「まほろ駅前多田便利軒」を読みました(9月3日)
例えば高校生の園子が父親の暴力に耐え切れず、母親もそれを見て見ぬふりをしていた。ある日園子は両親を殺し、夜遅く親友の清海のところへやって来た。そして園子は清海が台所に飲み物をとりに行った隙に清海の財布を持っていなくなったと言う。園子の親友ということでテレビ局のインタビューを受け、クラスメートからは「目立ちたがり屋。クラスメートをネタにしてんじゃねえよ」と学校でハブにされるし、マスコミはその後もしつこくやってくるし、親は切れるは、学校でも居場所がないということで便利屋にしばらくかくまってもらうことになる。結局園子は清海の元にやって来て、一緒に警察へ行って自首するのだが。
もう一つ、木村という年配の夫婦の納屋の片づけを頼まれて、仕事が終わって外に出たとき、知らない男に声をかけられる。そしてその男に木村夫婦の様子を教えて欲しいと頼まれる。多田はすぐに断わるが、男は車に乗ってもついてくる。喫茶店で一応彼の話を聞いて見ると、「もうすぐ結婚という一大転機を迎えるんだが、その前に生みの親のことを知っておきたくなったと」というのだ。彼は盲腸の手術をしたときに血液型を調べたら父親はB、母親はOなのに自分はAだという。母親は浮気をするような人じゃない。彼は病院で取り違えられたに違いないという結論に達し、市民病院の知り合いに調べてもらったら彼が生まれた日にもう一人男の子が生まれていたという。苗字も北村と木村でよく似ていたという。彼の話を聞いても多田は、木村さんの夫婦のことは職務上の信頼関係で話せないと断わるのだった。
そして最後に多田が行天に自分の結婚と子供のことを話す部分がこの本のクライマックスだった。多田は大学時代に知り合った彼女と卒業を機に結婚した。彼女は司法試験を目指しており卒業後も自分で学費を稼いで司法試験予備校に通っていた。そして彼女は卒業後2年で司法試験に合格した。彼女は司法修習期間があり1年半くらい別居生活が続いていたが彼には不安はなかった。そして法律事務所に就職し、多田の2.5倍もの給料を取るようになった。幸せに暮らしていた多田に大学の同級生だった女から「多田くん、あなた浮気されてるわよ」という電話があった。ふざけて冗談を行っているんだろうと思ったが、妻に軽い気持で「おまえ浮気してるんだってな」と聞くと彼女の顔が一瞬で青ざめた。相手は司法修習の同期の男だった。「でももう終わりにする。絶対に会わない」と言われ、彼女を許した。
ところがまずことにその頃、彼女の妊娠が分かった。彼女は「あなたの子だ。信じてほしい。」と言い、俺は信じた。そして出産の日、仕事を早退し、病院へ駆けつけた彼に、妻はDNA鑑定をしようと言った。
(ここから本の一部を引用)
裏切られたと、そのときはじめて多田は思ったのだった。真実を明らかにして、多田の疑念を完全に取り除きたいがゆえの提案だったのだろうが、多田にとっては、それは妻に対する自分の愛と信頼をすべて踏みにじられたに等しい言葉だった。だからDNA鑑定には同意しなかった。子どものことを心から愛しいと思えたから、鑑定の必要なんて感じなかったというのもある。だが、本当のことをあえてはっきりさせずに、彼女を苦しめたいという意地の悪い気持が、全くなかったわけじゃない。自覚していなかったが、それが多田の、妻の裏切りに対する復習の形だった。いまならば多田も、自分がどんなに愚かだったかわかる。だがそのときは、信じると言う危うく美しい行為が、いつのまにか怒りと絶望に転じていたことに気づけなかったのだ。
終わりはすぐに来た。生後一カ月で、突然子どもが死んだ。ちょっと熱があるみたいだと、夜中に彼女が俺を起こしたんだ。俺が見てるから、きみは休めよと俺は言った。朝になっても微熱がつづくようなら、一緒に病院に連れて行こうと。俺もいつの間にか眠っていて‥‥。ハッときがついたときには、ベビーベッドで息子は冷たくなっていた。
それから半年、何とか頑張ったんだが駄目だったな。彼女はたまに半狂乱になって、俺をなじるんだ。あの子が苦しんでいるのを、黙ってみてたんでしょう。あんなにあなたの子だと言ったのに、どうして信じてくれなかったの、って。俺は何も言えなかった。それがまた彼女を苛立たせる。離婚してくれと言われても、引きとめようがなかった。
行天は女性同士のカップルの一人に、人工授精で自分の子どもを作ることを求められそれに応じる。だが彼は自分の子どもには一度も会ったことがない。そして彼は子どもの養育費としていくばくかのお金を送っていた。彼女は女医で彼に養育費をもらう必要は無いと言っているのだが。
映画よりも小説のほうが断然面白かったです。映画もよくできていたが、やはりすべてを描き切れていない。
「まほろ駅前多田便利軒」 三浦しをん著 文春文庫 2009年1月10日発行 543円+税