「ヒトはどうして死ぬのか」を読みました(4月2日)
後者の細胞の自殺と言われる死に方は「アポトーシス」といいます。このアポトーシスというのは生物が形作られる過程でもおこります。人間の手は最初指のない塊として作られ、その後、指の間の細胞がアポトーシスによって死滅していくことで彫刻のように浮き彫りにされてできあがるそうです。
またDNAに異常が発生した時、それを修復する能力が細胞には備わっています。しかしウイルスがDNAに入り込んでしまうと、それを取り除いて元に戻すのは非常に難しいので、細胞は自らプログラムを発動して死んでいきます。有害な細胞が自ら死ぬことで、個体の生命を維持するのです。
細胞には再生系と非再生系の細胞があり、再生系は分裂増殖する能力を持っていますが、非再生系(脳の中枢の神経細胞、心臓の細胞など)はほとんど増殖せずに生き続けます。再生系の細胞も分裂できる回数が決まっていて上限は50~60回です。そして非再生系の細胞はいわゆる個体と同様寿命があります。筆者はこのことをわかりやすく再生系の細胞は回数券、非再生系の細胞は定期券と表現しています。
ガン細胞は再生系の細胞からしか生まれて来ず、試験管の中では1日で倍になるが、体内では免疫細胞によるアポトーシスの誘発で死んで行くガン細胞が相当数にのぼるのでそんなに速くは増えないそうです。しかし、人間は加齢により免疫力が低下しガンが生き残り、悪性化していきます。また遺伝的にガンを発病しやすい家系の人はガン抑制遺伝子=細胞にアポトーシスを起こさせる遺伝子に異常があるということです。
アルツハイマーやAIDSについてもそのメカニズムを細胞と遺伝子の関係で判りやすく説明されています。
本書の後半ではどうして細胞に死のメカニズムが組み込まれているのかという謎を解き明かしてくれています。種としての生命の連続を保障するために、個体にとって不連続となる「死」が細胞に組み込まれているのです。もし、不老不死が実現すると加齢によって傷ついた遺伝子が蓄積し、その古い遺伝子が消去されることなく存続することになり、種の繁栄・進化を妨げる重大な問題となります。
最後はやや哲学的に「人間は死を与えられたことによって、生きるとは何かという問いを立てられる存在になり得た」と言っています。また、「人間は社会的な動物で、一人ひとりが社会的な役割を果たしながら生きて、死んでいくことが自然なことで、それはわたしたちの体の中の細胞自身が細胞社会(個体)の中で自らの役割を十分に果たして死んでいくことが遺伝子としてプログラムされているという生命の本質からできているように思えます」と筆者は言っています。
日頃目にすることのできない私たちの体に隠された秘密を解き明かし、わかりやすく説明してくれたおもしろい本でした。
「ヒトはどうして死ぬのか-死の遺伝子の謎」 田沼靖一著 幻冬舎新書
2010年7月30日発行 720円+税