「国体論 菊と星条旗」を読みました(5月3日)

d0021786_14585536.jpg「はじめに」で筆者は次のように言っている。「現代日本の入り込んだ奇怪な逼塞状況を分析・説明することのできる唯一の概念が「国体」である。「国体」が戦前日本と戦後日本を貫通する「何か」を示しうる概念であるのは、戦前と戦後を分かつ1945年の敗戦に伴ってもたらされた社会改革によって、「国体」は表面的には廃絶されたにもかかわらず、実は再編されたかたちで生き残ったからである。敗戦時の「国体」の再編劇において決定的な役割を果たしたのがアメリカであったことは、言うまでもあるまい。その複雑なプロセスに見て取るべきものを、本書では「国体護持の政治神学」と呼ぶ。」

明治時代において「国体」として天皇が位置付けられ、国民の権利主張と要求は「国体に抵触しない限りにおいて」認められた。

戦後、マッカーサーは、ある意味で「勤王の士」であった。白井は次のように書いている。「日本史の顕著な特徴は、権力の交代において、新たに権力を握ろうとする者が、権威の源泉たる天皇を廃して自ら権力と権威を兼ねようとはせず、あくまで天皇の朝廷が設定した官位を得ることによって権力の正当化を図ってきた、という点にある。」

また彼は戦前と戦後を並べ、国体が必要とされた理由を次のように述べている。「「国体」は「坂の上の雲」――明治レジームにあっては独立の維持と「一等国」化、戦後レジームにあっては敗戦からの再建と先進国化――に到達するために必要とされた。それらの目的が達成された以上、国体はある意味で清算されなければならなかったはずである。

また昨今の改憲論争について、次のように述べている。「「改憲か護憲か」という問題設定は、疑似問題に過ぎない。最高法規であるはずの日本国憲法の上位に、日米安保条約とそれに付随する日米地位協定および関係する種々の密約がある。そのような構造を放置したまま、憲法を変えようが護ろうが、本質的な違いはない」。「日本は、日米安保条約に基づき、広大な国土をアメリカの軍事基地のために提供し、その駐留経費の75%を負担している。この負担率は、ほかの米軍駐留国と比較して断トツの一位であり、ドイツの倍以上に達している。これほどの好条件で提供された大規模な軍事施設の存在を抜きにして、アメリカの軍事的戦略は到底実行し得ない。」

戦後、「国体」は天皇からアメリカへと代わった。しかし、冷戦終結の時、アメリカ従属の体制から抜け出す可能性があったが、逆にますます「国体」としてのアメリカに従属を強めた日本の政治・経済はアメリカの没落とともにその影響を第一に引き受けることになるだろう。経済危機や戦争、あるいはその両方によって、戦前の日本が破滅への道を突き進んだごとく、アメリカの犠牲となって日本国民は多くの犠牲を払わされることになる。

現在の日本の国の在り方を考えさせられるいい本でした。日本を再び破滅のどん底に陥れないために、一人でも多くの人に読んでほしい本です。

「国体論 菊と星条旗」 白井聡著 集英社新書 2018年4月22日発行 940円+税
[PR]
by irkutsk | 2018-05-03 14:59 | | Comments(0)