぐちゃぐちゃになってしまう。茹で方の問題ではなくスパゲッティそのものが良くないようだ。今度はマカロニを買ってこよう。食べていると電球の交換にさっきの人とは違うおじいさんがやってきた。電球を換えた後、どこからどうやってきたのかと聞かれた。なにかほかにも電気のことで言っていたが良くわからなかった。

3時半からの2年生の授業で、今日は「あいうえお」を書かせようと思っていたら、机が後ろにまとめて置かれていた。生徒たちは丸くなっていすに座っていた。まず先週の復習であいさつを復習したが良く覚えていた。「あけましておめでとう」や来年の干支「ぶた」(ロシアではなぜか豚なのです)を教えました。じゃんけんを教えようとしたらもうすでに知っていて、何回かじゃんけんをして終わってしまいました。右手を上げて、右手を下ろして、左手を上げて、左手を上げてなどを一人ずつやらせたり、二人でやらせたりもしましたがこれもすぐに終わってしまいました。色の名前を知っていて言う子もいて、だんだんと教室は騒然として、途中で先生が入ってきて怒って「ごめんなさい」を言わせました。その後は「あいうえお」を書かせることにしました。書いている間は静かにしていましたが、書き終わったらまたうろうろして騒ぎ始めます。そのうちサインペンで書いていた子が他のこのズボンに書いたといって、その子を突き飛ばし、突き飛ばされた子は泣き出すし、大変でした。30分だけどこのクラスの授業が一番疲れます。次は1月17日なので何をやるか考えておかないと。「かきくけこ」を書かせる予定ですが10分ぐらいで終わってしまいます。なにかいいアイデアがありましたら教えてください。折り紙と折り紙の本が学部長さんの家に届いているのでそれがくれば折り紙を教えてもいいかと思っています。
 
 7時半から学生たちの新年のパーティがあるということで、7時にジェーニャが来て、彼の家族と一緒に大学へ出かけました。玄関の屋根の上には電飾のついた小さなヨールカ二つ輝いていました。1階のホールでまず、学生たちの出し物がありました。男子学生のアクロバット的な踊り、頭で回転したり、片手で逆立ちしたり、よく道路でしているパフォーマンスでした。その後女子学生の踊りや、男子学生二人によるギターと歌、観客から出場者を募集してゲームをやるというコーナーもありました。1時間足らずで終わってその後はディスコに変身です。珍しがられて一緒に写真をと言われました。職員の家族も来ていて、子供たちだけの部屋も2階に用意されていて、マロース爺さんと雪娘が来てプレゼントを渡していました。その後ディスコに行ったり、外国語学部だけの職員と家族の集まりがあったりして、そこでロシアに来て初めてアルコールを口にしました。おいしいコニャックでした。ジェーニャの車で寮に戻ってきたのは12時近くだった。
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# by irkutsk | 2006-12-29 16:09 | 日本語 | Comments(1)

今朝は-13度、昼間でも-10度くらい。でも外に行かない限り、外の気温が何度でも部屋の中は暖かです。今日はよい天気で木々の樹氷が朝日に照らされてとてもきれいだった。10時にジェーニャの車で大学へ行き、研究室でコートと帽子を脱いで、玄関のカギおばさんのところに行き2階の30という教室のカギをもらって教室へ。途中でラジカセを忘れたのに気がついてまた研究室へ戻りラジカセを持って教室へ行くと学生が3人入り口で待っていた。

火曜日はクラスノヤルスク大学5年生のナターシャ(私が来るまで日本語を教えていた学生)も来る日で、彼女に助詞などの説明をロシア語で頼んだ。今日から「みんなの日本語」第5課に入り、今日は「行きます」の練習をした。

授業が終わると、いつものように学部長さんが来て、今日の6時から市民に日本語を教えるという計画の打ち合わせがあるからそれに出てほしいと言われた。それまでナターシャにまた町を案内させるからということだった。まず1階のビュッフェでお昼を食べ、いろいろと買いたいものがあるので、ナターシャに手伝ってもらって買い物に出かけた。買ったものはハンドクリーム(空気が乾燥しているので手がかさかさになってしまうので)、爪きり(日本のと形はよく似ているが、切り口が横にある)、手帳(次々に予定が入ってくるのでメモしておかないと忘れてしまう)、プリンターのインク(予備のインク)、はがきと封筒。

そして金曜日のクラスノヤルスク行きのバスのキップを買いにバスの駅に行った。そこでクラスノヤルスクに住むHさんに電話して、11時頃着くバスでいいか確認して、Hさんが迎えに来てくれるので、ナターシャに私が降りるロコモチーフというバス停の場所を説明してもらった。金曜日9時30分発のバスで602番のバスに乗るように言われた。席は全席指定で私の席は4番だった。運転手にロコモチーフで降りるので教えてくれるように頼んでおけばいいと教えてくれた。バスの駅までは宇宙飛行士学校の前から6番のバスに乗れば良いそうだ。バスについては、宇宙飛行士学校の寮に住んでいて大学に通って、私の日本語の授業を取っている(でもまだ1回も出てきていない)ニキータに木曜日に一緒に行って教えてもらうことになった。

買い物が終わり学部長さんの部屋に戻り、彼女がクラスノヤルスクの絵葉書を見せてくれて町の説明をしてくれた。そして今週の私の予定を教えてくれた。明日は宇宙飛行士学校で3時半から2年生の授業を30分して、7時半から大学の学生たちの新年のパーティがある。あさっては午前中授業があり、2時から職員の新年のパーティ、29日はクラスノヤルスクへ行きクラスノヤルスク大学の学生の新年のパーティ、そして学部長さんの家に泊めてもらう。30日はクラスノヤルスクでバレエ「くるみ割り人形」を見てから3時ごろのバスでジェレズノゴルスクへ戻る。31日はドイツ語の先生のナジェージュダの家に招待されたので、そこで新年を迎えることになる。

6時まで時間があるので、パソコンを借りてメールの確認とメールの送信をして、一人で町を散歩してくると言って出かけた。一人で歩かないとなかなか覚えられない。この町は56年前に新しく作られた町なので、碁盤の目のように道路が走っているがそのことが災いして、角をいくつも曲がるといったい自分がどっちを向いて歩いているのかわからなくなってしまう。東西南北も良くわからないし、ジェレズノゴルスク生まれのナターシャに聞いてもわからないと言う。いつも宇宙飛行士学校から来るときに通るソヴェーツカヤ通りに沿って歩いていくとバスの駅が右手にあった。そこを右に曲がっていくと電車の駅がある。さらにそこを右に曲がるとレーニン通りで5分ほど歩くとレーニンの像と劇場、市役所、郵便局がある市の中心に出る。そこをもう一度右に曲がってしばらく行くとソヴェーツカヤ通りに出る。わかってみれば簡単なのだが。

ソヴェーツカヤ通りを大学のほうに歩いていくとラジカセを買った電気店があり、入ってみて体重計をまた眺めてみる。約2000円だが、なかなか買う決心がつかない。テレビはブラウン管のものが圧倒的で、21インチ程度のものが2万5000円くらいで売っている。私の部屋に買ってもらった洗濯機は5-6万もしていた。パソコンのフラッシュメモリーは日本とあまり変わらない値段だった。ということはロシア人にとってはちょっと高いものかもしれない。でも大学の先生たちはみんなこれをもっていた。

大学の近くにある台所用品店に行って、日本のお茶を飲むのに、ロシアの急須では葉っぱがいっぱい出てくるので、茶漉しを買おうと思った。探していると店員さんがお手伝いしましょうかと声をかけてきたが、茶漉しをロシア語で説明するのが難しくて、ロシア語が良くわからないのでいいと言って店内を見ていると、ありました。ばねが付いていてボールのような形になっていてそれを広げてお茶の葉を入れて閉じて茶碗につけるとお茶が出るというものです。500円くらいしました。その後近くの食料品店でミネラルウォーターを買ったら、宇宙飛行士学校の食堂の売店と同じ水が2リットルで19ルーブル20カペイカだった。今まで1リットル17ルーブルも出して買っていた。これからはここで買おうと決めた。

6時からの集会というのは良くわからないが、外部の人はアレクサンドルという男の人が一人だけで、後は大学の事務局のエカチェリーナ、学部長さん、ナターシャと私だけですぐに終わった。ジェーニャの家族も大学に来ていて、彼らと一緒に帰った。途中でイルミネーションで飾られた大きくてきれいなヨールカを見て帰った。

寮に戻るともう7時過ぎだったので、初めて昨日買ってきたスパゲッティをゆでて食べたが、電気のコンロはお湯が沸くまでに時間がかかり、その間にお菓子をつまんで食べてしまった。スパゲッティを茹でたのはいいが、あけるざるがない。なべのふたを押さえてお湯を捨てたが、やっぱり水分が残った。フライパンに油を引いて炒め、トマトベースのソースをかけて混ぜたが、いまいち味が薄かった。東邦ガスの宣伝ではないが「ガスのある生活っていいな」と思った夕食でした。

毎日バスタブに入って日本の風呂の感覚は味わっているのですが、洗い場はないので全部浴槽の中です。ジェレズノゴルスクの水がどのくらい良くないかというのは、風呂にためた水を見ていただければよくわかります。この色を見るとやはり飲み水は沸かしたとしても、飲みたくないと思います。毎日ミネラルウォーターを沸かして飲んでいます。
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# by irkutsk | 2006-12-28 15:38 | ロシア | Comments(0)

 今朝、食事も終わり、部屋に戻ってコートを着て出発できる格好をして隣のジェーニャが呼びに来るのを待っていると、ドアをノックするので今日は早いなと思ったら、違う人で学校の校長先生が呼んでいるというので、何事かと思って飛んでいったら、郵便局から荷物が届いているという連絡があったから取りに行くようにという連絡だった。急いで部屋に戻るとジェーニャが待っていた。

 大学についてすぐにコピーをしてくれるところに行って、昨日作った漢字の成り立ちや意味を手書きで作ったプリントをコピーしてもらった。教室に行くとカギがかかっていたので(ロシアの大学はどこも使わない部屋はカギがかかっている)、1階のカギを管理しているおばさんに言ってカギをもらってきた。いつもCDラジカセを貸してくれる隣の部屋の先生がいなかったので、自分の研究室まで戻ってCDラジカセを持ってきた。前はCDがエラーになっていたので、やってみたらやはりエラーになって再生されない。困って、きっとレンズのところにほこりがついているのではないかと思って、吹いてみたら直って、再生できるようになり一安心。

今日はアンナとクシューシャの二人しか来なかった。今、試験週間で他の教科の口答試験をやっているので、来られない学生もいるようだ。ドミートリーは朝、見かけたけど、彼も他の試験だったようだ。授業を始めてすぐに隣の部屋の先生がCDラジカセはいいのかと聞きに来た。

 今日は4課のまとめの問題をやってから、4課の漢字の練習をした。まず読んでみようという自作プリントでこの課の新しい漢字を使った単語の読みを書かせ、次に4課の漢字10字について字の成り立ちや意味を手作りプリント(絵やロシア語での説明をした力作)で説明し、書いてみようという自作プリントで文の中の漢字を書かせた。なかなかよくできて教えがいがあった。今日勉強した漢字10字を6回ずつ書いてくるようにという宿題を出して終わった。

授業が終わったころに学部長さんが来て彼女の部屋に行って、29日にクラスノヤルスク大学の新年のパーティに参加するために、クラスノヤルスクに行きたいということを言った。パーティは何時に終わるのかとか、何時にどうやって出かけるのか、帰りはどうするのかなどと聞いていたが、結局彼女の家に金曜日は泊めてくれることになった。そして土曜日は12時からのバレエ「くるみ割り人形」を見ようということになった。どうも町から出るときはフリーパスのようだが、入るときには誰かロシア人の人が一緒でないと入れないようで、ネクラーソフさんに迎えに来てもらうと言っていた。

学生たちの英語劇があるから見に行こうと誘われて見に行ったが、普通の教室で同じ学科の生徒10数人と外国語学部の先生たちがいただけだった。英語劇なので私はよくわからなかったが、学生のしぐさや身振りが面白かった。

郵便局からの小包の連絡のことを話したら、いろいろと連絡してくれて帰りに郵便局によってから帰ればよいということになった。それまで時間もあるので近くの店に買い物に行った。外に出ると鼻の中が凍る感覚に襲われた。今日の気温は日中でも-10度から-12度と言っていたからさすがに寒い。コートを着ているし帽子もかぶっているので、冷たいのは顔と耳だ。近くのスーパー形式の食料品店でりんご(3個130円)、スパゲッティ(400g90円)、スパゲッティのソース(150円)、カップめん(韓国製100円、ロシア製65円)、ヨーグルト(30円)、牛肉の缶詰(150円)、米(ベトナム米900g150円)、塩(1kg35円)、トマトジュース(1リットル180円)を買った。基本食品は安いがぜいたく品は高い。

帰りはゴーシャの運転する宇宙飛行士学校のバスは壊れているので、ジェーニャの車でコーリャが送ってくれることになった。途中郵便局によって荷物をもらったが、窓口には行列ができていて、15分くらい待たされた。パスポート番号と交付年月日、荷物の受領年月日とサインを求められ、ようやく荷物を受け取った。12月10日と14日に送ったEMSが着いた。小型包装物で送った餅やあられ、カレーのルーはまだ届いていない。EMSは自宅まで配達してくれるはずなのに、郵便局まで取りに行かなければならないなんて。

荷物を持って帰って部屋で開けてみると、税関で開けられて調べられたようで、服がくしゃくしゃに入れられていた。でもなくなっていた物はなく、無事に届いた。上着やズボン、ジーンズもあったので早速ジーンズに履き替えリラックスした。抹茶入り玄米茶もあったので早速入れて久しぶりの日本のお茶の味を味わった。100円ショップで買ったマグネットもあったので、明日の授業から使えそうだ。
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# by irkutsk | 2006-12-26 17:19 | 日本語 | Comments(0)

今日は夕方まで予定がないのんびりとした一日だった。昨日プリンターやCDラジカセを買ってきてぐちゃぐちゃになった机の上を片付けてすっきりさせた。そして携帯電話の使い方を調べて、昼過ぎにようやくメールを打てるようになった。クラスノヤルスクのHさんに電話やメールで、金曜日にクラスノヤルスクの現代外国語学部の新年のパーティに行く話をした。パーティは4時半か5時からだけど、午前中に行けば町を案内するし、昼からは餅もどきを作るので一緒に作ってほしいということだった。終わりは9時だと言っていたので、途中で抜けて帰らないと帰れなくなってしまう。

月曜日に教える漢字の意味をわかりやすく説明するプリントを作っていたら結構時間がかかってしまった。手書き、絵入り、ロシア語まじりなので時間がかかった。明日行ってすぐにコピーができるといいけど、できなかったらせっかくの苦労が水の泡になってしまう。

私の住んでいる宇宙飛行士学校の周りは何にもなく、町まで行かないと何にも買えない。生徒たちは夕食の後や休みの日にバスに乗って町まで行っているが、私も彼らについて町へ行けばよかったと後悔した。何もない寮の中でラジオを聞いたり、テレビを見たり、授業の準備をしているだけでは退屈になってしまう。

夕方4時半ごろ、となりのジェーニャがロシア式の風呂に行こうと言ってきた。コーリャとジェーニャの長男のサーシャと4人で出かけた。風呂の前の駐車場で、サウナの中で体をたたく葉っぱの付いた木の枝を束ねたものを売っており、一つ買って入った。ロシア式の風呂には以前バイカル湖で入ったことがあるが、そのときは水着を着て入り、混浴だったが、今日行ったところは公衆浴場で男女別々で素っ裸になって入る。入湯料は90ルーブル(約400円)で、1階でお金を払い、コートを預けて2階に行くと入り口におばさんがいてチケットを確認する。入ると脱衣場があり、日本の風呂のようにカギがかかるロッカーのようなものはなく脱いでそこに置いておくだけなので、ジェーニャにパスポートが入っているけど大丈夫かと聞いたら下のほうに入れておけば良いと言った。素っ裸になって次の部屋に入ると暖かいお湯の風呂と水風呂が真ん中にあり、両横にサウナが6室あった。サウナに入って持ってきた枝で体を叩くのだ。葉っぱからいい匂いがして体は刺激されて気持ちがいい。暑くなったら、次の部屋にある水のプールに入って体を冷やす。そしてまたサウナに入る。何回か繰り返して最後に体と髪を洗って出る。今日はもう風呂に入らなくてもよい。
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# by irkutsk | 2006-12-25 15:47 | 日本語 | Comments(3)