「海路」を読みました(4月27日)

d0021786_16581986.jpg東京大田区にある「月島診療所」は医師の月島と看護師の志木、事務員の水鳥の3人でやっている小さな診療所である。70を少し過ぎた月島医師は診療所の2階に一人で住んでいる。かつては家族(妻・巻と長男・博一)があり、別の家に住んでいたが、離婚してからは診療所の2階に住むようになった。

看護師の志木は大学病院の看護師をしていたが、あまりに忙しく、結婚を考え始めていた彼女は夜勤がなく、規則的な勤務ができるような職場を探していた。27歳から月島診療所で働き始め、もう16年になる。ひと月ほど前に、3月いっぱいで診療所を閉めると言われた。

月島は父が戦死し、母親は郵便局で働いていて、家計は苦しく、級友からいじめられていた。自分を強く見せる方法として思いついたのが、本を読み、知識を詰め込むことだった。初めは植物や昆虫や動物のことを勉強した。そのうちに毒草など自然界に存在する猛毒に興味を持った。そうした知識があると周りから一目置かれたし、尊敬の眼差しを注がれた。

往診の帰り、月島と志木は料亭・ハナムラに立ち寄り、その後、月島は志木に力道山の墓を見せたいと言って池上本門寺へ誘った。そこで患者の一人が孫を連れてやって来たのに出会った。彼と別れてから月島は、「わが子と孫は違う。老人にとって孫と過ごす時間は限られている。孫の成長のどこかで自分は確実にいなくなる。だから尚いとしい。いとしむ時間がいとおしい」と言った。

志木が「先生、歳を取るのは辛いことでしょうか?」と聞くと、月島は「身体の機能に関していえば辛いことが多いですね。でも心に関していえば、二つほどいいこともあります。一つはこれから先どのように生きようかという悩みが少なくなる。もう一つは大切なものが年々減ってくることによって、大切にするものの比重が増す」と答えた。

3月の半ばのある月曜日、先生が行方不明になる。患者さんたちに突然の休診を詫び、「休診日」の札をかけると、若い医師がやってきて昨夜遅くに突然閉院までの2週間、やってくれるようにと月島先生に頼まれたと言う。彼の話によると、沖縄のなんとかいう島の知り合いが倒れたかなんかで、その島に向かったそうだ。

志木は情報を集め、月島が渡嘉敷島へ行ったことを突き止め、後を追う。渡嘉敷島には80になるかならないかの出口先生がやっている診療所があった。そして月島は「山口さんの代わりが来るまで手伝って、その後はこの地でのんびり暮らすのもいい。老いていくのが恐ろしいんです。昨日より今日、今日より明日、ぼくの身体の機能は少しずつ衰えていく。そしていつか誰の役にも立たず、誰も僕を頼らなくなり、人に迷惑をかけながら、ひたすら死ぬ時間を待つようになる。自分が自分でなくなることが怖いんだよ。誰からも相手にされないただの衰えた独りきりの老人になることが」と言った。

この小説はテーマ競作小説で、「死様(しにざま)」というテーマで、ほかに荻原浩、佐藤正午、白石一文、土居伸光、盛田隆二が書いている。

誰もが迎える死だが、死に様は各人各様だろう。死ぬ時がわかっていれば、その時までにやりたいことをやり、一区切りつけておくこともできるだろうが、いつやって来るかは分からない。今日が最後の日だというつもりで生きるとスティーブ・ジョブズが言っていたが、なかなかどれも難しい。いつもの生活を送りながら、ある時、命のひもがぷつんと切れるように死んでいく。そうするよりないのかなと思う。

「海路」 藤岡陽子著 光文社 2011年6月25日発行 1200円+税
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by irkutsk | 2018-04-27 20:57 | | Comments(0)
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