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2011年 06月 20日 ( 2 )


「星守る犬」を見に行きました(6月20日)

d0021786_16231310.jpgピカデリーに「星守る犬」を見に行きました。
夏、北海道名寄市役所に警察官がやって来て、キャンプ場の裏に放置されていた車の中に死後6ヶ月の白骨化した遺体が見つかった。そしてそばにまだ死んで間もない犬がいたと言う。身元を明らかにする車のナンバープレート、免許証もなく、車体番号も削られていたという。

市役所福祉課に勤める京介は他の職員と共に現場を見に行く。そしてそこに落ちていたレシートや古物売り払いの受け取りなどを見つける。

京介は小さい頃両親を交通事故で亡くし、祖父母に育てられたが、祖母もまもなく病気で亡くなる。祖父と二人になり、祖父は京介のために犬を連れて帰ってくる。黒と名づけられた犬はボール遊びが好きだったが、京介はあまり黒と遊ぶこともなく、自分の世界に閉じこもって本を読むのが好きな子どもだった。

京介はキャンプ場の裏で亡くなった男のことが気になり、有給休暇をとって東京まで調べに行く。そして東京から戻る途中で彼らが泊まった旅館、途中で買物をしたコンビニ、北海道に渡って、入ったレストランに寄り、中年の男がハッピーという秋田犬を連れて旅していたという話を聞きだし、彼がなぜハッピーと二人で当てのない旅に出て、最後に北海道で野垂れ死にしたのかがだんだんと分かってくる。

ハッピーは最初、娘がどうしても飼いたいと言って連れてきた子犬だったが、大きくなると可愛くないといって娘はハッピーの面倒を見なくなった。お父さん(西田敏行)は町工場で溶接工をしていたが、不景気で首を切られ、毎日うちでごろごろ。お母さん(岸本加代子)は友達が始めた派遣会社を手伝うようになる。そして同じ頃実家の父親の具合が悪くなる。娘は夜中に出歩くようになり、注意するが聞かない。お父さんに何とかしてくれというが、「お前の好きなようにすればいい」というばかり。実家の父親が死んだ後、夫に離婚届をつきつけ、弘前の実家に娘を連れて帰っていった。

残されたお父さんはハローワークに行っても仕事がなく、ハッピーと二人あり金を持って旅に出たのだった。

犬と人間との結びつきがとてもリアルに描かれていて、ハッピー役を演じた犬に何か賞を上げたいくらいの熱演でした。キャンプ場の裏でお父さんが動けなくなっても、ハッピーは一人町へ行き、食べ物を彼のために持ってくるのでした。そして彼が亡くなって半年後、キャンプ場でバーベキューをしていた家族連れを見て、昔、自分のうちの庭でバーベキューをしていたのを思い出し、近づいていくと「キャー、野犬が来た!」と大騒ぎになり、バーベキューをしていた家族のお父さんがハッピーに薪を投げつけ、ハッピーは血を流し、足を骨折し、お父さんが待つワゴン車へ戻っていくのでした。

時代はちょうど小泉内閣が選挙で大勝利を収め、働く人たちの生活がどんどん厳しさを増していった頃でした。働く意欲はあっても仕事がない。妻や娘には見捨てられ、彼女らの所へは行けない。弘前まで行って、彼女らが幸せそうに生活しているところを覗き見したが、そこへ入っていくことなんかできない。そして彼が最後に選択したのは行けるところまで行き、そこで人生を終わるという悲しい選択だった。

物があふれかえる日本で、仕事も家族もなくした男が生きていくことができないというのはどこかおかしいですね。

タイトルともなっている『星守る犬』は、「犬がもの欲しそうに星を見続けている姿から、手に入らないものを求める人のことを指す」という意味の言葉であると作中で語られている。

映画の作り方も非常によかった。ワゴン車と遺体が発見されたところから始まり、それを追って京介が来るまで東京から彼らの足跡をたどるのだが、そこでお父さんとハッピーが過ごした様子とそれを追っている現在の京介が交互に映し出され、またハッピーが飼われ始めた時のことや、幸せだったときのこと、そして京介が飼っていたクロという犬との生活やクロの最後を看取ったときのことなどが巧みに織り交ぜられ、一つの映画にまとめられています。監督の巧みな手法にも感心させられました。おすすめの映画です。

「星守る犬」 2011年日本 128分 監督:瀧本智行
出演:西田敏行 玉山鉄二 川島海荷 余貴美子 温水洋一 濱田マリ 中村獅童 岸本加代子 三浦友和 藤達也他

by irkutsk | 2011-06-20 16:23 | 映画 | Comments(0)

6月20日の放射線量(6月20日)

d0021786_9272076.jpg6月20日午前6時32分の名古屋市千種区のわが家のベランダ(マンションの2階)での放射線量は0.13[μSv/h](マイクロシーベルト/時間)でした。気温は21℃、天気は曇り。

「原発のウソ」(小出裕章著)より
<原発が生み出した「死の灰」は広島原爆の80万発分>
「原子力発電」というと。高度な科学技術を用いた難しい発電方法のようなイメージがあるかもしれません。しかし面倒くさいことは基本的にやっていないのです。たんに「お湯を沸かす」という、それだけです。

 しかし、原子力発電所は東京にも、大阪にも、名古屋にもありません。電気をたくさん使う大都会や工業地帯に発電所を造れば便利なはずです。わざわざ何百キロも離れた過疎地に発電所を建て、長い送電線を敷いて都会に電気を送るのはいかにも効率が悪すぎます。

 理由は簡単です。原子力発電所で燃やしている(つまり核分裂させている)燃料がウランだからです。ウランを燃やせば必ず「核分裂生成物」、つまり「死の灰」ができてしまいます。原子力発電の抱えている危険の「根源」は、ここにあります。

政府や電力会社は、福島の事故が「想定外」だったと強調しています。しかし彼らは原子力発電所に事故が起これば大惨事になることをはじめからよく知っていました。だから東京電力は自社の給電範囲に火力発電所は建てても、原子力発電所は建てませんでした。そんな危険なものを人口の多い地域につくることはできない。人口の少ない田舎に押し付けてしまえ、というわけです。

 それでは、日本の原子力発電はこれまでどれくらいの電気を作り、また同時に「死の灰」を作ってきたのでしょうか。今日まで日本の原発が生み出してきた電力の総量は7兆KW
時に達します。想像もつかないぐらいものすごい量ですが、原子力でそれだけの電気を作ったということは、その分確実に「死の灰」もできているということです。

 それが積もりに積もって、広島原爆の約120万発分に達するほどになりました。放射能の減衰を考慮に入れても現在のところ80万発分を超えています。日本のあちこちに原爆80万発分の「死の灰」がたまっている。

 福島第一原発の事故は、そのごくごく一部が飛び出してしまったものに過ぎません。たったそれだけのことで、安心して水も飲めない、空気も吸えないようになってしまう。本当に原発は恐ろしいものなのです。

「原発のウソ」 小出裕章著 扶桑社新書 2011年6月1日発行 740円+税

by irkutsk | 2011-06-20 09:27 | 見たこと、聞いたこと | Comments(4)
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