「尾道茶寮夜咄堂」を読みました(8月17日)
しかしここへ来るには、千光寺の石段をたっぷり5分は上がらなくてはならず、車では入れない。尾道のどこか懐かしい街並みと瀬戸内海を一望できる眺めを差し引いても、これは二束三文にしかならないだろうと思った。
空き家のはずの夜咄堂に入って店の中を見ていると、「お客様ですか?」という少女らしき澄んだ声がした。彼女は黒い和服姿で美しかった。顔つきは高校生ぐらいで、色白の肌と真紅の唇、そして大きな瞳からは、暗闇に咲く一輪の花のような凛とした雰囲気を感じる。もう一人、ぱっと見で四十代で、鼻ひげをたくわえた中年の和服の男がいた。そして彼のことを見て、宗一郎の息子の千尋だろうという。
「あなた方は何者なんですか」という千尋の問いに、「私達はこの店の茶道具の、付喪神だよ」と答える。さらにもう一匹、犬のロビンも付喪神だった。千尋は黒いのと呼ばれていた彼女にヌバタマと名付けた。四十代の男はオリベという。
戸惑いながらも千尋は二人から茶道の指導を受け、父の残した「夜咄堂」を続けることにする。
わたしは茶道については何も知らないが、本書には茶道とは何かということを千尋が茶道を覚えていく過程でいろいろと説明しているので、勉強になった。
「日々是好日」が付喪神の能力だという。「日々是好日」を発動させると、お客様の感受性を一時的に上げ、茶道の良さを感じ取ってもらえるようになるのだという。ヌバタマは千尋の父・宗一郎が「誰かが、自分の茶で笑顔になってくれる。ただただ、それがうれしいのだよ」といった言葉に感動したと千尋に伝える。
茶道もやはり一期一会。今相対している人との一瞬一瞬を大事に思い、相手を思いやり、しかも相手にその思いやりを感じさせず、ひと時の幸せな空間と時間を共有するということではないかと思った。
「尾道茶寮夜咄堂」 加藤泰幸著 宝島社 2016年10月20日発行 650円+税