関心のあるいろんなこと書きます
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カテゴリ:本( 400 )

「砂上」を読みました(7月5日)

d0021786_1412196.jpg柊令央は北海道江別市に住む作家志望の40歳。いままでにいろんな懸賞小説に応募しているが、採用されたことはない。そんな令央のもとに会いたいという編集者が現れるところからこの小説は始まる。そして編集者・小川乙三に「主体性がない」だの、「今後、なにがしたいんですか」、「年齢的に、もう後戻りしている暇なんかないと思いますし」、「柊さん、あなた、なぜ小説を書くんですか」などと言われる。そして最後に乙三は二年前に応募した「砂上」という話がよかったので、あの素材を生かして読んでもらえる原稿を書かないかと言う。そして三人称一視点で300枚くらい、3か月後を目処にという。

令央は母親のレミと二暮らしだったが、その母も一か月前に亡くなっていた。小中学校で同じクラスだった剛のビストロを手伝って月6万円もらっていた。ほかには10年間連れ添った夫の不貞で離婚し、慰謝料の分割払いで月々受け取っている5万円、あわせて11万円が令央の収入だった。贅沢と病気とギャンブルさえしなければなんとか暮らせる額だった。

令央には15歳年下の妹・美利がいたが、今は家を出てカラオケ店の店長をやっていた。

乙三が次にやって来たのは三月に入っての二週目の土曜日だった。だが彼女の意見はまたしても辛辣だった。「詳細な体験記、という感じです。日記としてならば、読むこと自体は難しくありません」、「三人称でとお伝えしたはずです。私は小説が読みたいんです。不思議な人じゃなくて、人の不思議を書いてくださいませんか」、「詳しく書いてあるところと端折りすぎている部分が逆なんですよ。知っていることをアピールして、知られたくないことを端折るから創作的日記になってしまうんです。虚構は、端折りたいところに踏み込んで、嘘をついていますと嘘をつき、同時に現実をかすませるものだと思っています」と言われ、全面改稿を求められた。

そしてこの小説を書く中で、自分の生活のひとつひとつが小説の素材になり、それを見ている自分がいることに気が付く。また浜松の助産師・竜崎豊子を訪ね、彼女から母・レミの18歳の頃から3年間の写真を撮った写真集を見せられ、彼女の人生を、そして自分の父親について聞かされる。

レミ・令央・美利の3人の女の生きざまが生々しく描かれた素晴らしい小説でした。

「砂上」 桜木紫乃著 角川書店 2017年9月29日発行1500円+税
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by irkutsk | 2018-07-05 14:13 | | Comments(0)

「明日の子どもたち」を読みました(7月4日)

d0021786_14384178.jpg三田村慎平は転職先の児童養護施設「あしたの家」で働き始めて早々、壁にぶつかる。生活態度も成績も良好、職員との関係もいい“問題のない子供”として知られる16歳の谷村奏子が、なぜか慎平にだけ心を閉ざしてしまったのだ。

「施設のことも知りもしない奴に、どうしてかわいそうなんて哀れまれなきゃいけないの?!――どうして、」、「かわいそうな子供に優しくしてやろうって自己満足にわたしたちが付き合わなきゃいけないの?!わたしたちは、ここで普通に暮らしているだけなのに! わたしたちにとって、施設がどういう場所かも知らないくせに!」

高校を卒業したら、施設を出なければならない。そのため大半の子どもたちは就職するのだが、大学に入って、働きながら勉強する子どもたちもいる。高校3年生の子どもたちは大学に行きたいが、経済的な裏付けがないまま大学に入っても、お金が続かなくて、特に女の子は簡単にお金を稼げるところに堕ちていく。

また施設を出てからの退所後支援施設づくりについての問題も取り上げられており、知らない事実をたくさん教えてもらった。

「明日の子どもたち」 有川浩著 幻冬舎文庫 2018年4月10日発行 770円+税
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by irkutsk | 2018-07-04 21:36 | | Comments(0)

「家族最後の日」を読みました(6月8日)

d0021786_21295871.jpg写真家・橋本一子の家族をめぐる物語である。3つの話からなっており、最初は「母の場合」。
広島県の実家に8歳と6歳の子ども二人を連れて帰ったが、母親と喧嘩して予定よりも早く変えることになった。

二つ目の話は夫・石田さんの弟が腹を切ってから飛び降り自殺をしたという話。残された80歳を超える石田さんの父。

「夫の場合」は夫の石田さんが癌にかかり、大腸がんの手術はしたが、食道がんは手術ができず、抗がん剤で小さくすることしかできない。夫が癌になり、今まで夫に子育てや家事を依存していた一子が周りの人々の助けも借りて、二人の子どもとの生活を何とかやっていくという話。石田さんは2016年8月に癌がわかり、2018年1月に亡くなった。

「家族最後の日」 橋本一子著 太田出版 2017年2月11日発行 1700円+税
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by irkutsk | 2018-06-08 16:28 | | Comments(0)

「トライアウト」を読みました(5月22日)

d0021786_5391464.jpg知恵蔵miniの解説によると「トライアウト」とは次のようなものである。
プロスポーツチームが入団を希望する選手を集め入団テストを行うこと、またその入団テストのこと。日本ではプロ野球やJリーグなどで行われている。各チームがドラフトやトレードで選手を獲得する以外に、一般から広く選手を募集する手段として用いられる。プロ野球では、2001年より全12球団が合同で行う、自由契約選手を対象とした「12球団合同トライアウト」が行われている。

可南子は8年前、未婚の母となって考太を産んだ。可南子は父親がだれなのか誰にも言わなかった。新聞社に勤めながらの子育ては思いのほか大変で、そのしわ寄せは幼い考太に及び、何回も入院していた。考太が2歳3か月になり肺炎で入院しているとき、やって来た両親は考太を引き取って育てると言った。仙台から車で1時間半ほどのところにある登米市の佐沼というところで新聞販売店をやっている両親のもとに引き取られ、可南子の妹・柚奈と両親によって育てられることになった。休みの日には考太に会いに実家へ帰っていた。

そして校閲部の仕事は時間通りに終われるので、考太を引き取ろうかと考えていた矢先、運動部への異動を言い渡され、考太を引き取れなくなった。そして運動部に移動して初めての仕事が「プロ野球十二球団合同トライアウト」の取材だった。仙台球場で行われたトライアウトの取材の後、可南子は実家に帰って考太に会った。考太は少年野球のチームに入っていた。

可南子は仙台球場のトライアウトの取材の時、マウンドから空を見上げていた投手のことが頭から離れず、本社に戻るとすぐに調べてみた。彼は深澤翔介で15年前、夏の甲子園での優勝投手だった。彼は高校卒業後、プロ野球に進み一時華々しく活躍していた。

可南子の出産の秘密、プロ野球界の勝たんがための不正、シングルマザーの子どもの父親に対する思い、家族の絆などが描かれ、最後に可南子の産んだ子どもの父親もわかります。

「トライアウト」 藤岡陽子著 光文社 2012年1月20日発行 1500円+税
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by irkutsk | 2018-05-22 19:37 | | Comments(0)

「国境のない生き方」を読みました(5月16日)

d0021786_21445071.jpg著者が5歳の時、母は著者と妹を連れて北海道に移り住んだ。それは1972年だった。
母は札幌交響楽団に初の女性団員として入団するためにやって来たのだった。ヴィオラ奏者の母は楽団が公演に出かけるときは娘二人を残して、出かけなければならなかった。

著者のマリが初めて一人旅をしたのは14歳の時だった。オーケストラのヴィオラ奏者をしている母はヨーロッパに音楽家の友人がたくさんいて、1か月かけてフランス~ドイツ~ベルギーを巡るその旅は、もともとは母がその人たちに会いに行くはずのものでした。ところが母が急に行けなくなったので、冬休みだったマリが代わりに行くことになったのでした。その旅行の中で知り合ったイタリア人の陶芸家マルコじいさんが彼女の運命を大きく変えることになりました。

17歳でイタリアへ絵画の勉強に行き、18歳のマリはイタリア人の詩人ジュゼッペと同棲していた。しかしジュゼッペは、アクセサリーを売る屋台が軌道に乗ると、その日の売り上げを飲んで使ってしまい、金がなくなると「君が、日本からお金を送ってもらえばいい」と言い出す始末で、挙句の果てに酔ってけんかをして、大けがをしてしまった。しかし、その時ジュゼッペの子どもを身ごもっていて、27歳でデルスを生んだのでした。デルスと別れて日本に帰り、漫画家としてデビューしました。

この本の中でよかったところは次のようなところです。
「見てごらん、世界はこんなに美しい。生きるのは喜びであり、情熱である」

「右へならえで流されるのではなく、本当にこれでいいのだろうかと立ち止まって考えること、猜疑心というのは人間が真摯に生きようとした時に、その人を根本から突き動かすエネルギーになりうるのだと思います。」

「人生は一度きりなんだから、無駄にできる時間はこれっぽっちもない」

「今の時代ってグローバルだ、世界は一つだみたいにあおって、一つの基準に合わせようとして生活しているけど、足並みをそろえなきゃいけないなんてことはないと思うんですよ」

ピーテル・ブリューゲルの絵画「盲人の寓話」について
「誰かが右と言えば右かもしれないと思い、左と言えば左かもしれないと思い、人に言われるままにぞろぞろくっついて行って、気が付いた時には全員、芋づる式に穴の中に落ちる人間の愚かさを風刺した寓意画です。寄って立つところが薄っぺらいと、人は簡単に巻き込まれてしまうというのが群集心理の恐ろしいところです。」

「人間は動く生き物なんだから、移動するのが当たり前。旅をするのも当然のこと。生きているからには、感動したいんです。感動は情熱のガソリンですから」

「国境のない生き方」 ヤマザキマリ著 小学館新書 2015年4月6日 740円+税
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by irkutsk | 2018-05-16 05:43 | | Comments(0)

「人類と気候の10万年史」を読みました(5月13日)

d0021786_10334614.jpg地球温暖化が叫ばれ、その対策として二酸化炭素の排出量を削減しようと叫ばれているが、本当にそうなんだろうかとずっと疑問に思ってきたが、この本を読んで大分すっきりした。

この本には次のようなことが書かれていた。
地球の気候は常に変動し続けていて、何か「正常」と表現される定常状態があって、そこから時々逸脱するというパターンはない。1億年前から7000万年前まで南極にも北極にも氷床がなく、地球の歴史で例がないほど豊かな生態系が成立していた。

また、2億7000万年前から2億5000万年前頃は現代と比べて平均気温は10℃近く高かった。世界中でシダ植物の大森林が繁茂し、巨大な昆虫類がその間を飛び回っていた。

温暖化には上限が設定されている。温暖化により生態系が豊かになると、光合成が盛んになり、空気中の二酸化炭素が減る。そうすると温室効果が薄れ、気温は上がらなくなる。

反対に寒冷化は時として暴走することがある。6億5000万年前、地球全体が氷河におおわれた「全球凍結」の状態だった。そうなると寒冷化に拍車がかかり、地球は容易にその状態から抜け出せなくなる。脱出を助けたのは寒くてもやむことのない火山活動だった。二酸化炭素などの温室効果ガスを大量に吐き出して寒冷化から抜け出したのだ。

地球の歴史を見ると、過去80万年で現代と同等あるいはそれより暖かい時代は全体の1割しかない。残りの9割はすべて「氷期」であった。ではどういう時に温暖な時代=間氷期は来るのか。温暖な時代は驚くほど等間隔に10万年ほどの時間をおいて繰り返している。これはミランコビッチ理論で、地球の公転軌道が楕円と真円を10万年サイクルで繰り返していることと、地軸の傾きと向きも10万年周期で変動しているからだと説明されている。

現代に話を戻すと、1970年代は1940年が最も温かい時代で、その後寒冷化が続いていた。しかし、地球の気温は70年頃から一転して上昇し、その傾向は現在まで続いている。

地球の気候は安定相と周期相、および乱雑な相が存在し、それらは予測不可能なタイミングで急激に切り替わる。最後の氷期は1万6000年前に終わった。氷期はスイッチをパチンと切ったように急激に終わったらしい。自然は人間が引き起こすよりももっと激しい気候変動を内部から発生させる力を潜在的に持っている。現在の安定な時代がいつまで続くのか、次の相転移がいつ起こるのかは、本質的に予測不可能である可能性が高い。

今から4回前の温暖な時代は、人間の影響がなくても2万年ほど続いたらしいので、今の温暖期も「長くてもあと数千年」という温暖期の寿命に例外がないわけではない。

人間にとって大きな問題なのは温暖化よりも寒冷化だというのがよく分かった。寒冷化が起こるとまず食糧生産が著しく低下し、現在の人口をとても養いきれない。1993年、ピナツボ火山の大噴火の影響で日本が寒い夏になったとき、米が不作で輸入に頼らざるを得なかったことを思い出すと、本格的な寒冷化が始まると世界中で餓死する人たちや凍死する人たちが人たちが大量に出ることになるだろう。

今の温暖化議論は、二酸化炭素の排出権取引で一儲けしようとしている人たちが演出しているように思えるのは間違いだろうか。

「人類と気候の10万年史」 中川毅著 講談社ブルーバックス 2017年2月20日発行 920円+税
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by irkutsk | 2018-05-13 10:31 | | Comments(0)

「テミスの休息」を読みました(5月10日)

d0021786_8492346.jpg藤岡陽子の小説「ホイッスル」に出てきた弁護士事務所の話です。大きな弁護士事務所に「イソ弁」として働いていた芳川有仁は、いわゆる儲からない弁護を引き受けようとしないその弁護士事務所を辞め、独立することに。そしてその弁護士事務所で働いている事務員の沢井涼子は夫と離婚し、一人息子の良平を引き取り、一人で息子を育てていた。

お互いに好意を抱いているが、結婚までには至らない。そんな二人が弁護士事務所で引き受けた依頼が5件描かれている。その他にもう一編は有仁の実家の遺産相続をめぐる問題が題材になっている。

「卒業を祝う」では、結婚式を2週間後に控えた女性・桐山希が「婚約破棄は、どのくらいの罪になりますか」と言って駆け込んできた。

「もう一度、パスを」では、国選弁護人として弁護することになった宇津木亮治の殺人事件。彼は心を閉ざして何も語らなかった。しかし、少年院から出た彼を雇ってくれたすべての会社の社長が情状証人になってくれたという話や家族の彼への思いを聞き、「もう死刑になってもいい」と言っていた宇津木亮治はもう一度人生を走り始める覚悟をするのだった。

「川はそこに流れていて」は有仁の祖母が亡くなった後の遺産相続をめぐる話である。和歌山県北山村という山の中の小さな村に住んでいた祖母が亡くなり祖母の遺言状が見つかったという。そしてそれには「平木紀行に全財産を相続させる」と書かれていた。平木紀行は祖父が50代半ばの時に愛人に産ませた子どもだった。有仁にとっては6歳年下の叔父にあたる。伯父や伯母たちはこの祖母の遺言状に不満を抱くが…。

「雪よりも淡い始まり」では有仁の大学時代の友人須貝摩耶が自分の不倫相手の妻に渡した400万円を返還させるという判決が出て、喜んで有仁の事務所を訪ねてきたところから始まる。摩耶は布施由美の夫と不倫をし、彼は離婚して摩耶と結婚すると言っていた。ところが離婚はしたが、摩耶とは結婚しないと言い出したという。摩耶はその不倫相手と妻との離婚に当たって手切れ金として400万円を布施由美の口座に振り込んだ。ところが摩耶は夫の口座から振り込んだので、夫が布施由美の口座にお金を振り込んだという形になった。

「明日もまたいっしょに」では事務所の事務員・沢井涼子の高校生になる息子・良平の保育園時代からの友達・蒲生勝の母親が仕事帰りに交通事故を起こして、その処理をめぐる話である。

「疲れたらここで眠って」はいわゆる過労死の問題を扱った話である。IT企業で働く北門和良は過酷な長時間労働の挙句、自殺してしまう。だが労災認定は認められなかった。会社側は証拠となるような書類を出さなかったからだ。父親は息子の無念を晴らし、同じようなことが二度と起こってほしくないと10年越しの裁判を続けている。そして間もなく結審するのだが…。

いわゆる裁判ものであるが、すべての事件に人間がうまく描かれている。法律の理屈ではなく、人としてのあり方、生き方について書かれている。事務員の沢井涼子と有仁の関係もうまく描かれていてほほえましくなる物語である。

「テミスの休息」 藤岡陽子著 祥伝社 2016年4月20日発行 1500円+税
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by irkutsk | 2018-05-10 05:48 | | Comments(0)

「国体論 菊と星条旗」を読みました(5月3日)

d0021786_14585536.jpg「はじめに」で筆者は次のように言っている。「現代日本の入り込んだ奇怪な逼塞状況を分析・説明することのできる唯一の概念が「国体」である。「国体」が戦前日本と戦後日本を貫通する「何か」を示しうる概念であるのは、戦前と戦後を分かつ1945年の敗戦に伴ってもたらされた社会改革によって、「国体」は表面的には廃絶されたにもかかわらず、実は再編されたかたちで生き残ったからである。敗戦時の「国体」の再編劇において決定的な役割を果たしたのがアメリカであったことは、言うまでもあるまい。その複雑なプロセスに見て取るべきものを、本書では「国体護持の政治神学」と呼ぶ。」

明治時代において「国体」として天皇が位置付けられ、国民の権利主張と要求は「国体に抵触しない限りにおいて」認められた。

戦後、マッカーサーは、ある意味で「勤王の士」であった。白井は次のように書いている。「日本史の顕著な特徴は、権力の交代において、新たに権力を握ろうとする者が、権威の源泉たる天皇を廃して自ら権力と権威を兼ねようとはせず、あくまで天皇の朝廷が設定した官位を得ることによって権力の正当化を図ってきた、という点にある。」

また彼は戦前と戦後を並べ、国体が必要とされた理由を次のように述べている。「「国体」は「坂の上の雲」――明治レジームにあっては独立の維持と「一等国」化、戦後レジームにあっては敗戦からの再建と先進国化――に到達するために必要とされた。それらの目的が達成された以上、国体はある意味で清算されなければならなかったはずである。

また昨今の改憲論争について、次のように述べている。「「改憲か護憲か」という問題設定は、疑似問題に過ぎない。最高法規であるはずの日本国憲法の上位に、日米安保条約とそれに付随する日米地位協定および関係する種々の密約がある。そのような構造を放置したまま、憲法を変えようが護ろうが、本質的な違いはない」。「日本は、日米安保条約に基づき、広大な国土をアメリカの軍事基地のために提供し、その駐留経費の75%を負担している。この負担率は、ほかの米軍駐留国と比較して断トツの一位であり、ドイツの倍以上に達している。これほどの好条件で提供された大規模な軍事施設の存在を抜きにして、アメリカの軍事的戦略は到底実行し得ない。」

戦後、「国体」は天皇からアメリカへと代わった。しかし、冷戦終結の時、アメリカ従属の体制から抜け出す可能性があったが、逆にますます「国体」としてのアメリカに従属を強めた日本の政治・経済はアメリカの没落とともにその影響を第一に引き受けることになるだろう。経済危機や戦争、あるいはその両方によって、戦前の日本が破滅への道を突き進んだごとく、アメリカの犠牲となって日本国民は多くの犠牲を払わされることになる。

現在の日本の国の在り方を考えさせられるいい本でした。日本を再び破滅のどん底に陥れないために、一人でも多くの人に読んでほしい本です。

「国体論 菊と星条旗」 白井聡著 集英社新書 2018年4月22日発行 940円+税
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by irkutsk | 2018-05-03 14:59 | | Comments(0)

「闇から届く命」を読みました(4月30日)

d0021786_5475532.jpg都内の産婦人科病院で働く有田美歩は、助産師になって6年目。勤務先にはやや問題があるものの、有能な先輩や同僚に恵まれ、忙しいけれども充実した日々を送っていた。

登場する人物の描写がすごい。能力がなく、金儲けと、病院の体面、自分と身内の保身のことしか考えていない院長。野原院長がこの病院を開院したのは12年前。大学病院の産婦人科にいた院長が、同じ病院の当時43歳の草間と32歳の巣川を伴って開院したのだ。院長と師長の巣川は長年の不倫関係にあると教えてくれたのは草間である。

草間は夫が体を壊して働けなくなったので、彼女が30代の半ばから家族を養っている。大学病院の1.5倍の給料をもらえるというので、この病院の開業の時から働いている。息子が4人もいて、末っ子が大学を卒業するまではやめられないといつもぼやいている。ベッド数が30もあるのに、常勤の助産師は4人しかいない。夜勤のできるパートも限られてるし、忙しすぎて切れてしまいそう草間は言っていた。

後輩の戸田理央は都会の生活にあこがれて東京へ出てきて、マンションで一人暮らしをしている。

時々病院に現れる、院長の次男・野原俊高は神経内科のクリニックを開業している。人当たりがよく、誰に対しても気さくに話しかけてくるから、スタッフにも評判がいい。背はさほど高くないが、ジム通いで維持している引き締まった体型も人気の理由だ。理央によると彼のクリニックは院長である父と妻の実家が出資して開業できたのだという。

新しい命が生まれる産婦人科病院で繰り広げられる人間関係の葛藤や、出生前検査で胎児の異常の確立が高いと言われたときの両親の対応、それをケアする助産師など産婦人科病院ならではの様々な問題が描かれている。

だがもう一つ、この本では後輩・戸田理央をめぐって、事件が起こる。ついつい話に引き込まれ、先のストーリー展開が待ちきれなく3日で読んでしまった。

「闇から届く命」 藤岡陽子著 実業之日本社 2015年2月15日発行 1600円+税
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by irkutsk | 2018-04-30 15:46 | | Comments(0)

「海路」を読みました(4月27日)

d0021786_16581986.jpg東京大田区にある「月島診療所」は医師の月島と看護師の志木、事務員の水鳥の3人でやっている小さな診療所である。70を少し過ぎた月島医師は診療所の2階に一人で住んでいる。かつては家族(妻・巻と長男・博一)があり、別の家に住んでいたが、離婚してからは診療所の2階に住むようになった。

看護師の志木は大学病院の看護師をしていたが、あまりに忙しく、結婚を考え始めていた彼女は夜勤がなく、規則的な勤務ができるような職場を探していた。27歳から月島診療所で働き始め、もう16年になる。ひと月ほど前に、3月いっぱいで診療所を閉めると言われた。

月島は父が戦死し、母親は郵便局で働いていて、家計は苦しく、級友からいじめられていた。自分を強く見せる方法として思いついたのが、本を読み、知識を詰め込むことだった。初めは植物や昆虫や動物のことを勉強した。そのうちに毒草など自然界に存在する猛毒に興味を持った。そうした知識があると周りから一目置かれたし、尊敬の眼差しを注がれた。

往診の帰り、月島と志木は料亭・ハナムラに立ち寄り、その後、月島は志木に力道山の墓を見せたいと言って池上本門寺へ誘った。そこで患者の一人が孫を連れてやって来たのに出会った。彼と別れてから月島は、「わが子と孫は違う。老人にとって孫と過ごす時間は限られている。孫の成長のどこかで自分は確実にいなくなる。だから尚いとしい。いとしむ時間がいとおしい」と言った。

志木が「先生、歳を取るのは辛いことでしょうか?」と聞くと、月島は「身体の機能に関していえば辛いことが多いですね。でも心に関していえば、二つほどいいこともあります。一つはこれから先どのように生きようかという悩みが少なくなる。もう一つは大切なものが年々減ってくることによって、大切にするものの比重が増す」と答えた。

3月の半ばのある月曜日、先生が行方不明になる。患者さんたちに突然の休診を詫び、「休診日」の札をかけると、若い医師がやってきて昨夜遅くに突然閉院までの2週間、やってくれるようにと月島先生に頼まれたと言う。彼の話によると、沖縄のなんとかいう島の知り合いが倒れたかなんかで、その島に向かったそうだ。

志木は情報を集め、月島が渡嘉敷島へ行ったことを突き止め、後を追う。渡嘉敷島には80になるかならないかの出口先生がやっている診療所があった。そして月島は「山口さんの代わりが来るまで手伝って、その後はこの地でのんびり暮らすのもいい。老いていくのが恐ろしいんです。昨日より今日、今日より明日、ぼくの身体の機能は少しずつ衰えていく。そしていつか誰の役にも立たず、誰も僕を頼らなくなり、人に迷惑をかけながら、ひたすら死ぬ時間を待つようになる。自分が自分でなくなることが怖いんだよ。誰からも相手にされないただの衰えた独りきりの老人になることが」と言った。

この小説はテーマ競作小説で、「死様(しにざま)」というテーマで、ほかに荻原浩、佐藤正午、白石一文、土居伸光、盛田隆二が書いている。

誰もが迎える死だが、死に様は各人各様だろう。死ぬ時がわかっていれば、その時までにやりたいことをやり、一区切りつけておくこともできるだろうが、いつやって来るかは分からない。今日が最後の日だというつもりで生きるとスティーブ・ジョブズが言っていたが、なかなかどれも難しい。いつもの生活を送りながら、ある時、命のひもがぷつんと切れるように死んでいく。そうするよりないのかなと思う。

「海路」 藤岡陽子著 光文社 2011年6月25日発行 1200円+税
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by irkutsk | 2018-04-27 20:57 | | Comments(0)