「国境のない生き方」を読みました(5月16日)

d0021786_21445071.jpg著者が5歳の時、母は著者と妹を連れて北海道に移り住んだ。それは1972年だった。
母は札幌交響楽団に初の女性団員として入団するためにやって来たのだった。ヴィオラ奏者の母は楽団が公演に出かけるときは娘二人を残して、出かけなければならなかった。

著者のマリが初めて一人旅をしたのは14歳の時だった。オーケストラのヴィオラ奏者をしている母はヨーロッパに音楽家の友人がたくさんいて、1か月かけてフランス~ドイツ~ベルギーを巡るその旅は、もともとは母がその人たちに会いに行くはずのものでした。ところが母が急に行けなくなったので、冬休みだったマリが代わりに行くことになったのでした。その旅行の中で知り合ったイタリア人の陶芸家マルコじいさんが彼女の運命を大きく変えることになりました。

17歳でイタリアへ絵画の勉強に行き、18歳のマリはイタリア人の詩人ジュゼッペと同棲していた。しかしジュゼッペは、アクセサリーを売る屋台が軌道に乗ると、その日の売り上げを飲んで使ってしまい、金がなくなると「君が、日本からお金を送ってもらえばいい」と言い出す始末で、挙句の果てに酔ってけんかをして、大けがをしてしまった。しかし、その時ジュゼッペの子どもを身ごもっていて、27歳でデルスを生んだのでした。デルスと別れて日本に帰り、漫画家としてデビューしました。

この本の中でよかったところは次のようなところです。
「見てごらん、世界はこんなに美しい。生きるのは喜びであり、情熱である」

「右へならえで流されるのではなく、本当にこれでいいのだろうかと立ち止まって考えること、猜疑心というのは人間が真摯に生きようとした時に、その人を根本から突き動かすエネルギーになりうるのだと思います。」

「人生は一度きりなんだから、無駄にできる時間はこれっぽっちもない」

「今の時代ってグローバルだ、世界は一つだみたいにあおって、一つの基準に合わせようとして生活しているけど、足並みをそろえなきゃいけないなんてことはないと思うんですよ」

ピーテル・ブリューゲルの絵画「盲人の寓話」について
「誰かが右と言えば右かもしれないと思い、左と言えば左かもしれないと思い、人に言われるままにぞろぞろくっついて行って、気が付いた時には全員、芋づる式に穴の中に落ちる人間の愚かさを風刺した寓意画です。寄って立つところが薄っぺらいと、人は簡単に巻き込まれてしまうというのが群集心理の恐ろしいところです。」

「人間は動く生き物なんだから、移動するのが当たり前。旅をするのも当然のこと。生きているからには、感動したいんです。感動は情熱のガソリンですから」

「国境のない生き方」 ヤマザキマリ著 小学館新書 2015年4月6日 740円+税
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by irkutsk | 2018-05-16 05:43 | | Comments(0)
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