「モスクワに乾杯」を読みました(3月30日)

d0021786_1274236.jpg愛知大学で非常勤講師をしていた伊藤ふさ子さんが1992年9月から12月までモスクワに行かれて、そこで体験されたことが書かれています。

1991年12月25日にゴルバチョフが辞任し、ソ連が解体されました。国民は社会主義から資本主義への社会の変化についていけず、市場経済とはいうものの、まだ社会主義時代のシステムが残り、しかも経済的には非常に大変な時期であった時期にモスクワで3か月間過ごされた伊藤さんの貴重なレポートです。

しかし、現在もこの状況だと思ってロシアに行くと、同じものもあるが、全く変わってしまったものもあるので要注意です。

わたしも2006年12月から2008年6月までロシアで生活したので、伊藤さんが体験されたことと同じ目にあったことを思い出し、懐かしくなりました。

1992年のロシアにはまだ洗濯機が普及してなくて、手で洗っていました。そしてお湯が出なくなることがたびたび。ソ連崩壊後は、泥棒が多発し、各家々はみんな丈夫な鉄の二重扉に、鍵を2~3個取り付けるという状況でした。さらにアパートの入口の鍵もありなかなか大変でした。建てつけが悪いので、なかなか鍵がうまく開閉できないということもありました。伊藤さんも家主から鍵を6個ももらい、うちに帰っても鍵が開けられなくて困った経験を書いていました。鍵を開けるにはコツがいるということだったようです。

大学の教室の鍵が開かなかったり、閉まらなかったりで、私も困ったことがありました。そして大学の教室はいつも決まっているわけではなく、その時に空いている教室を使うように言われたり、授業中に他の先生と生徒がやってきて、「ここは私の授業で使うから」と言って出されてしまったこともありました。

バスやトロリーバス、電車の乗り方も1992年頃は、停留所付近のキオスクで切符を買って、バスに乗ると車内に3箇所ぐらいあるパンチで切符に穴を開けるというシステムでした。込んでいるときは切符を隣の人に渡して、パンチのそばにいる人まで渡してもらい、パンチした後はまた切符が戻ってきます。

現在は、車内に料金徴収係りがいて、お金を取って切符をくれます。

伊藤さんが行った1992年ごろはまだ社会主義のよい風習が残っていて、年寄りや、障がい者、子ども連れの人たちには若者がちゃんと席を譲っていました。しかし資本主義が定着するとともに、席を譲らない若者も増えてきて、お年寄りに怒られているという風景にも出くわしました。

商店の昼休みという制度は、私がいた頃もまだ残っていて、店まで行くとお昼休みで閉まっていたということが何回かありました。また店の店員も無愛想で、特に旅行社のサービスは悪く、木で鼻をくくったような対応で、日本に帰って来て日本の旅行社に行った時はあまりのてきぱきとした仕事ぶりとお客へのやさしい対応に感動してしまいました。

伊藤さんが行かれた1992年は特に大変な時期だったため、苦労も多かったようです。でも今のロシアは少しずつよくなってきています。日本に比べるとまだまだですが…。是非、ロシアへ行って自分の目で確かめてください。

この本は1992年のモスクワを知る貴重な一冊です。

「モスクワに乾杯」 伊藤ふさ子著 日本貿易振興会(ジェトロ) 平成5年8月5日発行 951円+税
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by irkutsk | 2014-03-30 12:07 | | Comments(0)