「あの世に聞いた、この世の仕組み」を読みました(9月30日)

d0021786_1516458.jpg著者は2004年4月にセロトニン欠乏による記憶障害、うつ病の一種にかかって仕事を休んで治療を始める。かなりきつい薬を処方され、強い吐き気とモヤモヤ、頭蓋骨を素通りして、直接脳をなでられるような頭の違和感、睡眠薬を服用したかのような強烈な眠気…。こんな出来事が発端で、自分の守護霊とコンタクトが取れるようになったという。そして彼にこの世の仕組みをしえてもらうことに。

最初に書かれていたのは、「自分の思いそのものが、自分の現実をつくる」という話。お金に余裕があるときは「私には余裕がある」と思っている。だから「お金に余裕がある状態」が続きやすい。逆に「もっとお金がほしい」と思っていると、思いを強めるほど「もっとお金がほしい状態」に拍車がかかり、どんどん緊迫した現実を作り上げてしまう。「仕事が楽しい」と思っているとき、宇宙は「楽しい仕事」を持ってくる。逆に「会社に行きたくない」と思っているとき、宇宙は「トラブル」や「ストレス」を運んでくる。

人生は旅行みたいなもので、あの世からこの世に観光に来たんだ。個性も特性も人それぞれ。世の中を見回してみると、観光目的をすっかり忘れて「レンタカー(肉体)」の外見・性能・機能にコンプレックスを持っている人がいたり、オプション取り付けやカスタマイズすることに必死になっている人がいたりする。「車」に目が向いている人ほど、ぜんぜん「ドライブ」や「観光」を楽しめていない。

最後の方では、「何もするな」と言っている。これは「何者かになろうとするな」ということで、自分が自分であることを徹底的に認めてあげることが「何もしない」ことなんだ。
「そのままの自分」には「いい」も「悪い」もない。それは見た側の「主観評価」であり、「評価される側の人間性」ではなく「評価する側の人間性」だ。そのことに気がついていない人は、自分に対する「人からの評価」を気にしてしまって、劣等感や欠乏感を抱く。そして誰かと比較することによって生まれた「わたしは劣っている・何かかが欠けている」と思って演技するようになる。つまり自分ではないものになろうとする。

でも人はみな、どこかで「何かを演じることなく、そのままの自分でいるのが一番楽なんだ」と気づいているんだ。何ものかになろうとする努力をやめれば自然と素の自分になる。これは執着を手放すと言うことだ。「何かを握りしめつづける(執着する)」ということは努力が必要な「行為」だ。だが「手放す」というのは、その「握りしめ続けることをやめる」ということだから「行為」ではない。「行為」をやめることが「手放す」なんだ。

そのほか、いろいろ守護霊に教えてもらったこの世の仕組みがわかりやすく書かれていて、いい本でした。「もっと、あの世に聞いた、この世の仕組み」という続編も最近発行されました。

「あの世に聞いた、この世の仕組み」 雲黒斎著 サンマーク出版 2010年3月30日発行 1600円+税
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by irkutsk | 2013-09-30 15:16 | | Comments(0)