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「セイジ」をよみました(7月3日)

「セイジ」をよみました(7月3日)_d0021786_2248987.jpg2012年3月14日に映画「セイジ」を見て、いまいちよくわからなかったので原作を読んでみたいとずっと思っていたが、やっと読めました。
映画とは細かい部分で少し違いがあり、原作を読んでよかったと思いました。

大学4年生の僕は就職も決まり、大学生活最後の夏休みを自転車旅行に費やすことにした。その旅行の途中で小さな町から国道475号線の旧道を山に向って緩やかな勾配を登り、ようやく登りきったところにあの「ハウス475」はあった。その店は昼だというのに開いておらず中を覗き込んでいると声をかけられる。この店は翔子さんという人がオーナーで、セイジさんが雇われ店長をやっているという。そしてひょんなことから僕はそこでアルバイトをすることになった。

セイジさんという人はそれまでの僕の知る誰にも似ていなかった。そして僕は、セイジさんが「百年ながらえるより、一瞬でいいから俺は生きたいとと思うことがあるよ」と言った言葉を印象深く覚えている。

そして翔子さんはある日、町にある自分の店の模様替えの手伝いに行った僕に次のようなことを話してくれた。昔彼女はセイジ君によく似た人と付き合っていた。この世界に一人でも不幸な人間がいる限り自分は幸福にはなれないといった文学者がいたけど、あの人はいつだって他人の淋しさや悲しさで胸をいっぱいにしている、そんな人だった。ところが付き合って3年目の秋にその人は首をつって死んでしまった。今の主人は死んだあの人みたいに、一文にもならない夢を追いかけるような人じゃなかった。他人の悲しみを自分のものとするような人でもなかった。わたしはそのことに安心したわ。だって私は、敏感で、傷つきやすくて、他人の悲しみに苦しんでしまうような、そんな人間は、この社会の中じゃ死んでしまうしかないということを知っていたから。

そして気がつくと夏の盛りはいつか過ぎていた。あの事件が起きたのは、そんな夏の終わりのことだった。ゲン爺というきこりが山の麓に住んでいた。年は70近くでかなりの資産家だった。ゲン爺の楽しみは嫁いだ娘が時折連れて帰る8歳の孫娘リツ子の顔を見ることだった。そして惨劇はその娘一家の上に起きた。

精神に異状をきたした一人の男の凶行によって娘の家庭は粉々に打ち砕かれたのだった。日曜日の午後、親子3人で庭で遊んでいるところに斧を振りかざした男が突然乱入し、父親の胸と母親の首筋にそれを打ち付けてそれぞれ絶命させると、泣きながら母親に駆け寄った一人娘の左手首をスパッと切り落とし、奇怪な声を上げてどこかへ走り去ったのである。

リツ子ちゃんは、命は取り留めたものの手首が再び戻ることはなかった。そして病院からゲン爺の家に引き取られて医師と看護婦に付き添われて静養を続けていたが、その出来事によってリツ子ちゃんの心は完全に破壊されてしまっていた。廃人のような日々をひっそりとした静寂の中で送っていた。言葉を発することを忘れた口もとからは低い、あえぐような声だけが時折漏れおちていた。

そして「ハウス475」の常連のメンバーはある日曜日にリツ子ちゃんのところへ行こうという話になったが、セイジは「オレはいいよ」と応えた。日曜日、ツノ先生は奥さんと「ハウス475」で待ち合わせてリツ子ちゃんのところへ行くことになっていたが、車に乗って出かけた奥さんから電話があり、かなり遅れそうだと言う。ツノ先生は「セイジ君、すまないけど、送ってくれないか」と頼み、セイジは僕とツノ先生を乗せてゲン爺の家へ行ったのだった。

みんなが来てくれても、リツ子はまったく何の反応も示さなかった。ゲン爺は「ちょっと薪を割るよ」と言って縁側を下りいつまでも薪を割り続けた。しばらくしてゲン爺は斧を縁側に置き、そこに腰を下ろして力なく、一人うなだれた。それから数十秒のうちに予想もしていないことがおこった。

セイジさんは、立ち上がり、縁側に置かれた斧を掴むと静かに少女の側にたった。そして、腰を下ろし左腕を畳に寝かせると、右手に握り締めた斧を大きく振り上げ、そして、それを、自分の左手首に向けて、力のまま、一気に振り下ろした。

それから10年後、リツ子ちゃんは東京郊外のミッション系の短大へ通っていた。32歳の僕は偶然リツ子ちゃんが幼稚園を手伝いに行っているという話を聞き、彼女に会いに行く。そしてリツ子ちゃんに「君は神様を信じているのか」と聞いた僕に、「だって私神様を目の前で見たんだもの」と答えた。

なかなか読み応えのある作品でした。

「セイジ」 辻内智貴著 筑摩書房 2002年2月20日発行 1400円+税
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by irkutsk | 2012-07-03 22:46 | | Comments(0)