「一本の茎の上に」を読みました(10月11日)
その中から私が気に入ったものをいくつか紹介します。
「一本の茎の上に」では次のように語っています「日本は長い歳月のあいだにゆったりと混血をくり返し、攪拌よろしきを得て、あまりダマができずに練りあげられ、いつのころからか日本人というものに羽化していったのだろう。混血がかなり濃縮、成功した例だろうが、成功と言っても計画してそうなったわけでもなし、偶然みたいなものだから特別誇るべきことでもない。
いまだに『日本は単一民族だから優秀なのだ』と見栄を切りたがる人がいて困る」
かつての日本のN首相も日本は単一民族だと見栄を切っていたのを思い出しました。
「平熱の詩」では山之口貘さんの詩「応召」を紹介して「ふだんはむやみな殺生を禁じ、慈悲の心を説き、煩悩の浅はかさを教え、あの世への解脱を語り、しめやかにお経をあげていた人が一転、軍服を着て「只今より人殺しに行ってまいります!」と敬礼するようなものだから、矛盾の極みである。」と言っています。
平時、人殺しは殺人で罰されるのに、戦争ではたくさん人を殺せば勲章をもらえる。この矛盾はすべての国が戦争を放棄すること以外に解決されないだろう。
また彼女が50歳を過ぎて、ハングルを学び始めたことについても書かれていて、その中で韓国の諺「晩学の泥棒、夜の明けゆくを知らず」とか「始まりが半分」が紹介され、また「語学とは師のこととみつけたり」と自分の経験から得たことを書いている。
わたしもハングルをもう一度勉強してみようかなと思わせられました。
「山本安英の花」では山本安英の言葉「人間はいつまでも初々しさが大切なんですねえ。人に対しても世の中に対しても。初々しさがなくなると俳優としても駄目になります。それは隠そうとしたって隠しおおせるものではなくて、そうして堕ちていった人を何人もみました。」が紹介されていました。
また、中国の諺「桃李言わざれども下おのずから蹊をなす」を紹介し、「ことごとしく宣伝しなくても、桃や李は馥郁と咲くことによって人々を惹きつけ、その下には自然に道ができてしまう」と解説を述べていた。
そんな桃や李のような人になりたいものです。
小さな本ですが、生き方の姿勢についていろいろと教えられところが多い本でした。
「一本の茎の上に」 茨木のり子著 ちくま文庫 2009年7月10日発行 600円+税