「天国までの百マイル」を読みました(7月16日)
バブル崩壊により自己破産、離婚、子供たちとの別れ、そして重い病を患う老母――病める現代社会を象徴する家族の問題を描く、小説トリッパーに好評連載された直木賞受賞後初の長編小説。(以上、帯の紹介文)
城所安男の母親は、早くに商社員だった夫を交通事故でなくし、女手ひとつで四人の子供を育て上げた。長男は国立大学を苦学して卒業して一流商社に入った。次男は奨学金を受けて医大に進み、長女はエリート銀行員に嫁いだ。
安男は自己破産した後、毎月15万円の仕送りを元妻と子供たちに送っていた。それを倍の30万円にしてくれと言われ、給料はすべて仕送りに消えてしまうこととなった。安男は中学時代のクラスメートの中西が経営する包装用資材の会社の営業として働いていた。だがぜんぜん給料分の契約を取れない。だが中西は人助けだと思って彼の仕事については何も言わない。
安男が帰るところはマリというクラブのホステスをしている女のアパートだ。破産して、すべてを失っていた安男は、偶然新宿でマリと出くわし、一緒に屋上ビアガーデンへ行き、そのままマリのアパートに転がり込んだのだ。デブでブスなんだが気立ての良いマリはいやな顔をせず、安男を置いてくれて、母の見舞いにと3万円もくれた。
安男の兄や姉はいわゆる成功者と言われる地位についているが、すべてを金で解決しようとし、母親の見舞いにも来ない。母親の病状が危機的だという話を聞いて安男は兄弟で医者の話を聞き、今後どうするかを決めようとした。
大学病院の教授は心臓の冠状動脈に重大な狭窄が三カ所あり、外科的な手術はリスクが大きいと言い、医者である次兄は、手術は避けて、内科的な治療を続けてくれと言う。だが主治医の藤本医師は千葉県の鴨浦町にあるサン・マルコ記念病院に曽我という腕の良いドクターがいる。そこならオペをやってもらえるかもしれないと勧める。
母親を説得して、サン・マルコ記念病院にいくことにしたが、大学病院からは160キロ、百マイルも離れており、救急車で運ぶか、ヘリ輸送かと言われたが、母は飛行機に乗ったこともないし、高いところはダメだからと、自分が車で運ぶことにした。勤め先の社長・中西からワゴン車を借り、布団を敷いて百マイルを走り始めた。そして何とかサン・マルコ記念病院にたどり着き、早速母親の検査をし、1週間後には手術をすることとなった。
この小説の登場人物の中で一番胸を打たれたのは、安男を2年間も自分のアパートに住まわせて面倒を見てくれたマリだ。「わたしと付き合った男は、みんなよくなるんだから」というのが口癖で、よくなった男はみんなマリを捨てていくのだ。そしてマリは一緒に住んでいるけど安男は自分を愛していてくれるのではないということを知っており、彼はまだ前の妻のことが好きなのだと分かっていた。そして安男に内緒で元妻の英子に会って、彼を引き取ってくれと言った。
マリの母は夫が亡くなり、マリを連れて再婚したが、すぐに亡くなり、新しいお父さんは新しいお母さんをもらった。そしてマリの初めての男は、そのお父さんだった。新しいお母さんが来ても、お父さんは酔っ払うとマリのところにやって来た。そして大雪の晩に、しているところを見つかっちゃって、めちゃくちゃにぶたれて、家から叩き出されてしまった。
「国を出たあの日から、みんなにありがとうって言うことにした。あのころのことを考えたら、何があったって幸せですよ。ありがとうですよ。幸せをくれた人たちには、ちゃんとありがとうを言わなきゃいけないでしょ。だからね、好きになった男の人には、できるだけのことはしますよ。だァれもあたしのこと好きになってはくれないけど、あたしが好きになったんだから、やっぱりありがとうです。だって、愛されることは幸せじゃないけど、愛することって、幸せだもんね。毎日うきうきするもんね。」
安男がマリのアパートへ戻ると、マリの部屋は空っぽで、「ありがとう、ヤッさん。うれしかったよ。とても愛しています。マリ」という書き置きが置かれていた。
主人公の安男よりもマリのほうに、マリの生き方に感動しました。
「天国までの百マイル」 浅田次郎著 朝日新聞社 1998年12月1日発行 1,500円+税