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ロシアとMacと日本語

カテゴリ:見たこと、聞いたこと( 326 )

今池ガスホールへ第71回毎日落語会を聞きに行きました。13時30分開演で前座は露の新幸の「時うどん」。うどんを食べて銭を払うときに、ひとつ、ふたつと数え、やっつまで数えたところで、「おやじ今なんどきだ」と聞いて、「ここのつ」うどん屋が答えた後、とお、じゅういちと数え、16文のうどんを15文で食べた。一緒にいた男が翌日同じことをして15文でうどんを食べようとしたが、時間が早かったので余計に払ってしまったという話。

二題目は露の新治の「紙入れ」。貸本屋がお得意さんの奥さんと懇ろになり、奥さんから今夜は主人が出かけて帰ってこないから来てくれという手紙をもらって、出かけて行き、酒を飲みながらおいしいものを食べ、いよいよ床にはいると、亭主が帰ってきて、慌てて裏口から帰っていく。ところが枕の下に紙入れを忘れてきたのに気が付き、気が気でなく翌日そのうちを訪ねていくと、主人がいて「お前謝ることがあるんじゃないか」と言われドキッとするが、本の続きをまだ持ってこないという話だった。主人に顔色が悪いがどうしたのかと聞かれ、他人の女房と寝たところへ亭主が帰ってきたが、奥さんの手紙を入れた紙入れを忘れてきたいう話をするが、その話を聞いた主人は貸本屋が自分の女房と寝たとは思わず、「間男されるような野郎だあな。そこまで気が付くめえ」と答えるという話。

三題目は古今亭文菊の「七段目」。

中入りの後は、文菊の「長屋の花見」。貧乏長屋の大家が店子たちに花見に行こうと誘う。酒3本と蒲鉾、卵焼きを持って行くというが、酒は番茶を薄めたもの。蒲鉾は大根、卵焼きはたくあん。それでもみんなで花見に出かけるという話。

最後は露の新治の「抜け雀」。みすぼらしい身なりの男を止めた旅籠の亭主。客は昼に5合、夜に1升の酒を飲み、宿賃は発つ時でいいと亭主が言ったものの、おかみさんは酒代だけでももらっておいでと亭主を急き立てる。亭主がその男のところへ行くと、「金はない」と言う。そして宿賃の代わりに屏風に絵を描いてやると言い、飛んでいる雀の絵を描いて去っていった。翌日屏風を置いてある部屋の前の雨戸をあけると部屋からチュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる。障子を開けると雀が飛び出してきて外へ飛んで行った。しばらくすると雀は帰ってきて屏風の中に入る。この噂を聞きつけ一目見ようとたくさんの客が押し寄せた。そのうち殿様もやって来て、この屏風を譲ってくれと言うが、絵師との約束で彼がもう一度来るまで誰にも売ってはならないと言われていたので、それまで待ってもらうことにした。そこに年老いた絵師がやって来て、この屏風の雀はこのままでは死んでしまうと言う。そして死なないようにしてやると言い、籠と止まり木を描き足した。しばらくして最初にこの絵を描いた男がやって来て、年老いた絵師の話を聞き、「自分は親不孝者だ。親に籠を描かせてしまった(駕籠をかかせてしまった)」と嘆いたというオチだった。

さすが、露の新治はうまい!話に引き込まれる。
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by irkutsk | 2019-03-21 17:55 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

d0021786_1958532.jpg徳川美術館へ「尾張徳川家の雛まつり」を見に行きました。入るとすぐに段飾りのお雛様があり、これは写真を撮ってもよいのですが、中に展示してあるものは写真が取れません。蓬左文庫では旧家のひな飾りということで、江戸末期から明治、大正、昭和のひな飾りがいくつも展示してあり、お内裏様の顔が細いのや丸っこいのやいろいろありました。美術館の方では徳川家のひな飾りが展示されていて、一つ一つに葵の紋が描かれていました。
3月3日のひな祭りの日で日曜日ということもあり、4時ごろに行ったにもかかわらず、たくさんの人が来ていました。
「尾張徳川家の雛まつり」は4月7日(日)までやっています。





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by irkutsk | 2019-03-03 17:57 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

名古屋タカシマヤへ「新海誠展」を見に行きました。最終日前日の土曜日ということもあって開場はたくさんの人であふれていた。「ほしのこえ」、「雲の向こう約束の地」、「秒速5センチメートル」、「星を追う子供」、「言の葉の庭」、「君の名は」の原画や絵コンテ、現実の写真とアニメのシーンの比較などが展示されており、それぞれの映画の一部がモニターで流されていた。
彼のち密な描写やストーリーの構成など、日本のアニメ界を代表する一人である。次回作が楽しみである。

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by irkutsk | 2019-03-02 13:40 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

3月31日(日)14:00~16:30にウィルあいち3F大会議室で内田樹&白井聡対談集会が開かれます。現在日本の思想家の第一人者である内田樹と「永続敗戦論」で有名な政治学者白井聡の対談というビッグイベントです。参加費は1,000円ですが、会場は300人しか入れません。13:30開場なので早めにいかれることをお勧めします。3年前の建国記念の日不承認2・11愛知県民のつどいのときは同じ会場で白井聡氏の講演が行われましたが、会場にはい入りきれない人が出るほどの盛況ぶりでした。今回も開始時間ギリギリにいくと入れない可能性もあります。
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by irkutsk | 2019-02-23 09:55 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

d0021786_21343893.jpg日本特殊陶業市民会館ビレッジホールへ越智バレエ団の「くるみ割り人形」を見に行きました。今年のクララは藤沢里緒と奥田桃子でした。

第一幕第一場は「シュータールバウム家の応接室」。たくさんのお客さんが来て、にぎやかにクリスマスを祝います。子どもたちは応接間の大きなクリスマスツリーに大喜び。しばらくするとクララとフリッツの叔父で名付け親のドロッセルマイヤーがやってきます。ぜんまい仕掛けのコロンビーヌ、ハレキン、サラセンの人形で子どもたちを楽しませます。兵隊の格好をしたくるみ割り人形をクララとフリッツに与えます。しかし、人形は一つだけ。取り合いとなり、フリッツは人形をこわしてしまいます。心のやさしいクララはこわれた人形を小さなベッドに寝かせてあげます。やがて夜が更け、お客さんはみな帰っていきます。ベッドに入ったクララはなかなか寝つけません。ベッドを抜け出して、応接間のくるみ割り人形を見に行きます。

第一幕第二場は「冬の松林」。突然辺りが騒がしくなり、ネズミの大軍が現れ、おもちゃの兵隊たちに襲いかかります。しばらくすると、くるみ割り人形とねずみの王様との一騎打ちが始まります。くるみ割り人形はいまにも負けそうになるので、クララは、履いていたスリッパを脱ぎ、ねずみの王様めがけて投げつけました。王様は悲鳴をあげて倒れ、ねずみと兵隊たちも一目散に退去します。すると、くるみ割り人形はたちまちりりしい王子の姿に変わりました。王子はクララに感謝し、二人は雪の精たちの歓迎を受けながら、お菓子の国へと向かいます。

第二幕「お菓子の国」では大地も樹木もお城もすべてお菓子でできています。クララが到着すると、お城ではいろいろなお菓子の精たちが二人を歓迎してくれます。まず情熱的なスペインの踊り、ロシアの踊り、フランスの踊り、中国の踊り、アラビアの踊りが次々から次へと披露された後、今度はお菓子のバラの花の侍女たちによる絢爛たる「花のワルツ」、そして輝くように美しい「グラン・パ・ド・ドゥ」が踊られます。この幸せな物語は、クララがクリスマスの夜に見た夢だったのです。

第二部では越智久美子さんが金平糖の精として登場し、王子との踊りを披露しました。

最後に恒例のお菓子まきがありましたが、前の方の席の人しか取れませんでした。

3年ぶりに見た「くるみ割り人形」でしたが、これを見ると年末を感じます。
by irkutsk | 2018-12-24 18:33 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

d0021786_904594.jpg友人が参加している劇団名古屋の2018年秋公演「空白のカルテ」を見に行きました。今回は愛知県芸術劇場小ホールで行われました。

医師・小笠原登は皮膚科医として、らい病患者を診ていたが、当時の日本政府はハンセン病隔離政策をとっており、1931年のらい予防法制定と時を同じくして始まった「無らい県運動」の中で患者の多くが家族と引き離され、隔離施設に収容され、一生そこから出ることはできなかった。

小笠原登医師は、らい病は触っても感染するような病ではないし、普通の生活をしていても周りの人々にうつるものではないという論文を学会で発表したが、誰一人として彼を支持する医師はいなかった。

療養所では患者同士の結婚は許されたが、子どもができないように断種手術を受けることが強いられた。

戦後、特効薬「プロミン」の登場により、らい病は治りやすい病気になった。しかし、隔離法は1996年まで廃止されなかった。2001年、らい予防法は憲法違反という判決が下され、行政と国会の怠慢を指摘した。国は謝罪し、入所者と和解した。

現在岡山県長島愛生園では160名が入所している。平均年齢は85歳。平均在園年数は60年を超える。ハンセン病自体は数十年も前に治癒しているため、後遺症や高齢化のケアが行われている。

劇団名古屋の今回の公演は小笠原登医師の生涯を縦軸にしながら、らい病患者と彼らを取り巻く環境を描いたものでした。また最近フェイクニュースが氾濫して問題となっているが、正に誤った情報によって社会全体がらい病患者を強制的に隔離し、断種手術さえも行われていたというのは衝撃的でした。
by irkutsk | 2018-11-10 21:59 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

今池ガスホールへ第67回毎日落語会を聞きに行きました。最初は露の新幸の「東の旅発端 煮売屋」で、お伊勢参りに行く喜六と清八の物語。奈良を過ぎてしばらく行くと道沿いに煮売屋を見つけて入る。品書きに書いてあるものは何でもできるというおやじに、「口上」や「貸し売りお断り」を注文するが、それはないと言われる。酒を注文しようとすると、「村雨」、「庭雨」、「直雨」(じきさめ)の3種類があると言われ、どう違うのかを問うと、「村雨」は村を出るころには醒める、「庭雨」は庭に出ると醒める、「直雨」は飲むとすぐに醒めると言う。「それは酒の中にぎょうさん水混ぜとるんやろ」と言うと、店のおやじは「そうではない。水の中に酒混ぜとるんや」という話。

二題目は露の新治の「ちりとてちん」。近所の知ったかぶりの竹に腐った豆腐を「元祖長崎名産ちりとてちん」だと言って食わせる話。案の定、竹は知ったかぶりで、「長崎にいたころは毎日これ食べてました。」と言い、悶えながら食べる。旦那が「どんな味や?」と聞くと、「ちょうど豆腐が腐ったような味や」と答える。

三題目は柳家さん喬の「文七元結」。腕のいい壁塗り職人・長兵衛。博打に凝り、50両の借金をこしらえてしまう。家に帰ってみると17になる娘のお久がいないので女房のお兼に聞くと、吉原の佐野槌にいるという。着ていく着物がない長兵衛はおかみさんの着物を着て駆け付けるが、佐野槌の女将はお久の孝心に打たれて50両貸してくれ、来年の大晦日までに返すようにという。その間はお久を店には出さないが、もし返せなかったら、「わたしも鬼になるよ」と言う。そして、その帰り道、長兵衛は吾妻橋で身投げをしようとしている若い男に出会う。話を聞くと、男は鼈甲問屋・近江屋の手代・文七で、今日、水戸様のお屋敷へ代金50両を受け取りに行き、その帰り道、この橋の上でぶつかった男に50両をすられてしまった。もう死んでお詫びするほかないという。長兵衛は金がないので死ぬという文七に50両をやってしまう。文七はもらった50両をもって店へ戻ると、何とすられたと思っていた50両は水戸様のお屋敷で碁のお相手をしたときに碁盤の下に忘れており、使いの者が届けに来てくれたのだという。文七は事の顛末を主人に話し、翌日長兵衛のうちを訪ねると、夫婦げんかの真っ最中。文七にくれた50両を返し、お久を身受けし、文七に添わせ二人して元結の店を開いたと言う人情話。柳家さん喬の名演に、この人は人情噺をやらせると天下一品だと思った。

仲入りの後は、柳家さん喬の「締め込み」。泥棒の話で、留守を狙って泥棒に入り、タンスを開けて風呂敷を広げ着物を包んで家を出ようとしていたところへ、この家の主人が帰ってきた。慌てた泥棒は着物の包を置いて、台所の床下にある糠みその壺の横に隠れる。亭主は風呂敷に包んだ着物を見て、これは女房が着物を金に換えて、男と逃げるつもりなんだと早とちり。湯屋から帰ってきた女房を問い詰め、果ては湯の入った薬缶を投げつけた。幸い女房には当たらなかったが、台所でひっくり返り、煮え湯を浴びた泥棒は思わず飛び出し、夫婦げんかの仲裁に入るという話。

最後は露の新治の「宿屋仇」。日本橋の河内屋という宿屋に一人の侍がやって来る。昨日は岸和田の河内屋という宿屋で泊まったが、大部屋の上、巡礼やら相撲とりのいびき、駆け落ち者がいちゃいちゃして寝られなかったので、静かな部屋を頼むと言い、伊八に銀一朱を渡す。ところが後からやって来て、その侍の隣の部屋に入ったのがのが、お伊勢詣り帰りの3人連れ。芸者をあげての大騒ぎに侍から苦情が入り、芸者を返す。しばらくすると相撲の話から相撲を取り始める。またもや侍から苦情が入る。仕方なく色話をしながら寝ることに。源兵衛が高槻藩の武士の奥方と密通し、現場に現れた弟と奥方を殺したという。それをとなりの部屋で聞いていた侍は伊八を呼び、自分は3年前に前に弟と妻を殺され、その仇を探していたが、よくやくその相手が見つかった。隣の部屋の源兵衛にこの部屋へ来て討たれるか、自分が隣の部屋に行って討つか。その話をもって隣の部屋行くと、さっきの話は三十石船の中で聞いた話を自分のことにして話しただけだというが、隣の侍は承知せず、明朝、源兵衛だけでなくあとの二人も助太刀するであろうから討つと言う。隣の3人はもちろん伊八も眠れぬ夜を過ごすが、翌朝、侍はぐっすり眠れたと言い、宿賃を払うと出立だという。伊八が仇討の件を話すと、「伊八許せ、あれは座興じゃ、嘘じゃ」という話。

柳家さん喬も露の新治もすばらしかったです。2時に始まった落語会、終わったのは5時少し前でした。
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by irkutsk | 2018-10-08 18:17 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

千種公園の西側を自転車で走っていて、ふと見ると白いキノコがあちこちにたくさん生えていました。多分食べられないキノコだと思うので、写真に撮るだけにしました。
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by irkutsk | 2018-09-18 11:51 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

d0021786_5205750.jpg宗次ホールのスイーツタイムコンサートで、「田中正也 第9回魔法のピアノ」コンサートへ行きました。田中正也は福岡市生まれで、15歳の時、単身モスクワへ渡り、モスクワ音楽院で学びました。卒業後はネルセシアン、ヴォスクレセンスキーに師事し、繊細かつ大胆な感性を持つピアニストとして国内外で活躍しています。

今回のテーマは「鎖国がとけて~日本にピアノの調べが流れるとき~」で、江戸時代が終わり、鎖国が解け、西洋の音楽が入ってきたそんな時代の日本、ヨーロッパの作曲家のピアノ曲を解説付きで聞かせてくれました。

プログラムは下記のとおりですが、ドビュッシー:「子供の領分」より“ゴリウォーグのケークウォーク」は中学校で音楽の時間に聞いたのを思い出しました。

アンコールはリストの「ラ・カンパネラ」をでした。

演奏会が終わって外を見ると激しい雨が降っていて、入り口で宗次ホールの方が100円のビニール傘を売っていました。108円で買ってきて100円で売っているそうです。おかげで助かりました。
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by irkutsk | 2018-09-02 16:19 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)

クリスマスはキリスト教徒でもないのに大騒ぎする日本人なのに、お釈迦様の誕生日である「花祭り」にはあまり関心を向けない日本人。去年は3時ごろに行ったら、終わっていてもうお釈迦様の像をしまうところだったので、今年は9時半過ぎに出かけました。

日曜日ということもあって、たくさんの人が来ていました。お釈迦様への甘茶かけは、10時の法要がすんでからということで、10時30分からのお坊さんたちによる法要に参加し、それが終わってから並んでお釈迦様の像に甘茶をかけ、お詣りしてきました。
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甘茶の接待も行われており、久しぶりに甘茶を飲みました。温かかったので、より甘みが強く感じられました。子どもの頃は水筒をもって甘茶をもらってきたものでした。

天気には恵まれましたが、肌寒く南の空には黒い雨雲がありました。お詣りを終え、お寺の門を出ると、地域のお祭りをやっていて、小さな山車が坂を駆け上ってきて、参道で方向転換をして日泰寺の方へ行きました。
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参道では覚王山春祭りをやっていて、いろんな屋台が店を出していました。ところが雨がパラパラしてきて、ちょっと慌てましたが、すぐに止みました。
by irkutsk | 2018-04-08 12:16 | 見たこと、聞いたこと | Comments(0)