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ベルグアースから株主優待が届きました(7月14日)

ベルグアース(1383)から株主優待の青森県産メロン(アーバンデリシャス)2個が届きました。ベルグアースの株主優待は毎年4月末に100株以上保有している株主に、次の4つの中から1つ選んだもものが贈られます。
1、メロン2玉セット(4,000円相当)
2、寄せ植えセット(4,000円相当)
3、デリシャストマトジュース2本セット(3,000円相当)
4、クオカード(1,000円分)

ベルグアースは野菜苗販売事業を行っている会社です。野菜苗生産販売事業は、野菜のうち主に果菜類(キュウリ・トマト・ナスのように果実の利用を目的とする野菜の総称)の接ぎ木苗の生産、販売を行う当社の主力事業です。
野菜苗の中でも、接ぎ木しない実生苗に比べて接ぎ木苗の生産には高いレベルの技術を要し、また、多額の設備費用がかかることから、異業種による新規参入が困難とされています。ベルグアースは、この野菜接ぎ木苗生産に特化していることから、1年を通しての納品が可能であり、全国各地の野菜産地及びホームセンターなどの量販店へと販売網を拡大しています。

2019年10月期第2四半期決算短信によると4,900万円の損失を出しています。通期予想では6500万円の純利益を上げることになっています。配当金は期末のみで10円でした。今年の予想も期末に10円となっています。

7月12日の株価は2,090円でした。現在の株価はこちらから見ることができます。
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# by irkutsk | 2019-07-14 18:57 | | Comments(0)

「医師が診た核の傷」を読みました(7月14日)

d0021786_1632986.jpg本書の表紙の見返しに書かれている文を引用しておく。
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本書は、血液や甲状腺の専門医をはじめ、臨床経験の豊富な内科医や精神科医などが「核の傷」について報告している。原爆と原発による「核被害者」を医師が診た記録として、これだけ総合的に捉えた単行本は類がなく、貴重な資料でもある。
【衝撃の内容】
福島で十五歳のとき原発事故に遭遇し、ニ十歳で甲状腺がんの手術を受けた患者の病理組織が、チェルノブイリの小児に見られた放射性ヨウ素による傷害と同じだった。東京電力福島第一原発から放出された放射性ヨウ素が原因とみられる甲状腺がんであることの例証になることだろう。
【驚愕の内容】
外務省は「放射線が人体に与える影響」について委託研究を行ったが、研究者によれば提出して報告書から、次の文言を削除したという。<核兵器は非人道的なものと言わざるをえず、今後決して二度と使用されないこと、新たに作られないこと、さらに究極的には廃絶されるべきこと、を本研究の結論とする>。核兵器禁止条約に署名しない、被爆の国の姿勢は改めて問われよう。
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本書は原爆編と原発編に分かれており、原爆編では原爆による急性障害だけでなく体内に残った放射性物質が遺伝子を傷つけ続け、長い年月にわたって様々な病気を引き起こしているという。
原爆と人間について、秋月医師は「長崎原爆記」で考察を述べている。
<私のいつもゆきつくところは、原子爆弾を投下したアメリカへの憤りではなく、この悲惨を知りながら、あえてこれを行った人間の心の恐ろしさであった。これゆえに、人間は幾千年来、殺し合いを繰り返してきた。被害者である私たちにも、立場が異なれば、いつ、いかなる場所に原爆を投じないとはいえない>

原発編では「モニタリングポストは地表1mで測定しているが、地表に近い所には想像以上に高濃度の放射線が漂っている可能性があり、よちよち歩きの赤ちゃんが放射性物質が混じった空気を吸い込んでいるかもしれない」とか「放射能の影響は、低線量の場合、直ちに現れなくても、数年、数十年たって明らかになることがあります」などの指摘がなされている。また、健康被害の立証は非常に難しく、被害を受けた人たちが因果関係を立証しなければならない。

第6章「老朽原発が生み出す労働者被曝」では阪南中央病院副院長・村田三郎さんが次のように言っています。「巨大な科学技術の陰に原始的な被曝労働者がいる。それが原発なのです。残念ながら作業員の健康被害は避けられません」、「生活のかかった被曝労働者の足元を見透かし、その健康を犠牲にして、原発は成立しているのです」。

「あとがき」で広岩氏は次のように廃棄物処分について危惧している。「原発から出る高レベル放射性廃棄物の処分方法は、地下300メートルより深い地層に数万円以上にわたって埋設隔離する方針だが、その最終処分場はいまだ決まっておらず、原発を再稼働し、核のゴミを増やし続ける原発政策の先行きを考えると暗澹としてくる。」

広島、長崎への原子爆弾、福島第一原発の重大事故を経験したにもかかわらず、どうして原発をやめられないのか。金と命のどちらが大切なのか。

「医師が診た核の傷」 広岩近広著 藤原書店 2018年9月10日発行 2200円+税

# by irkutsk | 2019-07-14 16:03 | | Comments(0)

長瀬産業から株主優待が届きました(7月14 日)

6月1日に長瀬産業(8012)から株主優待の案内が届き、申し込んでおいた「短角和牛生ハンバーグ5個」が届きました。長瀬産業の株主優待は毎年3月末に100株以上保有している株主に、保有株数、保有年数によって次のようになっています。私は100株しか持っておらず、半年以上3年未満なので3,000円相当の商品でした。
100株以上 半年未満 入浴剤(2箱8包入り)
      半年以上 優待カタログから1点(3,000円相当)
      3年以上 優待カタログから1点(5,000円相当)
1000株以上 半年未満 優待カタログから1点(3,000円相当)
      半年以上 優待カタログから1点(5,000円相当)
3年以上 優待カタログから1点(7,000円相当)

長瀬産業は樹脂原料・添加剤から機能性ポリマー、プラスチック製品、電子材料、機能性食品素材、医薬原料・中間体まで、様々な価値の提供を通じて「人々が快適に暮らせる安心・安全で温もりある社会」の実現に貢献しています。

2019年3月期決算短信によると201億3600万円の純利益(17.2%増)を上げており、配当金は中間18円、期末24円で、年間42円でした(前年比2円の増配)。来期の予想では中間22円、期末22円で年間44円を予定しています。

7月12日の株価は1,622円でした。現在の株価はこちらから見ることができます。
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# by irkutsk | 2019-07-14 11:37 | | Comments(0)

桃ジャムを作りました(7月13日)

近くの八百屋で箱入りの訳あり品の桃が1058円(税込み)で売っていたので買ってきて、桃ジャムを作りました。傷んでいるモモが多かったのですが完熟していて、皮は手で簡単に剥けました。もう熟れ熟れだったので、大きめに切り、グラニュー糖を桃の重さの30%入れて弱火にかけます。あまりかき混ぜると桃の風味がなくなるので混ぜません。20分ほどしたらあくを丁寧にすくい、レモンのしぼり汁(3個分)を入れて5分ほど煮詰めると完成です。熱湯消毒したガラス瓶の容器に入れて保存します。甘い桃の香りのするおいしいジャムでした。
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# by irkutsk | 2019-07-13 20:00 | 作ったもの | Comments(0)

イーサポートリンクから株主優待が届きました(7月13日)

イーサポートリンク(2493)から株主優待のリンゴジュース(1リットル入り)3本が届きました。イーサポートリンクの株主優待は5月末に100株以上保有している株主に青森県産100%りんごジュースが贈られます。

イーサポートリンクは生鮮青果物業界向けシステム開発。イオングループ向けを一手に受託。子会社で農業支援事業を行っています。

2019年11月期第2四半期決算短信によると9000万円の純利益を上げています。配当金は期末のみで5円でした。来期も期末のみで5円の予定です。

7月12日の株価は1,033円でした。現在の株価はこちらから見ることができます。
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# by irkutsk | 2019-07-13 09:40 | | Comments(0)

ファンケルから株主優待の案内が届きました(7月12日)

6月25日にファンケル(4921)から株主優待の案内が届き、申し込んでおいた「ホワイトニング化粧液&ホワイトニング乳液」、「発芽米 白米仕立て3袋セット(1㎏×3)」が届きました。

ファンケルの株主優待は毎年3月末に100株以上保有を6か月以上保有している株主に保有株数に応じて以下のいずれか一つが贈られます。
100株以上 自社製品または寄付参加3,000円相当、または「ファンケル銀座スクエア」利用券3,000円分3,000円分の「ファンケル銀座スクエア」利用券
200株以上 自社製品または寄付参加6,000円相当、または「ファンケル銀座スクエア」利用券3,000円分6,000円分の「ファンケル銀座スクエア」利用券

ファンケルは通販主力の無添加化粧品メーカーで、サプリや健康食品も展開しています。

2019年3月期決算短信によると86億4900万円の純利益(前年比39.7%増)をあげており、配当金は中間30円、期末15円で年間60円でした。(2018年12月1日に1株→2株の株式分割を行っています。期末配当金は分割前に換算したもので、実質2円の増配となっています)。来期は中間17円、期末17円で年間34円(株式分割後の配当金)を予定しています。

7月12日の株価は2,680円でした。現在の株価はこちらから見ることができます。
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# by irkutsk | 2019-07-12 11:26 | | Comments(0)

エボラブルアジアから株主優待が届きました(7月10日)

3月31日にエボラブルアジア(6191)からプレミアム優待倶楽部のポイント19,800ポイントが届き、カタログの中から選んだ「<今治>ル コトン バス・フェイスタオルセットが届きました。

エボラブルアジアの株主優待は3月31日と9月30日現在500株以上保有する株主に保有株数及び保有年数に応じて次のとおりポイントが付与されます。
500株以上 8,000ポイント 1年以上 8,800ポイント
600株以上 11,000ポイント 1年以上12,100ポイント
700株以上 13,000ポイント 1年以上14,300ポイント
900株以上 16,000ポイント 1年以上17,600ポイント
1000株以上 18,000ポイント 1年以上19,800ポイント
2000株以上 20,000ポイント 1年以上22,000ポイント
5000株以上 25,000ポイント 1年以上27,500ポイント
株主は保有するポイント数に応じて、食品、電化製品、ギフト、当社オリジナル航空券などの特設サイトに掲載されている500点以上の商品からお好みの商品を選ぶことができます。また、社会貢献活動への寄付も可能です。

エボラブルアジアはオンライン旅行事業、訪日旅行事業、ITオフショア開発事業を主軸とする企業。航空券の予約サイト『空旅』の運営も手がけています。

2019年9月期第2四半期決算短信によると5700万円の純利益(前年比90.1%減)をあげており、今期は無配となりました(前期は期末のみで10円)。

7月10日の株価は2,534円でした。現在の株価はこちらから見ることができます。


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# by irkutsk | 2019-07-10 11:05 | | Comments(0)

ダイトウボウから株主優待が届きました(7月8日)

d0021786_5544693.jpgダイトウボウ(3202)から株主優待のクオカード(3,000円分)と同封の商品カタログから12,500円以上購入した際に使える7500円の優待割引券が2枚届きました。ダイトウボウの株主優待は毎年3月末に100株以上保有している株主に保有株数、保有期間によって次のようになっています。
100株以上 6か月以上 優待割引券1回分
100株以上 1年以上 優待割引券2回分
1,000株以上 6か月以上 クオカード2,000円分と優待割引券1回分
1,000株以上 1年以上 クオカード3,000円分と優待割引券2回分
2,000株以上 6か月以上 クオカード4,000円分と優待割引券1回分
2,000株以上 1年以上 クオカード5,000円分と優待割引券2回分

ダイトウボウは三井系毛紡織で発祥。静岡県内のSC賃貸が収益源。紳士服から撤退、ヘルスケア事業を拡充。

2019年3月期決算短信によると2億9400万円の純利益(前年比184.1%増)をあげており、配当金はありません。

7月8日の株価は83円でした。現在の株価はこちらから見ることができます。
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# by irkutsk | 2019-07-08 17:55 | | Comments(0)

「朝鮮に渡った『日本人妻』―60年の記録」を読みました(7月7日)

d0021786_634899.jpg1959年から始まった北朝鮮への帰国事業で夫や家族と日本を離れ、朝鮮民主主義人民共和国へ渡った日本人妻たちの今を取材したフォト・ドキュメンタリーである。その概要は以下のとおりである。
***************************************
この本の第1章では九州宮崎県出身の井出多喜子さんについて書かれている。
井出多喜子さんは1927年4月30日生まれ。15、16歳の時にバスの運転手仲間で6歳年上の史大順さんと知り合い、結婚。両親は反対し、結婚式もあげていない。1948年長男・順次さん、1950年長女・順子さん1953年次女・喜美子さんが生まれる。そして1961年9月1日、帰国事業で北朝鮮へ渡る。

帰国事業とは
1959年12月から84年7月にかけて日本に暮らす朝鮮半島にルーツを持つ人々が北朝鮮に移住する帰国事業が行われた。主体となったのは日朝の赤十字。この事業で日本から海を渡った在日朝鮮人とその家族は93,000人。そのうち日本人妻やその子どもたちなど日本国籍保持者は役6800人。日本国籍を持つ日本人妻に限れば1,830人。

1910年韓国併合により朝鮮を植民地化して以降在日朝鮮人は急増。1911年2500人。1945年の終戦時には200万人を大きく超えていた。1950年5月までに約140万人が帰国。終戦後の日本における朝鮮人に対すら職業差別もあり、土木業やパチンコ業、くず鉄業、日雇い仕事などに限られ、在日朝鮮人の完全失業率は5.14%と日本人の約8倍に上っていた。さらに河川敷にバラックを建てて居住する朝鮮人集落も見られた。1959年12月の帰国者のうち、生活保護受給者は41%を超え、さらに59年12月から67年12月までの間に帰国した8万8600人余りにうち、成年男子の39.6%が無職だった。帰国事業で朝鮮半島北部へ帰国した在日朝鮮人の約95%以上は、故郷が朝鮮半島南側にあった。帰国事業が行われた1950年代から60年代にかけては、世界的にも社会主義の勢いがあった。韓国では李承晩大統領による独裁政権が続いており、不安定な状態であった。一人当たりのGNPは韓国側の統計でも韓国79ドル、朝鮮民主主義人民共和国137ドルだった。近い将来に北主導の南北統一が実現し、南の故郷と行ったり来たりできるようになると思っていた帰国者も多くいた。海を渡った日本人妻の女性たちには、三年後には日朝間で行き来ができるようになるという認識があった。途中中断することはあったが、1984年まで25年間にわたって帰国事業は行われた。清津に到着した帰国者たちは、市内の宿泊所で数日過ごした後、首都平壌や内陸の農村部、海辺の町など各地へ散らばった。

井出多喜子さんが若い頃、日本人たちが集まり懐かしい日本の歌を歌ったりすることもあったという。90年代前半には行政当局から日本人妻たちに便宜が図られるようになり、金剛山や平壌、白頭山などへの団体旅行が催されるようになった。

第2章 堀越恵美さん
1934年9月18日、東京で誕生。夫の宗順植さんは11歳年上で、恵美さんの実家の近くに下宿していた。両親は結婚に反対。22歳のとき両親の反対を押し切って一緒に暮らすようになった。1年後、子どもが生まれる。1960年6月10日、恵美さん25歳のとき帰国船で北朝鮮へ帰る。渡航後は平壌で暮らす。

第3章 皆川光子さん
1939年1月1日、東京で生まれる。生後100日で北京に渡り、小学1年生まで過ごす。
1945年8月、終戦後、札幌・円山公園の近くへ引き揚げる。19574月、北海道大学水産学部に入学。2年生からは函館に移るので、指導教官のうちに下宿し、4歳年上の崔和宰さんと知り合う。彼は隣家の家庭教師をしていた。同じ北大水産学部で動物発生学を学んでいた。結婚のとき親兄弟、親戚は反対し、学校の教授や友達は賛成してくれた。当時、朝鮮民主主義人民共和国は毎年多額の教育援助金を在日本朝鮮人教育界宛に送金していた。ファジェさんも奨学金を受けていた。
1960年2月23日、函館の式場で結婚式を挙げる。光子さんの親族は誰も出席せず。結婚式後、ファジェさんの実家がある京都へ行き、そこで1か月過ごす。1960年4月、新潟へ向かう直前に札幌に立ち戻り、両親に会う。1960年4月8日、第16次船に乗って北朝鮮へ。出航に先立ち、帰還者一同は日赤センター内に桃とバラの記念植樹を行った。日赤センターに二泊三日間お世話になったお礼と、桃が成長し美しい果実をつけるころ日朝が自由に行き気ができるようになることの願いを込めての植樹だった。

帰国後は元山で金光玉という名前に。夫のファジェさんは水産研究所で働く。
1960年11月、長女を出産。「子どもを産んで、抱いたその瞬間に、初めて母親の気持ちがわかりました。自分は目先の幸せばかりを考え、自由に生きることを優先したけれど、母は娘である自分のことを一番考えてくれていたんだと‥‥。

「二年ぐらいは、言葉もわからず、あまり人と話しませんでした。付き合いもありませんでした。それでも三年目くらいに急に話せるようになるのを実感するようになったんです。この頃になると、朝鮮の名前で呼ばれることにも慣れてきました」
1993年頃から毎月1回、元山の日本人の女性たちの集まりが行われるようになった。食事をしたり、旅行をしたり。この交流会は高齢化のため10年ほど前に自然になくなった。

1997年11月、第1回目の里帰り事業で日本へ。しかし母は1990年に亡くなっていた。
2014年2月、夫のファジェさん脳出血のため亡くなり、現在は長女の崔仙姫(55歳)さんと二人暮らし。

第4章 新井瑠璃子さん
1945年敗戦時、海外には軍人、民間人あわせて700万人いた。38度線の北側にいた日本人は約30万人。敗戦後、引き上げる途中で親とはぐれて残留孤児となった。

1933年1月15日ソウルで生まれた。1935年のソウルの人口44万4000人中日本人は約12万人(27%)。瑠璃子さんの父は鉄道員として朝鮮半島へ派遣されていた。7歳の時一度だけ、熊本県の阿蘇に暮らす祖父母のもとへ10日間ほど行った。それが唯一知っている日本だった。

1944年春、父の転勤で朝鮮半島北部の会寧へ。1年後父に召集令状が来た。1945年8月初旬、知り合いの朝鮮人労働者から日本へ帰らなければと言われ、母親、弟とともに逃げる。1か月以上かかって400キロを歩き続け、退潮駅までたどり着く。退潮駅には避難してきた日本人があふれており駅に停まっていた汽車に乗り込み咸興駅に着いた。すでに初秋だった。当分の間汽車は動かないと言われ、駅近くの5階建ての旅館に行くように言われる。翌朝目覚めると、継母の5才の息子と2歳の娘が死んでいた。二人を埋葬した帰り道、リンゴ畑を見つけリンゴを取ってきて、「お金が必要になるかもしれないから、市場で売って来なさい」と言われ弟と二人で売りに行くが、弟はすぐに旅館に帰っていった。ひとりで売っていると朝鮮人の男の人に声をかけられ、「親はいないの?」聞かれ、「親はいません」と答えたので、その人は「家においで」と言って連れて帰った。ぜんぜん知らない人なのに、何となく親しみを感じてついて行った。瑠璃子さんを引き取った男性は夫婦二人と子供二人の四人家族だったが、2,3か月後に咸興を離れ故郷へ帰ることになった。瑠璃子さんは咸興を離れたくなかった。夫婦は娘がいない朝鮮人夫婦が養女を迎えたいというのでそのうちに行くことになった。この両親から「リ・ユグム」という名前をもらった。この夫婦は日本を嫌っていたが、瑠璃子さんに対しては、わが子と同じように育ててくれた。

1960年の夏、9歳年上のトン・ビョンフルさんとお見合いをして結婚。1963年息子のチョルウンさんが生まれる。この頃、勤めていた工場に帰国事業で渡ってきた「日本人妻」が勤務するようになった。その人に日本へ手紙を書くことを勧められ、手紙により、弟や義母、父親も無事に日本へ帰っていたことが分かった。咸興に住む「日本人妻」中本愛子さんと日本人同士の集まりで知り合う。彼女は瑠璃子さんより2歳年上で、熊本県出身。

第5章 かなわない里帰り
ここにいる「日本人妻」の三人全員が二十代、三十代のときに新潟を離れてから一度も故郷の土地を踏んでいない。瑠璃子さんは七歳のときの日本の記憶があるのみだ。彼女たちは、今の日本に生きる私を通して、どんな日本の現在を想像しているのだろうか。そして、そこに彼女たち個人の記憶がどのように交差しているのだろうか。私はどこにもやり場のない、やるせない気持ちを感じながら、いつもの別れと同じように、ただただ手を振り続けることしかできなかった。

あとがき
あの時代に民族差別や貧困に苦しんでいた多くの在日朝鮮人が、日本での将来に悲観的にならざるを得なかったのは事実であり、その時代に行われたのが「帰国事業」だったのだ。彼ら・彼女らを取り巻く歴史的・社会的は池、そして当時の国際情勢を振り返ったときに、時代と政治に翻弄されながらも、強く生きてきた人たちの思いをいまあらためて振り返り、故郷である日本の土をもう一度踏みたいと切実な願いを「人道的」な事業として、何とかかなえてほしいと思っている。
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帰国事業で北朝鮮に帰っていった人たち、そしてその妻として同行した日本人妻たち、桃が実をつけるころには日朝の間を自由に行き来できるようになっているだろうと期待していたが、彼女たちは帰国事業で一時帰国ができた一部の人たちを除いて、死ぬまで祖国の土を踏むことはできないかもしれない。高齢化し、余命いくばくもない「日本人妻」の気持ちに寄り添った一冊である。

「朝鮮に渡った『日本人妻』―60年の記録」 林典子著 岩波新書1782 2019年6月19日発行 1,040円+税

# by irkutsk | 2019-07-07 11:04 | | Comments(0)

梅ジャムを作りました(7月6日)

黄色く色んだ梅をたくさんもらったので、梅ジャムを作りました。レシピを見ずに作ったので、ちょっとゆるくなってしまいました。我が家ではヨーグルトに入れて食べるので、ゆるくてもいいのですが、もう少しとろみがあった方がいいです。梅は酸味が強いので、砂糖もたくさん入れましたが、それでもまだ酸っぱかったです。やはりレシピを見て作った方がいいですね(反省)。
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# by irkutsk | 2019-07-06 20:52 | 作ったもの | Comments(0)
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