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ウズベキスタンへ行ってきました(9月24日)

d0021786_20581168.jpgシルバーウィークを利用して9月18日から23日までウズベキスタンへ行ってきました。ツアーは6名で、みんないい人たちばかりで楽しい旅行ができました。

セントレアからソウルへ、そしてソウルで乗継時間にインチョン空港内をぶらぶらして、石焼ビビンバとソルロンタンを食べました。17:50タシケント行きのアシアナ航空機に乗り込み、タシケントについたのは日本時間の2時。日本と-4時間の時差があるので22時到着。ホテルまでは車で20分と近く、早めに寝ました。現地ガイドは日本語を勉強中のナースチャという背が低くて、金髪のかわいらしい女の子でした。

翌日は車でサマルカンドへ。2時過ぎにサマルカンドに到着し、お昼ごはんをレストランで食べて、観光。d0021786_20583664.jpg

3日目は午後2時まで自由時間で、3人ずつ2つのグループに分かれて市内散策。2時に集まって今度はブハラへ向けて車で出発。約5時間でブハラ到着。

4日目、ブハラ市内見学。15時から自由時間。

5日目、列車でブハラからタシケントへ。タシケントで日本人墓地を訪問。バザール、ナヴォイ劇場を見学後 夕食を食べて空港へ。

6日目、朝、ソウルインチョン空港に到着。乗継時間に一度韓国へ入国し、金浦空港の前にある「Eマート」というスーパーマーケットへ。行きはバスで、帰りは列車で戻りました。スーパーで買ったキムチを税関の荷物検査で発見され、放棄。

3日目の夜、大きなメロンを6人で食べ、最後は無理をして食べたのがたたって、その夜から腹をこわし帰国まで治らなかった。でも町の人々は親日的で、日本語を話す人もたくさんいて、日本人観光客もたくさん来ているようです。ブハラでは30人くらいの団体にも会ったし、個人旅行できているという日本人にもたくさん会いました。

詳しい旅行記をホームページに載せようと思っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~XX6T-TGC/index.html

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by irkutsk | 2009-09-30 23:04 | 感動したこと | Comments(0)

メガネのネジが折れた!!(9月24日)

d0021786_2114395.jpgウズベキスタンを旅行中、9月22日の朝、ひげを剃っていたら突然メガネの左側のレンズが落ちた。ネジがとれたのかと思って見てみると、ネジが折れていた。ホテルのフロントに瞬間接着剤がないかどうか聞いてみようと思って行ってみると、朝早かったのでまだフロントには誰もいなかった。しかたなく糸で縛ることにした。それで2日間なんともなく普通にかけることができた。でも糸で縛ってあるのはみっともないので、メガネを買った店にもって行くと、「うちでネジが取れれば1050円ですが、うちで取れないと修理に出すので3000円かかりますが」と言われた。やってみるので15分くらい時間をくださいと言うので、ぶらぶらして20分後に戻ると直っていた。感激!!

 折れてしまった小さなネジを取り出し、新しいネジをつけ、反対側のネジも見てみたらさびていたので交換して、鼻パッドも色が変わっていたので交換してくれたとのこと。自分ではとてもできないことを簡単にやってくれたメガネ店の店員の技術力の高さに感激でした。それもたった20分で。

この店は池下サンクレアの1Fにある「キクチメガネ」です。めがねを作ったときも親切で、初めて自分の目にぴったりあった遠近両用メガネを作ってもらった店です。メガネ店は確かな技術とサービスが決め手ですね。
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by irkutsk | 2009-09-24 21:01 | 感動したこと | Comments(0)

iPhoneでインターネットに接続できなくなった!(9月24日)

ウズベキスタンではもっぱら計算機として活躍したiPhoneだったが、なんとソフトバンクからウズベキスタンまでメールがやってきた。最初は海外での利用方法についての案内メール、次に今月分の請求情報が確定したというメールだった。通話料が高いので電話もメールもしなかったし、ソフトもインターネットにつなぐものは使わなかった。

そして今朝、インターネットにつなごうとするとつながらない。海外へ行ったのが影響しているのか??電話とメールはできるが、インターネットだけができない。困ってしまって昼過ぎにソフトバンクへ電話をすると、「まず電源を切って入れなおしてください。それでも直らなかったら修理になりますので、パソコンにデーターのバックアップを取って置いてください。」と言われた。

祈るような気持ちで電源を切って、もう一度入れなおし、インターネットにつなげると無事開通。ホッとした一瞬だった。

ウズベキスタンでiPhoneを取り出して、いくらになるか換算計算していると「iPhon?」とうらやましそうに聞かれることがよくあった。世界中で有名なiPhoneだった。
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by irkutsk | 2009-09-24 21:00 | マック | Comments(0)

「正しく知る地球温暖化」(9月15日)

d0021786_9502958.jpg相変わらず地球温暖化が叫ばれ、日本は民主党政権下でCO2を90年比25パーセント削減するといっているが、経済界からは反発が出ている。一般庶民にとって、民主党政権が掲げる25パーセント削減という目標は私たちの生活にどういう影響をもたらすのだろうか。その辺の議論が抜きに、削減量が多ければ多いほど地球に優しいのだからいいという漠然とした思いが国民の間にあるのではないだろうか。

IPCCが地球温暖化の原因はCO2の急激な増加であると言い出してから、マスコミや世界中の国々がこれを利用して何とか自国の利益に結び付けようと躍起になっているように思われてならない。そんな中で日本政府はまるできれいごとでこの問題を見ているような気がしてならない。そしてそのしわ寄せは国民が負うことになるのだ。増税や電気代、ガス代、公共交通機関の運賃値上げ、ガソリン代の値上げなどによって。

そんな中で見つけたのがこの赤祖父俊一氏の書いた「正しく知る地球温暖化」という本である。彼は、「地球温暖化は進んでいる。しかし、現在進行中の温暖化の大部分(6分の5)は地球の自然変動であり、人類活動により放出された炭酸ガスの温室効果によるのはわずか6分の1程度である可能性が高い」と言っている。

地球は長い歴史の中で氷河期と間氷河期を繰り返しているが、その間にも小さな寒暖を繰り返している。そして近いところでは1000年ごろが暖かい時期で、1400~1800年ごろが小氷河期と呼ばれる寒冷化した期間であるという。この小氷河期の存在は氷河の状態や過去の文献、科学的なデータでも明らかである。1600年代テムズ川はしばしば凍っていたし、1800年代までカナダ北部の島々を通る北西航路はほとんど氷で閉ざされていた。

そして、小氷河期が終わり、温暖化が始まったのは1800年ごろである。1800年ごろから氷河の後退、海水面の上昇は起こっており、海水面の上昇にいたっては過去100年間の平均で1.7mm/年だが、現在の上昇率は1.4mm/年と上昇率は下がっている。

地球の大きな気候変動の仕組みがまだ解明されていないにもかかわらず、CO2濃度との関係だけでスーパーコンピューターを使ってはじき出した数字を根拠にCO2を減らせば温暖化を防止できると言うのはまさに人間の傲慢さと言わなければならない。人間に地球の気候を変えるほどの力があるとは到底思えない。もしそんなことが可能なら、大型台風や旱魃、大雨だって防ぐことができるが、誰もそんなことが可能だとは思っていない。なのに地球全体の温度を下げることが可能だなどというトリックにどうして簡単にだまされてしまっているのか。マスコミの責任も重大だと思う。

自然災害は何でも地球温暖化のせいにし、そのたびにCO2削減が叫ばれる。だが自然災害の原因は複雑で、人間による乱開発の影響も見逃すことはできない。

そして現在世界で取り組まれようとしているCO2削減交渉は炭酸ガス排出量が本当に減るわけではなく、排出権取引などを巡って狸とキツネの化かし合いのようである。日本はいつもうまくだまされるような気がするが。

この本の著者赤祖父俊一氏は1986年から1999年までアラスカ大学地球物理学研究所の所長を務め、2000年から2007年までアラスカ大学国際北極圏研究センター所長を務めている。科学的なデータをもとにIPCCの地球温暖化CO2犯人説を批判している。地球温暖化は自然現象として進んでいるのであり、CO2の影響は6分の1でしかないというのが彼の持論だ。地球温暖化を考えるための貴重な一冊である。

「正しく知る地球温暖化」 赤祖父俊一著  株式会社誠文堂新光社発行 
                      1400円+消費税
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by irkutsk | 2009-09-15 09:50 | | Comments(0)

「幸せはシャンソニア劇場から」を見ました(9月14日)

d0021786_20142660.jpg名演小劇場で9月12日から上映が始まったフランス映画「幸せはシャンソニア劇場から」を見に行きました。フランス通の友人から、あれはいい映画だと言う評判を聞いていたので期待して見に行きましたが、期待通りのいい映画でした。

舞台は1936年のパリの下町にあるミュージックホール「シャンソニア劇場」。そこで裏方をやっているピゴワルは司会をしている女優を妻にしていたが、彼女は他の男の元へ去ってしまう。そして一人息子と二人暮らしに。ところがシャンソニア劇場も不況で借金のかたに取られ、閉館に。だが、シャンソニア劇場で働いていた人たちは何とか自分たちでシャンソニア劇場を復活させ、劇場を買い戻そうと頑張る。
世界大恐慌の影響がフランスを襲い、左派と右派の対立が激しくなってくる時代背景の中で一時は成功しそうに見えた自主運営もうまく続かず、閉館に。

父親を助けようと息子はアコーデオンを弾いて友達が歌を歌って、お金を稼いでいたが、警察に見つかり、父親が職もなく息子を扶養できないということで、母親の元へ引き取られ、ピゴワルは一人きりになってしまった。息子へ手紙を書くが、母親は息子へ渡さず、息子も手紙を書くが、それも母親が手元にしまってしまい、父親には届かなかった。

そしてシャンソニア劇場を救ったのは、シャンソニア劇場で司会者としてデビューして、歌のうまさにあちこちからスカウトされ、一度はシャンソニア劇場から出て行った若い娘のピゴールだった。彼女が帰って来てシャンソニア劇場は大繁盛。劇場を買い戻せるまでにお金もたまった。だが全てうまくいくことはない。悲しい事件が起こり、仲間が殺されてしまう。

第2次世界大戦前の時代背景のなかで、劇場を何とか再開しようという仲間たちの熱意が伝わってくるいい映画でした。劇場を救った娘役のノラ・アルネゼデールの歌声がきれいでした。

お勧めの映画です。

名古屋では10月16日まで名演小劇場で上映されます。
(2008年フランス・チェコ・ドイツ  120分)
映画の公式HPはwww.chansonia.jp
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by irkutsk | 2009-09-14 20:14 | 映画 | Comments(0)

「奇跡のリンゴ」(9月10日)

d0021786_1563939.jpg無農薬、無肥料でりんごを作った木村秋則さんの話です。農家の次男坊として生まれた木村は、一度は横浜へ出たが、兄が自衛隊に入って家を継ぐ者がいなくなったので帰って来いと言われ、青森県岩木町(現在は弘前市)へ戻る。ところが兄は自衛隊を辞めて家に帰ってくることになった。木村は中学時代の同級生と結婚し、婿養子に入った。

妻は農薬に敏感で、散布するたびに1週間も寝込んでいた。そんな時ふとした偶然から木村は福岡正信さんの書いた「自然農法」という本を買って読んだ。

福岡が目指した農業は、何もしない農業だ。自然はそれ自体で完結したシステムで、人が手助けなどしなくても、草木は葉を茂らせ。花を咲かせ、種を実らせるという考えだ。

木村はりんごを栽培するために、春先から9月の収穫期まで十数回の農薬散布を行ってた。そうしなければ病気や虫からりんごを守ることができないと信じていたからだ。

もし、農薬を使わずにりんごを作れたらすごいなあと思い、農薬を散布する回数を減らし、肥料も化学肥料をやめ鶏糞を集めて堆肥を作り始めた。りんごの収量は減ったが、農薬代も減ったので、さほどダメージは受けなかった。これなら無農薬栽培も可能かもしれないと義父の許しも得て、1978年ごろから無農薬栽培を始めた。ところが病気や虫でりんごの木はどんどん弱っていき、とうとう花をつけることもなくなって、枯れてしまうのではないかと思われるようになった。

そんな状態が8年も続き、木村は経済的にも、精神的にも追い込まれ自殺を覚悟して、夜岩木山に登った。そこで彼が見たものは山の中でたわわに実ったりんごの木だった。これは木村の見間違いで、どんぐりの木だった。だが、この見間違いで木村は肥料も農薬もやらない山の中でたくさんの実をつけているどんぐりが生えている地面のことに気がついた。
雑草が生え放題で、地面は足が沈むくらいふかふかだった。木村は夢中で足元の土を掘っていた。手でいくらでも掘れる。こんな土は初めてだった。

この土を作ればいいんだ。今までりんごの木の見える部分だけしか見てこなかった。りんごの木の根のことを考えてなかった。堆肥を与え、養分を奪われないように雑草を刈ることだけしか考えてこなかった。このことに気づき、またどんぐりの木が元気なのは自然の生態系の中でいろんな細菌や虫や鳥などと共生しているからなんだということに気づく。

それからりんご畑に大豆をまき雑草も茂らせた。その草陰では虫が鳴き、その虫を蛙が追い、それを蛇が追う。更に野鼠や野うさぎまで走り回っていた。りんごの木は少しだけ元気になった。

農薬を使わなくなってわかったことがあると言う。農薬を使っていると、りんごの木が病気や害虫と戦う力を衰えさせてしまうのだ。楽するからいけないんだ。車にばかり乗っていると足腰が弱くなるでしょう。同じことが起きるわけだと。

だが、これで万事が解決したわけではなかった。ずっと咲かなかったりんごの花が咲き、翌年には実もつけた。しかしその大きさはピンポン球くらいの大きさしかなく、加工用としてしてしか出荷できなかった。翌年は摘花を丁寧にやり、りんごの大きさまでになったが、市場では「これがりんごか」と見向きもされなかった。見栄えが良くて大きいりんごしか相手にされなかった。でも木村はきっと無農薬のりんごを食べたいというお客さんはいるはずだと、当てもなく大阪へりんごを売りに行くことに。1個60円で売ったが見栄えが悪いのでほとんど売れなかった。

りんごに秋が来たのを教えるために、1回だけ草刈をするとりんごのみが赤くなると言う。
木村は「この畑にはぎりぎりの栄養しかないから、りんごの木が元々持っていた自然の力が引き出されたんだと思うのな。知れば知るほどよ、自然というものは何とすごいものだと思う。自然の手伝いをして、その恵みを分けてもらう。それが農業の本当の姿なんだよ。そうあるべき農業の姿だな。今の農業は、残念ながらその姿から外れているよ。」と言っている。

自然を壊して、農薬や化学肥料漬けでできた野菜や果物を日常食べているわたしには、目からうろこの一冊でした。彼の一途に無農薬でりんごを作ると信念には頭が下がりました。彼がどんぐりの木の生えている山の土に気づき、それからりんご畑に草を生やし、土を自然の状態にもどしてやるというところに感動しました。無農薬りんごができてからも彼のりんご研究は続いており、あちこちへ出かけて行って話をし、栽培法を教えている。もっと安い値段でたくさんの人に無農薬りんごを食べてほしいというのが彼の望みだ。

「奇跡のリンゴ」  石川拓治著  幻冬舎発行  1300円+消費税
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by irkutsk | 2009-09-10 15:08 | | Comments(0)

「会社人生で必要な知恵は全てまぐろ船で学んだ」(9月5日)

d0021786_2227495.jpg民間企業の研究所で「鮮度保持剤」の研究をしていた著者が、ある日突然上司に「一度まぐろ船に乗って来い」と言われ、43日間のまぐろ船に乗ることに。そしてまぐろ船の中で彼が学んだのは何だったのか。

特にまぐろ船の親方のことばが彼にいろんなことを教えてくれます。
「幸せの中にいるときは幸せに気づかんもんよ」

「いい事が起きたら喜んで、いやなことが起きたら暗くなる。それじゃ犬と同じじゃねーか。人間はの、感情をコントロールできるんど」

「「結果」ばかりに気を取られると、その途中で見られるはずだった、いろいろなおもしれーもんを見逃すんど。この途中にあるおもしれーもんは、後で役に立つこともいっぱいあるんど」

「「努力」ちゅう言葉には、どっか「結果」という見返りを期待しちょるように聞こえるの。でもの、努力はたいてい報われんのぞ。最初から報われる期待をして努力すると、「努力したのに‥‥」と、すぐあきらめよる」

「短所は見方を変えれば長所で、長所は見方を変えれば短所なんど。斉藤は悪いところばっか見よるから悩むんど。自分の悪いとこばっか見るやつぁ、他人に対してもわるいとこばっか見るんど」

「失敗しないでうまくなるなんてことはありえんのど。新しいことを始めようとしたら、絶対に失敗は避けられん。「失敗がない」というのは、長い目で見たときには一番の失敗になるんど」

「ほとんどの人の人生は、現在位置もどこに向かっているかのかもわからず、漂っちょるだけじゃと思わんか?」

「「便利になれば幸せになる」、そんなん全部幻ど。むしろ不便なほうがみんなで助け合ったりして、心の中に幸せを感じるし、難しいこともできるようになるんど」

まぐろ船は一度出港したら、帰ってくるまでとにかく仲間で助け合ってまぐろをとって帰ってくるしかない。その過酷と思われる航海の中で身につけた親方の哲学は人間の生き方を考えさせてくるものだった。

苦しい船酔いに帰港まで悩まされた筆者であったが、その航海の中で得たものは、その後の彼の人生を変えるものになった。

「会社人生で必要な知恵は全てまぐろ船で学んだ」  齋藤正明著  マイコミ新書
2009年2月27日発行  780円+消費税
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by irkutsk | 2009-09-05 22:28 | | Comments(0)

「Helter Skerter」(川村カオリ著)を読みました(9月3日)

d0021786_16383237.jpg38歳の若さで、愛娘「るちあ」を残して旅立った川村カオリの自伝です。1971年1月23日、モスクワでロシア人の母と日本人の父の間に生まれ、11歳までロシアで暮らしていた。そして日本へ。

1982年彼女を日本で待っていたのは、“いじめ”だった。千葉県の小学校、中学校といじめは続き、1984年東京へ引っ越した。ここでようやくいじめから解放された。

父親のロシア転勤を機にイギリスの全寮制の高校へ。

そして1988年「Zoo」でデビュー。
しかし1992年彼女は音楽をやめる。21歳のことである。
「スタジオはすでに私の安らぎの場所ではなく、単なる流れ作業、商品生産の場と化し、その中で作品つくりをやる意味は失われていた。売れればいい、という芸能界特有のディレクターのやり方に、私の限界も近づいていた。音楽だけには嘘をつかない。そう思い、ぎりぎりでこらえていた私の元に、一通の手紙が届いた。星の王子様のイラストの横に「築き上げたものを、いつでも壊せる人でいてください」とだけ書かれていた。声も出ないほど泣いた。そしてやめる決心をした。」

ニューヨークへ3か月行ってぶらぶらし、日本に戻ってカレー屋でアルバイト。
そして二度目のデビュー。しかし、再び音楽から身を引く。そして釧路のカニ工場で住み込みで働くことに。1ヶ月の釧路から戻って、今度は郵便局の小包配達のアルバイト。

そのうちにモデルの仕事やドラマが入ってきて忙しくなる。JフォンのCMの話が決まり、モスクワの病院に入院中の母に電話するが、「今、気分が悪いの」と言われ、また明日電話するといって電話を切ったが、その日にお母さんは亡くなり、明日は来なかった。

1999年結婚。そして2001年12月21日長女「るちあ」を出産。
2004年乳がんが発覚。切除手術を受ける。その後もバンドで音楽活動を続けていたが、2008年癌の再発がわかる。治療を受けながら音楽を続けていたが、2009年7月28日天国へ旅立った。

この本は彼女自らが作った曲について、いつ、どういう思いで作ったのかも書かれている。

「ヘルター スケルター」 川村カオリ著 宝島社発行  1500円+消費税
2005年9月28日発行
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by irkutsk | 2009-09-03 16:38 | | Comments(0)


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