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「収容所から来た遺書」を読みました(8月27日)

d0021786_1184843.jpg1948年9月下旬、2年半収容所生活の後、ソ連のウラル山中の街、スベルドロフスクの駅を発ち、バイカル湖を過ぎ、もうすぐハバロフスクというところまで列車は来ていた。貨車に押し込まれた捕虜の日本人はダモイ(帰国)だと期待に胸をふくらませていた。

だが、突然列車が止まり、この本の主人公・山本幡男始め二十数名の日本人は列車から降ろされ、ソ連兵に連行され、それから1か月ほど経った11月始めにハバロフスクのラーゲリ・第18分所で山本の姿が目撃されている。

最初のスベルドロフスク収容所に山本を含む一千名の捕虜がやって来たのは1946年4月29日だった。食事は1日に黒パンが350g、朝夕にカーシャと呼ばれる粥が飯盒に半杯ずつか、野菜の切れはしが二、三片浮かんだ塩味のスープ、砂糖が小さじ一杯支給されるだけだった。

そんな過酷な状況の中、山本は同僚の松野に勉強会をやろうと声をかけた。「生きて帰るのだという希望を捨てたらじきに死んでしまうぞ。頭を少しでも使わんと、日本へ帰っても俘虜ボケしてしまって使いものにならんからね」と言ったのだった。

山本はロシア語ができたので、最初は通訳をしていたが、捕虜になる以前、何をしていたかという調査が進められ、彼は通訳の役も取り上げられた。山本は1908年島根県隠岐郡西ノ島町に6人兄弟の長男として生まれ、松江中学を優秀な成績で卒業すると1926年東京外国語学校に入学した。山本はそこでマルキシズムの影響を受け、社会科学研究グループに属していた。1928年、卒業まぎわに3・15事件がおき、山本も逮捕され、退学処分を受けた。その後、渡満して大連の満鉄調査部に入社し、ロシア語の実力を買われて北方調査室に配属された。

1948年ハバロフスクの手前で列車から下ろされた山本が連れて行かれた第18分所では収容所内で民主運動を率先してやっている活動家(アクチブ)たちに吊るし上げられ、痛めつけられた。その頃収容所内で吹き荒れていた民主運動は厚生省の「引揚援護の記録」によると次のような3期に分かれていた。
第一期懐柔時代(入ソ当初)
第二期増産期間(入ソ一年以降)
第三期教育期間(昭和23年当初より)
ソ連側が求めた人材は、ソ連政府の打ち出す現実政策を盲目的に受け入れ、共産主義運動を積極的に実践してくれるような人間だった。そして第三期において民主化運動が不幸な経緯をたどるのは、俘虜たちの最大の願望「ダモイ」を民主運動に駆り立てる餌にしたからだった。だから日本人同士の密告は日常茶飯事であった。

1948年ハバロフスクの監獄へ入れられた後、山本は「地獄谷」と呼ばれる囚人ラーゲリへ送られる。このラーゲリでの主な作業は鉄道工事であった。その後、ソ連の裁判所で重労働25年の判決を受け、戦犯となり、「矯正労働収容所」第6分所へ入れられた。

1950年4月、収容所の中から二十数名の帰還者名簿が発表され、その中には重労働25年の刑を受けた者もいたが、山本は含まれておらず、彼はその後、第21分所に移された。

第21分所では、山本は日本人の間でアムール句会を作り、それぞれに俳号もつけ、セメント袋に書き付けた句を選評し、その後は紙を土に埋めたり、ちぎって捨てた。句会の折に山本が熱をこめて語ったのは次のようなことばだった。「ぼくたちはみんなで帰国するのです。その日まで美しい日本語を忘れぬようにしたい」

収容所の中の山本は、どんなに理不尽であっても絶望することなく、今いる状況の中にも喜びも楽しみも見いだし、しかもそれを他人に及ぼしてしまうところがあった。

1952年5月21日、収容所へ日本の参議院議員高良とみがやって来た。この高良とみの訪問後、はじめて祖国とのはがきによる通信が許されるようになった。往復はがきで、日本からの返信も受け取ることができるようになった。山本も家族にはがきを出し、返事も受け取り、生きる励みになった。

そして、1953年3月5日スターリンが死に、ダモイが実現するのではないかという気分が収容所内をおおった。日本からの小包も突然許可になった。収容所の日本人、千余名のうち400名が帰国できることになり、収容所を発って行った。

しかし、山本は帰還者名簿にはなく、1953年の5月初め頃からのどの痛みを訴えて、ラーゲリ内の病院に入院していた。病状が一向に回復しないので仲間たちは設備の整ったハバロフスクの中央病院で検査してくれるよう嘆願書を出したが許可されなかった。

山本の病状は悪化の一途をたどり、首が風船玉のように大きく膨らみ、患部が破れ、そこからは異臭が漂っていた。仲間の佐藤健雄は山本の病室を訪れ万が一を考えて、奥さんやお子さんに言い残すことがあれば書いておいてほしいと言った。

翌日、作業を終えた佐藤が病室を訪れると山本はノートを差し出した。遺書は全部で4通、ノート15ページにわたって綴られていた。1通は「本文」、他の3通は「お母さま!」「妻よ!」「子供等へ」となっていた。

「子供等へ」の遺書の一部を紹介したい。
「さて、君たちは、之から人生の荒波と闘って生きてゆくのだが、君たちはどんなつらい日があらうとも光輝ある日本民族の一人として生まれたことを感謝することを忘れてはならぬ。日本民族こそは将来、東洋、西洋の文化を融合する唯一の媒介者、東洋のすぐれたる道義の文化――人道主義を以って世界文化再建に寄与し得る唯一の民族である。この歴史的使命を片時も忘れてはならぬ。
 また君たちはどんなにつらい日があらうとも、人類の文化創造に参加し、人類の幸福を増進するといふ進歩的な思想を忘れてはならぬ。偏頗で矯激な思想に迷ってはならぬ。どこまでも真面目な、人道に基づく自由、博愛、幸福、正義の道を進んで呉れ」

山本が亡くなったのは、1954年8月25日だった。収容所の日本人はみんな作業に出ていて、山本は誰にも看取られずに息を引き取った。帰国の際はすべて書いたものは没収されるので、山本の遺書を持って帰ることはできず、仲間たちは数人で手分けして、遺書を暗記して自らの帰国の日を待っていた。

1956年10月19日、鳩山首相が訪ソし、日ソ共同宣言と通商議定書が調印され、ソ連の国内法で戦犯とされた日本人抑留者全員の釈放が急遽決定した。12月22日、最後の長期抑留者は第二ハバロフスク駅からナホトカへとシベリア鉄道で向かった。列車はすべて寝台車で、それまで貨車か檻つきの囚人護送車にしか詰め込まれたことのない人々を戸惑わせた。

1956年12月24日の朝、興安丸はナホトカの岸壁に横付けになり、タラップが下ろされた。夕食の膳には赤飯に鯛の尾頭つきと刺身、そのうえ徳利が一本並んでいた。箸を使うのも、日本酒を飲むのも11年ぶりだった。

帰国後、山本の遺書を託された仲間たちは、大宮に移り住んでいた山本のうちを訪ねて、彼の遺書を渡すと共に、収容所内での彼の様子を伝えたのだった。

学生時代マルキシズムの影響を受け、ソ連を信じていた山本だったが、現実のソ連は違っていた。でもそのことに絶望することなく、いや当初は絶望したかもしれないが、長い収容所生活を前向きに生き、それを周りの人たちにも勧めた山本幡男の抑留生活に感動しました。ダモイを諦めて白樺の肥やしになると絶望した「白樺派」の人々を奮い立たせ、みんなで一緒に日本へ帰ろうと励まし、俳句を作ることによって日々の生活に喜びを見出だすことを教えた山本氏。彼のおかげで生きて日本へ帰ることができた人も多かったのではないだろうか。

シベリア抑留とは何だったのかを考えさせられる一冊でした。

「収容所から来た遺書」 辺見じゅん 文芸春秋 1989年6月25日発行 1500円+税
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by irkutsk | 2013-08-28 11:09 | | Comments(0)

「ザ・フューチャー」を見ました(8月27日)

d0021786_224144.jpg今池キノシタホールで「ザ・フューチャー」を見ました。

(公式HPよりストーリーを引用)
ソフィー(ミランダ・ジュライ)は35歳。ジェイソンとの同姓は4年目。ロスアンゼルスの小さなアパートで、それなりに幸せな生活を送っていた。インターネットをしたり、冗談を言い合ったり。

ある日ふたりは、ケガを負った迷い猫を動物シェルターに運んだ。パウパウという名前をつけた。これがパウパウとの出会い。突然ふたりに訪れた小さな変化。

パウパウに導かれるようにふたりの生活は変わっていく。パウパウを引き取るまでの30日間、先延ばしにしてきた行動を起こすべく、二人は仕事を辞め、インターネットを解約する。

ソフィーは<30日間、毎日新しいダンスを創る>ことを決めた。ジェイソンは環境保護団体のボランティアとして<地球を守ろう>と木の訪問販売をするようになる。

思うようにダンスを創れないソフィー。いら立ちと焦りをつのらせ、ついにあきらめてしまう。そんなときに新しく出会った、もう一人の彼。動物シェルターで出会った子持ちの年上男性マーシャル。

一方、ジェイソンは偶然知り合った老人のことばの中から、あるヒントを得ていた。自分とソフィーの人生は残り少ないどころか、まだ、「始まりの途中」なんだと。

しかし結局、ソフィーは家を出て、マーシャルの元へ。<これから>の自分を見つけるために。現実を受け入れたくないジェイソンは彼女からの告白の直前、つらい未来が来ないように特殊な能力で時を止める。夜の空に浮かぶ月も何か言いたそうだ。つきが語りかける。「次の瞬間に何が起こるかなんてわからない」。

マーシャルと暮らし始めたソフィーの時間は変わっていった。ジェイソンが時間をとめている間に、パウパウを引き取る約束の日は過ぎてしまっていた。なんとか再び時を動かしたジェイソンと、マーシャルの家を出たソフィーは、それぞれ別にシェルターに駆けつける。パウパウはどうなったのだろう。そしてふたりを待つ未来。それは一体どんなものなのだろうか。

2日前に見た「君とボクの虹色の世界」のミランダ・ジュライが大分年を取っていたのは残念だった。

この映画についての詳しい説明と解説はdacapoに掲載されています。もっと見たい方はそちらもご覧ください。

「ザ・フューチャー」 2011年ドイツ・アメリカ 91分 監督・脚本・主演:ミランダ・ジュライ 出演: デヴィッド・ウォーショフスキー, ジョー・パターリック, ミランダ・ジュライ, ハミッシュ・リンクレイターほか
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by irkutsk | 2013-08-27 22:41 | 映画 | Comments(0)

「上京ものがたり」を見てきました(8月26日)

d0021786_20175147.jpg伏見ミリオン座へ「上京ものがたり」を見に行きました。

田舎から上京して美術大学に通い、作家デビューするまでを描いた西原理恵子の自伝的コミックを映画化した青春ドラマです。

主人公・菜都美(北乃きい)は、四国から上京し美大に入ったのはいいけれど、お金がない。大学のゴミ箱から使い残しの絵の具をあさっているのをクラスメイトに見つかり、お金になるアルバイトがあるとキャバレーのホステスのアルバイトを紹介される。そこで働いていた良介(池松壮亮)に金を貸してくれと頼まれ、3万円はするという腕時計を担保に押しつけられ1万円貸す。

良介はすぐにそのキャバレーをやめていなくなったが、腕時計をもらったからいいやと思っていると、けんかをして唇を切った良介が1万円とウイスキーを持ってやって来る。その日から二人は同棲生活を始める。

菜都美は美大でも一番絵が下手で、それぞれの作品に順位を付けられて張り出されたが、なんと30人中30位だった。でも下手は下手なりに勝負すればいいと、スケッチブックを持って出版社回りをして、イラストを描く仕事がないかと聞くが、どこの出版社も彼女のスケッチを見て断る。

そんな中、エロ本を出版してる会社が使ってくれることに。その会社のエレベーターに乗ると掃除のおばさん(西原理恵子)がいて「何階?」と聞く。「6階、お願いします」というと「わたしはエレベーターガールじゃない」と言う。

このエロ本のイラストがおもしろいと、ほかの出版社からも声がかかり始め、本も出版されることになる。
しかしそれまでの間に、同じキャバレーのホステスの先輩であり彼女のファン第2号になってくれた吹雪(瀬戸朝香)が小学生の沙希を残して病で死んでいったり、良介とうまくいかなくなって彼が出て行ったりといろんなことがあった。

西原がたくましく生きて仕事を手に入れ、いろんな人といろんな体験をしていく姿が非常におもしろく、そして時には切なく描かれている。西原ファンにとっては見逃せない作品である。西原の少女時代を描いた「女の子ものがたり」映画になっている。
「上京ものがたり」 2013年日本 109分 監督: 森岡利行 出演:北乃きい、池松壮亮、瀬戸朝香、谷花音、松尾諭、木村文乃、黒沢あすか、西原理恵子、岸部一徳ほか
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by irkutsk | 2013-08-26 20:17 | 映画 | Comments(0)

「君とボクの虹色の世界」を見てきました(8月25日)

d0021786_169241.jpg今池キノシタホールで「君とボクの虹色の世界」を見てきました。今日も貸し切りかと思っていると、後から二人連れの女性が入ってきて3人になりました。

映画は靴屋の店員リチャード(ジョン・ホークス)が離婚するところから始まる。ふたりの子ども6歳のロビー(ブランドン・ラトクリフ)と10歳のピーター(マイルズ・トンプソン)を引き取って男3人の生活が始まる。

クリスティーン(ミランダ・ジュライ)はアーティストを夢見ながら、高齢者タクシーの運転手をしている。ある日得意客のマイケル(ヘクター・エリアス)と一緒にショッピングモールの靴売り場を訪れた彼女は、店員のリチャードに一目ぼれする。しかしリチャードは離婚したばかりでまだ新しい恋をする気にはなれない。

リチャードの息子たちはコンピューターのチャットで遊んでいる。そしてある女の人と意気投合。ロビーは相手の女性に今度会いましょうと誘われる。

リチャードの隣家に住むしっかり者の小学生シルヴィー(カーリー・ウェスターマン)は自分の嫁入り道具をコレクションしている。ある日ピーターにそのことを打ち明け、彼にそのコレクションを見せる。

仲良しふたり組みの女の子ヘザーとレベッカは、ふたりともボーイフレンドはいない。でも異性には興味津々。たまたま見かけたアンドリューに声をかけ、彼にちょっかいを出す。彼が家の中に入ってこちらを見ていたので、スカートをめくって見せたり挑発する。翌日、アンドリューのうちの前に来ると、窓に「シャツを脱げ」とか「おっぱいを見せろ」などと書いた紙が貼ってある。

クリスティーンの得意客のマイケルは、70歳にしてようやく人生を共に過ごす愛するパートナーとめぐり合えた。その愛する人エレンは、チューブにつながれており、そう長くは生きられない。もう少し時間があれば……。

クリスティーナが自分の作品を募集している会社に持っていくと、郵送してくれと言われ、受け取ってもらえない。その融通の利かない女社長が実はロビーのチャットの相手だった。

公園のベンチで会うことにして、待っていても6歳の子どもがいるだけで、彼女は別の相手が来るのをしばらく待っていたが、ようやくロビーがチャットの相手だったと気づく。

なんともよくわからないがおもしろい映画だった。それぞれの人生がどこかでつながりあっているという感じでした。

ミランダ・ジュライの2作目、2011年の長編映画作品「ザ・フューチャー」はキノシタホールで同時上映中です。また来週見に行きたいと思っています。ミランダ・ジュライの2作品は9月13日までキノシタホールで上映中です。

また2008年横浜トリエンナーレで展示されたミランダ・ジュライの作品「廊下」をYouTubeで見ることができます。

「君とボクの虹色の世界」 2005年アメリカ・イギリス 90分 監督:ミランダ・ジュライ 出演:ミランダ・ジュライ、ジョンホークス、マイルズ・トンプソン、ブランドン・ラトクリフ、カーリー・ウェスターマンほか
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by irkutsk | 2013-08-25 16:11 | 映画 | Comments(0)

「神の守り人(帰還編)」を読みました(8月23日)

d0021786_21451317.jpg先日読んだ「神の守り人(来訪編)」の続きです。タルの異能者アスラを連れて逃げたバルサは、アスラの兄チキサとタンダを救い出すために再びロタ王国に入り、ジタン祭儀場へ向かう。新年ノ月の22日にそこで建国を祝う式典が開かれるのである。

ロタ王国の呪術師であり薬草師でもあり、ロタ王に仕えるスファルの娘シハナはアスラの力を借りて国王の弟・イーハンに兄ヨーサムから権力を奪うことを提案する。しかしイーサムに拒否される。

シハナはアスラとタルハマヤが一体化し、サーダ・タルハマヤとなることを言葉巧みにもちかけ、アスラは一体化しようとするその時、チキサがタンダとともにやってきて、彼女にサーダ・タルハマヤにならないように訴える。

最後まではらはらどきどきのし通しでした。現実の世界とほかにもうひとつ、重なるようにして別の世界があり、そこからいろいろな影響を受けているという設定がおもしろい。私たちの生きているこの世界も別の世界と重なって存在しているのかもしれないと思うと楽しい。

「神の守り人(帰還編)」 上橋菜穂子著 新潮文庫 2009年8月1日発行 552円+税
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by irkutsk | 2013-08-23 21:46 | | Comments(0)

「タイピスト」を見に行きました(8月23日)

d0021786_21448.jpg伏見ミリオン座へ「タイピスト」を見に行きました。

1950年代のフランスを舞台にした物語。都会暮らしに憧れるローズは、雑貨屋の娘。店の売り物のタイプライターで練習し、ノルマンディーへ。保険会社の秘書に応募し、1週間の試験採用となる。ドジで不器用なローズは1週間でクビに。「ただし――」と社長のルイに意外な提案を持ちかけられる。ローズの唯一の才能はタイプの早打ちだと見抜いた彼は、彼女と組んで世界大会で優勝するという野望を抱く。

ところが左右それぞれ1本の指で打っていたローズはあっさり地方予選で敗退。その日からルイのコーチ魂に火がつき、鬼コーチとしての特訓が始まる。1本指打法から10本指への矯正、難解な文学書のタイプ、ピアノレッスン、ジョギング、心理戦の訓練…。

激しいトレーニングに耐えたローズは地方大会を1位で通過、全仏大会のために夢のパリへ乗り込む。そこには3度目の防衛を狙う恐るべき女王が待ち受けていた…。

ルイに惹かれるローズ。ローズに惹かれるルイ。しかし、ルイはローズが全仏大会で優勝し、世界大会へ出場するというときになって、彼女のトレーナーをやめる。

彼女は世界大会で優勝できるのか、そしてルイとの関係はどうなるのか。

1950年代の町の様子や、登場人物たちの衣装、自動車などまるで1950年代の映画を見ているようでした。

「タイピスト」 2012年フランス 111分 監督:レジス・ロワンサル 出演:ロマン・デュリス、デボラ・フランソワ、ベレニス・ベジョ、ミュウ=ミュウほか
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by irkutsk | 2013-08-23 21:03 | 映画 | Comments(0)

大光から株主優待が届きました(8月22日)

d0021786_1138988.jpg大光(3160)から株主優待のクオカード兼優待券が届きました。大光の株主優待は年2回(5月末と11月末)あり、保有株数によって次のようになっています。
100株以上  QUOカード500円分またはアミカ商品券1,000円分
500株以上  QUOカード1,000円分またはアミカ商品券2,000円分
1,000株以上  QUOカード2,000円分またはアミカ商品券4,000円分

株式会社大光は大垣市に本社がある、業務用食品スーパーの会社です。2013年3月期の決算では8600万円の純利益をあげていますが、前年に比べると大幅に利益を減らしています。前年の純利益は2億2500万円でした。

8月22日の株価は531円でした。現在の株価はこちらから見ることができます。
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by irkutsk | 2013-08-23 11:37 | | Comments(0)

済州島へ行ってきました(8月18日―21日)

d0021786_5553923.jpg8月18日から4日間、ツアーに参加して韓国の済州島へ行ってきました。

中部国際空港を16時35分に出発し、済州島には18時30分着。済州島も暑い。気温は33度と名古屋よりは少し涼しい。着いた日は夕食の黒豚オギョプサルを食べてホテルへ。ホテルは「オーシャンスイート済州」で、6階の部屋からは海が見えました。

2日目(8月19日)は市内のレストランで「ウニワカメスープ」の朝食を食べた後、牛島へ。牛島へはフェリーで10~15分。フェリーを降りるとレンタルバイク、バギーの店がありました。レンタル自転車はありません。私たちはバスで灯台のある小高い山の方へ行き、牛島八景として有名な後海石壁、東岸鯨窟、西濱白沙などを見ました.
                  フェリー乗り場前のバイク、バギーのレンタルショップ
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                  ライオンの顔の形をした岩
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                  こんなおもしろい形をした店がありました
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                  天然記念物の砂浜
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        ベビーカステラのようですが、牛島の名産落花生をかたどり、中にはピーナツが入っていました。
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昼食は鯖煮付定食。大きな鯖がふた切れ出てきました。追加であわびの刺身を注文しました。コリコリとしておいしい刺身でした。

食事の後は世界自然遺産のひとつ、城山日出峰へ。火山が隆起してできた標高184mの山です。暑さにめげず、水を飲みながら頂上まで登りました。頂上はカルデラになっていて、草が生えていました。
                  城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)
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              階段を登っていきます。途中に飲み物を売っているお店もあります。
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                  やっと頂上に着きました
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                  火山らしくカルデラがありました
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                  途中にはこんな変わった岩もあります
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山登りの後は洞窟探検。万丈窟という溶岩洞窟に入りました。鍾乳洞と違って、溶岩が流れていくときに外の溶岩が冷えて固まり、中の溶岩がその中を流れて行った後にできたものです。長さは7kmあるそうですが、一般に公開しているのは1kmまでです。内部の気温は年間を通じて11~14℃で、入るとひんやりとして、クーラーの効いた部屋よりももっと涼しかったです。でも溶岩の上を歩かなければならないので、よく見て歩かないと、足をくじきそうです。外に出るとまた33℃の炎暑でした。
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             洞窟の中は暗くて上手に写真が撮れませんでした
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バスでチェジュ市まで戻り、済州島に独立国家を作った神様が天から降りてきた跡である「三姓穴」を見に行きました。この穴の付近は雪が降ってもすぐに溶け、周りの木々の枝も穴の方に向かって傾いているそうです。
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夕食は海鮮寄せ鍋を食べました。ホテルに着いたのは8時ごろで、それから近くにあるeマートへ買い物に行きました。日本になくて韓国らしいものをと思って探しましたが、ほとんどありませんでした。日本のお菓子のコピー商品ばかりでした。

3日目(8月20日)はまず龍頭岩へ。岩の形が龍の頭に似ているという岩を見て着ました。
次にトッケビ(お化け)道路へ。上り坂なのに車がひとりでに動いていくという坂です。目の錯覚でそう見えるということなのですが、どう見ても上り坂をエンジンを切った車が登ってくるように見えます。道路の溝に水を流すと、坂の上のほうに向かって流れていきます。
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             車は下っているのですが、どうみても上ってきているように見えます。
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次に行ったのは世界自然遺産のハルラ山(1950m)。登山道の入り口まで行き、博物館でビデオを見、展示してある写真や動物の剥製を見ました。あいにく山には雲がかかっていて見えませんでした。
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                   標高970mまでバスで来ました
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                 登山者の荷物を運ぶこんなおもしろいものもありました
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登山道入り口です。下りて来たという格好をしていますが登っていません
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昼食の後、柱状節理という海岸の岩がまるで柱が立っているように何本もまとまって立っているという珍しい風景を見ました。人が削ったかのように表面はなめらかでした。
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             天帝淵瀑布を見て、山房窟寺に登り、またまた大汗をかきました。
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亀の頭が4つあります。亀は長生き、龍は出世、成功、おしどりは夫婦円満、豚は金運。噴水の縁からそれぞれの動物の前に立ち、コインを投げて真ん中に入ると願いがかなうといわれています。
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                       山房窟寺
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          上から落ちてくる水を飲むと寿命が延びるという言い伝えがあります
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夜、プルコギの夕食を食べた後、7時ごろホテルに着くと、前の海岸に沈む夕日がとてもきれいでした。
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4日目(8月21日)は、市内であわびのお粥を食べた後、免税店、食料品店へ。免税店や食料品店に連れて行くのもツアーの目的なのでやむを得ませんが、今回のツアーでも4軒も連れて行かれました。前日のロッテ免税店ではホテルの喫茶店でビールを飲んで時間をつぶし、今日の新羅免税店では向かいにあった「MANGO SIX」というコーヒーとジュースの店に入って時間をつぶしました。ビールは生ビールで18,000ウォン(1,620円)、コーヒーはビッグサイズで、351円でした。でも飲みきれなかった分はテイクアウト用のカップに移して持ち帰りできました。

12時ごろに済州空港に着くと、名古屋行きの飛行機は遅れの表示があり、13時50分が14時15分になっていました。
機内食のサンドイッチ。ナンのようで、中に卵と野菜が入っていました。飲み物のサービスのほかに、味噌汁も出ました。でもパンに味噌汁??
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済州島はもっと小さい島だと思っていたのですが、結構大きな島でした。名所を駆け足で回ったという感じのツアーでした。また個人旅行で訪れて、ゆっくりと自分の足で歩いて見て回りたいと思いました。

また中国人観光客の多さにびっくり。免税店などでは中国人パワーに押され、日本人は買い物できないようでした。

旅行社に払ったツアーの費用は65,000円。正味2日間の済州島観光でしたが、十分楽しめました。
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by irkutsk | 2013-08-23 05:55 | 旅行 | Comments(0)

ヴィア・ホールディングスから株主優待が届きました(8月16日)

d0021786_21294232.jpgヴィア・ホールディングス(7918)から株主優待の「アサヒスーパードライファミリーセット」が届きました。

ヴィア・ホールディングスの株主優待は年2回(3月末と9月末)あり、優待券が送ってきますが、それを送り返して商品と交換することができます。100株で2,500円相当、200株で5,000円相当、以後100株増えるごとに2,500円分ずつ増えていきます。1,000株以上25,000円相当で頭打ちです。

今回は優待券10枚を送って、アサヒスーパードライファミリーセットとローマイヤ黒ラベルロースハムをもらいました。ローマイヤのハムはおいしかったです。ビールとジュースのセットも夏にはいいですね。

8月16日の株価は859円でした。現在の株価はこちらからみることができます。
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by irkutsk | 2013-08-16 21:29 | | Comments(0)

「三姉妹 雲南の子」を見ました(8月16日)

d0021786_2144719.jpg名古屋シネマテークへドキュメンタリー映画「三姉妹 雲南の子」を見に行きました。

『三姉妹〜雲南の子』は、中国西南部、雲南省の海抜3200メートルに位置する、わずか80戸の家族が暮らしている洗羊塘村で撮影された。

中国でも最も貧しい地域のひとつで、雲南省自体は2000年代から開発が推し進められているものの、この村は高地であるためにインフラ設備も十分でなく、2007年まで電気も整備されず、電気が通ったのが中国で最も遅い地域だった。

その標高のために穀物も収穫できず、ジャガイモだけが人間と動物の可能な限りの唯一の食物である。村の中央には、この近辺の唯一の飲み水である小さな川が流れている。谷を降りたところには、村の子供たちのための学校があり、3人の先生が中央政府によって派遣されている。

家々は、土壁と藁葺きの屋根でできている。各々の家族は、わずかばかりのすり切れた木の家具と今時はお目にかからないような古い農機具を少しだけ持っている。家はどこも暗く湿っぽい。

中国の他の多くの地域と同様に、若者はより良い人生を求めて村を離れ、村には子供と老人、村を出ることの出来ないわずかな大人だけが残っている。ぼろぼろの服を着て、村びとは毎日畑で働き、子供と老人は家畜の世話をする。親が家を離れ、老人とだけ暮らしている子供たちは、総じてあまり教育を受けていない。進学は家族にとってあまりに高額なので、子供たちは大体の場合、小学校までしかいかず、中には毎日畑仕事をするために学校にいけない子供さえいる。

どの家族にも、3〜4人の子供たちがいる。通常、どの家族も娘を冷遇する。娘が14歳の誕生日を迎える前に、両親は夫を選び、数年後には結婚させる村での生活はあまりに厳しいので、娘たちは家族が夫の両親からより多くの贈り物を受け取るために、少しでも豊かな地域から夫を見つけようとする。そのため村の男子は妻を見つけるのが困難で、唯一の方法は、まだ子供のうちに親が縁談を決めてしまうしかない。
男の家族は、女の家族に財政的またはその他の問題がある場合には、援助をしなければならないだけでなく、早いうちから女の家族に贈り物をしなければならない。

それが、この映画に描かれた、3人の娘がいる家族が暮らす村の日常である。

父親は、37歳だった。数年前、彼の妻は3人の子供たちを捨てて村を出て、それ以来彼女からは連絡がない。わずかな土地と2頭のブタで、父親はその小さな家族を養おうとした。高地の気候は厳しく、ジャガイモの収穫は、年によって恵まれないこともある。父親には、ここで毎年十分に暮らしていく自信がなかった。そして彼は、娘たちだけを村に残して、町に出稼ぎに行くことに決めた。

3人の娘たちは栄養不足で、彼らの実際の年齢よりも小さく見える。長女のインインは10歳だが、8歳くらいに見える。母親が家を出て、妹たちの面倒を見なければいけなくなる前は、2年ほど学校に通っていた。インインは毎朝、妹たちを起こすと、ジャガイモを料理し、ブタに餌をやる。インインは、家のすべてをやりくりしている。彼女の毎日の日課は単純で、一家を背負っている。彼女は母親代わりに妹たちの面倒を見る。

目はしがきいて悪戯な次女のチェンチェンは、姉の言うことをきかず、いつも姉の影響下から逃げ出そうとしている。チェンチェンは姉の言うことはいつもおかまいなしで、彼女は常に、遊ぶこと、楽しいことを探している。 末娘のフェンフェンは、まだ4歳で、いつでも泥だらけになっている。姉たちのあとを追いかけるが、自分の世界にいる時は、おとなしくしている。

洗羊塘村は当局による全村移住が決まっている。
しかし2013年2月の段階では、村民たちはまだ村に暮らし、
自分たちがいつどこへ行くのかも知らされていないという。
(以上「三姉妹 雲南の子」公式ホームページより引用)

三姉妹の暮らす家は暗くて湿っぽく、電球が1個あるだけのうちで、藁布団に服を着たまま寝ている。そしてしらみがわいていて、時々しらみを取るシーンやかゆくて掻いているシーンがあった。彼女たち3姉妹の生活を見てかわいそうだと思う人も多いと思うが、彼女たち自身はそれほどつらい生活だとは感じていないように思う。みんなが貧しいし、金持ちがいないので羨望の対象もない。

2012年ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門グランプリ受賞、2012年ナント三大陸映画祭グランプリ/観客賞受賞作品

「三姉妹 雲南の子」 2012年香港・フランス 153分 監督:ワン・ビン(王兵)
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by irkutsk | 2013-08-16 21:03 | 映画 | Comments(0)