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「医師が診た核の傷」を読みました(7月14日)

d0021786_1632986.jpg本書の表紙の見返しに書かれている文を引用しておく。
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本書は、血液や甲状腺の専門医をはじめ、臨床経験の豊富な内科医や精神科医などが「核の傷」について報告している。原爆と原発による「核被害者」を医師が診た記録として、これだけ総合的に捉えた単行本は類がなく、貴重な資料でもある。
【衝撃の内容】
福島で十五歳のとき原発事故に遭遇し、ニ十歳で甲状腺がんの手術を受けた患者の病理組織が、チェルノブイリの小児に見られた放射性ヨウ素による傷害と同じだった。東京電力福島第一原発から放出された放射性ヨウ素が原因とみられる甲状腺がんであることの例証になることだろう。
【驚愕の内容】
外務省は「放射線が人体に与える影響」について委託研究を行ったが、研究者によれば提出して報告書から、次の文言を削除したという。<核兵器は非人道的なものと言わざるをえず、今後決して二度と使用されないこと、新たに作られないこと、さらに究極的には廃絶されるべきこと、を本研究の結論とする>。核兵器禁止条約に署名しない、被爆の国の姿勢は改めて問われよう。
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本書は原爆編と原発編に分かれており、原爆編では原爆による急性障害だけでなく体内に残った放射性物質が遺伝子を傷つけ続け、長い年月にわたって様々な病気を引き起こしているという。
原爆と人間について、秋月医師は「長崎原爆記」で考察を述べている。
<私のいつもゆきつくところは、原子爆弾を投下したアメリカへの憤りではなく、この悲惨を知りながら、あえてこれを行った人間の心の恐ろしさであった。これゆえに、人間は幾千年来、殺し合いを繰り返してきた。被害者である私たちにも、立場が異なれば、いつ、いかなる場所に原爆を投じないとはいえない>

原発編では「モニタリングポストは地表1mで測定しているが、地表に近い所には想像以上に高濃度の放射線が漂っている可能性があり、よちよち歩きの赤ちゃんが放射性物質が混じった空気を吸い込んでいるかもしれない」とか「放射能の影響は、低線量の場合、直ちに現れなくても、数年、数十年たって明らかになることがあります」などの指摘がなされている。また、健康被害の立証は非常に難しく、被害を受けた人たちが因果関係を立証しなければならない。

第6章「老朽原発が生み出す労働者被曝」では阪南中央病院副院長・村田三郎さんが次のように言っています。「巨大な科学技術の陰に原始的な被曝労働者がいる。それが原発なのです。残念ながら作業員の健康被害は避けられません」、「生活のかかった被曝労働者の足元を見透かし、その健康を犠牲にして、原発は成立しているのです」。

「あとがき」で広岩氏は次のように廃棄物処分について危惧している。「原発から出る高レベル放射性廃棄物の処分方法は、地下300メートルより深い地層に数万円以上にわたって埋設隔離する方針だが、その最終処分場はいまだ決まっておらず、原発を再稼働し、核のゴミを増やし続ける原発政策の先行きを考えると暗澹としてくる。」

広島、長崎への原子爆弾、福島第一原発の重大事故を経験したにもかかわらず、どうして原発をやめられないのか。金と命のどちらが大切なのか。

「医師が診た核の傷」 広岩近広著 藤原書店 2018年9月10日発行 2200円+税

by irkutsk | 2019-07-14 16:03 | | Comments(0)

「朝鮮に渡った『日本人妻』―60年の記録」を読みました(7月7日)

d0021786_634899.jpg1959年から始まった北朝鮮への帰国事業で夫や家族と日本を離れ、朝鮮民主主義人民共和国へ渡った日本人妻たちの今を取材したフォト・ドキュメンタリーである。その概要は以下のとおりである。
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この本の第1章では九州宮崎県出身の井出多喜子さんについて書かれている。
井出多喜子さんは1927年4月30日生まれ。15、16歳の時にバスの運転手仲間で6歳年上の史大順さんと知り合い、結婚。両親は反対し、結婚式もあげていない。1948年長男・順次さん、1950年長女・順子さん1953年次女・喜美子さんが生まれる。そして1961年9月1日、帰国事業で北朝鮮へ渡る。

帰国事業とは
1959年12月から84年7月にかけて日本に暮らす朝鮮半島にルーツを持つ人々が北朝鮮に移住する帰国事業が行われた。主体となったのは日朝の赤十字。この事業で日本から海を渡った在日朝鮮人とその家族は93,000人。そのうち日本人妻やその子どもたちなど日本国籍保持者は役6800人。日本国籍を持つ日本人妻に限れば1,830人。

1910年韓国併合により朝鮮を植民地化して以降在日朝鮮人は急増。1911年2500人。1945年の終戦時には200万人を大きく超えていた。1950年5月までに約140万人が帰国。終戦後の日本における朝鮮人に対すら職業差別もあり、土木業やパチンコ業、くず鉄業、日雇い仕事などに限られ、在日朝鮮人の完全失業率は5.14%と日本人の約8倍に上っていた。さらに河川敷にバラックを建てて居住する朝鮮人集落も見られた。1959年12月の帰国者のうち、生活保護受給者は41%を超え、さらに59年12月から67年12月までの間に帰国した8万8600人余りにうち、成年男子の39.6%が無職だった。帰国事業で朝鮮半島北部へ帰国した在日朝鮮人の約95%以上は、故郷が朝鮮半島南側にあった。帰国事業が行われた1950年代から60年代にかけては、世界的にも社会主義の勢いがあった。韓国では李承晩大統領による独裁政権が続いており、不安定な状態であった。一人当たりのGNPは韓国側の統計でも韓国79ドル、朝鮮民主主義人民共和国137ドルだった。近い将来に北主導の南北統一が実現し、南の故郷と行ったり来たりできるようになると思っていた帰国者も多くいた。海を渡った日本人妻の女性たちには、三年後には日朝間で行き来ができるようになるという認識があった。途中中断することはあったが、1984年まで25年間にわたって帰国事業は行われた。清津に到着した帰国者たちは、市内の宿泊所で数日過ごした後、首都平壌や内陸の農村部、海辺の町など各地へ散らばった。

井出多喜子さんが若い頃、日本人たちが集まり懐かしい日本の歌を歌ったりすることもあったという。90年代前半には行政当局から日本人妻たちに便宜が図られるようになり、金剛山や平壌、白頭山などへの団体旅行が催されるようになった。

第2章 堀越恵美さん
1934年9月18日、東京で誕生。夫の宗順植さんは11歳年上で、恵美さんの実家の近くに下宿していた。両親は結婚に反対。22歳のとき両親の反対を押し切って一緒に暮らすようになった。1年後、子どもが生まれる。1960年6月10日、恵美さん25歳のとき帰国船で北朝鮮へ帰る。渡航後は平壌で暮らす。

第3章 皆川光子さん
1939年1月1日、東京で生まれる。生後100日で北京に渡り、小学1年生まで過ごす。
1945年8月、終戦後、札幌・円山公園の近くへ引き揚げる。19574月、北海道大学水産学部に入学。2年生からは函館に移るので、指導教官のうちに下宿し、4歳年上の崔和宰さんと知り合う。彼は隣家の家庭教師をしていた。同じ北大水産学部で動物発生学を学んでいた。結婚のとき親兄弟、親戚は反対し、学校の教授や友達は賛成してくれた。当時、朝鮮民主主義人民共和国は毎年多額の教育援助金を在日本朝鮮人教育界宛に送金していた。ファジェさんも奨学金を受けていた。
1960年2月23日、函館の式場で結婚式を挙げる。光子さんの親族は誰も出席せず。結婚式後、ファジェさんの実家がある京都へ行き、そこで1か月過ごす。1960年4月、新潟へ向かう直前に札幌に立ち戻り、両親に会う。1960年4月8日、第16次船に乗って北朝鮮へ。出航に先立ち、帰還者一同は日赤センター内に桃とバラの記念植樹を行った。日赤センターに二泊三日間お世話になったお礼と、桃が成長し美しい果実をつけるころ日朝が自由に行き気ができるようになることの願いを込めての植樹だった。

帰国後は元山で金光玉という名前に。夫のファジェさんは水産研究所で働く。
1960年11月、長女を出産。「子どもを産んで、抱いたその瞬間に、初めて母親の気持ちがわかりました。自分は目先の幸せばかりを考え、自由に生きることを優先したけれど、母は娘である自分のことを一番考えてくれていたんだと‥‥。

「二年ぐらいは、言葉もわからず、あまり人と話しませんでした。付き合いもありませんでした。それでも三年目くらいに急に話せるようになるのを実感するようになったんです。この頃になると、朝鮮の名前で呼ばれることにも慣れてきました」
1993年頃から毎月1回、元山の日本人の女性たちの集まりが行われるようになった。食事をしたり、旅行をしたり。この交流会は高齢化のため10年ほど前に自然になくなった。

1997年11月、第1回目の里帰り事業で日本へ。しかし母は1990年に亡くなっていた。
2014年2月、夫のファジェさん脳出血のため亡くなり、現在は長女の崔仙姫(55歳)さんと二人暮らし。

第4章 新井瑠璃子さん
1945年敗戦時、海外には軍人、民間人あわせて700万人いた。38度線の北側にいた日本人は約30万人。敗戦後、引き上げる途中で親とはぐれて残留孤児となった。

1933年1月15日ソウルで生まれた。1935年のソウルの人口44万4000人中日本人は約12万人(27%)。瑠璃子さんの父は鉄道員として朝鮮半島へ派遣されていた。7歳の時一度だけ、熊本県の阿蘇に暮らす祖父母のもとへ10日間ほど行った。それが唯一知っている日本だった。

1944年春、父の転勤で朝鮮半島北部の会寧へ。1年後父に召集令状が来た。1945年8月初旬、知り合いの朝鮮人労働者から日本へ帰らなければと言われ、母親、弟とともに逃げる。1か月以上かかって400キロを歩き続け、退潮駅までたどり着く。退潮駅には避難してきた日本人があふれており駅に停まっていた汽車に乗り込み咸興駅に着いた。すでに初秋だった。当分の間汽車は動かないと言われ、駅近くの5階建ての旅館に行くように言われる。翌朝目覚めると、継母の5才の息子と2歳の娘が死んでいた。二人を埋葬した帰り道、リンゴ畑を見つけリンゴを取ってきて、「お金が必要になるかもしれないから、市場で売って来なさい」と言われ弟と二人で売りに行くが、弟はすぐに旅館に帰っていった。ひとりで売っていると朝鮮人の男の人に声をかけられ、「親はいないの?」聞かれ、「親はいません」と答えたので、その人は「家においで」と言って連れて帰った。ぜんぜん知らない人なのに、何となく親しみを感じてついて行った。瑠璃子さんを引き取った男性は夫婦二人と子供二人の四人家族だったが、2,3か月後に咸興を離れ故郷へ帰ることになった。瑠璃子さんは咸興を離れたくなかった。夫婦は娘がいない朝鮮人夫婦が養女を迎えたいというのでそのうちに行くことになった。この両親から「リ・ユグム」という名前をもらった。この夫婦は日本を嫌っていたが、瑠璃子さんに対しては、わが子と同じように育ててくれた。

1960年の夏、9歳年上のトン・ビョンフルさんとお見合いをして結婚。1963年息子のチョルウンさんが生まれる。この頃、勤めていた工場に帰国事業で渡ってきた「日本人妻」が勤務するようになった。その人に日本へ手紙を書くことを勧められ、手紙により、弟や義母、父親も無事に日本へ帰っていたことが分かった。咸興に住む「日本人妻」中本愛子さんと日本人同士の集まりで知り合う。彼女は瑠璃子さんより2歳年上で、熊本県出身。

第5章 かなわない里帰り
ここにいる「日本人妻」の三人全員が二十代、三十代のときに新潟を離れてから一度も故郷の土地を踏んでいない。瑠璃子さんは七歳のときの日本の記憶があるのみだ。彼女たちは、今の日本に生きる私を通して、どんな日本の現在を想像しているのだろうか。そして、そこに彼女たち個人の記憶がどのように交差しているのだろうか。私はどこにもやり場のない、やるせない気持ちを感じながら、いつもの別れと同じように、ただただ手を振り続けることしかできなかった。

あとがき
あの時代に民族差別や貧困に苦しんでいた多くの在日朝鮮人が、日本での将来に悲観的にならざるを得なかったのは事実であり、その時代に行われたのが「帰国事業」だったのだ。彼ら・彼女らを取り巻く歴史的・社会的は池、そして当時の国際情勢を振り返ったときに、時代と政治に翻弄されながらも、強く生きてきた人たちの思いをいまあらためて振り返り、故郷である日本の土をもう一度踏みたいと切実な願いを「人道的」な事業として、何とかかなえてほしいと思っている。
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帰国事業で北朝鮮に帰っていった人たち、そしてその妻として同行した日本人妻たち、桃が実をつけるころには日朝の間を自由に行き来できるようになっているだろうと期待していたが、彼女たちは帰国事業で一時帰国ができた一部の人たちを除いて、死ぬまで祖国の土を踏むことはできないかもしれない。高齢化し、余命いくばくもない「日本人妻」の気持ちに寄り添った一冊である。

「朝鮮に渡った『日本人妻』―60年の記録」 林典子著 岩波新書1782 2019年6月19日発行 1,040円+税

by irkutsk | 2019-07-07 11:04 | | Comments(0)

「星のかけら」を読みました(6月20日)

d0021786_14512625.jpg5年生のころからいじめられている小学6年生のユウキ。彼を守ってくれる幼馴染で同級生のエリカ。塾で知り合った私立小学校に通うマサヤ。いじめっ子のヤノ。

それを持っていれば、どんなにキツイことがあっても耐えられるというお守り「星のかけら」。うわさでは誰かが亡くなった交通事故現場に落ちている車のフロントガラスの破片のことらしい。マサヤに誘われて「星のかけら」を探しにバイパスへ行く。そこで二人は小学校2、3年生らしき女の子に出会う。

「星のかけら」を見つけて光にかざすと、女の子が現れる。その子は6年前に交通事故で亡くなったフミちゃんだった。彼女のおかげで、いじめっ子のヤノ、マサヤの兄のタカヒロ、そしてフミちゃんのお母さんミチコさんさんも変わっていく。

生きるということを考えさせられる一冊でした。

「星のかけら」 重松清著 新潮文庫 2013年7月1日発行 460円+消費税

by irkutsk | 2019-06-20 14:51 | | Comments(0)

「わたしの<平和と戦争>」を読みました(6月11日)

d0021786_17385771.jpg毎日新聞客員編集委員の広岩近広氏が64人の方にインタビューしてその内容が書かれている本です。この本の「はじめに」で広岩さんは次のように書かれています。「私はこのインタビュー企画を通じて、真理の詰まった言葉をたくさんいただいたと感謝している。集約すれば――戦争をするな、いのちを粗末に扱うな、日常の平和を守れ――ということだろう。」

本書の中で印象に残った部分を少し紹介しておきます。
「もともと憲法九条の「戦力と交戦権の放棄」は「国連が世界政府的な存在として機能すること」を念頭に、セットで構想されました。」、「軍隊という組織には、国民の抵抗に対する国家の防衛のためという意味があります。既存の国家政体は、これまで軍隊をそのように使ってきました。国家を守るためには国民に銃を向けるという役割が軍隊にはあるのです。」、「日米同盟は必ずしも日本の国益に一致するとは限りません。対米従属を脱した日米関係を築き、中国や韓国を含めた東アジアの国々と友好関係を確立するのが、最大の国益といえるでしょう。」(加藤典弘)

「日本人は長い間、仏教や儒教や神道の思想を心の糧にしてきた。多神教の神仏習合ですね。生きとし生けるものを殺さない、平等でなければならない、これが基本です。だから日本の伝統は戦争の礼賛ではなく、平和を愛することなのです。」(梅原猛)

「兵士は戦争という極限状況で、大量の人間を平然と殺すことを厭わないものとして訓練される。「正義の戦い」とか「聖戦」というそれぞれの大義のために残虐行為を進んで行うよう訓練されます。それは正規軍でも武装集団の兵士でも本質は同じです。」(伊藤和子)

「為政者がどんな美辞麗句を並べても、戦争は人を殺すことなのです。」(瀬戸内寂聴)

「軍隊は戦争する組織ですから、戦場で死ぬこともあります。そうなったら日本では志願兵なんて出てきませんよ。自ずと徴兵制が敷かれます。徴兵制になったら、貧しい人や恵まれない人たちが兵隊にとられる。いつの時代でも変わりません。(阿刀田高)

「長いものには巻かれる、お上の言うことには黙って従う、そういう気持ちが強まると、考えることを放棄しがちです。大事な点は自分で考え、自分で選択して行動する、その習慣を身につけることでしょう。」(加賀乙彦)

「私たちが次世代に残さなければいけない最たるものは、「国民主権」と「平和主義」と「基本的人権の尊重」です。これはイデオロギーではありません。民主主義社会の基本中の基本です。」(高村薫)

「戦場に行くというのは人を殺しに行くことですし、殺されに行くことでもあります。それを「お国のため」と言わしめた教育の恐ろしさを、今更ながら痛感します。」(高木敏子)

「最近の日本は贅沢に慣れ、享楽を求め、刹那的な傾向がみられます。こうした時に権力者は、戦争を知らない人々に、美辞麗句や勇ましい言葉を使って、戦争の正当性を訴え、国民をひきつけようとします。戦争は国家や権力の企てる人災で、若者を使って殺人、強盗をさせる犯罪なのです。」(堀文子)

「今の政治家が語る言葉は、非常に幼児化しています。シンプルな論理でシンプルなソリューション(解答・解決)を出すような語り口ばかりが目立ちます。(中略)今の政治家たちはプランAだけを示して、それに固執する。もちろんプランAが正解である場合もあるでしょう。でもそうでない場合もある。たいていの場合はそうではない。それはプランが間違っているからではなく、私たちは未来に何が起きるかを完全には予測できないからです。「正解はこれです。これしかありません」と政策にしがみつく政治家は必ず自説にとって都合の悪い変化を過小評価するようになる。みずから進んで現実に目を閉じるというのは愚かなことです。」(内田樹)

「軍隊は国民の生命や財産を守るといいながら、軍隊しか守らないのだと、私はこの目で見た体験から断言できます。」(大田昌秀)

「いったん戦争を始めたら人権は吹っ飛んでしまう。戦争は人権と正反対にあるのに、そこを説得しきれていない。人権を思想の核にして、人権と対立する戦争に反対する思想を生み出したい。(田中優子)

「わたしの<平和と戦争>」 広岩近広編 集英社 2016年6月10日発行 1600円+税

by irkutsk | 2019-06-11 17:39 | | Comments(0)

「「スーパー新幹線」が日本を救う」を読みました(5月20日)

d0021786_1345345.jpg新幹線がやって来ることによる、経済効果は大きなものであるということから話は始まる。北陸新幹線金沢開業により金沢や富山への観光客が増え、会社も東京から金沢、富山へ移転していると著者は言う。政令指定都市は新幹線沿線にしかない。

リニア新幹線についても東京、名古屋、大阪が一つの大きな巨大都市圏になると評価しているが、東京―名古屋間の開業(2027年)だけではだめで、名古屋―大阪間(2045年)の早期開業を求めている。東京―名古屋間の開業で東京、名古屋が一つの都市圏になるが、大阪は取り残されてしまう。年々悪化する「関西の地盤沈下」、年々拡大しつつある「東西格差」が名古屋のリニア先行開業で決定的になるという。

また本書には日本を新幹線ネットワークで結ぶという夢のある計画についても語られていた。北陸新幹線の敦賀-新大阪までの路線をさらに延伸して関西空港までつなげる案、上越新幹線の長岡と北陸新幹線の上越妙高間をつなぐと新潟から富山、金沢、敦賀、京都、大阪へと一つの新幹線でつながる。岡山から松江、出雲市までの伯備新幹線、瀬戸大橋を渡って高松、高知へと四国を南北に走る四国縦断新幹線。新大阪から淡路島を通り四国を横断してさらに大分まで伸ばす四国新幹線。九州ではフル規格による新鳥栖―武雄温泉をつなぎ、現在工事中の武雄温泉―長崎の長崎新幹線を完成させる。さらに小倉―大分間に大分新幹線を作る。宮崎対策としては新八代から宮崎まで新幹線を伸ばす案が示されている。東に目を向けると福島―山形―秋田を結ぶ奥羽新幹線、新潟―秋田―青森を結ぶ羽越新幹線などなど。

新幹線の種類もフル規格の新幹線の他に山形新幹線で導入されている在来線の線路幅を拡幅し、そこに新幹線を走らせる(スピードは在来線のスピード)とか、筆者は単線運転の新幹線も提起している。長崎新幹線で導入しようとしていたフリーゲージ新幹線は技術的に困難だということになった。

ちょっと夢のある本だったが、確かに新幹線というのは都市活性化の効果があると思った。

「スーパー新幹線」が日本を救う 藤井聡著 文春新書 2016年5月20日発行 780円+税

by irkutsk | 2019-05-20 13:43 | | Comments(0)

「いきなりはじめる仏教入門」を読みました(5月17日)

d0021786_2244745.jpg日本を代表する思想家・内田樹と宗教家・釈徹宗との往復書簡で、さすがに難しく、一度読んだだけでは理解できなかった。理解できて、気に言った箇所は次のようなところだった。

「ご縁」というのは、いわば道のない野原をたどっている二人の人間が、狙いすましたように、ある地点に、同時刻にたどりつくことである。(内田)

仏教は因果律に基づいています。因果律はとは「あらゆる現象や存在には、原因がある。原因があれば必ず結果がある。この法則に例外はない。」(釈)

本来「自因自果」といって、自分のまいた種が自分にふりかかるのが因果律ですから、つまり「自らの行為や思考が自らの未来を形成していく」わけです。仏教では「宿命論」や「神(あるいは超越的存在)の意思による決定論」ははっきりと否定されます。(釈)

「人間が人間に対して犯した罪」は人間だけがそれを贖うことができるのであって、神が人間に代わって贖うことはできない。そういうふうに考えることのできる人間が「成人」である。レヴィナスはそう教えています。(内田)

「すべては生成・消滅し続ける」という共通理念がありますので、基本的には常に現在のこの一瞬だけが、唯一成立する<時>です。(釈)

仏教の思想をひとことで言うと、<無執着>です。なにものにも執着しない、ここを目指します。だから出家者は所有物を最小限にし、社会生活から遠ざかるのです。執着は煩悩(悟りを邪魔する欲望)を生み出します。何としても煩悩を消滅させねば……。(釈)

全ての現象や存在は、他の現象や存在との相互依存によって一時的に成立している。それ自体で独立して普遍的に成立しているものではない。つまり、絶対なる存在である神や不滅の霊魂は幻想だ。(釈)

「おねだり」をエサにする制度宗教は宗教性を成熟させません。入信したら「こうなる」、この教団に協力すれば「こんなに幸せになる」という体系をもつ制度宗教はすべて信用できない。謙虚なたしなみの宗教性は「常態時の宗教性」です。つまり平穏な日常を感謝する宗教性です。(釈)

「いきなりはじめる仏教入門」 内田樹、釈徹宗著 角川ソフィア文庫 2012年4月25日発行 590円+税

by irkutsk | 2019-05-17 22:44 | | Comments(0)

「株式投資の未来」を読みました(5月7日)

d0021786_5564570.jpg長期投資を勧めている1冊である。

第1章「成長の罠」では配当の再投資を勧めている。配当こそは投資家のリターンを押し上げる。ここで述べられている「成長の罠」とは企業は技術革新を追い求めるが、技術革新は両刃の剣である。変化が早く競争が激しすぎる。過大評価しがちである。勝ち残るのはごく一握り。技術革新の利益を得るのは消費者であるというものである。

第3章では「黄金銘柄を見つけるには、投資家の期待以上に成長する銘柄を見つけることを目標にすればいい。期待値を測る最良の指標はPERである。

第4章では生活必需品セクターのリターンは安定性が際立って高い。長期的勝ち組はヘルスケア。生活必需品、エネルギーだと言っている。

第6章では「IPO投資は宝くじを買うようなものだ。大成功するものもあるにはあるが、そうでない敗者の数がどうみても多すぎる」とIPOに手を出すことを戒めている。

第8章では「経営陣が手綱を引き締め、模範的な労働環境を整えることが先決だと認識している。そういう環境でなら従業員は、自分はチームの一員であり、顧客から寄せられる尊敬と経済的な成功の両面で会社に貢献していると感じることができる。」と言っている。

第9章では「配当は企業の収益と株式の価値を結び付けるうえで、決定的に重要な役割がある。資産の価格とは、将来それが生み出すキャッシュフローの現在価格だと言いかえられる、株式の場合、キャッシュフローに相当するのは配当だ。値上がり益ではない。キャッシュ温存も重要なオプションの一つ。またとない機会が市場にあらわれたとき、素早く追求できるからだ。」と述べている。

第10章では配当の再投資について「配当債投資は下落局面でプロテクターとなり、株価がいったん上昇に転じれば「リターンの加速装置」となる」と言っている。そのためには配当の変動が激しい銘柄より、安定的に増配する銘柄を選んだ方がいい。

第13章、14章では高齢化の問題が取り上げられている。そして第15章でその解決策が述べられている。先進国の退職者が必要とするものを作るのは途上国の労働者。退職後に売却する資産を開くのは途上国の投資家。

第17章「未来に向けた戦略」では「持続可能なペースでキャッシュフローを形成し、それを配当として株主に還元する銘柄を選ぶ。世界のトレンドを意識する。中心は中国、インドをはじめ途上国へとシフトする。成長見通しに対してバリエーションが適正な株を買い続ける。IPOや人気銘柄は避ける。

この本を読んで、配当がいかに大切か、そして配当を着実に増やしている銘柄を選ぶことが大切だ。一時的な人気銘柄(高いPER)の会社の株やIPOには手を出さないなどなど、いろいろ教えられることが書かれていました。

「株式投資の未来」 ジェレミー・シーゲル著 瑞穂のりこ訳 日経BP社 2005年11月28日発行 2200円+税

by irkutsk | 2019-05-07 05:55 | | Comments(0)

「日本の生き筋」を読みました(4月14日)

d0021786_15415763.jpg「ロシア政治経済ジャーナル」というメルマガを発行している北野幸伯氏の最新作です。
2018年に国連が発表した世界幸福度ランキングで日本は54位でした(調査対象国156か国)というショッキングな数字からこの本は始まりました。なぜ日本の幸福度ランキングはこんなに低いのか。幸福度の指標は次の6項目です。
①一人当たりGDP
②社会的支援(または困ったときに頼ることができる親戚や友人がいますか)
③健康寿命
④選択の自由度(あなたの人生において何らかの選択する自由に満足していますか)
⑤寛容さ(過去1か月の間に慈善団体に寄付をしたことがありますか)
⑥腐敗の認識(政府や仕事上で腐敗が蔓延していませんか)

さらに北野氏は別の情報を目にしてさらに驚きます。
・教育への公的支出 OECD加盟国中最下位(34位)
・平均睡眠時間 7時間24分で、世界100か国中で最下位
・日本企業の社員の「やる気」 139か国中132位
・仕事にやりがいを感じている 最下位
・世界の仕事満足度調査 35か国中最下位
・自国に対する誇り 最下位
・世界幸福度ランキング 先進国で最下位
・自分自身に満足している若者 最下位
・将来に明るい希望を持っている若者 最下位

さて、上記のような日本を再生するためにはどうしたらいいのか。それを具体的に述べているのがこの本です。

まず「国の品格」について、彼は「国の品格は結局「人」だな」と言っています。「人」とは人の善良さです。ある国に「品格があるか」「ないか」を評価するのは外国人です。そして普通の人が善良であるためには、余裕が必要なのです。

日本は敗戦後、「会社」を信じて生きてきました。年功序列と終身雇用。ところがこの二つが段々となくなってきた。そこで北野氏が提案しているのが「家族大切主義」です。長時間労働が家族を破壊しています。働く人は疲れています。結婚するのも難しい。めでたく結婚できたとしても、子育てが難しい。いわゆる余裕がない状態です。そこで北野氏は早く家に帰れない仕組みになっている社会が問題だとして、労働生産性の向上と労働時間の短縮を提案しています。ドイツでは年間平均労働時間は1356時間、一方日本は1710時間です。年間354時間も多いのです。ドイツでは1日当たりの労働時間は8時間。最長10時間まで延長できる。ただし6か月の1日当たりの平均労働時間が8時間を超えてはならない。欧米の企業は残業はないし、休暇も全部取る。その割に業績も悪くない。日本には無駄な仕事が多すぎる。「真の働き方改革」で自由な時間が増えれば、彼女、彼氏と会う時間も増えるし、子育ても二人でできるし、親にも余裕ができてくれば児童虐待も減るでしょう。

他にも地方を復活させる方法、給食革命と農業の復興、少子化問題を解決する方法など具体的な方策を例に挙げながら提案しています。そういう意味ではぜひ政治家に一番に読んで欲しい本です。

「日本の生き筋」 北野幸伯著 育鵬社 2018年12月11日発行 1600円+税

by irkutsk | 2019-04-14 15:40 | | Comments(0)

「ここは退屈迎えに来て」を読みました(3月6日)

d0021786_1111353.jpg2月10日にキノシタホールで映画「ここは退屈迎えに来て」を見ましたが、登場人物、時間があちこちして、椎名がこのいくつかのストーリーに関係しているということは分かったが、すっきりさせるために原作を読んでみました。原作自体が8つの話から構成されていて、どちらかというとそれぞれの話は独立した話である。

地方都市にいる高校生の東京へのあこがれ、そして東京へ行ってみてもそれだけでは何も変わらない。挫折や疎外感をもってまた故郷に帰ってくる。

高校時代、中心にいたのは椎名君。彼がいると楽しい、彼に恋する女生徒もたくさんいた。そんな椎名君だが、大阪へ行き、また地元に戻って自動車学校の教官をやっている。あれほど輝いていた椎名君だったが、社会人になるとその輝きは失われてしまった。

映画では出てこなかったアメリカ人留学生の話「アメリカ人とリセエンヌ」はおもしろかった。

若いとき自分は何者かになれると夢や希望、妄想を抱いていた若者が、結局何物にもなれなかったという話が多かった。

「ここは退屈迎えに来て」 山内マリコ著 幻冬舎文庫 2014年4月10日発行 540円+税

by irkutsk | 2019-03-06 05:50 | | Comments(0)

「風神の手」を読みました(2月28日)

d0021786_21262073.jpgこの小説は4つの話からなっている。一つ一つが別の話かと思っていると、お互いに関連しあっていて、最後にすべてのつながりが明らかになっていく。テーマは「嘘」。

最初の話「心中花」は高校2年生の奈津実が火振り漁の漁師・崎村と知り合い、彼に万華鏡写真を見せてもらい、火振り漁が休みの満月の夜と雨の日にデートを重ねる。奈津実の父の会社・中江間建設は西取川の護岸建設工事を請け負っていたが、作業員のミスで工事に使う消石灰が流出したくさんの魚が死んだ。奈津実の父は事故を隠蔽しようとして一部の従業員を集め、死んだ魚たちを早朝までに回収して処分した。しかし3か月後に週刊誌で事故のことが報道され、住民の抗議運動が起き、護岸工事は野方建設に引き継がれた。その後、中江間建設には仕事が入らなくなり、会社をたたむことになった。そんな時期、奈津実は崎村と知り合うが、自分の名前を言えず、友だちの名前・秋川だと言う。

二つ目の話「口笛鳥」は小学5年生の「まめ」が、カメラ店で店主にさっきの客がお金を払わずにフィルムを持って出たと嘘をつき、店主がその男を追いかけている隙にカメラを盗む。ところがそれを見ていた「でっかち」に見つかる。「でっかち」は体が大きいので中学生だと思っていたら、次の日、同じクラスの転校生として紹介された。

三つ目の話は「無常風」。最初の話の奈津実の娘・歩実と崎村の息子・源哉が偶然遺影撮影専門の写真館でめぐり逢い、二人がいろいろな人の嘘を暴き、本当のことを調べていく。

最初から登場人物とその関係をしっかり頭に入れておかないと、混乱してしまいそうな話だった。でも、おもしろかった。

「風神の手」 道尾秀介著 朝日新聞社出版 2018年1月30日発行 1700円+税

by irkutsk | 2019-02-28 05:23 | | Comments(0)
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