「戦後史の正体」を読みました(3月1日)
日本が無条件降伏をして、アメリカに占領されてからアメリカの占領は何を目的に行われたのか。当初は日本が再び大国としてことをおこすができないように国家の根本を改造し、民族を再教育しようとした。ところがソ連との冷戦開始によって日本の経済を復興させ、反共の防波堤にすることとした。日本の政治家はそれらの動きに対してどう対応していたのか。米軍が進駐してくると内務省警備局長は米軍用に慰安施設を作り、8月27日には大森で開業し、1360名の慰安婦を揃えていたという。
1945年9月2日に降伏文書に署名した当時の外相重光葵は「日本の国益を堂々と主張する」ということで、辞任させられた。米国にとって求められるのは「連合国最高司令官からの要求に全て従う」外務大臣、つまり吉田茂だったわけです。
7年もの長期にわたる占領の後、講和条約を結び、それと同時に日米安保条約を締結することになりました。当時の国務長官だったダレスは「われわれ(米国)が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する。それが米国の目標である」と述べています。この考えは今も続いています。だから普天間基地が返還されないし、辺野古に新しい基地を作らせようとしているのです。
アメリカは戦後ずっと日本の政治家が反米的な動きをすると、すぐに失脚させ、自分たちに都合の良い「対米追随派」の人物を首相にしています。戦後間もない芦田内閣は米国側に「有事駐留」を提案して、わずか7ヶ月で汚職事件を仕掛けられて失脚。米軍駐留費の削減を要求した石橋湛山、60年安保を締結し、CIAからの資金援助も受けていた岸信介は途中から在日米軍の撤退や中国との関係改善という米国の虎の尾を踏んでしまって退陣させられた。
さらに佐藤栄作は沖縄返還時に繊維問題で輸出規制をするという密約を結んでおきながら、それを反故にしたために、ニクソン訪中の事前連絡もされず、10%の貿易課徴金を課され、尖閣諸島に対する米国の態度を変更されたのである。この頃から中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めた理由がここにあります。
田中角栄も米国に先んじて、中国と国交回復を行い、また北海油田やソ連のムルマンスクの天然ガスを買うと言ってロッキード事件によって失脚させられます。
冷戦終結によって、日米関係も大きく変化し、どの国が米国にとって最大の脅威となったか。それは日本です。台頭する日本の経済力にどう対応するか。日本にお金を使わせることが重要な課題となり、湾岸戦争で130億ドルの資金協力をさせられました。さらにお金だけではダメで、人も出せと要求してきて、小泉内閣の時にイラクへ派兵することになりました。
歴代の内閣が、対米追随路線をとってきたのか、自主路線をとってきたのかを詳しく説明し、アメリカの長期間に渡る日本支配の方法について外務官僚ならではの観点から明らかにしています。
本書の最後に米国はなぜTPP参加を執拗に迫るのかが書かれています。それによると1、日本が中国と接近することの恐れ、2、米国経済の深刻な不振をあげています。米国の製造業はいまやほとんど競争力がなく、サービス分野しか残っていない。ところが日本には様々な規制がある。これを撤廃させて米国企業が儲けやすくするのが目的です。
最後に孫崎さんは「占領期以降、日本社会の中に「自主派」の首相を引きずり下ろし「対米追随派」にすげ替えるためのシステムが埋め込まれている。ひとつは検察です。検察特捜部は創設当初からどの組織よりも米国と密接な関係を維持してきた。次に報道です。米国は政治を運営する中でマスコミの役割を強く認識しています。占領期から今日まで、米国は日本の大手マスコミのなかに「米国と特別な関係を持つ人々」を育成してきました。さらには外務省、防衛省、財務省、大学などの中にも「米国と特別な関係を持つ人々」が育成されています。」と言っています。
自民党のあの政治家が日本の利益を主張してアメリカと渡り合っていたのだ、あの政治家はアメリカの言いなりになって日本の国益を損なったという事実がたくさん書かれており、戦後史の裏側がよくわかる本でした。
「戦後史の正体」 孫崎享著 創元社 2012年8月10日発行 1500円+税