ロシアとMacと日本語

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今日は生徒が来なかった(3月17日)

今日は宇宙飛行士学校の10,11年生の授業だったが、生徒が一人も来ない。教室で待っていたら、他の先生を探しに来た男子生徒がここで待っていても良いかと言うので、いいよと言って、彼が日本のことをいろいろ質問してきたので答えていた。彼もアニメや漫画に興味があるようだった。宮崎駿の作品は良く知っていた。彼と話していて40分過ぎたが、どちらも待ち人来ずで、部屋にカギをかけて寮の部屋に戻った。

妻からの小包を取りに郵便局へ行かなければならなかったので、授業がなくなって丁度よかった。外はもうだいぶ暖かくなっていて、気温はプラスになっていた。レーニン広場(劇場のあるところのバス停がこういう名前であることを今日初めて知った)までバスに乗っていき、郵便局に行くと年金の支払日なのかお年寄りが長い行列を作っていた。でも郵便のところには誰もいなかったのですぐに小包をもらえた。それからいつものカフェ「シビーリ」に行き、お昼ご飯を食べた。今日はペリメニがあるのを見つたので、キャベツとニンジンのサラダ、ペリメニ、パン、紅茶を頼み、全部で35ルーブルだった。バス停でバスを待っていたら、今まで雪に埋もれていて気がつかなかったジェレズノゴルスク市のシンボル(熊と原子力をあしらったもの)の彫刻があった(写真)。レーニン広場の雪もすっかり融けてしまっていた(写真)。寮に戻ってきたのは12時半過ぎだった。

1時からアリョーナがやるオ-リガの授業があるので、ラジカセを持って聞きに行った。今日は「みんなの日本語」第5課の日にちの言い方のところをやっていた。授業が終わって私の部屋に来てお茶を飲んで、オーリガが持ってきた高橋まゆみ作品集「草の道」という本を見せてもらった。田舎のおじいさんやおばあさんの人形が表情豊かに作られている人形の本だ。それと彼女がとったというビデオのDVDを見せてもらった。わたしが昨日見つけた日本人とロシア人のジャズジョイントコンサートのことを話したら、オーリガもぜひ行きたいということで、アリョーナと3人で聞きに行くことにした。彼女が会場の文化宮殿に寄ってチケットのことを聞いてくれたら、月曜日から発売だそうで、彼女に買ってくれるように頼んだ。

妻からの小包はプラスチックコップ(こちらにはなかなかない)、靴下、板のマグネット、カセットテープ、輪ゴム、子どもの手に写るシール、剣道の先生のアリョーシャにやる足袋、目薬、七夕飾り、風船、DVD「負け犬結婚相談所」が入っていた。

4時から市民日本語講座のサーシャとマーシャの授業だった。あまり二人とも勉強してないので、まだひらがなが読めず、ロシア語で読み仮名を書いている。3時55分から始めたが、6時までやっても火曜と木曜2回分をこなせなかった。わからないと言うのでわかりやすくして例をいくつも出して練習をしていたので予定通りには進まなかった。

今日は午前中の授業に誰も来なかったが、代わりに男子生徒が来て相手をしてくれたし、だんだん慣れてきたのか、そんなにショックではなかったし、怒れなかった。自分にとって都合が良かったからかもしれない。現金なものだ。
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# by irkutsk | 2007-03-18 11:03 | 日本語 | Comments(0)

博物館に行ってきました(3月16日)

今日は一日休みの日なので、午前中授業の準備をして、昼からカフェ「さくら」におすしを食べに行き、博物館に行こうと決めました。

お昼1時ごろに寮を出て、まず「さくら」へ。建物の中に入ると正面の中2階のところに入り口がありました。でもランチメニューが入り口に貼ってあり、見てみると寿司はなくて、ロシア料理ばかりでした。値段は結構高いので、やめていつものカフェ「シビーリ」に行きました。今日は野菜サラダと牛肉の煮たものを頼み、付け合せはライスにしました。パンふた切れと、紅茶で65ルーブルでした。スープみたいなのを飲んでいる人もいましたがメニューを見ただけでは良くわからないので、一度メニューをもらって帰って辞書を引いて調べないとわかりません。

腹ごしらえができたので、バスに乗って博物館へ。今日は開いてました。お客さんはほとんどおらず、説明付きにしますかと聞かれたので、頼んで写真も撮りたいといったら、全部で65ルーブル(325円)でした。説明する人を呼んでくるからちょっと待っててと言われ待っていると、2人もやってきました。最初はマンモスの骨や、羊歯や木の化石のある部屋で、石器や、銅器、鉄器などが展示してありました(写真)。ここで説明の人が一人帰り、もう一人の女の人が、ジェレズノゴルスク市が1948年から作られ始め、プルトニウムを生産するために地下に大きな設備を作ったという話をしてくれました。モスクワ大学の高さのビルが地下に入るくらいの大きな地下施設があるそうです。でもその施設のことには「専門ではないから」と言って話してくれず、展示室も見せてくれませんでした。外国人が来て、どこまで見せていいものやら、迷っていたようです。最初に町を作ったのは軍隊で、非常に早く作り上げたそうです。その後科学者達がやってきたそうで、その当時の家を再現した部屋はゆっくりと説明してくれました。鳥の羽根で絵を作るという人がクラスノヤルスクにいて、その人の風景画がいくつか飾ってありましたが、とても羽根で作ったとは思えないほどきれいでした(写真)。

博物館を出た後、大学に行く途中に市場で八朔を見つけました。グレープフルーツと書いてあるのですが、どう見ても八朔だと思って買いました。大きいのが3個入って50ルーブル(250円でした)。寮に帰って食べてみると甘くて美味しかったです。ロシアで八朔が食べられるとは思いませんでした(写真)。

大学へ行く途中、バスの中から日の丸の付いたポスターを見かけたので帰りに見に行ったら、ジャズコンサートをやるそうで、日本の「まさし・アクション・マシーン」とロシアの「自由なバレリーナ ワレーリヤ・チェレーシュキナ」のジョイントコンサートだそうです。
「まさし・アクション・マシーン」と言うのは名古屋のバンドだそうです。文化宮殿で4月1日の5時からあるそうですので、聞きに行こうかなと思います。日本人に会えるかもしれないし(写真)。

今日は気温が+8度まで上がり、いよいよ雪が融けてきました。歩道の日が当たる方は雪融けでぐちゃぐちゃです。車道にはあちこちに水溜りができています。道路の雪や氷もどんどんなくなっていきそうです(写真)。
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# by irkutsk | 2007-03-16 20:39 | 日本語 | Comments(0)

日本センターの開所式がありました(3月15日)

今朝は9時40分に宇宙飛行士学校の生徒と学校のバスに乗っていくという約束をしていたのに、9時前に隣のジェーニャがやってきて、学部長さんに9時に連れてきてくれと言われているといって呼びに来ました。でも生徒との約束があるからと断りました。学部長さんに電話しておいてくれと言われたので、電話したけど出なかった。9時40分頃にバス停に行くと、カーチャとアリョーナだけではなく、イーラやスヴェータ、他に寮の指導員もいて、バンを改造したミニバスは満員になりました。

9時に行かなくても十分間に合いました。日本センターの開所式にはジェレズノゴルスクの市長やテレビ局も来ていて、校長のニコライ・ニコラーエヴィッチのあいさつに続き、市長のあいさつがあり、その後私のあいさつがありました。私のあいさつは、昨日の打ち合わせどおりの内容でわたしが日本語でしゃべり、彼女が通訳をしてくれました。そして、宇宙飛行士学校の2年生の男の子2人と女の子2人が柔道着と中国服らしい服を着てあいさつをし、習った日本語を披露しました。色の名前と、果物の名前、動物の名前を日本語で絵を見せながら言いました。ちゃんと間違えずにいえました。一人数字の1から10まで言った子が途中変だったけど。その後市長と校長でテープカットをして式は終わりました。

10時半からいよいよ「ロシアの中等、高等教育機関におけるアジア諸国の文化、歴史、言語教育について」という会議が始まりました。一般の市民や学生、生徒も来て100人ぐらいの人が大学1階のホールにいました。発表者はノボシビルスク、バルナウール、クラスノヤルスク、イルクーツク、そしてジェレズノゴルスクの大学の先生たちでした。ロシア語での発表なので聞いていても全然わからず、退屈な時間でした。休憩のときに、学生に日本語教授法をどこで勉強したのか、前の仕事はなんだったのか、ロシア語は長いこと勉強しているのかなどと質問され、男子学生には、今日は誕生日なので何か日本語で書いてくれとノートを持ってきて頼まれました。1時くらいに午前の部が終わり、昼食は宇宙飛行士学校で食べるということで、みんな移動しました。

宇宙飛行士学校に着くと、今朝の子どもたちが雪遊びをしていて戻ってきたところで、今日の開会式のときの日本語はどうだったか、ちゃんと言えたかと聞いてきたので、よく言えたよとほめてやりました。お昼を食べて2階の校長室の隣の大きな会議室に行くと、午後の発表が始まり、いきなり指名されました。ここでやるとは思ってなくて、また大学へ帰ると思っていたので、原稿をリュックに入れて大学の研究室に置いてきており、あせってしまいました。でも幸い通訳をしてくれるアリョーナが今朝私の日本語の原稿をコピーして持っていたのでそれを借りて発表しました。発表の後はまた聞いていてもわからないロシア語の発表が続き、睡魔との闘いでした。

会議は5時前に終わり、市内見学に行くというので、私は疲れたし、市内見学してもしかたないので部屋に戻って休憩しました。6時から宴会が始まるというので、5時45分頃にコンピュータのある部屋に行き、今朝ヴィターリーに頼んでおいたのでインターネットが使えるようになっているか確認に行きました。あまり期待してなかったけど、ちゃんと直っていて感激でした。これでまた毎日メールが送れます。

6時に校長室の隣の会議室に行くとまだ市内見学から帰ってきておらず、奥の校長室でお茶をやっているからと案内され、昨日に続いてまた今日も中国のいろんなお茶を飲ませてもらいました。緑茶は日本の緑茶と味は同じで、香りが口の中に広がり、とても美味しかったです。他にはプーアール茶のようなお茶も飲ませてもらい、お茶でお腹が一杯になりました。市内見学から戻ったグループは隣でコニャックを飲みながら盛り上がっていました。こちらもお茶を飲んだ後合流し、五つ星の高級コニャックを飲ませてもらい、久しぶりの普通の肉料理を食べました。ここでも早口のロシア語にはついていけず、ひたすら無言の行をつむだけでした。宴会は9時前に終わり、部屋に戻っていると、学部長を送っていった隣のジェーニャが学部長の伝言をもってやってきました。それによると私のジェレズノゴルスク市へ入る許可が取れなかったので、明日の社会見学には参加できないということでした。
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# by irkutsk | 2007-03-16 10:26 | 日本語 | Comments(0)

またインターネットが使えなくなった(3月14日)

最近は毎日朝ごはんの後メールの確認に行くのが日課になっていたが、今日メールの確認をしようとするとまたインターネットにつながらなくなっていた。前回使えるようになったのが2月28日だったから、わずか2週間でだめになってしまった。またビターリーを見つけて使えるようにしてもらわなくては。

今日は宇宙飛行士学校の10,11年生の授業で、授業が始まる前に2年生のクラスに行って、今日の午後は大学で明日の会議の準備があるので、3時半からの授業はできないと断った。10,11年生の授業は、カーチャとアリョーナが来た。クラスノヤルスク大学のアリョーナも来て、先週の土曜日はオーリガさんが病気になったので、個人教授は休みになったそうだ。
授業は漢字の導入の後、「みんなの日本語」5課の「何で行きましたか」の復習をし、「誰と行きましたか」の練習をした。そして月の言い方、日にちの言い方を教え、練習した。
アリョーナに明日の会議に今日の生徒二人を連れて行ってほしいと頼まれ、9時40分に来る学校のバスで連れて行くことにした。また、明日大学の中にできた日本センターがオープンするので、テレビ局や市長が来るのでインタビューがあるから言うことを考えてほしいと言われた。彼女が通訳してくれるそうなので日本語で言えばいいということだった。

授業が終わってコンピュータの部屋に行ってヴィターリーを探したが、いなかった。当分インターネットはできそうもない。

昼ごはんを食べた後大学へ。授業で使う絵カードのコピーをきれいなコピーのところでとらせてもらった。2階の日本センターに行くと、もうほとんど飾りつけは終わっていて、少し手伝っただけだった。ジェーニャも奥さんのマーシャを連れてきて一緒に準備していた。ネクラーソヴァさんもいて、彼女にクラスノヤルスクの日本語の先生があさって来ることになっていたが、許可が下りないのでダメだと言われた。わたしのことも、上司に怒られたと言っていたが、個人教授は禁止されているのでダメだと言われたのでやめるようにということと、毎日の私の行動について報告をしなければならないので、彼女が書いてきたものをみてほしいと言うことだった。あさってのエクスクールシヤ(社会見学)は聞いてなかったので、市へ再び入る許可はないよと言われた。でも明日できるかどうかやってみて、結果を連絡してくれるということになった。どうも休みの日にカメラを持ってあちこち写真を撮っていたのがよくなかったのかもしれない。

授業の前にナターシャにゴミ袋を売っている店に連れて行ってもらった。いつも買い物をする劇場横のスーパーの入り口にある化粧品店で売っていた。10リットル用が25枚入って10ルーブル50カペイカだったので2つ買った。

市民日本語講座の授業はマーシャ以外は全員来た。マーシャは朝から日本センターの準備を手伝ってくれていてそれが終わったので帰ったようだ。今日は「みんなの日本語」第3課の「ここ、そこ、あそこ、どこ」、「こちら、そちら、あちら、どちら」を教え、階の言い方までやった。

授業を終わって外に出ると、6時半過ぎなのにまだ明るかった。日没の時間は遅くなっているが、日の出の時間はあまり早くなっていないような気がする。これで、夏時間になると時間が後ろにずれるので、夜明けの時間はまた遅くなってしまう。

寮に戻ってくると入り口のところで夕食は食べたかと聞かれ、今日から会議で泊まっている人たちが今、夕食を食べているので一緒に食べるようにと言われ、そちらのテーブルに行った。日本語の先生もいて、かなり流暢な日本語で話しかけてきてくれた。夕食の後、お茶のセレモニーに行こうといって校長室にみんなで行った。中国(杭州)で旅行社をやっている元先生がいて、みんなにいろんなお茶を入れて飲ませてくれた。久しぶりに美味しい緑茶を飲んで満足。中国茶だから日本茶とはちょっと違うが、よく似た味のお茶もあった。みんなロシア語でしゃべっているが何を言っているのか良くわからないので、黙って聞いているほかなかった。
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# by irkutsk | 2007-03-15 20:04 | 日本語 | Comments(0)

また停電(3月13日)

今日は夜の市民日本語講座だけなので、午前中は今週の授業の教案と教材づくりをし、今日の市民日本語講座の分も合わせて、大量のコピーをとりに行ったが、ちゃんとやらせてもらえた。自分の予定通りにことが運ぶということが少ないロシアでは、こんなことでも「ラッキー!今日はついてる」と叫びたくなるのが実情だ。これで大学には授業が始まる時間までに行けばよい。

お昼は昨日買って来たキャベツと豚肉の燻製、ニンジンを切って、野菜炒めをすることにした。材料を切って、フライパンをコンロに載せて、温かくなるのを待っていたが、ちっとも温かくならない。味噌汁を作ろうと思って電気を入れたポットもうんともすんとも言わない。よく見ると電気が点いてない。またこの部屋だけかと思って、2階にあるジェジュールナヤの部屋に行くと、向こうから「電気が止まってるんでしょう。今調べてるからもう少し待って」と言われたので、部屋に戻って待っていた。30分位してやっと電気が通じたので、野菜炒めをして、久しぶりに野菜をたくさん食べた(写真)。食べ終わって、お茶を飲もうと、ポットのスイッチを入れると入らない。また電気が切れていた。今度は5分ぐらいで回復したが、どうしたんだろう。

4時過ぎに寮を出て、買い物をしてから大学に行こうと思っていたが、丁度学校を出たところでバスが来たが間に合わないので次のバスを待つことにした。10分ぐらいで次のバスは来たが、おきなスーパーまで行く時間はないので、劇場のそばまでバスに乗っていき、昼食を昨日食べたカフェ「シビーリ」で早めの夕食をとることにした。今日はカツレツを頼んだがやはりハンバーグで、付け合せは大豆の煮たのを頼んだ。サラダはキャベツと肉のマヨネーズ和え、パンはふた切れ、紅茶は砂糖なしのレモン入りを頼んだ。今日も61ルーブル50カペイカだった。食べているとガツンと音がしたので、出してみたら石だった。歯に詰めてあるのが取れたのかと思ってよく見てみたが、石だった。しかも次から次に計3個も出てきた。どうも大豆の煮物に入っていたようだ。食べ終わって文句を言おうとしたが、店の従業員はいなかったので言えずに出てきてしまった。日本では考えられないことだ。

大学に着いて、教室へ行こうとすると、事務の人に日本センターを見てくれと言われ、見に行くとガラスの展示棚が3つつけられていた。ここへの展示物を明日決めてほしいということだったが、明日は宇宙飛行士学校で授業があるのでと断ったが、あなたしかできる人はいないと言われ、明日の小学1年生と2年生の授業を断ることにして、2時に来ると約束した。5時からは木曜日の授業の振り替えの市民日本語講座の授業がある。

9時に市民日本語講座が終わって、ナターシャと帰る途中に話していたら、木曜日の会議は宇宙飛行士学校ではなくて、大学のホールでやることになったそうだ。どうして学部長は昨日会議が何時からか聞いたときに言ってくれなかったのかと、また怒れてくる。明日会ったら文句を言わなくては。それに金曜日の社会見学もどこに何時に集合するのかも全然聞いてないし。もちろんどこに行くのか、何時に帰ってくるのかも知らない。一つ一つ抗議していかないと相手はわからないので、これからはドンドン文句をつけよう。

日本センターを作ったり、研究室にブラインドを付けるよりも、教室の黒板や机、椅子を買い換えて新しいのにしてほしい。椅子は座るところが剥がれて、服が破れそうなものばかりだ。それにこの国の人は黒板消しというものの存在も知らないんじゃないだろうか。
学生用のトイレはオープントイレで横に仕切りがあるだけで、人が来ると丸見えだ。幸いここで用を足している人に出くわしたことがないからいいけど。ブラインドよりもトイレが先だろうと言いたくなる。職員用のトイレは2箇所きれいなのができていて、カギ番のおばさんにカギを借りて、使うことになっている。ここでよく飲み物のコップやカップを洗っている。衛生観念ははるかに低い。大学に流しというものがないのだ。日本ではどこでも研究室には流し台があり、そこで茶碗を洗ったり、水を汲んだりしているのが当たり前だが、ロシアにはそれがない。
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# by irkutsk | 2007-03-15 20:03 | 日本語 | Comments(0)

お昼を食べる時間がなかった(3月12日)

今日は久しぶりに大学で授業があった。隣のジェーニャの車で9時過ぎに出かけ、大学に着いてすぐにやったことは、コピー取り。今日の授業で使う問題を6枚コピーしてもらった。今日は遅いほうのコピー機の部屋が閉まっていたので、早くてきれいなコピーの方でお願いしたが、いやな顔ひとつせずに気分よくやってくれた。

10時40分頃にターニャが来て、いつもの部屋が使えないので、最初は研究室でやっていたが、黒板がないとやりにくいので、カギ番のおばさんのところで空き教室がないかどうか聞いたら、あるというので貸してもらった。12時少し前までやって、12時からは1年生の授業。いつも使っている部屋は、今日は貸してあるから使えないということで、物理の実験室みたいな教室でやった。でも普通のコンセントがないのでCDが使えず、次の時間は別の部屋を貸してもらった。3時15分まで授業だったので、お腹が空いて、力が入らなかった。

授業が終わったらすぐに帰ったが、買い物をして寮に帰っても作るのが面倒だし、すぐに夕食になるので、前に学部長さんに教えてもらった「シビーリ」というカフェに行ってみた。窓際の席に座っていても、誰もメニューを持って注文を聞きに来ないので、片隅でしゃべっているおばさんに聞くと、そこにあるメニューを見て注文し、お金を払って、配膳口から受け取って自分のテーブルに持っていくというシステムだそうだ。サラダと、ビーフステーキと、付け合せのキャベツの煮物と紅茶、パン一切れで61ルーブル(約300円)。値段が値段だから、文句は言えないけど、決して美味しいとはいえない料理だった。ビーフステーキには期待していたのに、ただのハンバーグだった。

明日の昼と夜、あさっての昼と夜を自分で食べなくてはいけないので、近くのスーパーで買い物をして帰った。まだ箱に入ったままのきれいなみかんがあったので1キロ80ルーブルと高かったが、たくさん買ってしまった。他に黒パン、豚の燻製(脂身じゃない、赤身のところ)、ケフィール、キャベツを買った。
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# by irkutsk | 2007-03-13 10:27 | 日本語 | Comments(1)

日曜日が休みの博物館??(3月11日)

 今日は日曜日で、一日寮にこもっていても気がめいるので、博物館に行ってみることにした。玄関のところにいるカギ番のおばさんに聞いたら、知らないので、町に住んでる寮の指導員に聞いたらわかるんじゃないかと教えてくれました。指導員のガーリャに聞いたらちゃんと教えてくれました。寮の前から6番のバスに乗って、劇場前のバス停から3つ目のバス停で降りて(名前を教えてくれたけど、案内放送があるわけではないので、3つ目と覚えておけばよい)右のほうへ行くとあると教えてくれた。昼ごはんを食べた後、出かけ、言われたとおりのバス停で降りて右のほうへ行くと大きな立派な建物があったので、近づいてみると小学校だった(写真)。道を挟んだ向かい側に博物館という看板がかかった建物があった(写真)。行ってみると、日曜日は休みと書いてあった。月曜日から金曜日は9時から5時15分、土曜日は9時から4時だった。丁度親子連れがやってきて、休みだとわかってがっかりして帰っていった。学校の社会見学で子どもたちが来るので平日開館していて、日曜日に来る個人のお客はあまり予定してないのかもしれない。

しかたないので、写真を撮りながら町を散歩することにした。今日は暖かく-2度だった。屋根の雪が太陽の熱で融けて、雨のように屋根から雫が落ちている。鉱山科学コンビナート(写真)の中にある大きな工場(写真)のそばを通ると塀の上に電気が流れている電線が侵入防止で張られていた。別の工場では円筒形の有刺鉄線がずっと張られていた。原子力関連の施設かもしれない。今まで歩いたことのない通りを歩いて行くと去年の1月に開校したばかりの「子ども芸術学校」(写真)というのがあった。湖のそばの公園まで来て、公園の中の松林を抜けて市場のほうまで歩いた。市場を出たところで、宇宙飛行士学校の生徒らしき若者3人連れに「こんにちは」と(ロシア語で)あいさつされた。こちらは授業で教えている生徒は知っているけど、そうじゃない生徒の顔は覚えていないので、時々町であいさつされて、うちの学校の生徒かとあわてて、こちらもあいさつすることがよくある。
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# by irkutsk | 2007-03-12 20:26 | 日本語 | Comments(0)

今日も生徒は一人(3月10日)

 宇宙飛行士学校の10,11年生の授業はカーチャ一人だった。あとの人は病気だという。でもついさっき廊下でイーラとすれ違ったのに、病気のはずはない。今日も漢字プリントを6枚コピーしておいたのに、使ったのは1枚だけ。カーチャも風邪を引いていて、咳をしているし、頭が痛いと言っていた。せっかく来たカーチャのために授業をしたが、数人来て生徒同士で質問したり、答えたりさせようと思っていたのに全く予定が狂ってしまった。
今日は「行きます」の導入で、「○○へ行きます」に時の言葉(昨日、明日、先週など)をつけて過去形にしたり、非過去形にしたりする練習をし、その後「○○で行きます」という方法を付け加える練習をした。語学の勉強で出たり出なかったりされると、何回も同じ説明をしなければならないし、ちゃんと出席した生徒は何回も同じ説明を聞かされることになる。宇宙飛行士学校の授業がいちばんやりにくい。小学1年生と2年生の日本語も果たして効果があるのかどうか疑問だ。学習目的がはっきりしない。

 1時からアリョーナとオーリガの授業をやっているかと思って307教室にラジカセを貸してやろうと思って行ったが、今日は中止になったのか、やってなかった。また出直すのも大変なので、インターネットのできる部屋に行って、メールを送っていたら、ターニャが早めにやってきたので、やめて授業の教室へ行った。ターニャの授業は漢字で、3課と4課の漢字を教えたが、百や千、万、円が出てきたので、お金の言い方を教えてくれということになり、それで時間の半分くらいを使ってしまった。月の言い方で、一月、二月という言い方のほかに月の言い方はないのかと聞かれ、次回、睦月、如月‥‥をプリントにしてきてやることにした。

 4時からの市民日本語講座のサーシャとマーシャの夫婦はあまり家で勉強していないようで、まだ満足にひらがなが読めない。これでカタカナ、漢字が入ってきて大丈夫だろうかと心配になってくる。家で単語の書いたプリントを読む練習をするように言ったが、ちゃんと家でやるだろうか?しょっちゅう笑ってばかりで、あまり熱心さが感じられないのだが、彼らは一体何のために日本語を勉強しようとしているのだろう?来週の土曜日は私の都合が悪いので日曜日にできないかと聞いたら、日曜はダメだというので、次の土曜日に3時間(2回分)やることにした。
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# by irkutsk | 2007-03-11 10:50 | 日本語 | Comments(0)

ロシアから本を送れました(3月9日)

今日は夜の7時から市民日本語講座があるだけなので、ゆっくりできた。朝ごはんの後、インターネットの部屋に行ってメールを確認した。昨日の夜は何か作業をやっているらしく、コンピュータが全部ふさがっていて使えなかった。

お昼は肉じゃがを作って、ベトナムの米を炊いて食べたが、だんだんと鍋でご飯を炊くコツもつかめてきて、今日のご飯は上手に炊けた。

明日の午前中の授業の漢字プリントをコピーに行ったら、新しいコピー機で取ってくれたのでとてもきれいな仕上がりだった。いつもこれで取ってくれると良いのに。奥の部屋には印刷機もあるようだった。ついでにインターネットの部屋に行って、今朝もらったメールの返事を出した。宇宙飛行士学校のインターネットが使えるとすぐに返事がかけるので便利だ。

授業は7時からなのだけど、来週の会議の細かい日程を聞こうと早めに出かけた。2時に寮を出て、まず大学へ。学部長がいたので、聞くと、15日は一日会議で、夜は宴会があるといっていた。宴会にも出ないといけないと言われた。16日は昼からクラスノヤルスクか、ジェレナゴールスクの見学で、17日はもう何もないので普通どおりだと言われた。会議の要項には3月15日から17日までと書いてあったのに、いいかげんなものだ。

7時まで時間があるので、ロシアの小学1年生用の教科書を友達に頼まれていたので、日本へ送ることにした。中央郵便局に行き、郵便の窓口で、EMSで本を送りたいのだけどというと、発送用のラベルをくれたので、宛名を書き、本を出したら、専用の封筒に入れてくれたので、送れると思ったら、急に何か私の知らないロシア語で理由を言って送れないといって封をした封筒から本を取り出して返された。仕方なく、別の親切な郵便局へ行くことにしてバスに乗った。親切な郵便局で、「この本を日本へ送りたいのだけど」といったら、ビニールの封筒をくれて、宛名と差出人を書くようにといわれた。普通にするか、書留にするかと聞かれたので、途中でなくなるといけないので書留にした。送料と封筒代で150ルーブルあまりを払って無事送ることができた。やっぱり親切な郵便局に来なくては。

大学近くのスーパーで水とみかんと牛肉の缶詰を買った。きゅうりは1キロ150ルーブル(750円)だった。みかんもだんだん高くなって、今日は1キロ80ルーブルだった。他においしい果物もないのでみかんを買った。

大学に戻ってきたのは5時で、7時から市民日本語講座の第2グループの授業だった。漢字をやった後、「これは自動車の雑誌です」「これは私の本です」の二つの助詞「の」の使い方を説明して、練習した。
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# by irkutsk | 2007-03-10 10:28 | 日本語 | Comments(0)

大失敗!(3月7日)

今日の午前中の授業で、生徒を泣かせてしまいました。「電話番号は何番ですか」という質問を、携帯を持ってない子にしたらしくて、彼女はノートをめくりながら「ありません」というので、わたしは「電話番号の言い方を勉強したときに彼女がいなくて、ノートにない」といっていると勘違いして、電話番号の言い方をまた説明したので、彼女は泣き出してしまいました。後で気がついたのですが、その時はわからず、授業が終わると彼女は怒って出て行きました。今度会ったら謝っておかなくては。

2時から生徒たちの女性の日のお祝いの会があるというので見に行った。最初に校長先生のあいさつ、そしてバラライカの演奏で始まり、小学1年生と2年生の劇らしきものがあり、これにはわたしの教え子たちも出ていて、舞台の上から手を振ってくれていた。小学生は自分の出番が終わると帰っていった。その後はギターを弾きながら歌ったり、男子生徒が女装して、劇をしたり、本格的なワルツを大きく広がったドレスで4組の男女が踊ったりとにぎやかで面白いものだった。最後は男の子が4人でバレエ「白鳥の湖」を自分たちで歌いながらバレエの格好をして踊って、みんなの笑いを買っていた。1時間ほどで催しは終わった。

3時半から2年生の授業。ひらがな「やいゆえよ」を書かせて、後は生徒と遊んで終わってしまった。今日、お祝い会に出たので、女の子はみんなお化粧道具を持ってきており、それに夢中だった。男の子はブロックをつなぐ遊びに夢中でわたしの出番はなかった。とにかく30分が過ぎて、1年生のクラスに行くと今日は4時過ぎに帰るので授業はないということで、「こんにちは」、「さようなら」で終わってしまった。5時半に大学に行かなければならないので、丁度良かった。4時20分に宇宙飛行士学校を出た。学校の中ではあちこちで女性の日のお祝い会が行われているようで、チョコレートの箱とシャンパンを抱えた人がたくさんいた。

大学の近くのスーパーで今夜の晩御飯と水を買って大学へ行った。いつもの食堂の横のホールでお祝い会をやっているようで、大きな音楽の音が聞こえた。研究室に入ると、シャンパンの入ったコップが置かれていた。ここでもやっていたようだ。わたしは荷物を置いて、教室へ。今日は高校生3人組と剣道をやっているキリュウさん、10歳のソーニャと隣のジェーニャの奥さんのマーシャの6人だった。昨日来てない人には連絡が行ってないので当然の結果だけど。今日は漢字と「これ」、「それ」、「あれ」と新しい単語をいくつか導入した。7時に終わって寮に戻って夕食。ニンジンと魚のサラダは美味しかった。

何かあるとすぐにパーティで、しかも職場で勤務中に飲むというのが日本人には理解できない。
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# by irkutsk | 2007-03-08 11:04 | 日本語 | Comments(0)